神嫁、はじめました。

若松だんご

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13.ブルームーンライト。

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 日常が戻る。
 朝起きて、着替えて、アパートを出る。
 知り合いでもない人と、パーソナルスペースもへったくれもない電車に乗り合わせる。
 スマホに、音楽に、居眠りに。
 「今日、アナタの隣に立っていた人物は?」って訊かれても、きっと答えられない。オッサンだったか、学生だったか。その人がどの駅から乗り込んできて、どの駅で降りていったかも知らない。その程度の関係。もはやモブですらない。
 そんな電車から降りて、駅の外へ。それぞれが当たり前のように吸い込まれていくビル。
 そのビルの一角に、私の日常がある。
 平凡な、どこにでもあるOLの日常。
 上司に言われたままに書類を作成し、上司の承認が得られたら、必要部数を印刷。時折、昭和臭いお茶汲み仕事。手が空けば、誰かのフォロー。誰かを助けるためにやるんじゃない。いつか、自分が助けてもらうために、お互い様……というのは建前で。そうやって「よく気のつく子」を演じておけば、当たり障りなくここで生きていけるからというのが本音。ワンチャン、もしかしたら、「倉橋って、いいヤツだよな~」から恋が始まるかもしれないっていう打算つきの処世術。

 「倉橋~、ついでにこれも書庫にしまっておいて~」

 「はーい。書庫ですね~。承知しました~」

 って。
 ファイルぐらい自分で戻しに行けよ、クソジジイ。
 女の子に重いファイルを持たせる罪悪感ってのはないのかね。
 そんな文句も一緒に抱えつつ廊下に出る。

 (天気、悪い?)

 いつもなら、北側と言えど窓に面した書庫は、照明をつけなくてもいいぐらいには明るい。けど今は、パチッと明かりをつけたいぐらい、スイッチどこだって思うぐらいに暗い。

 「台風、近づいてるからねえ」

 君は、エスパーか?
 すっごいいいタイミングで明かりを点けてくれた同僚。
 
 「ほら、これ。台風8号」

 「8号?」

 ナニソレ。いつの間に?
 資料で両手が塞がった私と違って、資料を取りに来たらしい相手は、手にしたスマホ画面を私に見せてきた。
 東アジアをさいの目切りしたような緯度経度の地図に、白い渦巻きがモコッと乗っかってる。
 これが台風8号?
 ちゃんと雲の真ん中に「目」がある。なんか強そう。

 「とりあえず、こっちには直撃しないようだけどね~」

 次いで表示してもらった予想進路。
 南の海上にある台風の予報円は、まだまだ大っきくて、行く先を決めかねてるかんじだけど、その予報円に東京は入ってない。入っているのは――

 「あ、でもこれ、この間、倉橋さんが行ってたとこ。もしかして、直撃?」

 「……うん」

 思ったことを、先に指摘された。
 私が持ってきたお土産から推測されたんだろうけど。
 
 「親戚がいるんだっけ。心配だね」

 「……うん」

 野賀崎町。
 台風は、予報円の中心を通るとは限らない。
 今見てる予報円で、ド直撃だったからって、そのまま通るとは限らない。夕方見たら、また進路がズレてるなんてことはよくあることだし。
 それに、曾祖父ちゃんたちのところに来なかったから、東京に来なさそうだから「ヨカッタヨカッタ」ってことはない。台風は、自分のところに来なかったらOKじゃない。災害被害を起こせば、どこに行ったって迷惑千万、来るんじゃねえ。

 (でも、野賀崎なら大丈夫……よね)

 なんたって、あの自称神様がいるんだし。

 ――この野賀崎は、幸い、美し地ぞ。が治めておるゆえ、争いも災いもない。

 って本人が威張って言ってたし。
 私が野賀崎を離れる前日、あの神様に見せてもらった景色。
 あれは、アイツが守ってきた景色。
 争いからも、災害からも。
 幸多かれと、アイツが守ってきた世界。
 だから。
 
 (大丈夫よね)

 ひいおじいちゃんたちも、私の戸籍を勝手に改竄したり、神様との結婚を勝手に喜んでた町の人も。
 町に入ったときに見たあの稲穂の出始めた田んぼも。美味しい鯛の採れる漁港も。あの、月が照らしてた穏やかな海も。

 ――台風ぐらい問題ない。がおるのだからな。

 大丈夫よね。
 あの、憎たらしいワガママ神様。
 ずっとずっと昔、ハニワの時代からあそこを守ってきたんだもん。自分が守ってきた町が素晴らしいって自慢してくるぐらいなんだもん。
 そんなことを考えながら、仕事を続ける。持ってきたファイルをそれぞれの棚にしまって……。

 ――日菜子。

 耳の辺りで結われた髪。古めかしすぎるハニワ衣装。
 切れ長気味の目。スッキリした輪郭。
 わたしの作ったものを「美味い」と食べてた顔。私がいるから寂しくないと言った顔。勝手に結婚を推し進めたときの顔。
 そして。
 月明かりに照らされた、青く透き通るような、寂しそうな笑顔。
 
 「倉橋さん? どうしたの?」

 ファイルを持ったまま止まった私に、同僚が気づく。

 「あ、うん。なんでもない」

 軽く頭を振って、仕事再開。
 あれを思い出していた、心が疼いてるだなんて、誰にも言えない。

*     *     *     *

 (うわ、眩し……)

 朝、アパートのドアを開けて目を眇める。
 台風一過。
 台風一家でも、台風一課でもなく、台風一過。
 台風8号は、夜中のうちに、東京に強い雨とまあまあ強い風をもたらしただけで、ここにいたいんだ、みたいな駄々をこねることなく過ぎ去ったらしい。
 雨と風で洗われたせいか、日差しも澄んでみえる。ちょっとモアッとした湿気は残ってるけど。

 (あ、傘……)

 いつもの駅へ向かう途中、残骸となったビニール傘が転がってるのを見かける。

 (なんで傘なんてさしたのよ)

 昨日の夕方、いくら東京を直撃しない台風であっても、それなりの風と雨をもたらした。傘を忘れてコンビニで買い求めたくなる気持ちはわかるけど、あの風のなかじゃ意味ないんだから、買うだけ無駄だと思う。そしてボロボロになったとしても、最後まで面倒を見ろと言いたい。それが飼い主……じゃない、買い主の責任ってもんだぞ。
 巨人の手で丸められたようなグシャグシャ傘の塊を横目に、いつものように改札を通って駅のホームへ。乗るべき電車までもう少し。空いた時間を塞ぐように、スマホを取り出す。

 [台風8号、日本海沖へ]

 そのニュースの見出しに、ちょっとだけホッとする。
 そっか。8号は、能登半島より北側か。このままいけば、ロシアだかどっかに行っちゃうのか。もう少しで温帯低気圧になるっていうし。とりあえずは、安心――かな?
 乗り込んだ電車。
 いつものように人混みに押し込まれながら、スマホの記事をスクロールさせる。誰ソレの恋愛、ナントカの事件、ドコソコの美味しいゴハン。そんな記事をぺぺッと眺め進める右の親指。
 それが、ピタッと動きを止める。

 [台風8号、野賀崎町に甚大な被害]
 [時臥山が崩れ、野賀崎町、孤立]

 「ウソッ!」

 私の発した声に、取り囲むように立つオッサンたちが、無言のままこちらを見た。
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