だって、体が求めてる!

若松だんご

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6.選択ミスは許されない。――かもしれない

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 「今日はお疲れ様でした、壬生さん」

 あれから、仕事になんとか目処をつけて。駅までご一緒にってサプライズで会社を出て。信号待ちってところで、朝比奈さんから労われた。

 「課長まで早退されたからって、壬生さん一人にお任せしてしまって。すみませんでした」

 えっと。

 A:そうですよ、私一人に任せるなんて、ヒドいじゃないですか。
 B:私、〝QUARTETTO!〟の大ファンなんです。だから無問題ですよ。
 C:私の考えた案でいいのかどうか……。

 浮かんだ選択肢。迷わず「C」を選ぶ。

 「私の考えた案でいいのかどうか……。それに、私の方こそ、資料を探していただいたりして。とても助かりました」

 正確には、「C+α」。どっちかというと「α」メイン。
 朝比奈さんは、就業後も資料室で、今回の一件で役に立ちそうな物を捜してくれていた。実際役に立つかどうかは、明日資料をチェックしてからの判断だけど、それでも捜してくれていたって行為がとてもうれしい。

 「そう言ってもらえたら。うれしいです」

 ニコッと笑ってくれた朝比奈さん。
 うっし! 好印象! 選択ミスってない!
 思わず心のなかでガッツポーズ。
 ちょうど信号も青に変わって、二人並んで歩き出す。

 「壬生さんは、インテリアに詳しいんですか?」

 「そこまででもありませんけど」

 ちょっとだけ謙遜。

 「でも、インテリア好きが昂じて入社したので。コーディネイトとかは素人ですけど、でも少しは学んでおいたほうがいいかなって」

 嘘。
 ガッツリ勉強した。
 資格だって持ってる。
 けど、インテリアコーディネイターとして働くには、インテリアの基礎知識だけじゃなく、センスも必要になってくるから、それを仕事とするつもりはないんだけど。

 「さすがですね。素敵です」

 え? は? う?
 私……、――素敵? 今、「素敵」って褒められた?

 「僕の場合、最近会社の近くに引っ越したんですけど。お恥ずかしいことにインテリアとかよくわからなくて、とりあえず買った家具とかばかりで、統一性がないんですよ」

 アハハハハ。困ったように笑って後頭部を掻く朝比奈さん。ダンディイケメンが崩れて、ちょっとカワイイが顔を覗かせる。

 「だから、この企画で、僕も壬生さんから学ばせてもらおうかなって思ってます。大鳥家具の社員として恥ずかしくないように、ね」

 うおう。
 ダンディ復活!
 ってか、その向上心、私よりも何倍も「素敵」なんじゃないの?

 「わ、私なんて学ぶところなんて全然ないですよ。素敵なお部屋にするなら、やっぱりコーディネーターさんから聞いたほうがいいんじゃないですか」

 「そうですか? 彼らにインテリアについて提案してる壬生さん、とっても素敵でしたけど。打てば響くで、QUARTETTO!の彼らにドンドン提案なさってて」

 いや、だから。なんでそう何度も「素敵」を連発するかな。
 というか、あれ、聞いてたんかい。

 「そう仰っていただけるのはうれしいですけど。でも私、いっぱい失敗してきてるんです」

 「失敗?」

 「ええ。小学生の時、初めて自分の部屋を持たせてもらって。部屋を自由にコーディネイトしていいと言われて、大失敗したんです」

 あれ? 私、なんでこんな話をしてるんだ?
 そう思うのに、口はペラペラ次々話を続ける。

 「兄とは別の新しい、私だけの部屋。女の子らしい部屋にしようって決めて、イメージカラーをピンクにしたんですけど……。その、張り切りすぎて、ベッドカバーもカーテンもスリッパも、カラーボックスや収納ケースまでみんなピンクを選んじゃって。自分の部屋を、怪しい〝ピンク部屋〟にしちゃったことがあるんです」

 「……ピンク部屋?」

 「はい」

 部屋のピンク度もヤバいけど、一番ヤバかったのは、明かりのついてる部屋を外から見た時。思わず「ファ~オ♡」って擬音を付けたくなるピンクルームだった。

 「それはちょっと……、ブフッ、す、すごいですね」

 口元を押さえた朝比奈さん。押さえきれない笑いが吹き出す。
 ネタとして話したんだし、笑ってくれたら結構、結構――かな。それのなにが面白いんだって顔されるより、ずっとマシ。

 「大学で田舎から出てきて。一人暮らしを始めた時は、もう二度とピンク部屋は作らないぞって気をつけてたんですけど。でも、いろいろこだわるにはお金が足りなくて。そんな時に出会ったのが大鳥家具なんです。組み立てやすくて、安価で、バリエーションも豊富。気軽にインテリアを変えられるのが魅力だなって。それでその魅力を誰かに伝えたくて、ここに就職したんですよ」

 「へえ。そうなんだ」

 「はい!」

 ちょっと熱く自分語りしちゃったけど、ちゃんと聞いてくれてる朝比奈さん。やっぱカッコいい。

 「じゃあ、僕も一生懸命勉強して、大鳥家具の良さを、一緒に伝えていかなくちゃいけませんね」

 えっと。い、一緒に?

 「壬生さん。今度の週末、ご予定などありますか?」
 
 「あ、ありませんけど……」

 いつだって週末はオールフリーですけど?
 私の答えに、横断歩道を渡り終えたところで、朝比奈さんが立ち止まり、私と向き合うように立つ。

 (えっと。これはなに? どういう状況?)

 バックバクの心臓。それが一気に脳天まで駆け上がってきたような、息が永遠に止まりそうな、緊張のあまりひっくり返ってしまわないのが不思議なぐらいの状況。

 「では、次の土曜日。僕と一緒に出かけてくれませんか?」

 そそっ、それは、デデデ、デェトのお誘いですかっ!?
 降りてくる朝比奈さんの柔らかい視線に、のぼせ上がった頭から湯気が出そう。

 (信号変わってよかった)

 沸騰した私の真っ赤だろう顔。赤信号に照らされたせいだって、誤魔化すことができるもん。

          *

 ええ。わかってましたよ。わかってましたとも。
 目の前に広がる空間。そこに、何度も何度も「ハアッ」と、見えないため息を漏らす。

 ――次の土曜日、僕と一緒に出かけてくれませんか?

 ええ。期待してませんでしたとも。1ミリだって期待してませんってば。
 今日のコーディネイト。
 白のボウタイ付きブラウスに、藍色のチェック柄のフレアロングスカート。それとくすみピンクのカーディガン。甘くなりすぎないように、ブラウスを入れることでカジュアル過ぎず大人っぽい印象を出した。スカートだって落ち着いた色合いを選んだ。

 ――次の土曜日、僕と一緒に出かけてくれませんか?

 これがどういう目的のお出かけか、趣旨がわからなかったから。
 デートなら、もっと甘さを出しておけばよかった~って後悔するかもしれないけど、そういうのじゃなかった場合、甘いと恥をかくハメになる。
 デートの場合とそうじゃない場合。それを散々悩んでひねり出したコーディネイト。
 果たしてその結果は?

 (このコーデで良かったわよ! まったく!)

 目の前にある、ベッド。ソファ。家具家電。
 それは、朝比奈さんの部屋にあるものでも、私の部屋にあるものでもなく。

 大鳥家具東東京基幹店。モデルルーム展示エリア。
 大鳥家具の商品を使って、わかりやすく部屋のイメージをコーディネイトしてある場所。

 これが、ラブラブ新婚夫婦とか、これから同棲始めまーすカップルならね、こうして提案されてるモデルルームを見て、参考にするってのもアリでしょ。「ねえ、このダブルベッドステキじゃな~い♡」とか。でもね。

 「壬生さん。この部屋のコンセプト、一番の注目点はどこですか?」
 「この部屋に何か一つ付け足すとしたら、壬生さんなら、何を選びますか?」

 だもん。
 これがデートじゃなくて、ただのインテリアお勉強会だって、すぐに理解できたわよ。
 朝比奈さんにとって、私は身近に居たインテリアに詳しい人。ただそれだけ。
 朝比奈さんがあまりにしげしげと商品を見てるもんだから、店員さんが「なにかお探しですか~」って近寄ってきたけど。「お疲れ様です。本社の壬生と申します」って、社員証を提示しちゃったわよ。「今日は、仕事の参考に見学させていただいてます」ってさ。

 (髪もまとめてきて正解だったわ)

 仕事と同じ、クルクル丸めたお団子まとめ髪ヘア。いつもと違うのは、まとめたシュシュがカーディガンとおそろいのくすみピンクだってことだけ。浮かれすぎて、ゆるふわカールとかしそうになってたけど、やらなくてホント大正解。

 (まあ、仕事熱心なのは良いことなんだけど、ねえ……)

 「壬生さん。すみません。長くつき合わせてしまって」

 展示をすべて、並べられた食器一つ一つまで確認し終えて、ようやく朝比奈さんの仕事が終わった。

 「いいえ。私でお役に立てたのならよかったです」

 うんざり心を隠してニッコリ。

 「壬生さん、この後、ご予定とかありますか?」

 「え?」

 ナニソレ。仕事モードOFFの後、続きがあるわけ?

 「もしよければ、少し休憩していきませんか?」

 キューケイ? そ、そそ、それは「ご宿泊」とか「休憩」とかのアレですかっ!?

 「この店舗ってカフェも併設してるんですよね。とても美味しいケーキがあるとかで。よければご一緒しませんか?」

 「え? はい。私でよければ」

 そ、そうよね。休憩=ホテルなわけないわよね。
 バク上がり心拍が一気に叩き落される。好きもなにもない関係で、ホテルはないわ。

 そして向かう、カフェコーナー。
 
 「ステキな内装ですね」と、熱心に見回す朝比奈さんに。
 「ここの食器やインテリアは、店内の商品でコーディネイトしてるんです。使ってるイメージが湧きやすいように」と説明する私。
 運ばれてきたケーキやコーヒーよりも、その器をしげしげ眺める朝比奈さん。

 (ホント、仕事バカね、この人)

 こうして男女で出かけても甘さのカケラも存在しない。
 少しでも期待してた自分がバカに思える。

 (もうっ!)

 甘いカフェオレに砂糖を足して、グイッと飲み干す。
 甘さゼロデート。なら糖分は自分で足して味わうわよ。
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