ワケありなのに、執事がはなしてくれません!? ~庶子令嬢は、今日も脱出を試みる~

若松だんご

文字の大きさ
上 下
22 / 22

第21話 ワケあり執事は、今日もはなしてくれません?

しおりを挟む
 「彼はね、ボクの古い学友で、レオン・キースハルト・フォン・ファーレン侯爵。彼がこちらに遊学中に知り合ったんだ」

 あのあと、本当に用意されていた刑事に、ボードウィンは拘束された。(ちゃんと階下にいたのよ)
 事件が一段落ついたってことで、火事に遭ってない部屋、屋敷の応接間ドローイングルームで一息つく。
 長机を挟んで、兄さまとキースが並んで椅子に腰掛け、アタシはその向かい側に一人で座る。ジュードはそのそばに立つ。
 
 さあ、どういうことか話してもらおうじゃないの。

 ムスッとしたアタシの前に、テオが無言のままお茶を用意してくれた。

 「彼は、エーレンシュタット大公の嫡男でね。遊学後、帰国されてからも手紙などで、やり取りしていたんだが、今回、ボクとキミのことで相談に乗ってもらってたんだよ」

 無言のまま、茶器を片手に、カップのなかの紅茶をすする。
 嫡男は、父親の持っている称号のうち、一番位の高いものを儀礼称号として名乗ることが許されている。エーレンシュタット大公の嫡男、ヴィッセルハルト侯爵レオン・キースハルト・フォン・ファーレン。
 執事ではない。大公の息子。とんでもない身分だけど、それはいい。

 「ボクを殺したことにして、叔父を油断させ、その懐に入ってもらったんだ。彼が狙ってるもの、そのために犯した悪事を暴くためにね。それに、ボクも動けるようになるまで少し時間が必要だったからね」

 兄さまはヒ素を盛られていた。早急に気づけたおかげで、治療も間に合い、回復に向かったようだけど。

 「馬車の事故は、そこのテオに仕込んでもらったことだったんだ。事故死に見せかけて、遺体のない棺を埋め、その間にボクが叔父の周りを調べる。叔父が呼び戻すであろうキミのことは、レオンが執事のフリをして守る。そういう手筈だった」

 「――で?」

 「結果は御覧の通りだよ。叔父が使い込んでいた子爵家の資産。ボクとキミを殺そうとした殺人教唆。いろいろ証拠を取り揃えることができた」

 兄は自分を死んだことにして、水面下で動いていたらしい。(偽装)事故にジュードは関係なく、動いていたのはキースとその子分、テオ。テオは従僕フットマンの格好をしているけど、本当は侯爵に仕える従者ヴァレットなんだそう。大公の一人息子であるレオンを守るため、荒ごとにも長けてるとかなんとか。

 「で?」

 「で?……って。ティーナには悪かったと思ってる。レオンに守ってもらってるとはいえ、キミを勝手に囮にして危ない目に遭わせて。学校から無理やり呼び寄せて悪かった」

 「そうじゃないの!!」
 
 テーブルに叩きつけるように茶器を下ろす。

 「アタシ、兄さまが亡くなったって聞いて、すごく悲しかったの!! 兄妹なんだから、もっといっぱいお話したかったって後悔してたの!! もっと会っておけばって!!」

 「ご、ごめん、ティーナ」

 「これからいっぱい話せるから問題ないじゃないか」

 慌てる兄さま。その隣で、泰然と優雅にお茶を口にするキース。

 「そういう問題じゃないの!!」

 「じゃあ、どういう問題なんだ?」

 だから、謎掛けじゃないっての。

 「ティ、ティーナ、囮にしたこと、怒ってないのかい?」

 おずおずと兄さまが訊ねる。

 「別に。そこは、まあ、コイツが守ってくれたから……」

 いくぶん、声のトーンが落ちていく。勝手に囮にされたことは納得いかないけど、そこは、コイツが命がけで守ってくれたから。その……。

 「じゃあ、やっぱり問題ないじゃないか」

 キースが飲み干した茶器をテーブルに戻す。

 「僕としても楽しいひとときだったよ、ティーナ」

 ――は?
 ナニイイダスノ?

 「危険に晒される令嬢を守る、騎士ナイトのような執事。たとえ令嬢から疑いの目を向けられても、くじけずに命をかける。いやなかなかない経験だったよ。ルドルフ・ラッセンディルの心情を理解できた気がするよ」

 は? 『ゼンダ城の虜』ごっこやってるんじゃないわよ? というか、アンタがルドルフさまなわけ?

 「でも兄さま。兄さまが亡くなったって、他の方もそう思っていらっしゃいますよね?」

 強引に話題を変える。
 確か、伯爵夫人を始めとしたアタシの婿取り応援隊の方々は、兄さまが亡くなったって思っていらっしゃるわよね? 今更、「ボク、実は生きてたんですぅ」って言ったら、卒倒するんじゃない?

 「ああ、それは『亡くなった』じゃなくて、『メイフォード卿は急な任務でパリに赴いてます。彼が不在の間、妹をよろしく頼みます。せっかく兄に会うために学校から戻ってきたのに、寂しがってるから』ってお願いしてあっただけだから。問題ないよ」

 へ?
 って、あれ? そういえば夫人たちは、「大変でしたね」とかおっしゃってたけど、「亡くなった」お悔やみみたいなことは口にしてなかったような……。夫人たちにお会いする時はアタシも普通のドレスを着てたし……。あれ? もしかして、もしかすると、兄さまが死んだって思いこんでたのは、アタシとあのボードウィン……だけ?

 「ふふっ、かわいいね、ティーナは」

 キョトンとするアタシに、クスクス笑うキース。

 「命を狙われてる、僕も悪党の一味だって思い込んでさ、必死に逃げ出そうとするんだもの。かわいいよね、ローランド」

 「え、あ、うん、そ、そうだね……」

 そういう問題じゃないでしょうがあっ!!
 勝手に兄さまに同意を求めるんじゃない!! 兄さま、困ってるし。

 「ねえ、ティーナ」

 ゆっくりと椅子から立ち上がったキースが、こちらに近づいてくると、アタシのすぐ横で胸に手を当てる。

 「キミを守った騎士ナイトに、褒美の一つもいただけないかな?」

 は?

 「キミの花婿候補に名乗りを上げること、許してくれないか?」

 へ?

 「れ、レオン?」

 兄さまも驚いてる。
 っていうかアタシの花婿探しって、伯爵夫人たちの暇つぶしだったんじゃないの? 兄さまもこうして健在だったわけだし。アタシが子爵家を継ぐことはなくなったんだし。当面、伴侶は必要なくなったんだし。

 「一緒にいて、キミのような可愛くて賢明な女の子、素敵だなって思ったんだ」

 騙されやすくて間抜けな女の子の間違いじゃないの? オモチャにするにはちょうどいいチョロい女の子。

 「キミを誰か別の男に取られるのだけは我慢できない。ねえ、ティーナ。この僕に、キミの恋人として名乗りを上げることを許してくれないか?」

 え? は? ちょ、ちょっ……!!

 キースの手が流れるように動いて、アタシの手を持ち上げる。恭しく手を持ち上げ、その甲に顔を近づけ――。

 チュッ……。

 彼の唇が手の甲に触れ、手の甲からありえないほどロマンティックな音がした。
 誰か味方っ!! アタシの味方っ!! 助けて!!
 キョロキョロ探すけど、兄さまは必死によそ見をするだけで役に立たなさそうだし、ジュードはヒュゥって口笛で囃し立ててくる。

 「これからよろしくね、ティーナ」

 執事から侯爵に。そして勝手に花婿候補、恋人に。
 事件は解決しても、コイツから逃れることは難しいかもしれない。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

公主の嫁入り

マチバリ
キャラ文芸
 宗国の公主である雪花は、後宮の最奥にある月花宮で息をひそめて生きていた。母の身分が低かったことを理由に他の妃たちから冷遇されていたからだ。  17歳になったある日、皇帝となった兄の命により龍の血を継ぐという道士の元へ降嫁する事が決まる。政略結婚の道具として役に立ちたいと願いつつも怯えていた雪花だったが、顔を合わせた道士の焔蓮は優しい人で……ぎこちなくも心を通わせ、夫婦となっていく二人の物語。  中華習作かつ色々ふんわりなファンタジー設定です。

助けた騎士団になつかれました。

藤 実花
恋愛
冥府を支配する国、アルハガウンの王女シルベーヌは、地上の大国ラシュカとの約束で王の妃になるためにやって来た。 しかし、シルベーヌを見た王は、彼女を『醜女』と呼び、結婚を保留して古い離宮へ行けと言う。 一方ある事情を抱えたシルベーヌは、鮮やかで美しい地上に残りたいと思う願いのため、異議を唱えず離宮へと旅立つが……。 ☆本編完結しました。ありがとうございました!☆ 番外編①~2020.03.11 終了

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

後宮の手かざし皇后〜盲目のお飾り皇后が持つ波動の力〜

二位関りをん
キャラ文芸
龍の国の若き皇帝・浩明に5大名家の娘である美華が皇后として嫁いできた。しかし美華は病により目が見えなくなっていた。 そんな美華を冷たくあしらう浩明。婚儀の夜、美華の目の前で彼女付きの女官が心臓発作に倒れてしまう。 その時。美華は慌てること無く駆け寄り、女官に手をかざすと女官は元気になる。 どうも美華には不思議な力があるようで…?

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

百合系サキュバス達に一目惚れされた

釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。 文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。 そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。 工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。 むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。 “特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。 工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。 兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。 工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。 スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。 二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。 零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。 かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。 ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。

処理中です...