猫ネコ☆ドロップ!

若松だんご

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14.スラップスティック、コスメチック

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 机の上に置いたもの。スタンドつき鏡。ティッシュ。
 化粧水。乳液。化粧下地クリーム。ファンデーション。コンシーラー。フェイスパウダー。アイブロウ。アイシャドウ。アイライナー(ペンシルタイプ)。マスカラ。チーク。口紅。
 それらを前に、ムンっと気合を入れる。
 化粧水。これはいつものこと。だけど、今日はちょっとだけ多めにつける。
 乳液。滅多につけたことないけど、これもヌリヌリ。
 化粧下地クリーム。テカリを抑えたいのでそういうタイプのものを使用。顎の下まで丹念に。
 ファンデーション。パウダータイプ。普段の自分の肌色に近いものを。
 コンシーラー。ニキビ跡とか、気になるところに、ポイント的に使う。肌色より少しトーンを抑えた塗りやすいスティックタイプ。
 フェイスパウダー。最後の肌色調整。艶っぽくパールタイプで明るめに。

 (あとは、えっと……)

 地元の化粧品屋さんで教えてもらった「正しいお化粧の仕方」。それを思い出しながら、その時買わされた道具でメイクを続ける。

 アイブロウ。眉の印象は、顔全体の印象にもつながる。濃くなりすぎないように、自然な感じで馴染ませる。眉毛は眉尻の色が濃く、眉頭は色が薄い方がきれいに見えるらしい。
眉の太さは眉頭から眉尻にかけて細くなるように描くこと。
 アイライナー。目元を印象的に。ブラウンで、優しい印象の目元に。目頭からまつげとまつげの間を埋めるように少しずつ。一気に引こうとせず、少しずつ引くこときれいに描ける(らしい)。
 マスカラ。あたしのまつ毛、少しでも長くみせるように。女の目力アップ! アイラッシュカーラー(ビューラー)で根元からまつげをしっかりカールって、――イタっ! まぶたまで挟んだ~。
 アイシャドウ。目をさらに立体的に、キラキラしたかわいい目に! まぶた全体にハイライトカラーを塗って、次にミディアムカラーをアイホールに塗る――って、アイホールってドコ? ここらへん? あとは、目の際に締めのカラーを細く入れて、境目をぼかして完成。塗りすぎると、どっかの悪役っぽくなるので注意。
 チーク。口紅と色味を合わせて。細かいラメの入ったピンク系。チークを入れる場所は、笑ったときに頬が高くなるところに入れるといいらしいので、ウニっと笑って場所を確認。
 口紅。選んだのは、チークと同じピンク系。リップクリームで保湿してから、口紅を中央から外へ。最後に中央だけ色を重ねて。細かい部分までキレイに塗りたいのでリップブラシも使う。

          以上!

 (って、これ、――ナニ?)

 セッセと塗りぬりした結果。鏡に映った自分に驚愕。
 「まあ、これがあたし♡」じゃない。「うげ、これ、あたしなの?」の方。
 目とか肌とか、唇とか。
 部分部分は、頑張ったな~、キレイに塗れたな~なんだけど。全体で見てみると。

 (お、オバケ……)

 いや、オバケに失礼だ、これ。
 京劇、歌舞伎もビックリの厚塗り肌。昔の少女漫画みたいなまつ毛バッシバシ。プルンプルンじゃなくてブルンブルンしたマットすぎる唇。

 (これじゃ、これじゃあ……)

 いくらなんでもこれはない。

 (どどど、どうしよう……)

 どうしたら、このドギツい印象、ナチュラルとは程遠い顔をなんとかできる?

 (と、とりあえず、このギンギラギンの目をなんとか……って、うわあぁっ!)

 マスカラがクマを作った! ティッシュで拭けば拭くほど、パンダ目元!

 (あわわわ……)

 黒っぽい肌を隠そうとファンデーション使ったら、今度は肌が白すぎる! バカ殿レベル! こっちも拭き取る! そして全部塗り直し!

 うぎゃああ、あぎゃああ、ひわわわ、どぅおえぇっ!

 ヘンな悲鳴を上げながら、リテイク、リカバリーを頑張るけど。

 ――御臨終です。

 クソ真面目そうな白衣の医者(銀縁眼鏡つき)が脳内に現れる。

 ――どこもかしこも、致命傷で手の尽くしようがありません。終わりです。おしまいです。ご愁傷さまです。

 いやいや、先生。そんな簡単に諦めないでくださいよ。
 とりすがるあたし。
 ほら、ブラックジャックじゃないけど、そういう名医みたいなメイクのプロを召喚してくださいよね。ね!
 よく飛行機モノである、「お客様の中にお医者様は、いらっしゃいませんか~」みたいなの。「私が医者です」っぽく、「私が化粧のプロです」とか言って現れて、メイクをチョチョイっと直してくれるとか。

 ――そんな方、脳内にいらっしゃるとでも?

 ゔ。
 冷静な眼鏡「クイっ」。ブリッジ中指押し。

 ――メイクなんて、いっつも、カラーリップ塗るぐらいで、テキトーにすませてる自分が悪いんでしょうが。

 ゔゔ。
 だって、だって。

 ――だってもクソもないです。十九にもなって、ロクにメイクをやってこなかったから。そのツケが出てるんでしょうが。

 ゔゔゔ。
 それを言われると辛い。
 家を出る時、お母さんに連れられて訪れた化粧品屋さん。ああでもない、こうでもない。こうしたらいい。ああしたらいい。いっぱい聞かされ、いっぱい塗りたくられたけど。あたし、それがどうにも好きになれなくて、全然覚えようとしなかった。
 化粧しても代わり映えしないってのもあるけど、その、顔にベタベタ塗りたくるのが好きじゃないっていうのか、めんどくさいっていうのか……ゴニョゴニョ。カッコつけて「お面つけてるみたいでイヤ」って言ってるけど、ようするに、得意じゃないし、好きじゃないだけ。
 そのツケが。ツケがここに。
 今までは、「ま、嫌いなもんはやらなくてもいいわな」ぐらいだったんだけど、さすがに今は、これからは……。

 キンコーン。

 「うぎゃっ!」

 鳴った玄関チャイム。その音に、ビョンっとお尻が3センチほど浮かび上がった(気がする)。

 (ど、どうしよう)

 問いかけたくても、誰もいない。(当たり前)
 オタオタする間も、鳴り続けるインターホン。そして、「のどかさん?」っていう呼びかけとドアノック。

 どうしようどうしようどうしよう。

 時計を見れば、約束の時間はとっくの昔に過ぎてて。でも、あたしの支度は全然できてなくて。「どうしよう」だけがドンドン大きくふくらんできて。

 (ええい、こうなったら!)

 そばにあったパーカーを引っかけて、腹を決める。

 「やっと出てきた――って、どうしたの? 具合悪い?」

 恐るおそる開いた玄関。
 パーカーフードを目深に引っ被ったあたしに、志乃さまが問いかける。

 「いえ、そういうんじゃないですけど……」

 モゴモゴ。
 ドアノブ持ったまま、うつむいて話す。

 「あの、今日のお出かけ、キャンセルさせていただけませんか?」

 「キャンセル? 取りやめってこと?」

 「えっと。それが無理なら、延期ってことで……」

 そしたら、それまでにもう少しメイクの練習しますから。

 「俺と出かけるの、――嫌になった?」

 「いえ、そういうんじゃないんですけど……、ないんですけど……」

 「じゃあ、どういうこと? 女よけの役、降りたいとか?」

 「えと、そういうんじゃなくてですね……」

 どう説明したらいい?
 段々、イライラしてきてる空気を、下げっばなしの頭の上に感じる。

 「もったいぶらずに話してよ。でないと、ストーカーの件、みんなにバラしちゃうよ?」

 ――――っ!

 「それだけはっ! ちゃんとニセモノカノジョ演りますからっ!」

 って。――あ。
 とっさに上向いちゃったあたし。パサリと落ちたフード。
 あたしを見下ろす志乃さま。目を丸くして固まった顔。
 一、二、三、四、五。かぞえること数秒。

 「あのっ、これはですね! 今日のお出かけのために頑張った結果というか! その、たとえニセモノだとしても、志乃さまの隣に並ぶ者として恥ずかしくないようにっ、メイクを頑張ってみたんですけど、あたしみたいな十人並みというか百人並みのヤツがどうあがいたって隣に並ぶには不適格で、着ていく服とかは一晩かけてなんとかなったんですけど、メイクだけはどうにもならなくて、正解探してたらこんなふうになっちゃって、でも決して出かけたくないとかニセモノカノジョ演りたくないとかそういうんじゃないですから、今日のお出かけ、女よけのためだってわかっていても、志乃さまと出かけられること、すっごく緊張してたけど楽しみにしてたんです!」

 言い訳爆発。
 全部言い切った。ゼイゼイ。
 今日のお出かけ。

 ――次の休みに、どこか出かけないか。

 そう志乃さまから誘われた。
 女よけ、ニセモノカノジョとして一緒に出かけて誰かに見られることで、その効果を発揮して欲しいって依頼。ただ街をブラブラするだけだけど、それでも効果あるあだろうからって。
 一目で〝カノジョ連れ〟ってわかるように。一目で、ラブラブっぽく思われるように。
 少しでも「似合いのカップルじゃん」って思われるように。それがダメなら「兄と妹」。間違っても「美男と野獣」って思われないように。
 身長はどうにもならないから、せめて服装とメイクだけでもって、頑張った。精一杯、もてる力のすべてを使って頑張ったんだけど。
 あたしの怒涛の言い訳に、固まったままの志乃さま。怒ってる? それとも呆れてる?
 判断のつかない表情。

 「――顔、洗って。話はそれから」

 眉一つ動かさない志乃さま。この顔を見て、せめて笑ってくれたらいいのに。黙ったまま、玄関の外に出ていかれた。

*     *     *     *

 ブブッ。

 (なんだよ、あれ!)

 彼女の部屋のドアをしめた途端、ガマンしてた笑いが爆発する。

 (もーダメだっ! あのっ、あの顔っ!)

 塗りすぎた化粧。
 真っ白すぎる肌に、真っ赤な口紅。バチバチ動くまつ毛。血色良すぎな頬。
 普段は、そんな化粧っ気のない顔なのに。ケバケババチバチのものすごい化粧。
 ちょっと思い出すだけで、腹がよじきれそうなぐらい笑ってしまう。彼女に聞こえないように、手で口を押さえるけど、そのせいでクツクツと笑いがこもって、体が震える。

 (嫌われたわけじゃなくって、よかった)

 出かける約束をキャンセルと言われた時は、さすがに血の気が引いた。
 意地悪しすぎた。嫌われた。
 強引に恋人のフリをさせたから。
 冷静に考えてみれば、猫になってストーカーしたって、誰かに話したところで、誰も信じてくれないのがオチだし、逆に言った俺が頭おかしいってドン引きされるだけ。だから、「バラすぞ」なんてなんの脅しにもならないんだけど。
 そこを、彼女に気づかれたのかと思った。
 調子に乗って恋人っぽく振る舞えって強要してることに、「なんで従わなきゃいけないんだろう」って気づかれて、「言いたきゃ言えばいいじゃん」みたいに、開き直られたのかと。
 でも。

 (俺につり合うように化粧って……)

 隣にいて恥ずかしくないように。
 そのために、普段はやらない化粧を、ああでもないこうでもないと頑張って、その結果、あのとんでも化粧にたどり着いたと――。

 ブブッ。

 うれしいのに、おかしくって笑いが止まらない。
 俺と出かけること、楽しみにしてたとも言ってたし。楽しみにしてたから、だから頑張って化粧を――。

 ブハッ。

 ダメだ。うれしくてニヤつくのを押さえたいのに、何度でも吹き出してしまう。

 (やっぱ、おもしれー)

 そして、どうしようもなくカワイイ。
 滲んだ涙を指で拭うけど、やっぱり笑いは収まりそうにない。
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