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18.鳴り止まぬ心

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 「まったく、信じられねえ! いくら人がボーッとしてたって、勝手に弁当食ったりするか? 普通!」

 プンスカプンプン。

 「だーかーらー。悪かったって言ってんだろ? ちょっと調子に乗っちまったんだよ」

 スマンスマン。
 怒り続ける俺に、川成が謝罪し続ける。

 「まあまあ。こうやって謝ってるんだしさ。少しは許してやれ、新里」

 ドウドウ、落ち着け。
 五木が、俺と川成の間の仲裁に入る。

 「今度やったら、デカチキ二つ! だからな!」

 「……わかった。デカチキ二つな」

 大きくため息を吐いた川成の前で、手にしたニコチキを思いっきり頬張る。
 俺の弁当。
 俺がボーッとしてた間に、卵焼き、唐揚げ、かぼちゃの煮物が犠牲になった。残ったのはプチトマト(川成の嫌いな食い物)と海苔ご飯だけ。プチトマトをおかずに食べ切るには難しい量の、アンバランス弁当。
 「新里の母ちゃんの弁当が、旨すぎるんだって」
 川成が、そうやって弁解したけど、俺は許さない。旨かったからって、勝手に食っていいもんじゃねえだろ。
 ってことで、放課後。帰り道、学校近くのコンビニに立ち寄って、お詫びの品を献上させた。
 いつもニッコリ、ニコニコストアのニコチキ。230円。
 手で持ちやすいように小さめの紙袋に入ったチキン。うたい文句は、「誰かといっしょに、いつでもニコニコ、二枚入ってニッコニコ!」。
 ちょっと小ぶりのチキン。誰かとわけっこしてもいいし、豪快に二枚同時にかぶりついてもいい。そういう商品。あと10円足すと、「でっかいってうれしいね」のデカチキ(一個)が買える。
 デカチキじゃなく、ニコチキをお詫びの品にしたのは、ニコチキ二枚とデカチキ一枚では、ニコチキのが体積が大きい気がするから。一気に二枚重ねで食ってもいいけど、少しでも長く味わっていたいから、一枚づつチマチマコースを選択する。

 「それにしても。ちょっと外で味わうには、辛い季節になってきたな」

 「だなあ」

 コンビニの壁を背に、三人並んで買ったもの(おごられたもの)を食べる。五木はフランクフルト。川成は少しケチって缶コーヒー。
 
 「そろそろおでんとか、肉まんが欲しいよなあ」
 
 「だなあ。ってか、なんであんなにコンビニおでんって美味しそうに見えるんかな」

 食ってみると、そこまで「メチャうま!」ってことはなくて。「まあ、旨いんじゃね?」程度なのに、店頭にあると、「絶対食いたい!」って魔法にかかる。

 「そりゃ、店内に漂うダシの香りのせいじゃね? あの香りに勝てる勇者はおらん」

 「そうだな。あの香りはヤバい」

 五木の答えにウンウンと頷く。腹減ってる時にあの香りは、結構ヤバい。

 「おでんもいいけどさ~、おれそろそろカレーまんが食いたいんだよなあ」

 川成がガシガシと頭を掻く。

 「カレーまん?」

 「買えばいいじゃん」

 ケチってないで。
 まん系は、缶コーヒーより高くつくけど、食べたかったら買えばいい。

 「売ってねえんだよ。なぜか今年は」

 ブスッとした川成。五木と俺が首を傾げる。

 「肉まんとか、あんまん、ピザまんはあるんだよ。だけどカレーまんだけはどこ行っても置いてないんだ」

 「そうだっけ?」

 ニコチキやデカチキが並ぶケースの隣。まん系もそれなりに並んでたけど。

 (そういや、あの黄色い皮のヤツは並んでなかったような)

 食べるつもりはなかったので、準備中とかその程度にしか認識してなかった。

 「ああ~、カレーまん、食いてえぇぇ」

 缶コーヒーを飲み終えたのか。川成が、頭を抱えてズルズルとしゃがみこむ。

 「あの、黄色いモフッとした感じの皮! ちょっと辛ッ! ってかんじの中身! 蕩けたチーズなんかも入ってると最高なんだよなあ~」

 「こら待て、川成! それ以上言うと、俺らまで食いたくなってくるだろうが!」

 ニコチキを食べてるのに、口のなかが「カレーまん食べたい」モードになって、ヨダレが出てくる。
 これは、かなりマズい。カレーまんに飢えてしまう。

 「お前らも、カレーまん食いたいマンになってしまえ~。カレーまんだけ外された、インド人の呪いじゃ~」

 空の缶を持ったまま、なぜかオバケの手をしてくる川成。なんでインド人が「うらめしや~」って言うんだよ! 呪うなら、カレーまんを置かない店のスタッフを呪え!
 ふざける川成に、やめろと抵抗する俺と五木。

 「――あれ? 新里くんたち。何やってるの?」

 ふざけ半分な俺たちの前で、キュッと音を鳴らして止まった自転車。

 「桜町」

 ふざけるのを一旦停止。三人そろって、自転車から降りた桜町を見る。

 「お前、部活は?」

 帰宅部の俺たちは、放課後コンビニ直行でいいけど、剣道部のお前は部活サボっちゃだめだろ。

 「今日から、部活休み。ほら、再来週、期末テストでしょ」

 「あ、そうか」

 テスト休みってやつだ。
 テストの10日前になると、強制的に部活動は休止に追い込まれる。

 「……ってか、期末のこと、忘れてた」

 「思い出したくなかった」が本音の俺たち。そろって「うげ」って顔をする。できることなら、もう少し忘れていたかったなあ。

 「そういや、桜町って自転車通学だっけ?」

 この間、一緒に帰った時は電車に乗ってなかったか?

 「うん。部活休みの時だけ。休み期間、体がなまらないように、自転車に切り替えてるんだ」

 「なるほど」
 
 それはそれは。
 部活のない時まで体を鍛えようって考えるなんて。剣道バカというのか、己に厳しいストイック野郎というのか。
 普通、部活休みなら「ウェ~イ、ゆっくりできるぜ☆」が正解なんじゃねえの?

 「そだ。よかったら、コレ、食ってくか? 少し腹ごしらえしてってもいいだろ?」

 手の中にあるニコチキ。一枚は食っちまったけど、袋の中には、もう一枚残ってる。

 「ちょうどなにか買い食いしようって思ってたとこなんだけど。――いいの?」

 「この間の礼、俺のおごりだ」

 紙袋ごと、桜町に差し出す。隣で、川成が「おれのおごり、な」とツッコんできたのは無視。
 ノート見せてもらったお礼がニコチキ(一枚)じゃ、割に合わないだろうけど。

 「ありがとう。じゃあ、遠慮なくいただくね」

 「おう」

 差し出したニコチキ。てっきり桜町がそのまま受け取るかと思ってたんだけど。

 ――ハクッ。

 「え?」

 「は?」

 「う?」

 五木、川成、そして俺。三人そろって間抜けな声が出た。
 俺の差し出したニコチキ。こめかみにかかる髪を軽く掻き上げた桜町が、そのままパクッと食らいついてきて。

 「――どうかした?」

 顔を上げた桜町。不思議そうにこっちを見てくる。

 「え、あ、いや。なんでもねえ」

 「そう? これ、初めて食べるけど、美味しいね」

 再びのパクッ。
 伏し目がちの桜町が、二口、三口とニコチキを咀嚼し、嚥下していく。

 (いや、一口ちょうだいの「パクッ!」はアリかもしれねえけど、そのままパクパクは、ちょっと、さすがに……っ!)

 ってか、俺、なにドキドキしてんだっ!?
 さっきから、全身が心臓になったのかってぐらい、ドッキンドッキン心拍音がうるさい。

 「――ごちそうさま。あ~、美味しかった」

 「おおおう。そ、それはよかった」

 油のついた唇を、うれしそうにペロッと舐めた桜町。
 その仕草に、ドッキンドッキンが、ドドドドドドドに早変わり。心臓乱れ打ち。

 「じゃあ、またね」

 軽く笑顔で、桜町が自転車に乗り直す。それ以上は特に会話することなく、爽やかに走り去っていった桜町だけど。

 「なあ……」

 「うん……」

 「普通さ、あんなふうに食べるか?」

 「食べねえよなあ」

 二人で仲良くハンブンコな、チューブ氷菓と同じで、渡してきたヤツの手から、そのまま食べたりしない。二人でチューチュー、二人でパクパクが正解だろ、普通。

 「おい、新里。ボーッとして。大丈夫か?」

 五木が声をかけてくる。

 「おおう。大丈夫だ! 大丈夫! ちょい驚いただけだから!」

 呼ばれてようやく我に返る。心臓だって元通りの通常運転。

 「それより、俺たちもそろそろ帰ろうぜ?」

 テスト勉強したいわけじゃないけど。
 手元に残った、ニコチキの紙袋。
 空のそれをクシャっと握りしめてゴミ箱ポイが帰り仕度……なんだけど。

 (やっぱ、俺、ヘンだ)

 手のなかの、油のシミのついた紙袋。食べ終わった今はただのゴミなのに。
 なぜだろう。クシャッともポイッともしたくない。大事な宝物のように思えた。
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