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26.とはずがたり

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 「姫はね、あの戦のあとも、しばらくは生きてたんだよ」

 「生きてた?」

 山中で上がったっていう火の手は、千寿姫の命を奪わなかったのか?
 
 (ん? でも「しばらく」?)

 その言葉に、コクリと喉が鳴った。

 「戦は印南の勝ち。キミを陥れて殺害した冨田は……。キミの首を持っていたこと、戦の指揮が途中からおかしなものになったことに気づいた影孝によって殺された。コイツが裏切ったことで、久慈側が壊滅したんだって。影孝は、山中に逃れていた姫を助け、キミのカタキもとった」

「そう……なのか」

 敵にカタキを取ってもらうっておかしな話だけど。それだけ印南影孝も腹を立てていたんだろう。戦に紛れて主を討つなど。普通だったらありえない所業だ。
 直接刃を交えたことはない相手だけど、軽く目を閉じ、感謝を捧げる。

 「姫は、影孝に連れて行かれ、そこで暮らし始めた。元通り、影孝の許嫁として。でも……」

 再び、桜町が言葉を切った。言いあぐねてる様子の桜町。

 「……首実検が行われたんだ。久慈側の武将の。冨田の、そしてキミの。その様子を見ていた姫は、キミの首が取り出されるのを見て、それで……。気づいたら、裸足で飛び出して、首の入った桶を抱きしめて泣いていた。キミの死に耐えられなかったんだ」

 「千寿姫が?」

 「姫は、キミのことを、いつしか好きになってたんだよ」

 「うえええぇっ!? ま、マジ?」

 「うん。マジ。本人が言うんだから、信用して」

 「お、おう」

 一ミリも好きになってもらえるようなことしてないってのに。
 驚きで、前のめりになった体が、ムッとした桜町の表情に押し戻される。

 「もしかして、それって『エッチしたから惚れました』とかじゃ……」

 エッチをしたら相手を好きになるっていう、エロ漫画のご都合主義展開思考。

 「違うよ。キミに犯された時は、その寝首を掻き切ってやりたいぐらい憎んでた」

 恐るおそる訊いた俺に、冷ややかな視線が突き刺さる。
 ってか、そんなトコトン嫌われてたのか、俺。寝てる間に、首チョッキンされるぐらいに。

 「姫がキミを好きになったのは、キミが父親から疎まれて、仕方なく千栄津を攻めたことを聞いたから。父を殺されたことは憎いけど、生きたくて必死にもがいた結果ならって思うようになったんだ」

 やはり、あの時の、文箱を和尚に預けた時の会話は、姫に聞かれていたらしい。

 「それに、キミは、戦を悔いていた。悔いて、千栄津を守ろうと努力してくれた。戦で疲弊した地の復興を考えてくれた。最期の戦に、千栄津の民を巻き込むまいとした」

 「それは、死ぬなら俺一人でいいかなって……」

 今の俺、ってか前世の俺、褒められてたりする?
 どうにも照れて、ポリポリと頬を掻く。

 「そういうところを、姫は好きになってたんだ。でも、何も言い出せなかった。最後の別れの時、何も……」
 
 「桜町……」

 戦に出立する時、姫がなにか物言いたげにしてたのは、そういうことだったのか。
 転生してから知らされる、衝撃告白。

 ――この地を守り、姫を愛す。

 そう誓った、前世の俺。少しだけ想いが浮かばれた気がした。 

 「そして、程なくして姫が妊娠してることが発覚した。影孝の子じゃないよ。キミの子だ」

 「おっ、俺のっ!?」

 ビックリ驚き、自分を指差し。
 いや、まあ、そういうことをいっぱいやらかしてるし。妊娠しててもおかしくないけど。

 「……今じゃないから。そんなに見ないでくれる?」

 「ああ、や、スマン」

 つい、しげしげと桜町の腹を見ちまった。反省。

 「敵の子を孕んだ姫を、影孝は守ってくれようとしたんだけど、彼の父が激昂してね。城を取られる父親も不甲斐ないが、敵に操を奪われる娘もけしからんって。姫は腹の子共々殺されることになったんだ」

 「そ、そんな……」

 どうして姫まで? 城を落とした俺が憎かったからって、どうして姫まで。
 そして、影孝!
 お前、もっとシッカリ千寿姫を守れよ! 俺のカタキをとってくれても、姫を守れてないんじゃ、全然うれしくねえぞ!

 「新里くん。千寿はね、処刑されることに異を唱えなかったんだよ」

 「えっ!?」

 驚き、顔を上げる。
 異を唱えなかった?

 「子を産んであげられないのは辛いけど。でも、産んだところで子は殺される。影孝は、せめて姫だけはって願い出てくれたみたいだけど。子を堕ろしてでも姫だけはって。でも、姫はそれを受け入れなかった。子とともに、キミの元に逝くって覚悟を決めたんだ」

 「桜町……」

 「姫は、戦のあった河原で磔にされた。印南の殿は千栄津の領民を集めて、姫に石を投げさせた。戦に巻き込まれたのは、姫の父親が不甲斐ないからだ。姫が敵に通じたからだって。でも、誰も石を投げようとしなかった。キミの統治が、わずか三ヶ月とはいえ、素晴らしかったことをみんな知っていたから。キミの子を孕んだ姫が殺されることを悲しんでいたから」

 多分、それだけじゃない。
 領民たちは、みんな姫を慕っていた。戦に巻き込まれた領民を守るため、体一つで俺たちに立ち向かってきた姫。そんな姫に石を投げるようなヤツはいない。

 「面白くなかったんだろうね。印南の殿が、部下に槍で姫を突けと命じたんだけど。その槍が貫く前に、一本の矢が姫の心臓に突き立った。――影孝が放った矢だよ」

 「影孝が?」

 どうして? 姫を守ろうと意見してくれてた影孝が?

 「どういう意図の矢なのかは、僕も知らない。命をかけてキミを慕ってた姫を憎んだのか。それとも、せめてもの情けで、一矢で死なせてやろうって考えたのか。僕は、その矢で死んじゃったから、彼の気持ちまではわからないんだ」

 「そっか……」

 「でもね。その最期に思ったことだけは覚えてる。来世は、戦のない世に。来世こそキミと、なに隔てられることなく幸せにって。最期に刑場に晒されてたキミの首を見て、そう願ってた」

 「おっ、俺の首っ!?」

 そんなとこにあったの、俺の首。

 「うん。これは現世で調べたことなんだけど。キミの首と僕の遺体は、処刑後そのまま数日間晒されていたらしいよ。見せしめってやつだろうね」

 「俺の……首……」

 思わず、今ある首元に触れる。
 ちゃんとくっついてる俺の首。今のところ、ちょん切られて胴体とバラバラになる予定はナシ。

 「僕たちの遺体は、その後、領民たちが弔ってくれたんだ。印南の殿に気づかれないように、コッソリと。あの菩提寺に、真野康隆の墓の隣に、合葬する形で墓を作ってくれたんだ。今も寺に現存してるけど、――見る?」

 「いや、うん。まあ……」

 見たほうが、お参りに行ったほうがいいのかな。自分で自分の墓参り。

 「僕は七つの時に、自分の前世が千寿姫だって知って。それからずっと彼女と久慈三郎真保のことを調べてた。キミのことが知りたくて。キミの遺したものが残ってないのか。菩提寺にも何度も足を運んだ。そこで、懇意になった寺の住職に見せてもらったのが、あの書状だよ」

 「お前が守ろうとした?」

 燃えさかる炎の中に飛び込んでまで、守ろうとしたあれ。

 「うん。あの書状、戦のあとの千寿姫のことを案じてくれてて。すっごくうれしかった。命をかけてまで、愛してよかったって、心から思った」

 ニッコリ笑う桜町だけど。

 「うわああ、あれ、読んだのかよ……」

 前世のことだけど、ついさっきのことのように恥ずかしい。あんなの。あんなのちょっとしたラブレターじゃん。
 姫を託す。姫を頼む。
 そういうことを連呼した手紙だけど、深読みすれば、「俺、千寿が好きです!」って宣言してるようなもんだし。
 それを、本人に読まれるなんて。恥ずかしすぎんだろ、俺。
 影孝以外、誰にも読ませちゃダメって追記しておけばよかった。

 「――サイアク」

 「そう? あれを読めて、僕は幸せだったけど?」

 軽く首をかしげた桜町。
 その笑顔は、前世で領民たちに向けてた千寿姫の笑顔とピッタリ重なった。
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