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7.肩を並べて

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 「――お疲れ様、新里くん」

 「おう、桜町か」

 日もトップリ暮れて。校門に向かって歩いてた俺を、軽く追いかけて声をかけてきた桜町。

 「すごいしごかれてたね、キミ」

 「説教くらうだけかと思ってたのによぉ」

 桜町と並んで歩き、コキコキと首を鳴らし、腕を回す。
 授業中の態度を咎められ、叱責されて、「はいはい、どもどうも。すみませんでした~」で終わると思ってたのに。

 「まさか、あそこまで素振りさせられるとは思ってなかった」

 剣道部の部活が終わるまで、ずっと素振りをさせられてた。
 剣道の基本は素振りにある。毎日鍛錬。毎日素振り。それすなわち、剣豪への近道。――みたいな。
 「剣豪になるつもりはねえ」なんて意見は、受け入れてもらえそうにない状況。男なんだから剣豪一択だろって感じ。もしこれで、「俺、実は弓を極めたいと思ってまして」とか言ったらどうなんだろ。「ガガーン! シクシク、ガックリ膝落ち」ならいいけど、「そうか! ならばこの那須与一先生に師事し、扇の的をヒョウフッと射抜けるように、海道一の弓取りなりなさい!」とか言われたら……。俺の逃げ場、完全消滅。
 まあ、もしかすると、先生が剣道部の指導に熱が入りすぎて、素振りさせてる俺のことを忘れてた……って可能性もあるけど。

 「でも、それって先生は、それだけ新里くんに期待をかけてるってことなんじゃないかな」

 「期待、ねえ……」

 俺のどこをどう取ったら「期待」がかけられるんだろ。

 「なんたって、僕の竹刀を弾き飛ばすぐらいだし」

 クスクス笑う桜町。だけど。

 「いや、あれは、その……。悪かった」

 「新里くん?」
 
 足元を見つめ歩みを止めかけた俺に、桜町が怪訝そうな声を上げる。

 「いや、なんでもねえ。それより、桜町。お前は大丈夫なのか?」

 「何が?」

 「俺があんなふうに弾き飛ばしたからさ。その……。手とか痛めてねえか?」

 無理やり話題を変える。
 あの時の俺、なんか変だったんだとか、そういう話題をふるより、桜町の心配をしてたほうがいい。
 学校は、街と港を一望できる丘の上にある。夜の闇に沈みかけた街に、白い灯りの筋が蜘蛛の巣のように張り巡らされ、港は、海との境界線を灯りで示す。貫くように走っていくのは、さっき駅を出発したんだろう電車の灯り。そんな灯りに引き寄せられるように、校門を出た先にある百段階段を並んで降りる。

 「僕なら大丈夫だよ。まあ、弾き飛ばされるとは思ってなかったけど。普通、試合でもそんなこと起きないし」

 「そう……なのか?」

 「うん。剣を弾き飛ばすのは、それこそチャンバラ、剣客時代劇だけだよ」

 そう……なんだ。
 だとすると、あの時の俺は、「小次郎、敗れたり!」みたいな感覚で、竹刀を弾き飛ばしたのか? 「実演!『宮本武蔵』!」みたいな。

 「それより、新里くんのほうが、大変そうだけど。肩、痛いの?」

 「え、ああ。でも肩より腕が辛い。腕、パンパンでさ」

 肩も首も腕も。なんなら背筋も胸筋も結構痛い。
 
 「明日には、ペン一つ持てないぐらいの筋肉痛になる。絶対」

 「腕が辛いのは、ちゃんと正しい素振りができてないからだよ」

 「へえ……」

 「正しい素振りはね、しっかり振りかぶって下ろすから、肩の方が痛くなりやすいんだよ」

 なるほど。

 「とりあえずは、湿布して。あとお風呂で温めて、もみほぐすといいよ」

 「おう。それは実践するつもり。筋肉痛は経験済みだからな」

 「経験済み?」

 俺と同じように、階段を降りる桜町が首を傾げる。

 「おう。俺、中学の頃は陸上部だったんだ。一応、これでも短距離走、スプリンター」

 「へえ、そうだったんだ」

 「足の速さだけが取り柄だったからな。ま、中学卒業して、走る意味ってのがよくわかなくなって辞めたけどな」

 「走る意味?」

 「そ。走る意味」

 なんとなく、ピョンピョンッと勢いをつけて階段を降りる。

 「昔っからせっかちだったのか、『早く!』ってのが頭にあってさ。なんか、どっかへ急がなきゃ、走らなきゃって思ってたんだよ。走って一等賞取ったから、調子に乗って走り続けてた……ってんじゃないんだよな」

 まるで『走れメロス』のメロスみたいに。
 メロスは、身代わりになってくれた友のためだったけど、俺の場合は、その目的、意味が自分でも理解できなかった。
 ただ、なにかに急き立てられるように走り続けてた。

 「母ちゃんはさ、『アンタはちょこまか動き回る質だったから、その延長線なんじゃないの』って言ってたけど、さっ!」

 ヨッと掛け声とともに、数段飛ばして階段下の道路に着地! 両手をピンッと広げて、体操「新里選手」のフィニッシュ。間違ってもグリコじゃない。

 「そういうお前はどうなんだよ」

 「僕?」

 少し遅れてた桜町も道路に到達。
 街灯の少ない暗い道を、再び並んで歩き出す。

 「お前はどうして剣道を始めたんだ?」

 「僕は……。家から一番近かった道場が剣道だった。それだけだよ」

 「ふぅん」

 家から一番近かった習い事。そういうキッカケで何かを始めるってパターン、結構ありそう。

 「でもさ、それがキッカケでも、あそこまで上達するってすげえじゃん。なんかよくわかんねえ間に、バシーンって決めてたし」

 「見てたの?」

 「おう、見てた。いや、見えてねえ。あまりに速すぎて、目にも止まらぬ早業一本だった」

 俺が見たのは、試合形式の練習。
 桜町の相手が、上級生なのか、格上の相手なのか。
 とにかく、「始め!」の合図の直後、ほんの一瞬で、一本決まってた。そして、何がどう動いて、バシーンに至ったのか、全然わからなかった。

 「剣道の試合って、あんなに早く終わるもんなのか?」

 「制限時間は四分で、時間内に二本先取したら勝ちってなるけど」

 「お前の場合、四分も要らないんじゃね? あっという間だったし」

 「そんなことないよ。あれはたまたま」

 褒められて照れたのか、桜町が所在なげに頭を掻く。

 (にしても、桜町とこんなに話すのって初めてじゃね?)

 あのノートの出来事を除けば、コイツとそんなに会話したことない気がする。
 高校に入って、というか、二年になって初めて知り合った相手。ただのクラスメートだし、それ以上の接点がなかったから、自分の過去とか、ここまで話すのはおそらく初めて。もちろん、こうして並んで歩くのも……って。

 「なあ、剣道って、体デカくなる効果あんのか?」

 「新里くん?」

 「あ、いや、なんでもね」

 なんで俺、桜町の顔を見上げる格好になってんだ?
 肩の高さからして、ほんのちょっぴり、少しだけ、まあまあ、それなりに違うし。 
 俺の目線にある桜町の肩。なんかムカつく。

 「それより急ぐぞ、桜町。俺、18分の電車に乗りてえんだ!」

 「あ、新里くん!」

 俺が走り出し、桜町が追いかける。
 自分がチビだと痛感させられっから、隣に並びたくないなんて、絶対言わない。

 (ここは一つ、元スプリンターの意地ってやつを見せてやっか)

 桜町のあんなすげえバシーンを見たことだし。俺もすげえんだぞってとこを――って。

 「新里くんっ!」
 「ぅおわっ!」

 桜町の声。俺の声。
 それと。

 「あぶねえなっ、気をつけろっ!」

 って罵声。
 俺、スレスレに走り去っていった自転車。

 「チンタラ遊んでんじゃねえぞ、クソガキ!」

 ドップラー効果、遠ざかるにつれ、間延びしていく罵声。
 いや、走ってた俺より、自転車でながらスマホで走ってたアンタのほうが100%悪いだろ、クソオッサン!

 「だ、大丈夫っ!?」

 追いかけてきた桜町。

 「おう、まあ、なんとかな」

 ギッリギリのところで急ブレーキ、のけぞったから、とりあえずケガはない。もうちょっと反応が遅かったら、どうなってたかわかんねえけど。

 「――よかった」

 俺の両肩に手を置いて、腹の底から息を吐き出した桜町。
 なんだよ。そんなに真っ青になって心配することか?

 「新里くん。頼むから、もう少し気をつけて」

 「あ、ああ。わかった」

 普段なら、「なに、小学生に言い聞かせるみたいになってんだよ」とか、「俺の瞬発力も捨てたもんじゃないだろ」とか言って笑い飛ばすけど。
 肩に置かれた桜町の手。
 その手は、痛いぐらいに強く、そしてかすかに震えていた。
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