だって、体が求めてる!

若松だんご

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22.飲んで呑まれて、呑まれて爆発!

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 「でで、でも、直登さんがメイキング映像、断ってくれて本当に良かったです」

 スーハースーハー、ついでにヒッ、ヒッ、フー。
 くり返す呼吸で怒りを封印。ついでに話題を少し変更。

 「直登さんほどのカッコいい人がネットに流れたら、絶対世間が黙ってませんよ」

 美萩野のテキトー予想、ネットで「あの人誰?」って騒然となって、あれよあれよと直登さんの芸能界デビュー! はないとしても、それに近い現象は起きるかもしれない。

 「そんな。僕ぐらいの顔で世間は騒がないよ」

 立ち止まった直登さん。スイっとその顔が私に近づく。

 「それよりも、京香が映ってた方が心配」

 私?

 「柊くんといっしょに映ってたら、彼のファンが落ち着かないだろうし、男が映像を観たら、『彼女は誰だ! どこの女優だ!』って騒ぎ出すよ」

 「そんな……」

 それは、恋人の欲目ってやつでは?

 「ムダにライバルを増やしたくないから。京香。ずっと僕のそばにいてくれる? 今日だって、美萩野くんと飲んでるキミを見て、とっても落ち着かなかった」

 「直登さん……」

 「営業とわかってても、ゴメン。ずっとヤキモキしてた。笑うなら、僕のそばで笑っていて欲しい。ずっと僕の手の届くところにいて欲しい。いや、違うな。キミを僕の腕の中に閉じ込めてしまいたい」

 彼を見つめる視界が揺れる。

 「ゴメンね、狭量な男で。でもそれぐらい余裕がない。京香を愛しすぎて辛い」

 「直登さん、私も……」

 我慢できず、彼に飛びつく。
 
 「私も直登さんが好きです。柊くんといっしょにいるのを見て、嫉妬してました。彼に直登さんを盗られちゃわないか気になって仕方なかった」

 嫉妬してたから、ムカついてたから。
 だから、いっぱいお酒を飲んだ。シラフのまま、なんでもないフリするのが辛くて、お酒の力を借りた。

 「京香……」

 直登さんが、私の腰に腕を回す。
 私たちと同じような飲み会の帰り客。道を行く彼らの中から「ヒュウッ♪」って冷やかし口笛が上がったけど、そんなの気にしない。
 だって今の私たち、自分たちの人生劇場の主役なんだもん。ガヤ、モブなんて気にしてられない。
 抱き合って。見つめ合って。
 歩道の街灯が、私たちを照らすスポットライト。

 「カッコいいなあ~。ホント、直登さんって、イケメンよねえ~」

 思わずため息が漏れちゃう。

 「こんな街灯程度の灯りでもさぁ、その深い彫りが明らかになってぇ。というか、その陰影がまたダンディさをバク上げするんだよねぇ」

 「き、京香?」

 「ん~、どうしたのぉ、直登さん~。そんな、驚いたような顔して~。せっかくのイケメンが台無しだよぉ」

 ほら、ちょっと直して。手を伸ばし、その頬をコネコネする。

 「そのスッと通った鼻筋! 切れ長の目! 涼やかな額! 身長! スーツの似合う広い肩幅! もうどこをとっても私のどストライクなんだよねえ。仕事終わりにネクタイ緩めてる姿とかぁ、少しボタンを外したシャツから見える鎖骨とかぁ。あと、崩れた髪型ってのもそそるし、メッッッチャたまんないのよぉ」

 想像してるだけで背中がゾクゾクしてくる。

 「声もバリトンっていうの? その高すぎもせず低すぎもせず、甘くて優しくて~、すっごい色っぽいし~。自分のこと『僕』っていうのも、ポイント高い~。『京香♡』なーんて呼ばれたら、速攻孕んじゃうわよぉ」

 うん。孕んじゃう。名前呼ばれただけでキュンキュン来ちゃうもん。

 「初めて見た時にぃ、『この人だ!』って思ったけど~、やっぱり間違いなかったわ~。『朝比奈あさひな直登なおとさんゲット大作戦』大成功! ヌフフフフフ……」

 ほら~、こうやってゲットできてるし~。
 今はちょうどPHASE3ってとこかな~。同棲から婚約へってとこ。

 「あ、朝比奈直登さん――ゲット大さくせ、ん?」

 「そうだよぉ。私がぁ、直登さんを手に入れるための作戦だよぉ」

 「な、なるほど……」

 「私ねぇ、三十になるまでに結婚したかったんだぁ」

 ゴロゴロ。
 直登さんの広い胸に頬を寄せる。

 「でも『これだ!』って人に巡り会えなくてぇ。そんな時に現れたのが、直登さんだったの~」

 妥協はしたくない。でも結婚はしたい。
 努力ではどうにもならない、人生のハードル。それが結婚。

 「直登さんなら、カッコいいし、優しいし、気配りできるしぃ~。コーヒー缶だって、わざと譲ってくれるしぃ」

 「……気づいてたんですか」

 「フフッ、気づいてましたよぉ。私がブラック苦手だって知ってて、カフェオレ缶を買いましたよねぇ~」

 私のと交換するために。ブラック片手に困ってる私を助けるために。

 「そういう心配りできるところとかぁ、壁紙の貼り方を勉強してる努力家なところとかぁ。そういうの全部ぜんぶ合わせて、直登さんが大好きなんですぅ~」

 私、ルッキズムじゃないもん。中身も外見も、なんならセックス相性も合わせて大好きなんだもん。

 「京香……」

 直登さんが、ギュッと私を抱きしめる。
 
 (いい匂いだなあ)

 抱きしめられたことで、強くなった彼の匂い。ちょっとお酒の匂いも混じってるけど、でも心地いい。

 (溶けてきそう……)

 その匂いと熱と、腕の力強さに――。

 「え? ちょっ、京香っ!?」

 (えー、なんですかぁ?)

 フワリと浮かぶような、蕩けるような感覚が気持ちいい。

*     *     *     *

 「え? ちょっ、京香っ!?」

 突然、ガクンと腕の中で重くなった彼女。
 見れば、心地よさそうに寝息を立て始めてる。

 (ここで寝るのか?)

 酔いが回った。回り切った。
 それまで散々、酔っぱらいトンデモ発言をしてたけど。

 (「朝比奈直登さんゲット大作戦」ってなんだよ)

 結婚したいって思ってた彼女。そんな彼女の前に現れた僕。僕のことを「この人だ!」って思ったから、作戦に出た。そう言ってたけど。

 (カワイイ)

 そんな作戦があったこと、こうして聞かされても、ちっとも腹が立たない。むしろ、そんな作戦を立ててまで僕が欲しかったのかと、愛しさが増してくる。

 (作戦は成功ですよ、京香少佐どの)

 ほら、もうこんなに愛しくて、こんなに手放せなくなってる。作戦にまんまと、――いや、喜んで嵌まってる。
 少し口を開け、寝息を漏らす京香。
 僕のことを完全に信頼しているのか。それとも、ただ酔いが回りすぎて無防備になってるだけなのか。

 「ハア……」

 軽く息を吐き出し、眠った彼女を抱え直す。
 キスしたいほどカワイイけど、ここは歩道。抱き合ってるだけでも目立つのに、キスまでしたら……。
 彼女が目を覚ますまで、このまま歩道に突っ立ってるわけにもいかないし、かといって電車に乗るわけにもいかないし。
 なにより、僕も結構疲れてる。できれば早めにゆっくりしたい。
 それに、こんなカワイイ京香、早くジックリ眺められる環境に行きたい。

 (ゴメン、京香)

 同意のないままってのは、少々気が引けるけど。でも、僕たちは恋人なんだから。
 ヨッと彼女を抱え上げ、そのまま近くにあったホテルへと足を向けた。
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