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18.やんのかステップ
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(うぉうっ!)
目覚めた瞬間、ギリギリこぼれ落ちなかった声。
よく頑張った自分――じゃなくて。
ナニコレ。
状況把握、無理。
見慣れたくはないけど、見慣れてしまった志乃くんの部屋――、のベッドの上。
キチンと上掛けを被って寝てたあたしの隣に、スヤスヤと眠る黒い猫。
以前と同じような状況だけど、一緒に寝てた相手が違う。
以前は志乃くん。今日は黒猫。
なんで、どうして、ここに黒猫?
記憶を捜索。取り調べ。
――昨夜、アナタはこの部屋で何をしていましたか。できるだけ詳しく話してくださいませんか。
脳内に現れた、刑事っぽいおっさんと部下。手にはメモ帳。書き込む準備OK。
えっと。昨日は、カレシと一緒にゴハンを食べてその後、この部屋でレポートに取り掛かってました。
――ほうほう。なるほど。それで? ゴハンのメニューは、なんでしたか?
ええーっと。確か〝すき焼き〟です。関西風のヤツです。
――ふむ。関西風と言えば、肉を焼いてから割り下を絡める、アレですかな?
いえ。「関西でも普通に煮込む」と言われました。違うのは白ネギの代わりに青ネギ、焼き豆腐の代わりに普通の豆腐ってぐらいです。
――なるほど。
あ、でも、ちょっと変わってて、うどんも入れました。一玉。
――おい。(背後に控えてた若い刑事に何やら指示を出す) それで? そのすき焼きは美味しかったのですかな?
はい、とっても。お腹空いてたので、すごく美味しかったです。「遠慮」って言葉を忘れるぐらい食べちゃいました。
しらたきあるのにうどん? って思ったけど、意外と味が絡んで美味しかった。
――それはなにより。それで、それからどうしたのですか? その後、カップルらしく仲良くされたのでは?
いっ、いえいえ、そんなことは。
――本当ですか?
本当ですよ。ゴハンを食べたら、早速レポートに取り掛かりました。冗談抜きにして、時間がありませんでしたから。
――確かに。レポートは完成しているようですね。提出できるように、印刷まで終わっている。
刑事が、机の上に放置してあった、ノーパソとプリントアウトしたレポートを見比べる。
あたしのアリバイ、成立? ってか、これ、アリバイ必要案件?
――なるほど。よくわかりました。ご協力、ありがとうございます。
刑事が、撫でつけた黒髪頭をペコリと下げる。それから、クルリと向きを変え、どこかに向かって歩き出す。
――ああ、一つ最後によろしいでしょうか。
わざとらしく言いおいて、刑事が、もったいぶりながらふり返る。
――そのステキなカレシ、志乃くんですか。彼はいったいドコに行ってしまったんでしょうねえ。
……知るか、そんなの!
知ってたら、こんなふうに事情聴取なんて受けないわよ! このトンチキ刑事!
ポシュンと消した刑事。
(とにかく。今わかってることは、あたしのレポートは完成してて、あたしは志乃くんの部屋で目を覚まして、隣には黒猫くんが寝てるってことよね)
自分がいつ寝落ちしたのか知らないけど、状況から鑑みるにそういうことなんだと思う。
(じゃあ、志乃くんは? 彼はどこに行ったの?)
トンチキ刑事じゃないけど問いたい。問いたいけど、誰に問うたらいいのかわからない。強いて言うなら、この黒猫だけど……。
(ねえ、これって、もしかして、もしかしたりする?)
猫の背後、机の上に並ぶもの。あたしのパソコン。出来上がったレポート。そして、フタの開いたビン。中には猫化ドロップ入り。
つーまーりーはー。
(この黒猫って、――志乃くん?)
スヤスヤと眠る黒猫。彼がいなくて、猫がいるってことは、そういうこと? どうしてなんでドロップ舐めたのか知らないけど、そういうことなんだよね?
志乃くんが、どこかから猫を連れてきて部屋に置いてったってのなら別だけど。わざわざそんなことをする理由が見つからない。
(このコ、志乃くんなんだ……)
全体的に、精悍な印象の黒猫。ビロードのような毛並み。体つきもとってもスマート。
あのドロップを舐めたからって、全員が灰色ハチワレ猫になるわけじゃないらしい。
(猫でもカッコいいってズルい)
カッコいいものはよりカッコよく、そうでないものはそれなりに。
なんかショック。
でも。
(寝てるの、カワイイ)
無防備だからかな。カッコいいの合間からカワイイがにじみ出てる。
(触っていい? これ、触ってもいい?)
ムクムクと湧き起こるイタズラ心。ワキワキ動きだす指。
あたしを猫化させて触ってるのは志乃くんだし。いつものお返しぐらいやってもいい気がするし。あたしが猫志乃くんを触ることで、いつもの志乃くんの気持ちがわかるかもしれないし。すっごくキレイな毛並みだから、四の五の言わずに触ってみたいし。志乃くんだって、猫みたいに可愛がられたいのかもしれないし。触ってみたくてたまらないし。
(触る。触るよ、志乃くん)
決意を固め、ゴクリと喉を鳴らす。寝てる間に触る変態じみた高揚感。黙って触ることの緊張感。
そーっと。そーっとゆっくり手を伸ばす。
パチ。
(あ)
あと数センチ、いや数ミリのところで、黒猫志乃くんが目を覚ます。
(うわ、キレイ……)
吸い込まれそうなぐらいキレイな、水色の目。
(シノさまの目だ……)
ゲームのシノさまと同じ色。そしてドロップと同じ色。
まるでゲームのシノさまを猫化したような目と体。
シノさまと志乃くん。とっても似た顔立ちだから、猫化すると、よりソックリに感じられるんだ。
ピト。
宙ぶらりんになっていた手が、黒猫志乃くんのお腹に触れる。あ、温かい。
「フシャーッ!」
え?
いきなり立ち上がった黒猫志乃くん。そのビロードのような黒い毛まで、まるで電気が走ったみたいに、ビリビリバリバリ逆立てる。
(や、やんのかステップ……)
これでもかってぐらい背中を高く持ち上げて。床に降りてもビョンビョンビョン。距離をとってもビョンビョンビョン。下から思いっきりガン見してくるんだけど。
(そ、そんなの触られたくなかったの?)
そこまで威嚇してくるぐらい。そこまであたしから距離をとるくらい。
(自分は、あたしにベタベタ触ってくるくせに)
触る、撫でるだけじゃない。あたしを思いっきり「猫吸い」してきた。なのに、自分は「触れること、許さん」なの? ズルくない?
なんか腹立ってきた。
勝手にドロップ舐めさせたりするくせに。勝手にあたしを猫扱いするくせに。
――こうなったら。
「人間さまをなめるなっ!」
ビョーンとあたしもベッドからダイブ。着地。
一気に黒猫志乃くんとの距離を詰める。
さあ。もう逃げられないよ、志乃くぅん。
両手をワキワキ。あくどく笑いながらにじりと近寄ると、あたしを見上げる志乃くんが、ビクッと震えた。
「さあ、覚悟なさいっ――って、わっ! 志乃くん!」
捕まえる寸前、ピャッと逃げた志乃くん。そのまま玄関に駆け寄ると、器用に自分の重さと前脚を使ってドアを開けた。
「うわわわ、待って、待って!」
わずかに開いたドアの隙間。そこからの華麗な脱出。
「ヘブッ!」
慌てて追いかけるけど、閉まりかけたドアに思いっきり顔をぶつける。鼻、痛い。
「しっ、志乃くん!」
鼻をさすりつつ、追いかける。
元は人、でも今は猫。
外に出て安全ってことは保証できない。
「志乃くんっ!? 志乃くん、どこっ!?」
それに、あのドロップ、いつ効果が切れるかわかんない。だいたい十二時間って臨床結果出てるけど、あたしの猫化がバレたときみたいに、いつも同じってこともないみたいだから。誰かに猫から戻るところを見られたら、志乃くんであっても説明出来ないと思う。
(ってか、あたしも「志乃くん」って呼んでちゃダメじゃん)
捜す声を聞きとがめた人に、「シノ? 猫に恋人(仮初)の名前をつけてるの? うわ、ないわ~」って思われちゃう。
なので。
「お~い。ドコ行っちゃったの~、猫~、猫く~ん」
に変更。それもなるべく小声で。
(外に出ちゃったのかな)
マンションの外に。
そこまで触られたくない、嫌われてるのかと思うと、結構へこむけど。今は、そんなことを考えてる場合じゃない。
捜索範囲を共用廊下だけじゃなく、階段、エントランスホール、マンション前の公園へと広げていく。
「――筒井さん。何やってんの?」
ガサガサと、公園の植え込みに頭を突っ込んでたあたしにかかった声。
「え、あ。竹芝くん?」
振り返った後ろに立っていたのは同級生の竹芝くん。
なんで彼がここに? ――って。あ!
「猫!」
彼の腕の中にちょこんと大人しく収まってた猫。
ビロードのような黒い毛並み、透き通るような水色の目。
間違いなくそれは、猫化した志乃くんだった。
目覚めた瞬間、ギリギリこぼれ落ちなかった声。
よく頑張った自分――じゃなくて。
ナニコレ。
状況把握、無理。
見慣れたくはないけど、見慣れてしまった志乃くんの部屋――、のベッドの上。
キチンと上掛けを被って寝てたあたしの隣に、スヤスヤと眠る黒い猫。
以前と同じような状況だけど、一緒に寝てた相手が違う。
以前は志乃くん。今日は黒猫。
なんで、どうして、ここに黒猫?
記憶を捜索。取り調べ。
――昨夜、アナタはこの部屋で何をしていましたか。できるだけ詳しく話してくださいませんか。
脳内に現れた、刑事っぽいおっさんと部下。手にはメモ帳。書き込む準備OK。
えっと。昨日は、カレシと一緒にゴハンを食べてその後、この部屋でレポートに取り掛かってました。
――ほうほう。なるほど。それで? ゴハンのメニューは、なんでしたか?
ええーっと。確か〝すき焼き〟です。関西風のヤツです。
――ふむ。関西風と言えば、肉を焼いてから割り下を絡める、アレですかな?
いえ。「関西でも普通に煮込む」と言われました。違うのは白ネギの代わりに青ネギ、焼き豆腐の代わりに普通の豆腐ってぐらいです。
――なるほど。
あ、でも、ちょっと変わってて、うどんも入れました。一玉。
――おい。(背後に控えてた若い刑事に何やら指示を出す) それで? そのすき焼きは美味しかったのですかな?
はい、とっても。お腹空いてたので、すごく美味しかったです。「遠慮」って言葉を忘れるぐらい食べちゃいました。
しらたきあるのにうどん? って思ったけど、意外と味が絡んで美味しかった。
――それはなにより。それで、それからどうしたのですか? その後、カップルらしく仲良くされたのでは?
いっ、いえいえ、そんなことは。
――本当ですか?
本当ですよ。ゴハンを食べたら、早速レポートに取り掛かりました。冗談抜きにして、時間がありませんでしたから。
――確かに。レポートは完成しているようですね。提出できるように、印刷まで終わっている。
刑事が、机の上に放置してあった、ノーパソとプリントアウトしたレポートを見比べる。
あたしのアリバイ、成立? ってか、これ、アリバイ必要案件?
――なるほど。よくわかりました。ご協力、ありがとうございます。
刑事が、撫でつけた黒髪頭をペコリと下げる。それから、クルリと向きを変え、どこかに向かって歩き出す。
――ああ、一つ最後によろしいでしょうか。
わざとらしく言いおいて、刑事が、もったいぶりながらふり返る。
――そのステキなカレシ、志乃くんですか。彼はいったいドコに行ってしまったんでしょうねえ。
……知るか、そんなの!
知ってたら、こんなふうに事情聴取なんて受けないわよ! このトンチキ刑事!
ポシュンと消した刑事。
(とにかく。今わかってることは、あたしのレポートは完成してて、あたしは志乃くんの部屋で目を覚まして、隣には黒猫くんが寝てるってことよね)
自分がいつ寝落ちしたのか知らないけど、状況から鑑みるにそういうことなんだと思う。
(じゃあ、志乃くんは? 彼はどこに行ったの?)
トンチキ刑事じゃないけど問いたい。問いたいけど、誰に問うたらいいのかわからない。強いて言うなら、この黒猫だけど……。
(ねえ、これって、もしかして、もしかしたりする?)
猫の背後、机の上に並ぶもの。あたしのパソコン。出来上がったレポート。そして、フタの開いたビン。中には猫化ドロップ入り。
つーまーりーはー。
(この黒猫って、――志乃くん?)
スヤスヤと眠る黒猫。彼がいなくて、猫がいるってことは、そういうこと? どうしてなんでドロップ舐めたのか知らないけど、そういうことなんだよね?
志乃くんが、どこかから猫を連れてきて部屋に置いてったってのなら別だけど。わざわざそんなことをする理由が見つからない。
(このコ、志乃くんなんだ……)
全体的に、精悍な印象の黒猫。ビロードのような毛並み。体つきもとってもスマート。
あのドロップを舐めたからって、全員が灰色ハチワレ猫になるわけじゃないらしい。
(猫でもカッコいいってズルい)
カッコいいものはよりカッコよく、そうでないものはそれなりに。
なんかショック。
でも。
(寝てるの、カワイイ)
無防備だからかな。カッコいいの合間からカワイイがにじみ出てる。
(触っていい? これ、触ってもいい?)
ムクムクと湧き起こるイタズラ心。ワキワキ動きだす指。
あたしを猫化させて触ってるのは志乃くんだし。いつものお返しぐらいやってもいい気がするし。あたしが猫志乃くんを触ることで、いつもの志乃くんの気持ちがわかるかもしれないし。すっごくキレイな毛並みだから、四の五の言わずに触ってみたいし。志乃くんだって、猫みたいに可愛がられたいのかもしれないし。触ってみたくてたまらないし。
(触る。触るよ、志乃くん)
決意を固め、ゴクリと喉を鳴らす。寝てる間に触る変態じみた高揚感。黙って触ることの緊張感。
そーっと。そーっとゆっくり手を伸ばす。
パチ。
(あ)
あと数センチ、いや数ミリのところで、黒猫志乃くんが目を覚ます。
(うわ、キレイ……)
吸い込まれそうなぐらいキレイな、水色の目。
(シノさまの目だ……)
ゲームのシノさまと同じ色。そしてドロップと同じ色。
まるでゲームのシノさまを猫化したような目と体。
シノさまと志乃くん。とっても似た顔立ちだから、猫化すると、よりソックリに感じられるんだ。
ピト。
宙ぶらりんになっていた手が、黒猫志乃くんのお腹に触れる。あ、温かい。
「フシャーッ!」
え?
いきなり立ち上がった黒猫志乃くん。そのビロードのような黒い毛まで、まるで電気が走ったみたいに、ビリビリバリバリ逆立てる。
(や、やんのかステップ……)
これでもかってぐらい背中を高く持ち上げて。床に降りてもビョンビョンビョン。距離をとってもビョンビョンビョン。下から思いっきりガン見してくるんだけど。
(そ、そんなの触られたくなかったの?)
そこまで威嚇してくるぐらい。そこまであたしから距離をとるくらい。
(自分は、あたしにベタベタ触ってくるくせに)
触る、撫でるだけじゃない。あたしを思いっきり「猫吸い」してきた。なのに、自分は「触れること、許さん」なの? ズルくない?
なんか腹立ってきた。
勝手にドロップ舐めさせたりするくせに。勝手にあたしを猫扱いするくせに。
――こうなったら。
「人間さまをなめるなっ!」
ビョーンとあたしもベッドからダイブ。着地。
一気に黒猫志乃くんとの距離を詰める。
さあ。もう逃げられないよ、志乃くぅん。
両手をワキワキ。あくどく笑いながらにじりと近寄ると、あたしを見上げる志乃くんが、ビクッと震えた。
「さあ、覚悟なさいっ――って、わっ! 志乃くん!」
捕まえる寸前、ピャッと逃げた志乃くん。そのまま玄関に駆け寄ると、器用に自分の重さと前脚を使ってドアを開けた。
「うわわわ、待って、待って!」
わずかに開いたドアの隙間。そこからの華麗な脱出。
「ヘブッ!」
慌てて追いかけるけど、閉まりかけたドアに思いっきり顔をぶつける。鼻、痛い。
「しっ、志乃くん!」
鼻をさすりつつ、追いかける。
元は人、でも今は猫。
外に出て安全ってことは保証できない。
「志乃くんっ!? 志乃くん、どこっ!?」
それに、あのドロップ、いつ効果が切れるかわかんない。だいたい十二時間って臨床結果出てるけど、あたしの猫化がバレたときみたいに、いつも同じってこともないみたいだから。誰かに猫から戻るところを見られたら、志乃くんであっても説明出来ないと思う。
(ってか、あたしも「志乃くん」って呼んでちゃダメじゃん)
捜す声を聞きとがめた人に、「シノ? 猫に恋人(仮初)の名前をつけてるの? うわ、ないわ~」って思われちゃう。
なので。
「お~い。ドコ行っちゃったの~、猫~、猫く~ん」
に変更。それもなるべく小声で。
(外に出ちゃったのかな)
マンションの外に。
そこまで触られたくない、嫌われてるのかと思うと、結構へこむけど。今は、そんなことを考えてる場合じゃない。
捜索範囲を共用廊下だけじゃなく、階段、エントランスホール、マンション前の公園へと広げていく。
「――筒井さん。何やってんの?」
ガサガサと、公園の植え込みに頭を突っ込んでたあたしにかかった声。
「え、あ。竹芝くん?」
振り返った後ろに立っていたのは同級生の竹芝くん。
なんで彼がここに? ――って。あ!
「猫!」
彼の腕の中にちょこんと大人しく収まってた猫。
ビロードのような黒い毛並み、透き通るような水色の目。
間違いなくそれは、猫化した志乃くんだった。
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