だって、体が求めてる!

若松だんご

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10。撮影開始は嵐の予感

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 「――では、この大鳥家具さまからいただいた案を元に、制作を進めていきます」

 撮影用に用意されたマンション。そこでアシスタントディレクターが取り仕切るように声を上げる。

 「まずは春。山咲さんの部屋から作成したいと思います」

 QUARTETTO!の四人。
 一般的になにかする場合は、山咲、榎原、美萩野、柊の順で行う事が多いらしい。春、夏、秋、冬。まあ、順当なやり方だよね。それに、柊が一番人気の人物らしいので、彼を最後、トリに使うことが多いらしい。

 (ふ~ん。一番人気……ねえ)

 ちょっと(かなり?)トゲのある視線で、隣に立つ男、柊深雪を見る。
 まあ、確かに造形はいいけど。いいけど、そのニコリともしない顔には、ピクリとも心が動かない。
 説明を聞いてる態度だって、すっごく悪い。横柄に腕を組んで、ちょっとだらしなく斜めに構えてる。そのうち飽きて、耳の穴でもホジホジするんじゃないかってぐらい。
 これで一番人気って言うのなら。きっと彼らのファンは目が節穴で出来てるのか、重度の近眼で乱視も発症してるんだろう。それか、とんでもないルッキズムとか。

 (私なら……)

 反対隣に立つ朝比奈さんを、そっと盗み見る。背の高さは、柊と同じぐらいだけど……。

 (ヤバッ……!)

 盗み見てたはずなのに。視線に気づいた朝比奈さんに、ニッコリ笑い返されてしまった。

 (やだ。ちょっと……)

 ただの社交辞令的な笑顔のはずなのに。その、朝比奈さんが私を好きってのを意識しちゃったら。笑顔に、そういう感情も混じってるのかもって思ったら……。

 (あああ、ヤバいヤバいヤバい)

 顔の温度、勝手に上昇。頬を押さえて止めたいけれど、さすがにこんなところで。こんなところでっ!

 「――ヘンな笑いすんなよ、気持ち悪い」
 
 ボソっと聞こえたセリフ。ドザバッと降ってきた滝のように、のぼせそうな私の心を冷却してくれたけど。

 (うっさいわね! クソ柊!)

 表情を変えずに、思いっきり毒づく。

 「山咲さんのコンセプトは、明るいほんわりしたカフェ風インテリア。資料にあるような家具家電、小物を使って部屋を作り上げていきますが」

 アシスタントディレクターが、一旦言葉を区切り、チラリとディレクターに視線をやる。

 「完成した部屋だけでなく、その部屋を作る工程も撮れたら面白いんじゃないかと、ご提案がありまして。部屋に、家具や小物などを並べる山咲さんというのも、撮影していきたいと思います」

 なるほど。
 確かに、それは面白いかもしれない。

 (さすが、ディレクターね)

 そこまでの地位に上り詰めるほどの、アイディアの持ち主ではあるらしい。インフル持ち込むだけのクソ野郎ではなかったみたい。
 完成した部屋。それとそれまでの山咲さんの頑張り具合。両方観ることができたら、ファンはうれしいだろうな。自分が同じ部屋を作る時の参考になるだろうし。多分。

 「でもさ、ちょっと待ってよ」

 資料、どうやって部屋作りを進めるか、工程表というか撮影手順表のようなものを見てた山咲さんが声を上げる。

 「この、メニューボード作成って。ボクが手書きでやるわけ? ボク、自慢じゃないけど、そういうの下手だよ?」

 指し示された資料。
 パステル多めの部屋の引き締めに、黒板に書いたカフェのメニューボードを使うと説明されてる。黒い黒板を使うことで、空間を引き締めると。
 提案したのは私。それに乗ったのはテレビ局。家具家電を揃えるだけじゃなく、そこに彼らにしかないワンポイントを彼ら自身に作ってもらう。センスよく、かっこよく作ってもらえれば、今まで知られてなかった彼らの一面、小器用さをファンに伝えることができ る。ってなったんだけど。

 「なら、こちらで予め下書きしておきましょうか」

 黙ったスタッフのなか、朝比奈さんが提案する。

 「こちらの黒板、弊社でも通信販売させていただきますが、山咲さんと同じように、自分で書くのは苦手という方もいらっしゃるかと思います。ですから販売の際には、下書きを転写できるようなシートをセットするつもりでしたので。よければ、山咲さんの分も同じように下書きを転写しておきましょうか? 山咲さんには、それをなぞっていただくだけ。撮影も、下書きが見えないように、撮していただくようにして。――いかがですか?」

 「それ、ええですね」

 山咲さんの代わりに、美萩野さんが感心する。

 「じゃあ僕の和風、この苔玉も作りよいように、キットにしてもらえるんやろか」

 美萩野さんの項目。机に置かれた苔玉。皿はウチの和風の四角皿。上に載るのは、モミジを使ったまあるい苔玉。

 「ええ。これも、作りやすいようにご用意させていただきます」

 黒板も苔玉も。柊の部屋の壁紙も。
 彼らのファンの全員、誰もがDIYを得意というわけじゃない。だから、少しでも作りやすいようにキットを用意する。彼らと同じようなものを、同じように作る体験をするってのも、推し活の醍醐味だと思う。

 「何でも屋なんだな、大鳥って」

 「『スプーン一本からベッドまで。皆様の暮らしを快適に』が我が社の基本姿勢ですので。期間限定になりますが、ファンの方々の部屋作りを少しお手伝いできればと思っています」

 「何でも屋」という柊の嫌味を、サラッとかわす朝比奈さん。

 「では、早速ですが撮影に入りたいと思います。QUARTETTO!の他のメンバーの方には、隣の部屋で待機していただくとして。コーディネーターさん、山咲さんは、インテリアについて、最終的に話を詰めておいてください」

 「はい」

 「搬入、お願いしまーす!」

 みんなが頷いたところで、アシスタントディレクターが声を張り上げる。同時に入ってきたウチの搬入係と家具モロモロ。ビニールがかかってるだけの椅子もあれば、組み立て必須の段ボール入もある。そこに、撮影機材もドカドカやってきて。
 マンションのLDKは、ちょっとしたパニック状態。

 「――少し、離れましょうか」

 「そうですね」

 朝比奈さんの囁きに頷く。
 今、この荷物と人が飽和した部屋で、私たちはちょっとおじゃま虫。QUARTETTO!のほかメンバーが、別部屋に移動したからって、人口の過密はあんまり変わんない。息苦しい。
 課長だけその場に残して、外に出ることにする。
 
 「それにしても、さすがですね、朝比奈さん。キットを作って販売につなげようって」

 告白の返事を話題に――はできないので、ここでは当たり障りなく、仕事のことを話題にする。

 「そうですか? 壬生さんに褒められると……。なんか、うれしいですね」

 照れたように頭を掻く朝比奈さん。カッコいいのにカワイイ。

 「僕も合わせてなんですけど。インテリアに興味があっても、手先が不器用な人は多いと思いましたので。簡単に誰でも作れる、廉価でステキな商品が用意できればって」

 「そこがスゴいんですよ。私、黒板は通販で取り扱えたらって思ってましたけど、それを作る人の得手不得手までは考えてませんでしたので」

 誰もが小手先器用とは限らない。
 彼らと同じように作ろうとして、失敗したらすっごくヘコむ。
 そのあたりまで考えてるって。やっぱ朝比奈さんはスゴい。
 感心しながら、搬入される荷物の脇を通り過ぎ、玄関にたどり着く。

 (えーっと。私の靴はっと……)

 搬入スタッフの脱ぎ散らかされた靴。揃えて脱いでおいた私のパンプス。

 「――うっさいな! ちゃんとやるから、ほっといてくれ!」

 靴を見つけ、少しかがんだ私に降ってきた声。それとドンッと突き飛ばされるようにぶつかるなにか。

 「――あぶない!」

 差し出された朝比奈さんの腕。倒れかかってきた黒いなにか。のしかかる重いもの。ガシャーンとけたたましい音。包まれる熱。

 「壬生さん! 朝比奈さん!」

 誰かの叫ぶ声。
 重い。痛い。苦しい。
 ねえ、今、なにが起きてるの?
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