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第18話 弱い自分に向き合う夜。
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「お嬢……さま……?」
かすかに目を開けたキース。
「お怪我は……ありま、せん、か?」
少しだけ顔色はよくなったものの、息はまだ苦しそう。なのに、こっちの心配をしてくる。
「ないわよ。アンタのおかげでね」
「――それは、よかった」
漏れる深い息。
「貴女に、なにかあったら、ローランドに、叱られます……から、ね」
「――バカ。そんなことで怒るような兄さまじゃないわよ」
「どうだか。貴女のことに関しては、とても、狭量でした、よ」
フーッと息を吐き出したキース。その口もとが、笑おうとしたのかかすかに緩む。
かつての、兄さまと過ごした日々を思い出してるんだろうか。その瞼が再び閉ざされた。
「こんな風に、看病されてると知ったら、……彼は、どんな顔を、するんでしょうね」
「よくぞ妹を守った、よくやったって言うんじゃない?」
間違っても、「妹に看病されるなんて、けしからん!!」とは怒らないと思う。
「それなら、この役得なこの状況を、しっかり堪能しておきましょうか」
「――バカ」
そんな皮肉を言えるようなら大丈夫ね。
安心すると、こらえてたものが溢れ出す。
「ああ、泣かないでくださいよ。ローランドに叱られてしまいます。妹を泣かせるな、と」
「む、無理、よっ!!」
涙と嗚咽が止まらない。我慢しようとすればするほど、ワンワンと大声で泣きたくなる。
――ごめんなさい。ごめんなさい。
アタシ、ずっと誤解してた。
アンタが敵だって誤解してた。
アタシを狙う“誰か”。それがいることは確実。
船の上でもホテルの階段でも伯爵家の舞踏会でも。その“誰か”はいた。
子爵家のボヤ騒ぎも、きっとその“誰か”のせい。
もしかしたら、アタシの知らないところで、もっとたくさんの“誰か”がいたのかもしれない。
アタシの命を狙う“誰か”。
アタシはずっとその“誰か”の手下がキースだって思ってた。思いこんでた。
だから逃げ出そうと画策したし、ずっと警戒し続けてた。
でも違った。
キースは、本当にアタシを大事にしてくれていた。
大切な子爵家令嬢だから? 兄さまの唯一の家族だから? 仕えるべき主だから?
わかんないけど、ずっと守ってくれていた。
だって、この怪我、アタシをかばってのことだよね。
舞踏会から去るときにみせた“おふざけ”。アタシを抱き上げて困らせて楽しんでるのかと思ったけど――違った。
アタシを抱き上げた直後にぶつかってきたあの給仕。
あの時、キースが抱き上げてくれなかったら。給仕に刺されていたのは間違いなくアタシ。彼の怪我した二の腕。そこは、ちょうどアタシの心臓にあたる高さだったから。
アタシが狙われていた。
キースはふざけてたんじゃなくって、アタシを守ってくれていた。アタシをとっさに抱えることで、アタシが刺されるのを回避してくれた。
あの船の上の事件だってそう。キースはアタシを突き落とそうとしたんじゃなくって、突き落とされそうになってたアタシを助けてくれていたんだ。
テオをページボーイとしてこのホテルに置いたのも、自分が不在の時であってもアタシを守るため。
監禁してたんじゃない。アタシをずっと守ってくれていたんだ。
「ごめんな……さ、い」
アタシ疑ってばっかりで、逃げ出すことばっかり考えてて、すごい嫌な子だった。こんなに大事にされてたのに、守ってもらってたのに、それに気づかずに逃げ出そうとしてた。
「泣かないで、くださると、助かり、……ます。今は、涙を拭って差し上げる、こと、できません、からね……」
アタシに向けられた、温かいキースの眼差し。細められた青紫の瞳は、とても優しい。
「腕がね……、痺れて動かないんです、よ」
え?
「それって、まさか……」
毒が塗られてたり――とか?
さっきからお喋りが途切れ気味なのは、痺れて喋りにくくなってるから――とか?
「大丈夫、ですよ。痺れは……そこまで強くない、ですか、ら。少しだけ、感覚が鈍ってる、だけで。それに、慣れてます、……から」
「バカ言うんじゃないわよ!! 毒に慣れてるって、どんな生き方してきたのよ、アンタは!!」
涙なんて自分で拭ってやる。腕で何度もゴシゴシこすって、涙なんてなかった顔になってやる。泣いてない、いつもの顔になって、「毒に慣れてる」なんて言う、ふざけたヤツをキッと睨みつけてやる。
「フフッ……。いいですね、その気の強さ。好き、ですよ」
再び吐き出された深い息。アタシを見ていた青紫の瞳が、瞼の向こうに閉ざされる。
「ここはおとなしく、休むとしますが……。どこにも、行かないで、ください、……ね」
多分、そこまで喋るのが限界だったんだろう。キースの体から力が抜け、しばらくすると静かな寝息が聞こえ始めた。
(バカ。今のアンタを置いて逃げ出すわけないじゃない)
アタシはね、ここまでして守ってくれたアンタに感謝してるの。アンタから逃げ出す必要がない、むしろそばにいたほうがいいってわかったから。
それにね。
(こうなったら、トコトン真相を喋ってもらうんだから)
アンタと繋がってるヤツは誰なのか。アタシのことを任せろと伝えたヤツは誰なのか。
アタシは誰と戦わなくっちゃいけなくて、誰を頼っていけばいいのか。
全部、全部、アンタの知ってること全部話してもらうんだから。
だから。
(早く、よくなりなさいよ)
でないと、また泣いてやるんだからね。
かすかに目を開けたキース。
「お怪我は……ありま、せん、か?」
少しだけ顔色はよくなったものの、息はまだ苦しそう。なのに、こっちの心配をしてくる。
「ないわよ。アンタのおかげでね」
「――それは、よかった」
漏れる深い息。
「貴女に、なにかあったら、ローランドに、叱られます……から、ね」
「――バカ。そんなことで怒るような兄さまじゃないわよ」
「どうだか。貴女のことに関しては、とても、狭量でした、よ」
フーッと息を吐き出したキース。その口もとが、笑おうとしたのかかすかに緩む。
かつての、兄さまと過ごした日々を思い出してるんだろうか。その瞼が再び閉ざされた。
「こんな風に、看病されてると知ったら、……彼は、どんな顔を、するんでしょうね」
「よくぞ妹を守った、よくやったって言うんじゃない?」
間違っても、「妹に看病されるなんて、けしからん!!」とは怒らないと思う。
「それなら、この役得なこの状況を、しっかり堪能しておきましょうか」
「――バカ」
そんな皮肉を言えるようなら大丈夫ね。
安心すると、こらえてたものが溢れ出す。
「ああ、泣かないでくださいよ。ローランドに叱られてしまいます。妹を泣かせるな、と」
「む、無理、よっ!!」
涙と嗚咽が止まらない。我慢しようとすればするほど、ワンワンと大声で泣きたくなる。
――ごめんなさい。ごめんなさい。
アタシ、ずっと誤解してた。
アンタが敵だって誤解してた。
アタシを狙う“誰か”。それがいることは確実。
船の上でもホテルの階段でも伯爵家の舞踏会でも。その“誰か”はいた。
子爵家のボヤ騒ぎも、きっとその“誰か”のせい。
もしかしたら、アタシの知らないところで、もっとたくさんの“誰か”がいたのかもしれない。
アタシの命を狙う“誰か”。
アタシはずっとその“誰か”の手下がキースだって思ってた。思いこんでた。
だから逃げ出そうと画策したし、ずっと警戒し続けてた。
でも違った。
キースは、本当にアタシを大事にしてくれていた。
大切な子爵家令嬢だから? 兄さまの唯一の家族だから? 仕えるべき主だから?
わかんないけど、ずっと守ってくれていた。
だって、この怪我、アタシをかばってのことだよね。
舞踏会から去るときにみせた“おふざけ”。アタシを抱き上げて困らせて楽しんでるのかと思ったけど――違った。
アタシを抱き上げた直後にぶつかってきたあの給仕。
あの時、キースが抱き上げてくれなかったら。給仕に刺されていたのは間違いなくアタシ。彼の怪我した二の腕。そこは、ちょうどアタシの心臓にあたる高さだったから。
アタシが狙われていた。
キースはふざけてたんじゃなくって、アタシを守ってくれていた。アタシをとっさに抱えることで、アタシが刺されるのを回避してくれた。
あの船の上の事件だってそう。キースはアタシを突き落とそうとしたんじゃなくって、突き落とされそうになってたアタシを助けてくれていたんだ。
テオをページボーイとしてこのホテルに置いたのも、自分が不在の時であってもアタシを守るため。
監禁してたんじゃない。アタシをずっと守ってくれていたんだ。
「ごめんな……さ、い」
アタシ疑ってばっかりで、逃げ出すことばっかり考えてて、すごい嫌な子だった。こんなに大事にされてたのに、守ってもらってたのに、それに気づかずに逃げ出そうとしてた。
「泣かないで、くださると、助かり、……ます。今は、涙を拭って差し上げる、こと、できません、からね……」
アタシに向けられた、温かいキースの眼差し。細められた青紫の瞳は、とても優しい。
「腕がね……、痺れて動かないんです、よ」
え?
「それって、まさか……」
毒が塗られてたり――とか?
さっきからお喋りが途切れ気味なのは、痺れて喋りにくくなってるから――とか?
「大丈夫、ですよ。痺れは……そこまで強くない、ですか、ら。少しだけ、感覚が鈍ってる、だけで。それに、慣れてます、……から」
「バカ言うんじゃないわよ!! 毒に慣れてるって、どんな生き方してきたのよ、アンタは!!」
涙なんて自分で拭ってやる。腕で何度もゴシゴシこすって、涙なんてなかった顔になってやる。泣いてない、いつもの顔になって、「毒に慣れてる」なんて言う、ふざけたヤツをキッと睨みつけてやる。
「フフッ……。いいですね、その気の強さ。好き、ですよ」
再び吐き出された深い息。アタシを見ていた青紫の瞳が、瞼の向こうに閉ざされる。
「ここはおとなしく、休むとしますが……。どこにも、行かないで、ください、……ね」
多分、そこまで喋るのが限界だったんだろう。キースの体から力が抜け、しばらくすると静かな寝息が聞こえ始めた。
(バカ。今のアンタを置いて逃げ出すわけないじゃない)
アタシはね、ここまでして守ってくれたアンタに感謝してるの。アンタから逃げ出す必要がない、むしろそばにいたほうがいいってわかったから。
それにね。
(こうなったら、トコトン真相を喋ってもらうんだから)
アンタと繋がってるヤツは誰なのか。アタシのことを任せろと伝えたヤツは誰なのか。
アタシは誰と戦わなくっちゃいけなくて、誰を頼っていけばいいのか。
全部、全部、アンタの知ってること全部話してもらうんだから。
だから。
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