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「おかえり」と「ごちそうさま」のカンケイ。

第3話 竜田揚げ。

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 ――「唐揚げ」と「竜田揚げ」と「フライドチキン」。この三つの違いはなんでしょうか?

 いつだったか、そんな問題をテレビが取り上げていた。

 どれも鶏?
 じゃあ、お肉の部位が違う?
 フライドチキンは骨あるし。
 あとは、どれもおんなじでしょ? 粉、まぶして揚げるだけだし。

 ソファでくつろいでいた奏さんが、真剣に首をかしげていたのを思い出す。
 
 正解は、「すべて唐揚げの一種です」だった。
 奏さんが、クッションを抱えたままブゥッと頬を脹らませる。そんなの詐欺じゃん、と。

 正確に言えば、「唐揚げ」は鶏肉以外の材料で作ることもある揚げ物全体の総称。鶏の……と揚げる材料を限定しても、この三つは作る過程と材料が少し違う。
 奏さんが思い描くような「唐揚げ」は、肉に下味をつけてから、小麦粉をまぶして揚げる。
 「竜田揚げ」は同じように下味をつけて、片栗粉をまぶして揚げる。「唐揚げ」にも片栗粉を混ぜて使う時もあるけど、片栗粉オンリーなのは「竜田揚げ」だけ。
 そして、「フライドチキン」。
 これは、粉自体に味付けをして揚げている。十一種のハーブとスパイスを……ってどこかの米国地名のお店が言ってるけど、あれは粉にハーブとかを混ぜ合わせているのであって、肉に下味をつけてはいない。

 「えーっ? でも、唐揚げも粉をまぶして揚げてるじゃん」

 奏さんがテレビに反論した。

 ――市販の唐揚げ粉とか使って、手軽に揚げてる方もいらっしゃいますからねえ。勘違いされてることが多いんです。本来の唐揚げは、下味をつけてから揚げるものなんですよ。

 テレビのコメントが、料理を得意としない奏さんに突き刺さる。
 図星すぎてふてくされた奏さん。
 本当はチャンネルを変えてしまいたかったのだろう。けど、わたしの手前、それができずに、代わりにクッションでむくれた顔を隠した。
 ちょっとだけかわいかった、その姿。
 
 何気なく手にしたお肉のパックに、そんな些細な出来事を思い出す。
 「鶏むね肉」
 今日は竜田揚げにしよう。
 奏さんは、「唐揚げ」と「竜田揚げ」の違いに、「もも肉」と「むね肉」っていうのを上げてたけど、別に粉の違いなんだから、どっちの肉でどっちを作っても特に問題ない。
 竜田揚げに「もも肉」を使うことはできるけど、感覚的にサッパリした「むね肉」が好きなので、わたしはこっちを使っている。
 それに、若干お安いし。
 お金、使いすぎたって、よほどのことがない限り、奏さんに文句を言われることはないだろうけど、それでもちょっとは節約しておきたい。
 代わりに、プチ贅沢として、竜田揚げにネギソースをかけることにしよう。ネギはまだこの間の味噌汁の残りで冷蔵庫にあったし、あとはセロリを買い足すだけかな。
 セロリも残ったら、次の料理に使い回す。
 竜田揚げも多めに作っておいて、明日の弁当のおかずにする。下味をシッカリつけてから揚げるので、冷めても美味しい。

 (あ、そういえば、あのお味噌も使い切らなきゃ)

 味噌自体の賞味期限は、もともと保存食だったこともあって、とても長い。けど、「だし」入りの味噌となると、期限はグッと短くなる。
 それなら、もう少し使いきれるように量の少ないパックを売り出してくれればいいのに。
 毎日使う食卓を想定しているのだろうか。赤味噌だけじゃなく、いつものお味噌もたいてい、ズッシリ大パックになっている。いつものお味噌は、頻繁に使うからそれでいいけど、たまにしか使わない赤味噌でそれをされると、ちょっと困る。冷蔵庫で保存しても限界がくる。
 赤味噌のレパートリー、少ないし。
 ふつうのお味噌なら、みそ焼きおにぎりとか別のメニューも思いつくけど、赤味噌でそれをやったら、ものすご~く辛いおにぎりになりそう。
 
 (味噌煮込みうどんとか、名古屋メシを作ったら減るかな?)

 名前は知ってるけど、食べたこともないし、作り方も知らない。

 (あの番組、名古屋メシについての問題を出してたら、クッションを抱えることになったのはわたしだったかも)

 そうして奏さんに名古屋メシのあれこれを教えてもらうのだ。奏さん、きっと「どやっ!!」て顔になるだろうし。
 想像するだけでも楽しい。

 (あ、メール……)

 笑いをこらえるわたしのポケットの中でスマホが軽く振動を伝える。ウワサとすればなんとやら。奏さんだ。

 ▷ ゴメン。
   残業になった。
   夕飯、いらない。

 (そっか……)

 野菜売り場に歩き出してた足が止まる。
 まるで「来た、見た、勝った」と、どこかの将軍みたいな簡潔すぎる奏さんのメール。
 奏さんがいないのに、ネギソースを作る意味はない。お肉だって、こんなにいらないから戻しておこう。わたし一人分なら、冷蔵庫に残ってたありあわせでかまわないし。

 (でも残業……。この時期に?)
 
 奏さんの携わる主婦雑誌は、月末に発売される。
 だから、どうしても発売日前、月の中旬を過ぎると忙しくなって残業したり、会社に泊まりこんだりってことが起こりやすいんだけど、今はまだ月の初旬。発売日直後。〆切という嵐が過ぎて、一番ノンビリしてる時期だと思うんだけど。

 (なんか、新しいプロジェクトでも始めるのかな?)

 プロジェクトの責任者になっちゃったとか。それで、急に会議に参加することになったとか。
 もし、そういうことなら大抜擢だし、そういうことがあってもいい時期だと思う。
 今までわたしを育てるために仕事をセーブしていた奏さん。わたしも来年高校生なんだし、これからは、自分の好きなことを思いっきりやって欲しい。
 プロジェクトとかだったら、わたし、全力で彼女の身のまわりのことをサポートしたい。「受験生でしょ? 勉強のほうが大事!!」とか、奏さんは怒るだろうけど。それぐらいで不合格をくらう学校だったとしたら、わたしのレベルに見合わない学校だったということ。無理して背伸びして入っても、苦労するだけの所だったってことだ。

 (帰ってきたら、色々訊いてみよう)

 むね肉は一枚だけのパックに変更する。これは明日のお弁当用。お弁当に竜田揚げを入れることだけは変更しない。奏さんの好物だし、お肉。
 ついでに、お魚コーナーにも立ち寄る。明日の弁当は、竜田揚げとぶりの照り焼き、それときんぴらごぼうなんかのお惣菜。茶色いメニューが多いし、ガッツリな男弁当みたいな内容だけど、奏さんの好物だし、仕事が大変ならパワーをつけて欲しいって思うし。
 少しだけ明るい色の弁当になるように、ブロッコリーでも添えて、男弁当に女子らしさを加えてあげよう。奏さん、ブロッコリーはマヨなしで食べられないから、ブロッコリーの下にマヨネーズを入れておく。
 一人の食卓は少し淋しい。
 けど、こうして弁当の中身を見繕ったり、帰ってきた奏さんと仕事の話でもいいのでおしゃべりするのを想像することは、ちょっとだけ楽しくて気がはれる。

*      *      *      *

 おかしい。
 
 微かな違和感。
 気にするほどじゃないのかもしれない。けど、気にならないほどのものでもない。
 
 奏さんが、パンプスで出勤することが多くなった。スーツだって、パンツスタイルからスカートに。いつもは、「急に原稿を取りに行くことがあるから」って、走れること重視で、パンツ+ローファーだったのに。
 それに化粧。
 取材に行くときはそれなりにキチッとするけど、普段は「見れればいいの」程度で、BBクリームとかで簡単に済ませてた。それが今じゃ、化粧下地からはじめての完璧メイク。途中で直しているんだろう。帰ってくる頃になっても、全然よれてない。
 自分用にって買ってきたフェイシャルマスクもそう。わたしに知られたくないのか、洗面所で使ってるみたいだけど、結局そこのゴミ箱に捨てて、それをわたしがゴミとして集めてるんだから、結局バレバレ。(この辺の脇のあまさは、以前と変わらず)

 今日だって、「残業だから夕飯いらない」とメールで告げられた。
 残業? 遅くなるの?
 あの日から頻発する、「残業、夕飯いらない」メール。
 帰ってきた奏さんに、「仕事?」と訊いても「うん」としか返ってこない。いつもなら、「こんなプロジェクトを任されてね~」とかなんとか、仕事のこと、話してくれるのに。

 奏さんのいない日の夕飯は、とても質素で手抜きだ。
 下味をつけなきゃいけないような竜田揚げなんて作らないし、ビールのつまみになる揚げ出し豆腐も、名古屋風味の赤だし味噌汁も作らない。
 ありあわせ、冷凍しておいたほうれん草を使ったおひたしと、これまた冷凍しておいた大根とねぎを使った味噌汁。それと焼いただけの魚。あと、昨日の残りのきんぴらごぼう。
 焼くだけ、煮るだけ、取り出すだけ。包丁すら使ってないズボラ飯。
 盛りつけた皿はワンプレート方式。仕切りのついたランチプレートを使えば、美味しそうに盛りつけられて、洗い物も減らせる。

 「ただいまぁ~」

 玄関のドアの開く音。そして、奏さんの声。
 出迎えるため、箸を置いて急いで玄関に向かう。
 
 「ごめんね~、ミオ。すっかり遅くなっちゃった~」

 慌ただしく玄関を上がる奏さん。もどかしいのか、足をふってパンプスを脱ぎ捨てる。……小学生のガキンチョ的脱ぎ方。
 
 「大丈夫だった?」

 「別に、何もないから平気だよ?」

 オートロックのマンション、それでなくても普通の日常に、「大丈夫」と心配されるような出来事は、コロコロと転がっているものなんだろうか。どっかの中身は高校生の小学生探偵みたいに、ホイホイ事件は起きたりしない。
 
 「会議だったの?」

 「あー、うん。ちょっとね……」

 歯切れの悪い返事。

 「あ、もしかしてゴハンの途中だった?」

 リビングから漂う焼き魚の匂いに奏さんが気づいた。

 「うん。勉強に集中してたら遅くなっちゃった」

 言い訳。
 本当は、作る気力がわかなくて遅くなった。
 一人分なんて、面倒だし、カップ麺ですませてもいいぐらい。
 
 「奏さんもなにか食べる? 簡単なものなら作るけど?」

 一緒になにか食べてくれたなら、この味気ない食事を美味しく感じるかもしれない。

 「うーん、ゴメン、大丈夫。それより、先にお風呂もらってもいいかな?」

 「いいけど……、まだお湯沸かしてないから、ちょっとだけ待ってて」

 「OK~。準備してくるね~」

 そう言って、自分の部屋へ向かった奏さん。

 ……お酒? 仕事のはずなのに?

 わたしの横を通り過ぎた奏さんから、お酒ともう一つ、かすかに知らない香りが漂っていた。
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