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22.ゆらぐ、ゆれる

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 360人中348位。
 英語、数Ⅱ。赤点、追試決定。古典、化学、ギリちょんセーフ。
 二年二学期末テスト。自己最低点数、自己最低順位更新。全然うれしくねえ。

 「どうした、新里。お前らしくないじゃん」

 もうやだ。
 テスト結果が発表されて。机にふて寝してた俺に、五木が声をかけてきた。

 「古典までダメダメだなんて。ほんと、どうしたんだよ」

 後ろの席から、ウリウリと川成がペンでつついてくる。

 「なんかあったのか?」

 「おれらでよければ、話、聞くぞ?」

 二人の優しさ。慰め。

 「いやさ、俺、これからどうしたらいいのかなって」

 「どうしたらって?」

 「追試に向けて勉強すればいいんじゃね?」

 キョトンとして、互いの顔を見合わせた五木と川成。

 「そうじゃなくてさ……」

 よこらせっと、鉛のように重い体を持ち上げるように身を起こす。

 「まあ、なんにせよ、元気出せって」

 五木が手を伸ばし、俺の背中を叩く。

 「そうだぜ。帰りに新作ジャンボパフェ、おごってやるからさ」

 川成も励ましてくれる。

 「ありがとな。でもパフェはいい」

 胸焼けしそう。
 それでなくても、悩みすぎて食欲ないって時に、ジャンボパフェはなかなかキツい。

 「――新里くん、五木くん」

 二人の優しさに、新里、涙出ちゃう。だって男の子だもん。――な~んて思ってる時に名を呼ばれ、ビクッと体を震わせる。

 「お、桜町じゃん。どうした?」

 俺と違って、軽く受ける五木。

 「さっき職員室に行ったら、これを渡しておいてくれって、先生から頼まれたんだ」

 はい、と桜町が俺たちに渡してくれたもの。次の追試試験のための、模範解答例。

 「次の試験は、これと同じ問題を出すから、シッカリ勉強しておけって」

 つまり、これを自分の頭の中に叩き込んでテストに挑め。答えを丸暗記でも構わないから、点数を取れ。

 「それと、わからないところがあったら、教えてやれって言われたんだけど」

 「桜町が? 教えてくれるのか?」

 「うん。仲間同士、わからないことを教え合って助けることが大事なんだって」

 「あ~」

 その言葉に、俺と五木、川成の三人で天井を見上げる。
 数学の吉岡。そういう「団結!」とか「協力!」とか「友情!」が何より好きな、典型的常盤台高校の熱血系教師だったわ。

 「ってか、桜町って、オレたちに教えられるぐらい点数良かったのか?」

 素朴な疑問を、五木が投げかける。

 「そんないい方じゃないと思うけど……」

 桜町が言葉を濁す。

 「ちなみに。順位はいかほど?」

 川成が問う。

 「えっと。12位……かな?」

 「じゅうにいぃっ!?」

 俺たちの声がそろってひっくり返った。

 「国公立、それも旧帝大狙えるレベルじゃん……」

 言った五木がゴクリと喉を鳴らした。
 360人中348位の俺と、360人中12位の桜町。
 その差に、俺もンガッと喉をつまらせる。神様。同じ前世を生きた者同士、どうしてこんなに差があるんだ? 通常、普段通りの実力を出せたとしても、俺、200番台がせいぜいだっていうのに。

 「なあ! なら桜町って、化学も教えられたりする?」

 川成が身を乗り出す。

 「化学?」

 「おれ、化学が赤点なんだよ! だから新里たちのついでにそっちも教えてもらえっと助かる!」

 「僕でよければ……だけど」

 少し困惑気味の桜町。

 「よっしゃ、決定! 桜町! 今日からおれたちの先生になってくれ!」

 頼んます、パンパン!
 川成が桜町を拝んだ。ついで、五木も。

 「……新里くんはどうする?」

 桜町が俺に尋ねる。

 「俺は、その……」

 できることなら、桜町との接触は避けたい。
 いつ襲われるかわかんねえから避ける……んじゃなくて。どういう顔してたらいいのか、どう接したらいいのかわかんねえから避けておきたいってのが本音。
 普通にクラスメイトとして、友だち程度のつき合いをすればいいんだろうけど。普通のクラスメイトとしての距離が測れない。コイツの顔を見れば、それだけで前世のこととか思い出しちまって、その……。どうにもこうにも落ち着かない。落ち着けない。
 なんていうのかな。
 「今は大人しくなったオオカミさんですから。安心して寄り添ってくださいウサギさん」って言われてるような。それも一度オオカミに食われた経験のあるウサギに、「二人が仲良くやってる写真を撮りたいから、ニッコリ笑顔スマイル!」って要求されてるような。
 オオカミの気がいつ変わるかわかんないし。でも仲良くなろうって手を差し出されて、突っぱねることもできないし。だから一緒に写真に収まっても、ウサギはきっと逃げ腰、浮き腰、及び腰。ちょっとつつけば、跳ねて飛んでくそんな腰。
 だから。
 ホントは勉強なんて教えてほしくないんだけど。警戒してることを知られたら、俺、桜町を傷つけてしまうんじゃないかって。だから。

 「俺も頼む。勉強教えてくれ」

 普通を装い、五木たちと同じように教えを請う。

 「わかった。でも今日は部活があるから。明後日の日曜日に市の図書館で数Ⅱと化学の勉強。それでもいいかな」

 「おう。ありがとな」

 軽く返したつもりだけど。「オウ、アリガトナ」ってガッチガチの棒読みになった気がする。
 勉強の不出来なクラスメイトに、勉強を教えてくれる親切なクラスメイト。
 前世で縁のあった「ソウルメイト」じゃなく、たまたま同じクラスになった「クラスメイト」。
 その関係なら。その関係でいられるなら。

 「――姫。怯えずともよいのですよ」

 ソッと俺の耳に囁いた桜町。
 思わず、耳を押さえて立ち上がると、ニッコリ意味ありげな笑みを残して去っていった。

 「どうした、新里」

 事情を知らない五木たちが不思議がる。

 「いや、なんでもねえ。なんでも。なんでも……」

 深呼吸をくり返し、もう一度座り直す。

 「なあ、やっぱ桜町となんかあったのか?」

 鋭い川成の質問。

 「お前さあ、この間桜町を呼び出してたじゃん? あれって、やっぱタイマンとかそういうのだったのか?」

 「は?」

 「そうじゃなきゃ、BL。告白。お前と桜町、そういう噂があるんだけど、どっちだったんだ?」

 「はああぁあぁっ!?」

 椅子を蹴倒し立ち上がる。

 「いつ!? いつそんな噂になってたんだっ!?」

 「だから、お前が桜町を公園に呼び出した時だよ。あんな人目のない公園に呼び出すって、ケンカか告白の二択しかないだろ」

 公園、もしくは校舎裏。
 そういう場所に呼び出すのは、そういう理由以外にありえない。それが青春のセオリー、テッパン。

 「で? やっぱそういうこと、あったわけ?」

 興味はあるけど、川成よりは冷静。五木が取り出したペットボトルの茶を飲み始めた。

 「あるか! あってたまるか!」

 ケンカはともかく、告白BLなんてあってたまるか! それに、その場合、俺がアイツに告白したってパターンになっちまうじゃねえか!

 「な~んだ。つまんねえの」

 チェエ~。川成が口を尖らす。

 「川成、テメエ、やっぱジャンボパフェ、おごれ」

 「はあっ!? なんで!」

 「気が変わったんだよ。帰り、絶対おごれよな」

 俺がアイツとBLなんて。
 想像されただけで、腹が立つ。なんでもいいから食わねえと、腹の虫がおさまらない。
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