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11.熱情のままに

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 「閉店~っ!?」

 「ウソだろ?」

 「マジかよ」

 最初の「閉店~っ!?」から続く感想を、五木と川成が代弁する。
 放課後、帰り道にに立ち寄った、駅前のビルの二階、マンマ・フォルトゥナータの館。
 そこに、怪しげな音楽も胡散臭げな香の匂いもなくて、あったのは、[閉店のお知らせ]という、味気ない一枚の張り紙だった。

 「え~、なになに? この地において、成すべきことを成し終えたので、新たな修行の旅に出立致します。彷徨える子羊たちに、幸多からんことを願っております。ご愛顧、ありがとうございました……だって」

 「やっぱボラれたな」

 「だな」

 張り紙を読み上げた川成が、五木の意見に同意する。
 新たな修行とかなんとかぬかしてるけど、「この地でおバカなガキンチョどもに、テキトーなこと言って、程よく儲けさせてもらったので、トンズラこかしてもらいます」ってのが、おそらく本音。まあまあ稼がせてもらったし、アデュー……みたいな。
 それか、「お前の前世は徳川家康、こっちのやつは織田信長」みたいなことをくり返して、オープン特価であっても、そこそこ稼いでたのはよかったんだけど。「前世:織田信長」を量産しすぎて辻褄合わなくなってきて、「ヤベ!」ってなってトンズラした……とか。
 どっちにしろ、もうここにあの化粧濃すぎのマンマはいない。受付ジプシーだって影すら残ってない。

 (彷徨える子羊たちに、幸多からんことをってなんだよ……)

 ズルズルとしゃがみこみ、頭を抱える。
 お前がトンズラしたせいで、子羊、彷徨ったままになっちまったじゃねえか。迷って迷って、オオカミに美味しくいただかれちゃったらどうすんだよ。

 「なあ、新里。お前、そんなに占いが気になるのかよ」

 五木が言った。

 「そうだよ。あんな占いなんて、遊びみたいなもんじゃん」

 川成がつけ加える。
 あんな前世占いなんて、朝、テレビで見かける占いと似たようなもの。今日の運勢、第一位はおひつじ座! って言われればテンション上がるし、最下位ゴメンナサイって言われれば、「ついてねえなあ」ぐらいは思って速攻忘れる。その程度、その程度のものなんだけど。

 「俺、なんかヘンなんだよ」

 「は?」

 「お前がヘンなのは元からだ。安心しろ」

 「いや、そうじゃなくてさ。ずっとヘンな夢を見てるっていうか、おかしなことがくり返されてるっていうか」

 「なんじゃそりゃ」

 「よしよし。ではこのマンマ・カワナーリが占ってしんぜよう」

 「アホ」

 易者みたいな手つきの川成と、ツッコむ五木。
 そうやって混ぜっ返すことで、俺の気持ちを軽くしようとしてくれてるのかもしれねえけど。(単にからかってるだけなら、心の中で殴っておく)

 (なんか、おかしいんだよなあ……)

 少しずつ、少しずつ。
 歯車が軋んでズレていくように、俺のなかの何かが少しずつ変化してる――気がする。
 まず、夢がおかしい……というか、夢を見てたはずなのに、その内容を全然覚えてないことがおかしい。
 普通、朝起きてもちょっとぐらいは夢の内容を覚えてたりする。ヘンテコな夢だったな~って反芻するだけの時間と記憶力はある。
 なのに、今見る夢は、起きた途端にスーッと波が引いてくように、俺のなかから消えていってしまう。カケラすら残さず、霧散する。
 夢も見ないぐらいグッスリ寝てたってのなら、まだいい。それならそれで(寝足りなくても)、「よく寝た~」ってスッキリする。
 けど、今の俺の目覚めは、どこをとってもスッキリしなくって。夢をカケラも覚えてないくせに、胸が締め付けられるように苦しくて、切なくて。焦るような、悲しいような、わけも分からず涙が出る。

 ――答えはすでに主のなかにある。

 あの日、マンマに言われたこと。

 ――大切なものを守り通すのが主ぬしの役目。
 
 大切なものを守り通すってなんだ? 答えは俺のなかにあるってのは、俺が見てる夢のなかにあるってことなのか?
 わからない。
 くり返し見てるだろう夢に、どんな意味があるのか。何を守らなきゃいけないのか。
 そこに隠されたメッセージを読み取れなんていうスピリチュアルなもんは好きじゃないけど、でも俺はそれを知らなきゃいけない。そんな気がする。
 だから、もう少しヒントが欲しくて、こうしてマンマに、ボラれてもいいから会いに来たわけなんだけど。

 (クッソ、八方塞がりかよ!)

 見ても覚えてない夢に、どうやってヒントを探したらいいんだよ!
 それでなくても、最近の俺、ずっとおかしいままなのに。
 剣道の授業で、桜町の竹刀を弾き飛ばしたり。校内清掃で、桜町を見て泣きそうになったり……って。アレ?

 (もしかして、これって全部桜町に繋がってる?)

 しゃがみこんだまま、顔だけ上げる。
 
 (そうだ。俺がおかしくなったのって、あのノートを拾ってからだ)

 ゆっくりと、確認するように思い返す。
 夢がおかしくなったのは、あのノートを拾ってから。
 俺が無意識におかしくなってる時、いつもそこに桜町がいた。

 (あの小説の続きが気になるのか?)

 たった1ページ読んだだけの小説。
 文章のプロでもない俺に、あれの良し悪しなんてわかんねえけど、とにかく、胸がギュッと押し潰されそうな感覚になった。泣きたい。でも泣けない。胸の奥が斬られるように痛いのに、それを言葉にして表せない。
 切なくもどかしい、俺の語彙力不足。
 マンマは、このモヤモヤする気持ちの答えは、俺のなかにあるって言ってたけど、俺からしてみれば、あの小説のなかにこそ、答えが詰まってるような気がする。
 小説と桜町。
 その二つが、すべての原因。だから。

 「読ませてくんねえかなあ……」

 「何が?」

 聞きとがめた五木が尋ねる。しまった。俺、声に出して言ってたか。

 「この間さあ、とある人物がノートに書いてる小説を読んじまったんだよ」

 桜町の名前は伏せておく。

 「なんかさあ、それからだと思うんだよなあ、こんなおかしいのって」

 「なんだよ。エッチなヤツだったのか?」

 「だから、なんでもかんでもエロに繋げんな」

 名前、伏せといて正解だった。

 「気になるなら、頼み込んで読ませてもらえば?」

 「んでもって、一発抜いてこい」

 だから、エロじゃねえって。

 「読ませてくれっかな」

 「頼み込んだらいいんじゃね? お願い、お願い、おねが~い! って」

 パンパンッと俺を拝むような仕草をした川成。合わせた手を下げた頭の上に持ってくる、お願い最上級ポーズ。

 「そんなので、見せてくれっかな」

 あの時だって、ふんだくるように、俺の手からノートをもぎ取ってったし。

 「大丈夫なんじゃね?」

 気楽に五木が請け負った。

 「よくわかんねえけど、ノートに書いてるってことは、誰かに見られるリスクがあるってことだぜ? それを犯して書いてるってことは、潜在的に誰かに読んで欲しい願望があるんじゃねえの? 誰にも読まれたくないってのなら、それこそロックのできるスマホとか、家のパソコンに入力すればいいわけだし」

 そっか。
 本当に、本当に誰にも見せたくない文章なら、そもそも文章化しないって方法もあるわけで。
 それを書き出してる、それも学校に持ち込むようなノートにってことは、桜町、もしかしたら誰かに読んでほしいな~とか思ってたりする? 俺からノートを引ったくってったのは、読んで欲しい<読まれて恥ずかしいってなったから?
 「嫌よ嫌よも好きのうち」じゃねえけど、「読むな読むなも読んでのうち」みたいな。「押すんじゃないぞ」と同じこと?

 「じゃあ、ちょっと強気にお願いしたら、読ませてもらえっかな」

 「できるんじゃね?」

 よっしゃ。
 その言葉に後押しされて、ヨイセッと立ち上がる。

 「スマン。俺、ちょっと学校に戻るわ!」

 「学校!?」

 「剣道部に顔出してくる!」

 何がなんでも拝み倒して、あの小説の続き、読ませてもらってスッキリだ。

          *

 「……なあ、新里が読みたがってる小説ってさ」

 「桜町が書いた……んだろうな、やっぱ」

 パアッと、明るいいつもの顔に戻って走っていった新里。
 小説を読ませてもらうように頼み込みに行く→行き先は剣道部→剣道部に新里の友だちいない→クラスに剣道部員は、桜町だけ→桜町ならクラスメイト程度の知り合い→ってことは、あそこまで新里が気にしてる小説を書いてるのは、桜町?
 それぐらいの推論は、簡単に立てられる。
 桜町が剣道部員だってことは、この間の校内清掃の係分けでわかってるし。あの厚かましくって、誰にでも馴れ馴れしい新里が、「読ませてくれっかな」って弱気になるのも、桜町なら納得がいく。

 「あの桜町が、……ねえ」

 「ちょっと驚きだよな」

 桜町。
 同じクラスメートだけど、仲良いとかそういうのはなくて。クールで無口な銀縁眼鏡。誰かと笑い合ってるところも見たことない。
 無表情。何考えてるのかわかんねえ、近寄りがたい謎のクラスメート。……だったんだけど。
 アイツ、小説なんて書く趣味があったんだ。

 「それにしても新里って、バカだよな」

 「激しく同意」

 だって、あんなに必死に桜町のこと隠してたくせに、「剣道部」っていうキーワードでアッサリバラしていった。ウソのつけない、隠しごとが下手な性分というのか、ただのバカというのか。
 思い立ったが吉日で、即行動に移す新里。
 直情的で、単純で。裏表がないというのか、裏も表も変化なしっていうのか。
 まあ、そういうヤツだからつき合ってて面白いのだけど。

 「なあ、川成よ。お前、どっちに賭ける?」

 「読ませてもらえない――かな」

 「バカヤロ。それじゃ、賭けになんねえだろ」

 「だったら、五木が『読ませてもらえる』に賭けろよ」

 「嫌だね、負けるってわかってる方に賭けるバカはいねえっての」

 小説を読ませてもらおうと、拝み倒す新里と、表情に全く変化ないまま、手のひらを突き出してストップをかける桜町が容易に想像できた。

 「あの新里がそこまで読みたがるんだから、桜町の小説って、メッチャ面白かったりするのかな」

 「さあなあ」

 新里に続いてオレたちが拝んだところで、桜町が読ませてくれるとは思えない。

 「なんにしたって、新里見てれば面白えし」

 「だな」

 直情バカの新里。
 ヤツをからかってるのは、普通に小説読むより百倍楽しい。飽きない。
 
 「ま、頑張れ、新里」

 走り去って見えなくなった新里に、面白半分、テキトーエールだけ送る。
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