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13.夢のカケラを求めて

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 制限時間は五分。
 俺が桜町から一本取ったら勝ち。
 俺の望む通り、桜町の小説を読ませてもらう。
 逆に、一本取れなかったら桜町の勝ち。
 今後、小説を読ませてくれと頼みこむことは禁止。
 
 俺が狙うのは、桜町の面、胴、小手。本来高校生なら「突き」も有効なんだけど、「突き」は相手の喉元を狙うものなので、初心者が狙うと大変危険なのでナシとされた。だから、勝敗を決める有効打突は、面の正面と左右、胴の左右、右小手と左小手のみ。
 他にも、相手(桜町)を場外に押し出したり、足を引っ掛けたり、相手の竹刀を抱え込んだりってのは反則にあたるので、もしこれをやった場合は、即俺の負けとされた。
 桜町は、俺に一本だろうが何本だろうが取ったところで勝ちとはならない。あくまで、俺に一本取られないようにするのが基本。「攻撃は最大の防御」だから、打ち込むこと自体は自由ってされたけど。

 (それって俺が、「面、面、メーンッ!」って打たれっぱなしでもオッケーってことか?)

 ビシバシベンベン打たれて、こっちから一切攻撃できずに終了。
 さすがに五分間殴られっぱなしは嫌なので、一撃ぐらい入れたいところだけど。

 (できんのかな。俺)

 やってやらあっ! って息巻いたけど、やってできらあっ! って意気はない。
 それでも、借りた道着に着替え、臭さを我慢して防具を着ける。
 「頑張れよ」
 「桜町から一本取れたら、お前、剣道部に入れ」
 なんて言われ(励まされ?)、ついでに試合形式のやり方も軽く教えてもらって、竹刀を持つ。道場に引かれた白い枠線。そのなかで、俺は同じく防具をつけた桜町と対峙する。
 
 (あれ? コイツ……)

 桜町、眼鏡、かけてないのか?
 防具の向こうから、まっすぐにこちらを見る桜町の目。眼鏡越しじゃない視線は、とても強く俺に突き刺さる。もしかして、もしかしなくても、メッチャクチャ怒ってたりする?
 竹刀の先と先。ぶつけるでもなく、ギリギリのところで、腰を落として向かい合う。

 「始め!」

 審判を務める主将の合図とともに飛び出し、竹刀を打ち合う。最初の踏み込み、ちょっとだけ、短距離のスタートに似ている気がする。けど。

 (うおおおっ!)

 それ以上の感慨、感想なんて思ってるヒマはない。

 バシバシ、パンパンッ!
 激しい音とともにぶつかってくる桜町の竹刀。こちらが打てばそれだけ後退するんだけど、わずかな隙をついて、攻守は簡単に入れ替わる。後ろに下がったからって、防戦に回ったわけじゃない桜町。

 (クッソ、うわっ!)

 その竹刀の速さはとんでもなくて。野球の豪速球だってもうちょっと見えるぞってぐらい速い。
 いくら俺が打突を受けても無効になるって言われても、これじゃあ……。

 (ァダッ!)

 まともに正面から喰らった「面!」。痛くはないが、クラクラする。

 (クソッ!)

 悔しくて、構え直すものの……。

 バシーン!

 今度は小手に入った一本。その強さに、竹刀を落っことしかける。

 (こうなったら……!)

 どれだけビシバシぶっ叩かれても、捨て身で桜町にぶつかりにっ!

 バシッ、バシッ!

 俺の「肉を切らせて骨を断つ」作戦は、アッサリ桜町に防御される。コイツ、俺に攻撃しておきながら、自分を守る体勢もシッカリ確保してる。打ち込んだところで、簡単に竹刀で受け止め、弾き返される。

 (コノヤロッ!)

 勢いのままに、桜町に突進! 
 竹刀と竹刀がぶつかり合い、ギリギリと鍔迫り合いとなる。
 
 (そんなに、俺に読ませたくねえのかよっ!)

 試合に負けることより、そっちが悔しくなってきた。
 俺がこんなに苦しんでるってのに。俺がこんなに頼んでるってのに。
 フーフーと肩で息を繰り返しながら、格子のような面金の向こうにある桜町の顔を睨む。
 俺がこんなに必死なのに。どこまでも冷静で顔色一つ変えてない桜町。
 なんでこんなに拒むんだよ。

 (チクショッ!)

 怒り。もしくは泣きたいぐらいのショック。
 その感情のままに、腕に力を込めて、竹刀を弾き返して、距離を取る。
 後ろに四歩、五歩、六歩。
 そして。

 「うぉりゃああぁぁっ!」

 ダン、ダン、ダンッ!
 助走をつけて飛び上がる。目指すはクソムカつく桜町の面。上段に構えた竹刀を思いっきり振り下ろす。

 バシッ!

 当然だけど、桜町は頭上で竹刀を横に構え、俺の攻撃を受け止める。だが。

 ヒュンッ!

 弾かれた竹刀を構え直し、今度はがら空きになった桜町の胴を狙う。桜町も俺の行動が予測できてたみたいで、今度は竹刀を縦にして俺の攻撃を受け止めた。

 (――コンニャロッ!)

 なんとしてもコイツを倒す!

 「反則! 勝負あり! こらチビ! これは剣道の試合だぞ! いつから柔道をおっ始めたんだ、キサマは!」

 え? は?
 言われ、我に返る。
 俺の手にあるのは、竹刀じゃなくて、桜町の上半身。俺が引っ掴んだせいで、バランスを崩した桜町の足に自分の足を絡げ、鎌で草を刈るように払っていた。
 大外刈り。
 柔道ではオーソドックスな、剣道では確実反則扱いな技。
 竹刀を持ったまま、後ろに倒されてた桜町。倒していたのは俺の足。
 俺、今、何を? 何をしでかしたんだ?

 「すまない。やり過ぎた」

 その体を起こすのを手伝う。
 自分の竹刀を手放すのも、相手に柔道技をかけるのも、飛び上がって攻撃をしかけるのも、全部ルール違反だよな。

 「ケガ、ないか?」

 「うん。一応は、大丈夫」

 「ごめんな。つい試合に熱が入っちゃってさ。どうしても勝ちたくって、ムチャクチャやっちまった、ハハハ……」

 乾いた笑い。
 そうだよ、ムチャクチャ過ぎだよ、俺。
 いくら勝ちたいからって、あの小説が読みたいからって、柔道技はさすがにない。
 ここは剣道場。柔道場と違って、床は木でできてる。いくら防具を着けていたからって、不意打ち大外刈りなんてくらったら、桜町がケガする可能性だってある。ケガを――。

 「新里くん?」

 「あ、なんでもない。なんでもねえんだ」

 一瞬、体の奥底に鉛を詰められたような感覚に襲われた。

 「主将、そして剣道部の皆様。大変ご迷惑をおかけしました。この先、新里千尋は、桜町に無理を言わないことをここに誓います」

 面を外し、竹刀を持ち直し、道場と部員たちに深く一礼する。
 そうだ。なんにしたって、勝負は決まってしまった。
 俺の負け。
 それもとんでもない反則負け。
 俺は、桜町に小説を見せてもらえないことが決定してしまった。

 「失礼しました」

 もう一度、深々と頭を下げて道場を出る。

 「新里くんっ!」

 走り出した俺の背中に、桜町の声が刺さる。

 (名前、呼ぶなよ)

 今の俺、とんでもなくカッコ悪いし。名前呼ばれてもふり返りたくねえんだよ。
 泣きたくなるのをこらえ、グッと鼻をこすり上げる。
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