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3.ワギモは吾妹で吾の妻
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そうだよね、そうだよね。
祭りなんだもん。それを取り仕切る神主さんぐらいいるよね。
驚き、バクバクしてる心臓をどうにかなだめる。
いくら急に催された祭りでもさ、神主さんはいるんだよ。こんな田舎町、古びたお宮に不釣り合いなほど若い神主さんだけど、ちゃんといるんだよ。もしかしたらここに常駐してなくて、急遽祭りを開くからって呼び出されたのかもしれない。だから最初、姿が見えなかった。鳥居をくぐって急に見えたのは、そうやっていそいで来たからかもしれない。
もしかして、もしかしたら、この人も町の連中に振り回されて、お勤めに来たのかもしれない。私を載せた輿が到着したから、「やべっ、早く出ていかなきゃ」ってことで慌てて姿を見せたのかもしれない。「ふぅ、なんとか間に合ったぜ」、額の汗拭き拭きみたいな。
派遣神主。
でなきゃ、こんな若くてかっこいい神主さんが、こんな鄙びた町の、こんな山んなかの宮になんているわけないじゃない。
――野賀崎で祭りをやることになったから、お前、行って来い。下っ端。
――お前さんなら若いし。ちょっくら行ってこれるだろ。
――ヤング イズ ゴーイング ゴーイング。
ってなかんじかな。
めんどくさいことは、若いやつに押し付けてしまえ。今の私みたいに。
「ご、ご苦労さまです」
だとしたら、この人も巻き込まれよね。私っていう若いのが来たばっかりに開かれることになった祭りを、急遽取り仕切ることになったんだもん。神主さんの世界もいろいろあって大変なんだろうなあ、きっと。上の言うこときかなきゃいけないって点では、会社勤めと変わらないのかもしれない。
「……フッ、フフフフッ」
――へ?
ナゼニ、ワラウ?
目の前、口元を手で押さえながら笑う神主さん。私、そんなおかしいこと言ったっけ?
「いや、すまぬ。ワギモは、なかなか面白いことを考えるのだなと思ってな」
――考える?
というか私、「ご苦労さま」以外、声に出してないよね?
「吾は“神主”ではないぞ。吾はこの地の神。イマシのセだ」
「――――は? セ?」
「セ」ってなに? 世? 瀬? 背? せ? イマシノセ?
「妹背の背。夫婦の夫のことだ。イマシは汝。そなたのこと。今の世では、そのように呼ばぬのか、ワギモよ。ああ、ワギモもわからぬようだな。我が妹、吾の妻という意味だ」
夫婦? 私とこの人が?
「あ、あのう……、これってそういう祭りなんですか?」
頭の中で情報処理が急速に展開される。
たしか、地方とかに行くと、夫婦和合とかなんとかそういうお祭りがあるって聞いたことがあったような。夫婦円満なら、子宝たくさん、五穀豊穣!! みたいな。すっごいやつになると、男の人の象徴物みたいなハリボテを、ドーンッと女神を祀ってる神社に突っ込ませるなんていう、あからさまなのもあったような。その派生形みたいなもんで、この祭りも、神様兼夫役の男性と夫婦円満を表す儀式みたいなのを演じたりするとかなんとか。そんな祭りも、あったような気がする。なかったかもしれないけど、あったことにする。知られてないだけで。
もしこれがそういう祭だとしたら、私が白無垢着せられたのも、この人が「神で夫」だと言うのも理解できるし。
「いや。祭りではない。まあ、祝い事で間違いはないが。これは祝言。汝と吾は、今宵、妹背となるのだ」
ナニ言ってるの、この人。
祝言?
誰と誰が?
顔はいいのに、頭が残念な人?
祭りの配役を本物と思い込んじゃったの?
ちょっとジジイ共、こんな変な相手、やめてよね。せっかくの祭りだったとしても、私以外になり手となる若い子がいなかったとしても降板させてもらうわ。チェンジよ、チェンジ……ってあれ? え? ――いない?
ついさっきまで、鳥居の向こうにいたはずのジジイの行列。なのに、ふり向いてみても、そこに誰もいない。帰った気配もなかったのに、鳥居の向こうに見えるのは、さっき自分が運ばれてきた道。生い茂った木々のせいで、その先が闇に沈んで見えなくなってる道と森。
消えた? テレポーテーション? 神隠し?
んなバカな。
ってか、こんなところに、私とこの変人だけ置いてかないでよ。
「案ずるな。アヤツらは汝から見えぬだけで、そこに畏まったまま居る。まあそのうち帰るだろうがな」
鳥居の方を見る私にかかる声。その声に、ゾクリと背中が粟立つ。
ナニ、オカルトチックなこと言ってるの、この人。どうせあのジジイ共のことだから、コッソリかくれんぼしながら、こっちを見ているだけだって。覗き見趣味の変態ジジイ共なだけだって。怖いこと、言わないでよ。
「里の者には、会おうと思えばいつでも会いに行ける。今宵は無理だがな」
男の手が肩にかかる。それだけで、私の足は地面に縫い留められたように動けなくなる。心臓が早鐘を打つことを許されず、胸の奥深くに押し付けられる。口の中に、苦いものが広がる。
「そう恐れるでない。吾は汝に無体なことはせぬ。やっと会えた、大切な吾妹よ。今宵は心ゆくまで愛し合い、妹背となろうぞ」
後ろから私を抱きしめるように動いた男の腕。抱きしめられた? ううん。違う。これは「捕らえられた」。蜘蛛の巣にかかった蝶のような感覚。
このまま喰われる――? 捕らえられた蝶のように――?
頭からバリボリ……はないかもしれないけど、それでも、それでも……。
ババア共にあんなところまで洗われた意味が、別の恐怖を呼び覚ます。あれって、あれって、そういう意味……だよね? そういう意味だから、丁寧に(強引にでも)洗ったんだよね?
よくわかんないまま、こんなところで、こんな男に抱かれるために――って。
「ふっざけんなあぁぁっ!!」
絶叫。そして渾身の力を振り絞って男の腕を払い除ける。
「じょっ、冗談じゃないわよっ!! だ、誰がアンタなんかとあ、あい、あいっ、愛し合うってのよっ!!」
言葉がつっかえる。代わりに手際よく取り出せた懐剣。その切っ先を男に向け、間合いを取る。
やれるもんならやってみろ、ゴルアッ!! こっちだってそう簡単にはやらせてやらないんだからねっ!!
24にもなって処女ってのはちょっとって思ってたから、あの男と南の島で捨てようって思ってた貞操だったけど、こんなところで変な男に襲われて失くすぐらいなら、死ぬまで守り通すわよ!!
フーフーと、鼻息荒く男を睨みすえる。腰を落とし、いつでも臨戦態勢、突撃準備。ちょっとでも手を伸ばそうものなら、叩き斬ってやるんだから!!
「フフッ、吾妹は、威勢が良いな」
「ワギモ、言うなあっ!!」
意味がわかってもわかんなくても、コイツにそんな風に呼ばれたくない!!
そして笑うな!! 余裕ぶっててムカつく!!
「その剣は、吾には効かぬ。邪を払うものだからな。吾は邪ではない」
――へ? ナニ言ってるの。私を襲おうとする邪、下心満載の変態男じゃない。
「違うと言うておろうに」
男が手を懐剣にかざす。
「えっ!? ええええっ!!」
同時に崩れていく懐剣。粉のようにサラサラと、光の粒になって地面に落ちていく。
「あああっ、これ、借り物なのにぃっ!!」
今ちょっとどうでもいいことが口をついて出た。この着物もそうだけど、懐剣もレンタルよね? だとしたら、これって弁償しなきゃいけなかったりするのかな?
ってか、ちょっと待て。あんな硬そうな懐剣がサラサラ~ってナニ? 砂糖で出来てたの? んなバカな。だとしたら、ハンドパワーとかいうやつ? そしたら、どっかにマリックさんがいるってこと? どこ? どこにマリックさんは隠れてるの? この後、ダタタタタタタタンッて、あの曲と一緒に登場するとか?
「――混乱しているようだな。うるさい」
大きく吐き出されたため息。そして、懐剣に向けられていた手が今度は私に……っ!!
(マリックさん。人体マジックは、やっちゃ、ダメ、です……ってば)
フワッと軽くなった体から力が抜け、クタリとその場に崩れ落ちる。懐剣の次に茫洋と溶けたのは、私の意識だった。
祭りなんだもん。それを取り仕切る神主さんぐらいいるよね。
驚き、バクバクしてる心臓をどうにかなだめる。
いくら急に催された祭りでもさ、神主さんはいるんだよ。こんな田舎町、古びたお宮に不釣り合いなほど若い神主さんだけど、ちゃんといるんだよ。もしかしたらここに常駐してなくて、急遽祭りを開くからって呼び出されたのかもしれない。だから最初、姿が見えなかった。鳥居をくぐって急に見えたのは、そうやっていそいで来たからかもしれない。
もしかして、もしかしたら、この人も町の連中に振り回されて、お勤めに来たのかもしれない。私を載せた輿が到着したから、「やべっ、早く出ていかなきゃ」ってことで慌てて姿を見せたのかもしれない。「ふぅ、なんとか間に合ったぜ」、額の汗拭き拭きみたいな。
派遣神主。
でなきゃ、こんな若くてかっこいい神主さんが、こんな鄙びた町の、こんな山んなかの宮になんているわけないじゃない。
――野賀崎で祭りをやることになったから、お前、行って来い。下っ端。
――お前さんなら若いし。ちょっくら行ってこれるだろ。
――ヤング イズ ゴーイング ゴーイング。
ってなかんじかな。
めんどくさいことは、若いやつに押し付けてしまえ。今の私みたいに。
「ご、ご苦労さまです」
だとしたら、この人も巻き込まれよね。私っていう若いのが来たばっかりに開かれることになった祭りを、急遽取り仕切ることになったんだもん。神主さんの世界もいろいろあって大変なんだろうなあ、きっと。上の言うこときかなきゃいけないって点では、会社勤めと変わらないのかもしれない。
「……フッ、フフフフッ」
――へ?
ナゼニ、ワラウ?
目の前、口元を手で押さえながら笑う神主さん。私、そんなおかしいこと言ったっけ?
「いや、すまぬ。ワギモは、なかなか面白いことを考えるのだなと思ってな」
――考える?
というか私、「ご苦労さま」以外、声に出してないよね?
「吾は“神主”ではないぞ。吾はこの地の神。イマシのセだ」
「――――は? セ?」
「セ」ってなに? 世? 瀬? 背? せ? イマシノセ?
「妹背の背。夫婦の夫のことだ。イマシは汝。そなたのこと。今の世では、そのように呼ばぬのか、ワギモよ。ああ、ワギモもわからぬようだな。我が妹、吾の妻という意味だ」
夫婦? 私とこの人が?
「あ、あのう……、これってそういう祭りなんですか?」
頭の中で情報処理が急速に展開される。
たしか、地方とかに行くと、夫婦和合とかなんとかそういうお祭りがあるって聞いたことがあったような。夫婦円満なら、子宝たくさん、五穀豊穣!! みたいな。すっごいやつになると、男の人の象徴物みたいなハリボテを、ドーンッと女神を祀ってる神社に突っ込ませるなんていう、あからさまなのもあったような。その派生形みたいなもんで、この祭りも、神様兼夫役の男性と夫婦円満を表す儀式みたいなのを演じたりするとかなんとか。そんな祭りも、あったような気がする。なかったかもしれないけど、あったことにする。知られてないだけで。
もしこれがそういう祭だとしたら、私が白無垢着せられたのも、この人が「神で夫」だと言うのも理解できるし。
「いや。祭りではない。まあ、祝い事で間違いはないが。これは祝言。汝と吾は、今宵、妹背となるのだ」
ナニ言ってるの、この人。
祝言?
誰と誰が?
顔はいいのに、頭が残念な人?
祭りの配役を本物と思い込んじゃったの?
ちょっとジジイ共、こんな変な相手、やめてよね。せっかくの祭りだったとしても、私以外になり手となる若い子がいなかったとしても降板させてもらうわ。チェンジよ、チェンジ……ってあれ? え? ――いない?
ついさっきまで、鳥居の向こうにいたはずのジジイの行列。なのに、ふり向いてみても、そこに誰もいない。帰った気配もなかったのに、鳥居の向こうに見えるのは、さっき自分が運ばれてきた道。生い茂った木々のせいで、その先が闇に沈んで見えなくなってる道と森。
消えた? テレポーテーション? 神隠し?
んなバカな。
ってか、こんなところに、私とこの変人だけ置いてかないでよ。
「案ずるな。アヤツらは汝から見えぬだけで、そこに畏まったまま居る。まあそのうち帰るだろうがな」
鳥居の方を見る私にかかる声。その声に、ゾクリと背中が粟立つ。
ナニ、オカルトチックなこと言ってるの、この人。どうせあのジジイ共のことだから、コッソリかくれんぼしながら、こっちを見ているだけだって。覗き見趣味の変態ジジイ共なだけだって。怖いこと、言わないでよ。
「里の者には、会おうと思えばいつでも会いに行ける。今宵は無理だがな」
男の手が肩にかかる。それだけで、私の足は地面に縫い留められたように動けなくなる。心臓が早鐘を打つことを許されず、胸の奥深くに押し付けられる。口の中に、苦いものが広がる。
「そう恐れるでない。吾は汝に無体なことはせぬ。やっと会えた、大切な吾妹よ。今宵は心ゆくまで愛し合い、妹背となろうぞ」
後ろから私を抱きしめるように動いた男の腕。抱きしめられた? ううん。違う。これは「捕らえられた」。蜘蛛の巣にかかった蝶のような感覚。
このまま喰われる――? 捕らえられた蝶のように――?
頭からバリボリ……はないかもしれないけど、それでも、それでも……。
ババア共にあんなところまで洗われた意味が、別の恐怖を呼び覚ます。あれって、あれって、そういう意味……だよね? そういう意味だから、丁寧に(強引にでも)洗ったんだよね?
よくわかんないまま、こんなところで、こんな男に抱かれるために――って。
「ふっざけんなあぁぁっ!!」
絶叫。そして渾身の力を振り絞って男の腕を払い除ける。
「じょっ、冗談じゃないわよっ!! だ、誰がアンタなんかとあ、あい、あいっ、愛し合うってのよっ!!」
言葉がつっかえる。代わりに手際よく取り出せた懐剣。その切っ先を男に向け、間合いを取る。
やれるもんならやってみろ、ゴルアッ!! こっちだってそう簡単にはやらせてやらないんだからねっ!!
24にもなって処女ってのはちょっとって思ってたから、あの男と南の島で捨てようって思ってた貞操だったけど、こんなところで変な男に襲われて失くすぐらいなら、死ぬまで守り通すわよ!!
フーフーと、鼻息荒く男を睨みすえる。腰を落とし、いつでも臨戦態勢、突撃準備。ちょっとでも手を伸ばそうものなら、叩き斬ってやるんだから!!
「フフッ、吾妹は、威勢が良いな」
「ワギモ、言うなあっ!!」
意味がわかってもわかんなくても、コイツにそんな風に呼ばれたくない!!
そして笑うな!! 余裕ぶっててムカつく!!
「その剣は、吾には効かぬ。邪を払うものだからな。吾は邪ではない」
――へ? ナニ言ってるの。私を襲おうとする邪、下心満載の変態男じゃない。
「違うと言うておろうに」
男が手を懐剣にかざす。
「えっ!? ええええっ!!」
同時に崩れていく懐剣。粉のようにサラサラと、光の粒になって地面に落ちていく。
「あああっ、これ、借り物なのにぃっ!!」
今ちょっとどうでもいいことが口をついて出た。この着物もそうだけど、懐剣もレンタルよね? だとしたら、これって弁償しなきゃいけなかったりするのかな?
ってか、ちょっと待て。あんな硬そうな懐剣がサラサラ~ってナニ? 砂糖で出来てたの? んなバカな。だとしたら、ハンドパワーとかいうやつ? そしたら、どっかにマリックさんがいるってこと? どこ? どこにマリックさんは隠れてるの? この後、ダタタタタタタタンッて、あの曲と一緒に登場するとか?
「――混乱しているようだな。うるさい」
大きく吐き出されたため息。そして、懐剣に向けられていた手が今度は私に……っ!!
(マリックさん。人体マジックは、やっちゃ、ダメ、です……ってば)
フワッと軽くなった体から力が抜け、クタリとその場に崩れ落ちる。懐剣の次に茫洋と溶けたのは、私の意識だった。
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