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第10話 従者「アル」誕生。
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「じゃあ、お願いね」
「はい。お嬢さまも、どうかご無事で」
深くベールをかぶり、聖女らしい装いのミレット。
影になってわかりにくいけど、彼女の目元は泣きはらして真っ赤になってる。
それは、この別れに悲しんだわけではなく。
「きゃあああっ、お嬢さまっ、かっ、髪がっ……!!」
短く男の子みたいに切っちゃった私の髪に卒倒した結果なんだけど。
ミレットが身代わりをしてくれるなら、私はレフとともに王宮に潜入する。
王宮で一番動きやすいのは、女官、もしくは従僕。王宮のどこにいても怪しまれない職業。
女官は下手したらバレちゃうから、変装して従僕として潜入することに決めた。
だから、せめて男の子っぽく見えるように髪を切ったんだけど。
「お嬢さまがっ、お嬢さまがっ!!」
あまりの衝撃に倒れたミレット。見送りに来ていたセイラムが、彼女を受け止めなければ、床で頭を打っていたかもしれない。
私の髪を見たレフは、「豪快にやったな~」って笑ってたけど。
「髪なんてたいしたことないわ。必要になったら、切った髪でカツラでも作ればいいんだし。そのうち伸びるだろうし」
今、大事なのは冤罪を回避して生き延びること。
死ねば、髪もなにもあったもんじゃない。
「それよりも、ミレット。くれぐれも気をつけてね」
「はい。お嬢さまも決してムリをなさらずに」
「大丈夫よ、いざとなったら石の力で時を巻き戻すわ」
ちょっと進んでダメだったら、また石の力を使えばいい。
石を使えば何度だってやり直せる。
「アリューシアが無茶しないように、僕が見張ってるから大丈夫だよ。レフもいることだし」
セイラムが隣に並び、私の肩をグッと抱き寄せてみせる。
「はい。よろしくお願いいたします、殿下」
ミレットもその様子に安心したのか、セイラムに一礼した。
「レフも」と言われたことに口をとんがらせるレフは置いといて。
なんで私、保護者から保護者へ受け渡されるようなかんじになってるわけ?
守っているのは私なんだけど?
「では」
もう一度深くミレットがお辞儀をして馬車に乗り込むと、騎士の一人が「出立っ!!」と声を上げた。
ミレットの姿が見えないように重くカーテンを閉ざした馬車。祈りに赴く聖女の道中を守る騎士。
馬車と騎士の手配は私の養父とセイラムがしてくれた。
養父は、私の話す未来なんてこれっぽっちも信じてなくて、どっちかというと不気味に感じてるみたいだけど、「今が一番のピンチ、正念場なの」と話すと半信半疑ながらも、協力してくれることになった。
王子であるセイラムが冤罪で処刑され、私まで処刑されれば、公爵家にも累が及ぶかもしれない。五百年ぶりに現れた聖女の実家、将来の王家の外戚ということで、それなりの権力を持てるようになっただけに、その輝かしい未来を失うことはなんとしても避けたいのだろう。私とセイラムで説得すると、「殿下と聖女のために」と手配してくれた。
私だけじゃない。セイラムが話したことで養父は納得したんだろう。将来の娘婿、未来の国王のお願いを聞いて損はない。
ゲンキンな養父だと思うけど、どういう思惑であっても動いてくれればそれでいい。
* * * *
「で? これからどうするんだ?」
ミレットのニセ聖女ご一行を見送った後、レフが言った。
「とりあえず、王宮に潜入するわ。セイラム、そのあたりの手配は大丈夫かしら」
「ああ。君たちを僕付きの従僕として王宮に入れるようにしておいた」
さすがセイラムね。仕事が早いわ。
「でもよ、王宮に上がって、具体的にどうするんだ?」
「うーん。それなんだけど。具体的には決まってないのよ」
「なんだよ、それ」
私の答えにレフが呆れる。
「仕方ないじゃない。見てきたって言っても、私、未来ではアウスゼーレンにいたのよ? 陛下が崩御されて、王都に戻ってきたら、いきなり冤罪だったんだもの。どこをどうして冤罪になったのか、くわしくは知らないのよ」
王都から、セイラムから私を切り離すのが、王妃の作戦だと思っていた。
病気平癒の祈りという大義名分で切り離せば、セイラムの命を狙える。そういう作戦だと思っていたのだ。
けど、現実は違った。
もちろん、離れてる間にも王妃はセイラム殺害を何度も企てたけど、それは、私が何度も細かく時を戻して回避した。
逆に、回避し続けたことでそっちにばっかり目がいって、王妃がそんな大それたことを企てていることに気づくのが遅れたのだ。
「もう少し情報を持って帰って来いよな~」
「無茶言わないでよ。処刑まで時間がなかったんだから」
王都に戻ってすぐ冤罪、処刑だったんだもの。調べてる余裕はなかったのよ。
「あの時は、アンタを王都に残して連絡役にしてたんだけど。……覚えてるわけないわよね」
「当たり前だろ? オレに未来の記憶なんてないぞ」
そうよね。
ここにいる人のなかで、未来のことを覚えてるのは私だけなんだものね。
王都にいて、もしかしたら情報を持っていたかもしれないレフをここに召喚できたら。
何も知らなかった私じゃなくて、レフを連れてこられたら。
考えても仕方ないことに、ため息を漏らす。
「大丈夫だよ、アリューシア、レフ。この先どうなるのかわかっているなら、対処の仕方はあるはずだ」
そう。そうよね。
王妃の企みなんてわかってるんだから、しらみつぶしにその罠を壊していけばいいのよね。
さすがセイラムだわ。文句ばかりのレフとは違う。
「ところで。アリューシア、僕はこれからきみのことをどう呼べばいいのかな?」
王宮に戻る馬車に乗り込んで、セイラムが問うた。
「『アル』と。男の子なんだから『アル』で結構です」
この名前は、髪を切った時にひらめいたもの。
アリューシアだから、アル。
単純だけど、気に入っている。
「平凡だな」
うるさいわね、レフ。
アンタだって平凡、なんのひねりもない名前じゃない。
馬車のなか、隣に座ったレフを睨む。
「じゃあ、アルとレフ。これから、よろしく頼むよ」
「はい」
あ。
「そうだ。セイラム、今日の晩餐、牡蠣、食べちゃダメよ」
「どうして?」
「当たるからよ」
「なるほど」
セイラムが微妙な笑顔をしてみせた。
「はい。お嬢さまも、どうかご無事で」
深くベールをかぶり、聖女らしい装いのミレット。
影になってわかりにくいけど、彼女の目元は泣きはらして真っ赤になってる。
それは、この別れに悲しんだわけではなく。
「きゃあああっ、お嬢さまっ、かっ、髪がっ……!!」
短く男の子みたいに切っちゃった私の髪に卒倒した結果なんだけど。
ミレットが身代わりをしてくれるなら、私はレフとともに王宮に潜入する。
王宮で一番動きやすいのは、女官、もしくは従僕。王宮のどこにいても怪しまれない職業。
女官は下手したらバレちゃうから、変装して従僕として潜入することに決めた。
だから、せめて男の子っぽく見えるように髪を切ったんだけど。
「お嬢さまがっ、お嬢さまがっ!!」
あまりの衝撃に倒れたミレット。見送りに来ていたセイラムが、彼女を受け止めなければ、床で頭を打っていたかもしれない。
私の髪を見たレフは、「豪快にやったな~」って笑ってたけど。
「髪なんてたいしたことないわ。必要になったら、切った髪でカツラでも作ればいいんだし。そのうち伸びるだろうし」
今、大事なのは冤罪を回避して生き延びること。
死ねば、髪もなにもあったもんじゃない。
「それよりも、ミレット。くれぐれも気をつけてね」
「はい。お嬢さまも決してムリをなさらずに」
「大丈夫よ、いざとなったら石の力で時を巻き戻すわ」
ちょっと進んでダメだったら、また石の力を使えばいい。
石を使えば何度だってやり直せる。
「アリューシアが無茶しないように、僕が見張ってるから大丈夫だよ。レフもいることだし」
セイラムが隣に並び、私の肩をグッと抱き寄せてみせる。
「はい。よろしくお願いいたします、殿下」
ミレットもその様子に安心したのか、セイラムに一礼した。
「レフも」と言われたことに口をとんがらせるレフは置いといて。
なんで私、保護者から保護者へ受け渡されるようなかんじになってるわけ?
守っているのは私なんだけど?
「では」
もう一度深くミレットがお辞儀をして馬車に乗り込むと、騎士の一人が「出立っ!!」と声を上げた。
ミレットの姿が見えないように重くカーテンを閉ざした馬車。祈りに赴く聖女の道中を守る騎士。
馬車と騎士の手配は私の養父とセイラムがしてくれた。
養父は、私の話す未来なんてこれっぽっちも信じてなくて、どっちかというと不気味に感じてるみたいだけど、「今が一番のピンチ、正念場なの」と話すと半信半疑ながらも、協力してくれることになった。
王子であるセイラムが冤罪で処刑され、私まで処刑されれば、公爵家にも累が及ぶかもしれない。五百年ぶりに現れた聖女の実家、将来の王家の外戚ということで、それなりの権力を持てるようになっただけに、その輝かしい未来を失うことはなんとしても避けたいのだろう。私とセイラムで説得すると、「殿下と聖女のために」と手配してくれた。
私だけじゃない。セイラムが話したことで養父は納得したんだろう。将来の娘婿、未来の国王のお願いを聞いて損はない。
ゲンキンな養父だと思うけど、どういう思惑であっても動いてくれればそれでいい。
* * * *
「で? これからどうするんだ?」
ミレットのニセ聖女ご一行を見送った後、レフが言った。
「とりあえず、王宮に潜入するわ。セイラム、そのあたりの手配は大丈夫かしら」
「ああ。君たちを僕付きの従僕として王宮に入れるようにしておいた」
さすがセイラムね。仕事が早いわ。
「でもよ、王宮に上がって、具体的にどうするんだ?」
「うーん。それなんだけど。具体的には決まってないのよ」
「なんだよ、それ」
私の答えにレフが呆れる。
「仕方ないじゃない。見てきたって言っても、私、未来ではアウスゼーレンにいたのよ? 陛下が崩御されて、王都に戻ってきたら、いきなり冤罪だったんだもの。どこをどうして冤罪になったのか、くわしくは知らないのよ」
王都から、セイラムから私を切り離すのが、王妃の作戦だと思っていた。
病気平癒の祈りという大義名分で切り離せば、セイラムの命を狙える。そういう作戦だと思っていたのだ。
けど、現実は違った。
もちろん、離れてる間にも王妃はセイラム殺害を何度も企てたけど、それは、私が何度も細かく時を戻して回避した。
逆に、回避し続けたことでそっちにばっかり目がいって、王妃がそんな大それたことを企てていることに気づくのが遅れたのだ。
「もう少し情報を持って帰って来いよな~」
「無茶言わないでよ。処刑まで時間がなかったんだから」
王都に戻ってすぐ冤罪、処刑だったんだもの。調べてる余裕はなかったのよ。
「あの時は、アンタを王都に残して連絡役にしてたんだけど。……覚えてるわけないわよね」
「当たり前だろ? オレに未来の記憶なんてないぞ」
そうよね。
ここにいる人のなかで、未来のことを覚えてるのは私だけなんだものね。
王都にいて、もしかしたら情報を持っていたかもしれないレフをここに召喚できたら。
何も知らなかった私じゃなくて、レフを連れてこられたら。
考えても仕方ないことに、ため息を漏らす。
「大丈夫だよ、アリューシア、レフ。この先どうなるのかわかっているなら、対処の仕方はあるはずだ」
そう。そうよね。
王妃の企みなんてわかってるんだから、しらみつぶしにその罠を壊していけばいいのよね。
さすがセイラムだわ。文句ばかりのレフとは違う。
「ところで。アリューシア、僕はこれからきみのことをどう呼べばいいのかな?」
王宮に戻る馬車に乗り込んで、セイラムが問うた。
「『アル』と。男の子なんだから『アル』で結構です」
この名前は、髪を切った時にひらめいたもの。
アリューシアだから、アル。
単純だけど、気に入っている。
「平凡だな」
うるさいわね、レフ。
アンタだって平凡、なんのひねりもない名前じゃない。
馬車のなか、隣に座ったレフを睨む。
「じゃあ、アルとレフ。これから、よろしく頼むよ」
「はい」
あ。
「そうだ。セイラム、今日の晩餐、牡蠣、食べちゃダメよ」
「どうして?」
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