猫ネコ☆ドロップ!

若松だんご

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22.アオハルオーバードーズ

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 気を取り直して、店内を見て回る。
 当初の目的、志乃くんの服選び……なんだけど。

 (何を選んだら正解?)

 それがわからない。
 とりあえず、志乃くんが普段買いに立ち寄る店ってのを教えてもらって、そこからあたしのセンスで選んでと言われたんだけど。

 (――あたしにセンスなんてもん、あるの?)

 壁にぶち当たる。
 今日の服だって、結局はかなちゃんに全部選んでもらったようなもんだし。普段のあたし、実家にいた時に買った、お値段お値打ちプライベートブランドしか着てないし。

 ラフなフードつきトレーナー。お家で過ごすならこれが一番ラクだよね。
 ダークな色目の、リブ編みのクルーネックニットも捨てがたい。これに、白のシャツを合わせたら、知的な学生っぽくってヨキ。(そんなことしなくても、志乃くんは充分知的だけど)
 あ、でも、このざっくり編みのカーディガンも捨てがたい。こっちのスキニーデニムと合わせると、さらに志乃くんの良さが引き立たない?

 (ど、どれにしよう……)

 アクティブに若々しく? それとも華やかに上品に? 知的に落ち着きを求める? シンプルにさり気なく? ワイルドに男っぽさを強調して?
 自分の方向性だって見失ってるマヨマヨなのに、人のテイストがわかるわけない。ってか、志乃くんならなんでも似合っちゃうし。
 
 (「ここにあるもの、すべていただきますわ」なら即時解決なんだけどな)

 ハンガーにかかってる服をガチャガチャ。
 金持ちがやるイメージのアレ。サイズ違いも取り揃えられてるお店でやったら、SSからLLまで、同じ色サイズ違いお買い求めあざした~になっちゃうけど。

 (あ、でもこれ……)

 並ぶハンガーラックの商品の一つに目が留まる。

 「どれか、決まりそう?」

 うごっ!

 後ろから、ささやき近づいてきた志乃くんの顔。

 「こっ、これなんかどうでしょう!」

 とっさに掴んだハンガー。取り出したのはスモーキーブルーのシャツ。ボタンダウンのシンプルなやつ。スモーキーブルー。三次元推しシノさまのイメージカラー。

 「いいね、それ。――Sサイズだけど」

 ククッと、こもるように笑った志乃くん。
 うぎゃあ、あたしなんてことを!
 慌ててそのとなりのLサイズを選び直す。でも。

 (この色、ちょっと寒々しいのよね)

 これから冬に向かってくってのに、寒々しいのはちょっと。シノさまのイメージカラーだから、志乃くんにも似合うかなっていう、よこしまオタク心だったんだけど。

 「そのシャツ、これと合わせてもいい?」

 言って志乃くんが手近にあったものをシャツに当てる。
 暗めキャメルのクルーネックニットセーター。これを重ねれば、襟ぐりと裾からシャツがちょっとだけお目見えする寸法。これなら、寒々しいのは軽減できる? できる! あとは、今着てるような黒のテーラードジャケットを羽織れば、完璧!

 「カッコいい……」

 思わず本音がこぼれ落ちる。

 「そう? じゃあ、のどかは……これかな?」

 あたしの手を取り、志乃くんが連れて行ったのは、レディース小物売り場。

 「はい、これ」

 ポスっと頭に載せられたもの。……ベレー帽?
 チョボのついた、フェルト生地の基本スタイルベレー帽。でもこれ、スモーキーブルー?

 「おそろい。よく似合ってる」

 「そそ、ソウデスカ」

 そうですか、そうですか。そうなんですか、そうですか。
 自分じゃわかりませんけど、そうですか。
 ニッコリ笑われてしまうと、恥ずかしさで爆発しそうで顔も上げられない。
 まさかこんなところで、推し色に染められてしまうとは。
 今までスモーキーブルーなんて寒色を使ったら、チビがさらに小さく見えるかもって思って遠慮してきたんですが。ベレー帽なんて被ったら、「プッ。幼稚園児」って言われそうだから遠慮してきたんですが。
 似合ってるの? そうですか。
 志乃くんの言葉を信じるしかない。――って、え?

 「し、志乃くん!」

 間抜け顔になってたあたしを置いて、一足先にお会計に向かった志乃くん。手際よく、シャツもセーターも、そしてベレー帽までお買い上げ。

 「お金、お金払います!」

 おいくらでした!?

 「いいよ。これは、選んでもらったお礼」

 ポスッと再び頭にベレー帽。

 「じゃあ、お洋服代だけでも!」

 「いいの。こっちは選んでほしいって俺が頼んだだけだから」
 
 洋服代もベレー帽代も志乃くん持ち。

 「それよりさ。申し訳ないって思うのなら、学校とか次のデートで被ってきてよね。俺もこのシャツ着てくるからさ」

 そそ、それはおそろいコーデをしてこいと?
 (二次元)推し色に染まるだけじゃなく、推し(三次元)とおそろいコーデをしろと。

 (あわわわわ……)

 なんかすごいことになってきたよ、ニセモノカノジョ業。

 「さて、と。欲しいものは買えたし。あとは……」

 ン~っと軽く思案した志乃くん。その顎に指を当てる仕草。秀逸です。

 「のどか、ちょっと疲れてない?」

 へ?

 「喉乾いたし。少し休憩しよっか」

 「あ、はい。って、うえっ!?」

 服を選んでる時は離れてたのに。再びギュムっと恋人つなぎ。
 鎮まれ心臓。落ち着け脳みそ。
 これはあくまで「女よけ」。
 ニセモノカノジョ業の一環なんだから。

 志乃くんが連れてきてくれたのは、再び一階。フードコートの一角。入り口で飲み物を訊かれ答えると、「ここで待ってて」とストンと席に座らされた。
 そこまでのエスコート。とってもさり気なエレガント。

 (ハァァァァ……)

 その席で、魂まで抜け落ちそうな盛大ため息を吐き出す。
 誰かに見られること前提の、ラブラブお買い物デート。見られること、いちゃつくこと。わかっていたけど。わかっていたけど~!

 (あたし、ちゃんとお役目果たせてるのかな)

 志乃くんは、いたらないあたしを上手くエスコートして、なおかつ楽しませてくれてるけど、あたしはそれに応えるだけのことしてるんだろうか。
 あたしの選んだスモーキーブルーのシャツ。
 あれは、あの色がシノさまのカラーだから、シノさま似の志乃くんなら似合うだろうって安直な思考の結果だし。まあ、実際あれ、スッゴク似合ってるんだけど! 志乃くんだから似合ってしまうんだけど!

 (なんだかなあ……)

 言葉にできないモヤモヤが残る。
 
 (あたし、これでいいのかな)

 おそろい色のベレー帽が、やけに重く感じられる。

 「のーどか」

 ヌッと、目の前に現れたカップ。あたしがお願いした、キャラメルマロンクリームフラッペ。季節限定で、デカデカと看板に掲げてあったもの。

 「ありがとうございます」

 差し出されたそれをお礼を言って受け取ると、向かい側に、志乃くんがアイスコーヒー片手にストンと座った。

 「あの、これ、おいくらですか?」

 確か、さっきの看板には、Sサイズ540円、Mサイズが600円って書いてあったような気がするけど。

 「待って。これぐらいおごるから」

 カバンから財布を取り出しかけたあたしに、志乃くんがストップをかける。

 「ダメです。これぐらいはちゃんと出します」

 頭に載ってるベレー帽は、百歩譲って洋服選んだお礼、ニセモノカノジョの必要経費として受け取れるけど、さすがにドリンクまではダメ。

 「……こんなぐらい、おごらせてよ」

 ムヌッと口を曲げた志乃くん。

 「けじめですから」

 その顔が面白くて、つい笑ってしまう。
 そう。
 いくらなんでも、けじめは大事。
 本当のカノジョなら、「うれしい、ありがと♡」でもいいかもしれないけど、あたしはあくまで女よけなんだから、これ以上甘えちゃダメ。
 そのための区切り、600円。

 (志乃くんの本物カノジョになる人って、メッチャ甘やかしてもらえそうだな~)

 そんなことを思いながら、ストローに口をつける。
 ニセモノ、見せかけのあたしですら、ここまで大事にしてくれるのなら、本気で好きになった相手は、トコトン甘やかして構い倒すんだろうな。
 ゲームのシノさまは、親密度が上がると、落ち込んだ主人公に、そっとスモーキーブルーブルーの花を摘んできてくれたりするけど。

 (それがシノさまの瞳の色だから、胸キュンなのよね~)

 主人公の部屋の前に置かれた、小さな花の一輪。
 誰のともわからない、誰からともわからない花。でも主人公は、「あの人だ……」って感づくのよ。同じ色の瞳の持ち主。言葉で態度でいたわらなくても、主人公への想いを花に託して届けてくれる。

 (ああいう、不器用なところっていいよね~……って、あ、これ、美味しい)

 モンブランみたいな栗の味のする、シャリッとしたシャーベット。そこにホイップクリームとの甘みとキャラメルの甘味、香ばしさも加わってて。

 (期間限定なの、もったいないな)

 一年中味わいたいけど、新鮮な栗じゃないとできないとか?
 だとしたら、またかなちゃん連れてきて、飲めるだけ飲んどかなきゃ。

 「――それ、美味しいの?」

 「え? ああ。美味しいですよ。ほら」

 飲んでみます?
 向かいに座る彼にストローを向ける。

 「――え? ああ」

 チュッと軽く飲んだ彼。

 「美味しいね」

 「でしょう? これ、期間限定だから、いっぱい飲んどかなきゃ損ですよ」

 来年も再販してくれるとは限らないし。
 戻ってきたフラッペ、残ってるホイップとフローズン部分、キャラメルソースを太めのストローで混ぜ混ぜ。時折こうやって混ぜてあげないとホイップだけ残ったりするんだよね。
 ってことで、ある程度混ぜてから、続きを飲む。――って。ん?

 (あの、これって、もしかして、もしかしたり――する?)

 チュッと飲みかけたところで思考と、吸引停止。
 あのさ。今、あたし、志乃くんに「飲んでみる?」って差し出したよね? そんでもって、彼、「美味しいね」って飲んだよね? それから、あたし混ぜ混ぜしてこれを飲んでるって――

 (間接キスじゃん!)

 目をこれでもかってぐらい見開く。
 え、ちょっと待って! 今あたし、その、かなちゃんにやるような、ライトな「飲んでみる?」でこれを勧めちゃったよ?

 (いやいやだってだって、志乃くん、とってもナチュラルに「美味しいの?」って訊いてくるからぁっ!)

 まるで朝の挨拶みたいな気軽さで。だから、あたしもウッカリのせられて、気安く差し出しちゃったりしたのよ! 

 (どどど、どうしよう!)

 これ、気づかないフリして飲み続けるべき? それとも、えっと、えっと……。

 「どうしたの? 飲まないの?」

 頬杖ついて、意味ありげな志乃くんの笑み。
 志乃くん、これが間接キスだって気づいてたんだ~~っ!
 
 (ええい、こうなったら!)

 ズムムムム、ズボボボボと、音を立てての一気飲み。
 ひんやり冷たく美味しいはずのキャラメルマロンクリームフラッペ。
 だけど、飲み干しても、耳までジンジンするぐらい顔が熱くてたまんないし、甘さもなにも感じる余裕はどこにもなかった。
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