猫ネコ☆ドロップ!

若松だんご

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5.疑惑ドロップ

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 (フハァ~、疲れた~)

 肩をコキコキ鳴らしながらの帰宅。
 授業で疲れたとかじゃない。けど、疲れた。

 (かなちゃん、メッチャ不審がってたなあ)

 あたしの挙動がおかしかったからだけど。
 でも説明なんてできないし。説明したところで、わかってもらえるはずないし。
 申し訳ないけど、そのまま黙って時をやり過ごそう。うん。
 夢かホントかわかんない、あたしの猫化。時間が経てば、「な~んだ、夢だったんだ~」ぐらいですむはず。だって、フツーありえないもん。うん。

 (でもあの寝顔、ステキだったな~)

 思い返すと、ムヒっと頬が緩む。あたしだけの特別スチル。夢であっても、いいもの見たわ。
 そんなことを思いながら、マンションのエレベーターホールへ。このマンションは四階建て。あたしの部屋は、階段だと足腰負担ビミョウな三階。
 だから。

 「あ、すみません、乗ります、乗ります!」

 ガーッと閉まりかかったエレベーターに慌てて駆け寄る。先に乗り込んでた人も、あたしに気づいてドアの開閉一旦停止。

 「ありがとうございますっ」

 息を整えつつ、お礼を述べる。

 「いえ……」

 ん?
 その声に、ハーッと息を吐き出すのを停止。まさか……。

 (しっ、志乃さまっ!?)

 なんでどうしてここに志乃さまがっ!? 
 いや、同じマンションなんだから、ここにいたっておかしくないんだけど。なんで、このタイミングで乗り合わせちゃうかなっ!

 「あの……」

 「ぴょピッ!」

 「ぴょぴ?」

 「あ、な、なんでもありましぇん!」

 志乃さまの呼びかけに、思いっきり挙動不審。舌噛んだ!

 「あのっ、昨日はウチの猫、ありがとうございましたっ!」

 直立不動からの直角最敬礼。

 「あ、うん。あの猫、やっぱりキミんとこの猫だったの?」

 「はい! あのっ、昨日は、急におじいちゃんが腰を痛めちゃって、慌てて帰ったもんで。すみませんでした!」

 大ウソ。
 ゴメン、おじいちゃん。勝手に腰痛になってもらっちゃった。それも、孫娘が愛猫忘れて飛んで帰るレベルの腰痛。

 「別にいいけど。おじいさん、大丈夫なの?」

 「はい! もうすっかり元気になって、お店に出てます!」

 もとから元気だけど。

 「そっか。それならよかった」

 うわああ。その笑顔眩しすぎますっ! ウソをついた心が激しく痛くて、ドッキンドッキンしますっ!

 「猫もキミのところに戻ってるみたいだし。急にいなくなってたから、心配してたんだ」

 「すみません! お礼が遅れてしまって」

 こんな状況じゃなきゃ、顔、合わせづらい!
 というか、今の自分、志乃様を前に、よくベラベラつらつら話せてるな。自分で自分の度胸具合に驚く。頑張ってるぞ、すごいぞ自分!

 「いいよ。無事ならよかったんだ。無事なら」

 そう言ってくださる志乃さまの後ろで、チンと小気味いい音がした。エレベーターが三階についたことを知らせる音。同時にガーッとドアが開く。

 「それじゃあ」

 「はい!」

 一足先にエレベーターを下りた志乃さま。

 (カッコいいなあ……)

 ポーッと、その背中を見送る。歩く後ろ姿までカッコいいって、完璧すぎん? って。

 「ウガッ!」

 閉まりかけたエレベーターのドア。そうだ、あたしもここで下りるんだった!
 無理やり脱出しようとして、ドアに思いっきりぶつかる。

 ブッ。

 先を行く志乃さまの背中が揺れた気がした。
 
          *

 (ハア……)

 鍵を開けて入った自分の部屋。
 そこで、ようやく人心地。まだまだ余韻は収まりそうにないけど。
 昨日から今日まで、ずっと色々目まぐるしい。
 猫化したことももちろんだけど、今日のあたし、メチャクチャいっぱい志乃さまとおしゃべりしたんじゃない? 猫をネタに一生分の会話をしたような気がする。
 さっきからずっと、胸のドキドキが収まらない。深呼吸してもどうにもならない。――って、ん?

 え゛? ナニコレ。

 自分の部屋。
 朝、家を出た時と同じはず。
 寝乱れてないベッド。代わりにパニック状態の、チェスト上のドライヤーやらなにやら。慌て脱ぎ捨てた昨日の服。とっ散らかった部屋なのに、テーブルの上だけキレイにして置いていった家宝、志乃さまのからのメモ。
 それだけだったはず。それだけだったはず――なのに。

 「なに、このビン」

 夕方の日差しにキラキラ光るビンが、メモの隣に置いてある。
 
 (あたし、こんなの置いてったっけ?)

 資源ごみの出し忘れ? 朝食べた海苔佃煮のビンかなにか? ――じゃない。
 
 「あのドロップ……」

 あたしが猫化したドロップ。
 昨日舐めたのは紙に包まれていたけど、今度はそれのビン詰め。ビー玉サイズの水色ドロップがビンいっぱいに詰まってて、コルクの栓がしてある。

 (おんなじもの?)

 持ち上げて観察してみるけど、昨日のと同じ水色ってことと以外、何もわからない。ビンに書かれてたのは、ツリ糸目猫の顔の絵だけ。ドロップの原材料とか、そういう情報は一切なし。
 誰が置いたの? どこから来たの?
 誰かのお土産でもなければ、あたしが買ったものでもない。
 謎のドロップ。
 
 (これ、また舐めたりしたら、猫になれる?)

 もしかして。もしかしたら。
 
 (また、猫になれる?)

 不気味とか怖いとかよりも、そっちが気になった。
 また猫になって、またひょっこり志乃さまのお部屋に……。

 (いや、待て待て待て)

 ビンに手をかけたまま、思いっきり首を左右にふる。
 猫になるって、そんなメルヘンなことが起きるとでも? そういうのは、マンガかアニメの話でしょ?

 (でもこのメモ……)

 〝猫、預かってます。 佐保宮志乃〟

 それに、さっきの会話。
 昨日のあたしは、間違いなく猫になって、志乃さまに保護されて、その……ゴニョニョな出来事と、志乃さまの寝顔眼福スチルイベントは、おそらく確実に起きたこと。

 (だとしたら、またこのドロップを舐めたら、猫になれる?)

 猫になって、また志乃さまのところで保護してもらって。……って。

 (ちょっと待て! 次も人に戻れる保証はないんだよ?)

 そりゃあ、猫になって、志乃さまに、言葉通りの「猫っ可愛がり」されたいけどね? 毛の流れに沿うように撫でられたり。抱っこされたり、膝枕されたり。顎を指でくすぐられて、「ゴロゴロ」喉を鳴らしたり。人型じゃありえないような猫っ可愛がりを体験してみたいけどね?
 でも、それで元に戻れなくなったらどうする? 一生「志乃さまの猫」で暮らすの?
 そりゃあ志乃さまはお優しいから、大学を卒業しても、あたしのことをずっと飼ってくださるだろうけど。

 (それでいいの? ……あれ? いいのかも……しれない?)

 だって、そうしたら、ずっと永遠志乃さまウォッチングができる。あたしだけの眼福スチルイベントが毎日発生するわけで……。あたしは、それを堂々と間近で見続けることができるわけで……。

 (いやいやいやいや。何考えてんのよ、あたし!)

 そんなことになったら、志乃さまウォッチングはできるけど、代わりにお母さんたちに会えなくなるんだよ?
 お母さん、お父さん。お兄ちゃん、おじいちゃん、おばあちゃん。中学や高校の友達。かなちゃん。
 おじいちゃん自慢の栗きんとんも食べられなくなるし、おばあちゃんの手作り味噌を使ったお味噌汁も飲めなくなる。
 今はこうして一人暮らし頑張ってるけど、だからってこのままサヨナラするのは、さすがに辛い。

 面白そうだから猫になってみたい VS 万が一戻れないのが怖い
 志乃さまに飼われてみたい VS みんなに会えなくなるのがイヤ
 好奇心 VS 恐怖心

 いろんなVSがグルグル回る。けど。

 「ヨシ!」

 外しかけたコルク栓を、ムギュッと押し込みなおす。
 女は度胸、イチかバチか。
 そんなカッコいいセリフを吐いて、ドロップを舐める勇気はない。
 けど、「怖いしいらない」と捨てるには、「もったいない」の精神(好奇心入り)が邪魔をする。
 ってことで、チェストの上にビンを置く。

 (この件は、とりあえず保留!)

 ビンに背を向けた。ああ、優柔不断。
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