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17.キミを眠らせない
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「授業、終わったわよ~」
うん。
「ほら、のどか、ゴハン食べに行くよ~」
うん。わかった。
「聞いてる~? ってか、アンタ、生きてる~?」
ポコポコ。
容赦なく頭に落ちる丸めたノートによる生存確認。
ペコポコペコ。
机にノベタッと潰れたあたしには、反撃するだけの気力もない。
「まったく。どうしたのよ、のどか」
あたしが動かないせいで、死体蹴りっぽくなったかなちゃんが、椅子に座り直す。
「佐保宮さんと上手くいってないの?」
ドキ。
「そそそ、そんなこと! そんなことないよっ!」
うん。そんなことない。そんなことない。
「じゃあなんでそこまで暗い顔してんのよ。まさか『あたし、愛されすぎて辛いの~』とか言わないわよね。『彼ったら、全然あたしを離してくれなくって~』とか」
ゔ。
「もしそういうのなら、くたばれリア充だけど?」
「だ、大丈夫。そういうんじゃないから」
疲れているけど、そういうのじゃない。
そりゃあね、あたし、今朝は志乃くんのベッドでお目覚めでしたけどね? でもそれは、「宿屋の一夜、ゆうべはお楽しみでしたね」みたいなことがあったわけじゃなく。
(猫化させられた挙げ句、気絶寝しちゃっただけなんだよなあ)
愛されすぎて辛いの~、――猫として。
全然あたしを離してくれなくって~、――猫として。
人としてたくさん愛されて~ってのなら、リア充爆散この野郎だけど、猫としてたくさん愛され~は、気分ビミョウ。「ゆうべ、たくさんアンアン啼かされた」のなら喉が痛いのもガマンできるけど、「ゆうべ、たくさんゴロゴロ鳴かされた」のではちょっと。
(まさか、彼がそこまでの愛猫家だとは思わなかったわ)
あたしにドロップ舐めさせてまで可愛がるんだから、よっぽど猫が好きなんだろう。いつ来るかわからない猫のために「にゃ~る」まで用意するぐらいだし。
「――筒井さん」
「ほえ?」
ボケっとした頭で、顔を上げる。隣に座るかなちゃんとは違う、男の人の声。
「あ、竹芝くん」
見上げた顔と、聞いたことある声、それと記憶にある名前が一致。同じ学科の竹芝くんだ。
「筒井さん、中古の先生がレポート未提出なの、筒井さんだけだっておっしゃってたよ」
中古? ああ、中古文学のレポートね。――って。
(うげ。やってない……)
期限とかそういうの、すっかり忘れてた。
「筒井さんさあ、最近、カレシができて浮かれてるのはわかるけど、学生の本分は勉強なんだから、レポートの期限ぐらい守らなきゃダメだよ」
ゔ。
「ご、ゴメンナサイ」
竹芝くんの正論に、ただひたすら頭を下げ続ける。ついでに血の気も引いていく。中古。大好きな授業なのに、それのレポートを忘れてただなんて。あたし、「あたし失格」だよ。
「とりあえず。先生は遅れても受け取るっておっしゃってたから。一度相談に行ったほうがいいんじゃない?」
「うん。そうだね……」
うなだれたままのあたしに、大仰にため息をつく竹芝くん。それ以上何か言うでもなく、そのまま立ち去ってしまった。
「ちょっと、のどか。大丈夫?」
「うん、大丈夫。平気、ヘーキ。締め切り過ぎても待ってくれるって、先生やさしいよね」
顔を上げ、心配してくれるかなちゃんにニカッと笑ってみせる。
「いや、そうじゃなくて……」
「あたし、ちょっと先生のところ、行ってくるよ。かなちゃんは先にゴハン食べてて」
かなちゃんの言いたかった「大丈夫?」は、「竹芝くんに辛辣な正論かまされて大丈夫?」だったんだろうけど、 あえて「レポート、なんとか頑張らなくっちゃ」って答えにして返す。でないと、間違ったこと言ってない竹芝くんが悪者に見えてしまう。
(今日は徹夜かなあ……)
提出待ってもらってるって言っても、ダラダラ何日も待ってもらえないだろうし。いつまでもレポート書かなきゃって思ってるのも嫌だし。サッサと仕上げたいし。
今日ぐらい、竹芝くんの言う通り、学業に身を入れてレポート頑張らなきゃ。
* * * *
「今日は学食に来てなかったけど、どうしたの?」
いつもの、当たり前になった帰り道。並んで歩く志乃くんが問う。
「ああ、それはですね。提出期限の過ぎたレポートについて中古の先生のところに行ってたんですよ」
「チュウコ?」
「あ、中古文学です。平安時代の物語文学についての授業です」
お昼休み、先生の研究室に寄ってたあたしは、結局学食に行けなかった。今日のあたしのお昼。購買でなんとか手に入れたあんパン一個。
かなちゃんには、「それだけで足りるの?」って訊かれたけど、「大丈夫だよ」と虚勢をはった。「アテクシ、少食ですので、これで充分ですわ」。
「へえ。文学部ってそういうことを勉強してるんだ」
「そうですね。特に、あたしは日本文学科なので、そういう授業が多いです」
文学部といっても国語系ばかりじゃない。歴史学もあれば、外国語学科もある。外国語学科は、さらに英語専攻、仏語専攻、独語専攻など細分化されてる。一口に文学部と言ってもさまざまいろいろなのだ。
「のどかは、古典とかそういうのが好きなの?」
ブブ。
「そうですね。古典、好きです」
不意打ちの「のどか」はちょっと止めてほしいな~。
「昔、高校の時の授業で、『更級日記』を読んだんですよ。主人公は『源氏物語』が読みたくて仕方ない女の子で。その『源氏物語』を手に入れて読む楽しさったら、后の位なんて目じゃないわよってぐらい楽しいって書かれてたのがきっかけですね。わかる、わかる~って思っちゃったんです、その気持ち」
后の位も何にかはせむ。――后の位なんて目じゃないわよ。
読みたくて仕方ない本をゲットした時、やりたくて仕方ないゲームをゲットした時。
誰でも主人公、更級ちゃんに共感するんじゃないのかな。わかる、わかる~って。后の位なんかよりも、目の前の本を読める幸せ、そこにある物語を知る喜び。几帳で隠れた床の上で、寝っ転がって本を読む楽しみ。
更級ちゃんが『源氏物語』を読んで、光る君や薫君に憧れるの、あたしすっごくよくわかる。きっとあたしが、「ナンキミ」のシノさま推しなのと同じ感覚だよね。
『更級日記』に出てくる、『源氏物語』以外の物語。在中将、とほぎみ、せりかは、しらら、あさうづ。どんな物語か知らないけど、でも、これらを袋に入れて持ち帰るときって、きっと今なら「本屋で目当ての本をゲットできて超うれしい」と同じだよね。
そんなこと考えてたら、妙に親近感湧いちゃってさ。更級ちゃんが面白い! って思ったのはどんな物語だろうって、気になったのが文学部選択のキッカケ。まあ、国語系の成績がよかったことも関係してるけど。
「中古文学とか物語文学って言うと硬いイメージですけど、実際は、当時のラノベですから。訳して読むと面白いんですよ」
『落窪物語』、『住吉物語』。このあたりは不遇なお姫様が、一途なパーフェクトイケメンに熱愛される話。今ある、「不遇令嬢がスパダリ王子に救われる」系ラノベに通じる物があると思う。
『枕草子』は、多分、雑誌のエッセイ的なもの。『土佐日記』は、おそらく旅行記。
『今昔物語集』や『とりかへばや物語』、『堤中納言物語』は、小説書くネタになりそうな設定を持ってる。芥川龍之介じゃないけど、これをベースに小説書きたいって人、多いんじゃないかな。
「ふぅん。楽しそうだね、文学部の授業って」
「はい! それはもう!」
高校と違って、好きなことに全力投球しても怒られないって楽しい! 高校みたいに、苦手な体育とか数学に時間を取られないって最高!
「それで? レポートの期限はいつ?」
「えっと……。先生は週末、金曜日まで待つっておっしゃってくださったんですけど。自分としては、なるべく早く、できれば明日提出したいなって……」
今日は月曜日。
まだ余裕はあるけど、待たせてるんだから、早く終わらせたほうがいい。
「なら、今日は頑張らなきゃだね」
「はい」
だから今日は、帰ったら早速取り掛からなきゃ――。
「だったら、俺の部屋においでよ」
へ? なんで?
それでなくても、この間、急に竜野さんが部屋に来たっていうハプニングもあったのに?
猫化した直後の来訪。猫のあたしは「のの」で、あたしから預かってるって志乃くん、説明してたけど。――「のどっ、……ののだ!」って感じの名前紹介だったけど。
「そんなレポートがあるのに、夕飯とか大変でしょ? だから」
いや、「だから」って。何が「だから」なのかサッパリですけど?
「俺でよければ、美味しい夕飯を作ってあげる。せっかくだし、あったかいお鍋なんてどう?」
「お、お鍋っ……!」
一人暮らしじゃ食べられないものの筆頭。寒くなってきてるこの季節にピッタリのメニュー。
グウウゥゥ。
「決まりだね」
盛大に鳴ったあたしのお腹。
――昼のあんパン一個で足りるわけねえべ。
可愛くぶりっ子できないあたしのお腹。なんて正直者。
うん。
「ほら、のどか、ゴハン食べに行くよ~」
うん。わかった。
「聞いてる~? ってか、アンタ、生きてる~?」
ポコポコ。
容赦なく頭に落ちる丸めたノートによる生存確認。
ペコポコペコ。
机にノベタッと潰れたあたしには、反撃するだけの気力もない。
「まったく。どうしたのよ、のどか」
あたしが動かないせいで、死体蹴りっぽくなったかなちゃんが、椅子に座り直す。
「佐保宮さんと上手くいってないの?」
ドキ。
「そそそ、そんなこと! そんなことないよっ!」
うん。そんなことない。そんなことない。
「じゃあなんでそこまで暗い顔してんのよ。まさか『あたし、愛されすぎて辛いの~』とか言わないわよね。『彼ったら、全然あたしを離してくれなくって~』とか」
ゔ。
「もしそういうのなら、くたばれリア充だけど?」
「だ、大丈夫。そういうんじゃないから」
疲れているけど、そういうのじゃない。
そりゃあね、あたし、今朝は志乃くんのベッドでお目覚めでしたけどね? でもそれは、「宿屋の一夜、ゆうべはお楽しみでしたね」みたいなことがあったわけじゃなく。
(猫化させられた挙げ句、気絶寝しちゃっただけなんだよなあ)
愛されすぎて辛いの~、――猫として。
全然あたしを離してくれなくって~、――猫として。
人としてたくさん愛されて~ってのなら、リア充爆散この野郎だけど、猫としてたくさん愛され~は、気分ビミョウ。「ゆうべ、たくさんアンアン啼かされた」のなら喉が痛いのもガマンできるけど、「ゆうべ、たくさんゴロゴロ鳴かされた」のではちょっと。
(まさか、彼がそこまでの愛猫家だとは思わなかったわ)
あたしにドロップ舐めさせてまで可愛がるんだから、よっぽど猫が好きなんだろう。いつ来るかわからない猫のために「にゃ~る」まで用意するぐらいだし。
「――筒井さん」
「ほえ?」
ボケっとした頭で、顔を上げる。隣に座るかなちゃんとは違う、男の人の声。
「あ、竹芝くん」
見上げた顔と、聞いたことある声、それと記憶にある名前が一致。同じ学科の竹芝くんだ。
「筒井さん、中古の先生がレポート未提出なの、筒井さんだけだっておっしゃってたよ」
中古? ああ、中古文学のレポートね。――って。
(うげ。やってない……)
期限とかそういうの、すっかり忘れてた。
「筒井さんさあ、最近、カレシができて浮かれてるのはわかるけど、学生の本分は勉強なんだから、レポートの期限ぐらい守らなきゃダメだよ」
ゔ。
「ご、ゴメンナサイ」
竹芝くんの正論に、ただひたすら頭を下げ続ける。ついでに血の気も引いていく。中古。大好きな授業なのに、それのレポートを忘れてただなんて。あたし、「あたし失格」だよ。
「とりあえず。先生は遅れても受け取るっておっしゃってたから。一度相談に行ったほうがいいんじゃない?」
「うん。そうだね……」
うなだれたままのあたしに、大仰にため息をつく竹芝くん。それ以上何か言うでもなく、そのまま立ち去ってしまった。
「ちょっと、のどか。大丈夫?」
「うん、大丈夫。平気、ヘーキ。締め切り過ぎても待ってくれるって、先生やさしいよね」
顔を上げ、心配してくれるかなちゃんにニカッと笑ってみせる。
「いや、そうじゃなくて……」
「あたし、ちょっと先生のところ、行ってくるよ。かなちゃんは先にゴハン食べてて」
かなちゃんの言いたかった「大丈夫?」は、「竹芝くんに辛辣な正論かまされて大丈夫?」だったんだろうけど、 あえて「レポート、なんとか頑張らなくっちゃ」って答えにして返す。でないと、間違ったこと言ってない竹芝くんが悪者に見えてしまう。
(今日は徹夜かなあ……)
提出待ってもらってるって言っても、ダラダラ何日も待ってもらえないだろうし。いつまでもレポート書かなきゃって思ってるのも嫌だし。サッサと仕上げたいし。
今日ぐらい、竹芝くんの言う通り、学業に身を入れてレポート頑張らなきゃ。
* * * *
「今日は学食に来てなかったけど、どうしたの?」
いつもの、当たり前になった帰り道。並んで歩く志乃くんが問う。
「ああ、それはですね。提出期限の過ぎたレポートについて中古の先生のところに行ってたんですよ」
「チュウコ?」
「あ、中古文学です。平安時代の物語文学についての授業です」
お昼休み、先生の研究室に寄ってたあたしは、結局学食に行けなかった。今日のあたしのお昼。購買でなんとか手に入れたあんパン一個。
かなちゃんには、「それだけで足りるの?」って訊かれたけど、「大丈夫だよ」と虚勢をはった。「アテクシ、少食ですので、これで充分ですわ」。
「へえ。文学部ってそういうことを勉強してるんだ」
「そうですね。特に、あたしは日本文学科なので、そういう授業が多いです」
文学部といっても国語系ばかりじゃない。歴史学もあれば、外国語学科もある。外国語学科は、さらに英語専攻、仏語専攻、独語専攻など細分化されてる。一口に文学部と言ってもさまざまいろいろなのだ。
「のどかは、古典とかそういうのが好きなの?」
ブブ。
「そうですね。古典、好きです」
不意打ちの「のどか」はちょっと止めてほしいな~。
「昔、高校の時の授業で、『更級日記』を読んだんですよ。主人公は『源氏物語』が読みたくて仕方ない女の子で。その『源氏物語』を手に入れて読む楽しさったら、后の位なんて目じゃないわよってぐらい楽しいって書かれてたのがきっかけですね。わかる、わかる~って思っちゃったんです、その気持ち」
后の位も何にかはせむ。――后の位なんて目じゃないわよ。
読みたくて仕方ない本をゲットした時、やりたくて仕方ないゲームをゲットした時。
誰でも主人公、更級ちゃんに共感するんじゃないのかな。わかる、わかる~って。后の位なんかよりも、目の前の本を読める幸せ、そこにある物語を知る喜び。几帳で隠れた床の上で、寝っ転がって本を読む楽しみ。
更級ちゃんが『源氏物語』を読んで、光る君や薫君に憧れるの、あたしすっごくよくわかる。きっとあたしが、「ナンキミ」のシノさま推しなのと同じ感覚だよね。
『更級日記』に出てくる、『源氏物語』以外の物語。在中将、とほぎみ、せりかは、しらら、あさうづ。どんな物語か知らないけど、でも、これらを袋に入れて持ち帰るときって、きっと今なら「本屋で目当ての本をゲットできて超うれしい」と同じだよね。
そんなこと考えてたら、妙に親近感湧いちゃってさ。更級ちゃんが面白い! って思ったのはどんな物語だろうって、気になったのが文学部選択のキッカケ。まあ、国語系の成績がよかったことも関係してるけど。
「中古文学とか物語文学って言うと硬いイメージですけど、実際は、当時のラノベですから。訳して読むと面白いんですよ」
『落窪物語』、『住吉物語』。このあたりは不遇なお姫様が、一途なパーフェクトイケメンに熱愛される話。今ある、「不遇令嬢がスパダリ王子に救われる」系ラノベに通じる物があると思う。
『枕草子』は、多分、雑誌のエッセイ的なもの。『土佐日記』は、おそらく旅行記。
『今昔物語集』や『とりかへばや物語』、『堤中納言物語』は、小説書くネタになりそうな設定を持ってる。芥川龍之介じゃないけど、これをベースに小説書きたいって人、多いんじゃないかな。
「ふぅん。楽しそうだね、文学部の授業って」
「はい! それはもう!」
高校と違って、好きなことに全力投球しても怒られないって楽しい! 高校みたいに、苦手な体育とか数学に時間を取られないって最高!
「それで? レポートの期限はいつ?」
「えっと……。先生は週末、金曜日まで待つっておっしゃってくださったんですけど。自分としては、なるべく早く、できれば明日提出したいなって……」
今日は月曜日。
まだ余裕はあるけど、待たせてるんだから、早く終わらせたほうがいい。
「なら、今日は頑張らなきゃだね」
「はい」
だから今日は、帰ったら早速取り掛からなきゃ――。
「だったら、俺の部屋においでよ」
へ? なんで?
それでなくても、この間、急に竜野さんが部屋に来たっていうハプニングもあったのに?
猫化した直後の来訪。猫のあたしは「のの」で、あたしから預かってるって志乃くん、説明してたけど。――「のどっ、……ののだ!」って感じの名前紹介だったけど。
「そんなレポートがあるのに、夕飯とか大変でしょ? だから」
いや、「だから」って。何が「だから」なのかサッパリですけど?
「俺でよければ、美味しい夕飯を作ってあげる。せっかくだし、あったかいお鍋なんてどう?」
「お、お鍋っ……!」
一人暮らしじゃ食べられないものの筆頭。寒くなってきてるこの季節にピッタリのメニュー。
グウウゥゥ。
「決まりだね」
盛大に鳴ったあたしのお腹。
――昼のあんパン一個で足りるわけねえべ。
可愛くぶりっ子できないあたしのお腹。なんて正直者。
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