猫ネコ☆ドロップ!

若松だんご

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19.滔々と話する嘘は果てしなく

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 「この猫、筒井さんの?」

 竹芝くんが、腕の中の猫の顔を、あたしに見せるように抱え直す。

 「あ、うん! そう! あたしの猫! 探してたんだ!」

 「あたしの猫」でいいんだろうか。ちょっと戸惑ったけど、今は「あたしの猫」扱いしておく。ごめんなさい、志乃くん。

 「うっかりドアを開けたら逃げ出しちゃって。助かったよ、竹芝くん」

 言って、猫を受け取ろうと両手を差し出す。けど。

 「レポート、遅れてるのに猫と遊んでるなんて。余裕だね」

 猫の代わりに、辛辣な言葉がきた。
 あたし、レポートもやらないで、猫と遊んでるって思われた?

 「は? 猫が逃げ出したら、普通捜すでしょ」

 思わずカチンときて、本気の反論。

 「猫が逃げたしたら、レポートとか関係なく、誰だって猫を捜すでしょ? ほったらかしにして、猫になにかあったらどうすんのよ」

 志乃くんが、そんなウッカリな目に遭うとは思えないけど、だからって放置できるわけない。

 「それに、心配してもらわなくてもレポートならすませました! 今日、提出します!」

 なんかムカつく!
 奪い取るように、志乃くんを取り返す。なんか、竹芝に抱かれたままにしておきたくない。ついでに、こんなヤツに「くん」をつけて呼びたくない。

 「猫、見つけてくださってありがとうございました!」

 フン!
 頭も下げて礼儀は果たした。これでもういいでしょ。

 「――なあ、アンタ、ホントにあの工学部の先輩とつき合ってるのか?」

 志乃くんを抱いて足早に戻ろうとするあたしに、竹芝が尋ねる。

 「ホントに……って。どういうことよ」

 まさか偽装がバレてる? 怒りをキープしたいのに、動揺が均衡を乱す。

 「言葉の通りだよ。あの先輩、佐保宮さん……だっけ。毎日文学部までアンタを迎えにくるけどさ。どう見ても、つき合ってるみたいに思えないんだよな」

 「な゛っ……!」

 見えない? 見えてない? 恋人らしくラブラブっぽく見えてない?

 「そそっ、そんなことないわよ! ちゃんとつき合ってるよ!」

 動揺が、焦燥に。心臓バクバク。視線はどっか彷徨い中。

 「ホントに? アンタとあの先輩、全然お似合いじゃない、つり合ってないじゃん」

 グウ。
 それを言われるととても辛い。
 完璧イケメンの志乃くんと平凡並々のあたしとじゃ、全然つり合ってないなんてこと、わかりきってるけど。だからって、改まって、第三者にズバッと言われると、かなりキツイ。

 「なあ。騙されてるとか、何かの弱みを掴んでとか、そういうんじゃないだろうな」

 「い゛っ!」

 ギクギクギクギクッ!

 「やっぱりそうか。弱みを握って無理やりとか、卑怯じゃないのか、そういうのって」

 「嫌だな、そんなマンガみたいなこと、あるわけないじゃん。アハハハハ……」

 自分でもよく分かるぐらい、乾きすぎた笑い。竹芝の疑い晴れず。ええーい、こうなったら!

 「げ、現にあたしと先輩は、すっごくラブラブなんだから! 昨日だって一緒にお買い物して、仲良くゴハン食べるぐらいだし!」

 う、ウソは言ってないぞ! ウソは! 一緒に買い物してゴハンも食べた!
 ほら、その証拠に、竹芝の目をガン見して話してるぞ、あたしは。一ミリだって視線をはずしてやんない。

 「なんなら、昨日は熱い一夜を過ごして、今も先輩の部屋で起きたぐらいだし!」

 熱い一夜=お鍋が熱い一夜。だけど。
 志乃くんの部屋で起きたことは真実。

 「先輩ってば、あたしのことをいっぱい愛してくれて、『名前呼んで?』とか甘えてくるし、あたしを抱きしめて離してくれないし! 『そのままののどかでいい』とか言ってくれるんだから!」

 事実だけ話してるのに、ウソの濃度マシマシ。
 針小棒大。小さな針が、如意棒のごとくグングン伸びてく。もうこれだけで、カリンさまのとこ行かなくても、神様のところに辿り着けそう。

 「あたしが疲れてる時は、『無理するな』っていたわってくれるし。『俺だけのキミでいて欲しい』とか、『キミを誰にも渡したくない』とか言ってくれるんだからね!」

 モリモリモリモリ。ゲーム:シノさまエピソードも混ぜて、ウソのマシマシモリモリ、倍盛りてんこ盛り。

 「それにね、先輩ってとってもイケメンなのよ! 人の内面って顔に出るのかしらね。あの顔立ち、声、仕草、姿。どこからどう見ても360度、全方位完璧なイケメンなんだから!」

 チクチク嫌味ばっかり言ってくるアンタと違ってね!

 竹芝との接点なんてほとんどなかったけど、ここまでヤなヤツだとは思わなかったわ。男子として普通の顔してると思うけど、今のあたしから見たら、竹芝なんて志乃くんの足元にも及ばないブサメンよ。あたしと志乃くんの関係を疑ってかかるし。
 志乃くんは、それはもう、シノさまソックリのミラクルイケメン。ちょっとイジワルなところもあるけど、猫になって困ってたあたしを助けてくれるぐらい優しい。昨日のすき焼きだって、あたしが関西風を知らないって言ったら、「じゃあ作ってあげるよ」ってなったもの。
 あたしと志乃くん。
 月とスッポン、提灯に釣鐘かもしれないけど、割れ鍋にとじ蓋、いい塩梅のカップルなの。見せかけだから、そういうことにしておくの!

 「ふぅん。で? そんなこと、僕に話してどうするのさ。わざわざノロケる意味あるの?」

 ウソマシマシノロケを聞いても動じない竹芝。

 「え、いや、意味って言われると……」

 そんなふうに、フンと鼻息鳴らされるとなんとも……。
 迎えに来てもらって、一緒に帰って。一緒にゴハン。そして一緒に朝を迎える。
 ただの「リア充爆散しろ」案件でしかないんだけど。

 「なんでもいいけどさ。その猫、どうにかしてあげたほうがいいよ」

 「え? へ? うわっ! しっ……シニョくん!」

 ギリギリで「志乃くん」呼びを回避。ってそんなことより、なんで志乃くん、グデっと茹でられたみたいになってんの? あたしが抱きしめすぎた?

 「それと、さっきの弱み云々だけど。僕が言い出したわけじゃないからね」

 「え?」
 
 「みんなの言ってることだよ。キミがあの先輩とつき合うなんてありえない。きっと何か裏があるんだろうって」

 ング。

 「ああ、そうだ。その噂がウソだって言うならさ、みんなの前で先輩とキスの一つでもしてやったら? そしたらそんな下手なノロケを語るより、きっと効果てきめんだよ」

 ンググググ。

 じゃあ。
 立ち去る竹芝の後ろ姿。
 ムカつくけど。とぉぉぉってもムカつくけど。

 (やっぱ、あたしと志乃くんじゃあ、全然お似合いに見えないのかあ……)

 あたしと志乃くんでは、「破れ鍋にとじ蓋」じゃなくて、「破れ鍋に高級鍋蓋」だもんなあ。それも、人間国宝みたいな爺さんが作った最高の一品鍋蓋。
 後ろに垂れ線背負えるぐらい、ズズンと気持ちが落ち込んだ。
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