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第8話 至高の宝石。

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 「……できた」

 窓の外、朝靄が漂い、小鳥がさえずっている。
 いったいあれから何日経ったのか。わからないまま迎えた朝に、ようやくそれは完成した。
 カボション・カットにしたエメラルドの石。放射線状に伸びた六条の光。
 それを縁取るのは繊細な花をモチーフにした銀。ところどころに欠片となったエメラルドを配して、余すことなく石を使い切った。
 これを身に着けた人は、きっと素晴らしく美しく装える。
 誰もが憧れる、羨望の的になれる。
 それほどまでに素晴らしい作品に仕上がった。

 「おい、グリュウ見ろ、出来た……、グリュウッ!!」

 ガタンと、椅子が大きな音をたてて倒れた。
 
 「グリュウ? グリュウッ!!」

 長椅子に横たわってたグリュウ。
 眠っているかのような安らかな顔をしていたが、その身体は光の膜のようなものに包まれていた。
 
 (どうしたんだよ、これ)

 石を加工しても死なないと言ったグリュウ。
 その言葉を信じてこうして作り上げたのに。

 「おいっ、グリュウッ!! グリュウッ!!」

 膜にはばまれて、グリュウの身体に触れることすらできない。
 それどころか。

 「うわっ――!!」

 光の膜は急速に輝きを増し、膜からまゆへと変化していく。
 光に圧倒され、グリュウの姿は見えなくなり、その眩しさに思わず目を閉じ、腕で顔をかばう。
 朝日が落ちてきたかと思えるほどの真っ白な光。
 一瞬目を閉じるのが遅れたせいで、まぶたの裏にチカチカと光が明滅する。
 
 「……グリュウ?」

 何度も目をこすり、光の収束した先を確認する。
 光は眠っていたグリュウに集まり、そして――。

 「んんっ? あれ? 師匠、どうしたんですかぁ?」
 
 間抜けな声とともに、グリュウが目を覚ました。
 姿を変えて。

*     *     *     *

 「グッ、グリュウッ、おっ、お前っ!!」

 オレを指さす師匠の手が震えてる。

 …………!? なんだ? どうした?

 「お前、女だったのかっ!!」

 へ?

 「えっ、えええっ!!」

 師匠以上に大きな声を上げて自分の姿を見る。
 見下ろすオレの視線の先には、服をこれでもかと押し上げてる胸。プルンッというかタユンッというか。男にはないそれが見事に実ってる。
 腰もなぜか華奢きゃしゃになってるし。
 髪だってそうだ。
 ゆるく波うち流れるエメラルドの髪。エメラルドだけじゃなく、少し銀髪も混じって、それが、長く腰まで流れてる。
 どこからどう見ても完璧な大人の女の身体。

 「……ウソだろ?」

 自分でも信じられないのだが、師匠はもっと動揺してるのか、さっきから口をパクパクさせて言葉を失ってる。
 
 (あ――。そういうことか)

 師匠の手にある自分の本体を見る。
 オレが期待しただけあって、素晴らしい出来映え。
 朝日のなか、オレもオレを縁取る銀も見事に輝いて。

 最高の作品。最高のペンダント。――つまりは女性用。

 つまりは、師匠がオレをペンダントっていう女性用の装身具にしたから、オレも女体化したと。そういうわけか。
 これがカフスとか指輪とかピアスとか、男も使うものなら、変化しなかったんだけどな。

 「……師匠が悪い。オレをペンダントなんかにするからだ」

 別に石に性別なんてないから、オレとしてはどっちでもいいんだけど。
 動揺する師匠を見てると、……なんかムカつく。自分がやったくせに。驚きすぎなんだよ。

 「ペンダントにしたら女になるなんて……聞いてない」

 ヨロヨロと顔を押さえる師匠。
 うん。
 オレだって知らなかったし。
 
 「でも、最高の出来だぜ? オレ、スッゲーうれしい」

 六条の光が輝くスターエメラルドのペンダント。
 多分、この世で一番のペンダントに違いない。

*     *     *     *

 「で? いつ、あのケバケバババアに売るんだよ」

 オレが起きてから、あわてて古着屋まで走ってきた師匠に訊ねた。
 まあ、以前の服では胸がきつかったし、腰がダボダボだったから、女性の服を用意してくれたのはありがたいんだけどさ。
 オレ、宝飾品となったんだから売られる。
 そうすることで師匠は儲かって、また新しい石に取りかかれる。そう思ってたんだけど。

 「お前は売らない」

 「え? いや、でも。オレ、売り物だぜ?」

 妖精付きのいわくものだけど。

 「お前はこのまま工房にとどめ置く。お前だけは売らない」

 いや、うれしいけどさ。それでいいの?
 なんかわかんねえけど、頬が熱くなってくる。
 あれ? オレ、どうしたんだ?
 まだどっか身体の調子が悪いのか?

 「お前みたいな、口の悪い妖精付きの宝石なんか、売れるわけがないだろう」

 うわっ。
 何コイツ。サイテー。
 職人としての腕はいいのに、口は悪すぎ。
 オレのこと言えねえだろ、師匠。
 プウッとむくれてやると、師匠が声をたてて笑った。

 ま、いっか。
 師匠のそばにいられるなら、なんだっていいや。

 「これはお前が身に着けてろ」

 シャランと音をたてて、師匠がオレのペンダントを着けてくれた。
 オレがオレを身に着けるって、ちょっとへんなカンジだな。
 
 「似合うぞ」

 それって、誉め言葉か?
 よくわからんが、悪い気はしない。

 「なあ、師匠、腹減ってないか?」

 何日経ったか知らないけど、絶対この人、ロクに食ってないだろうし、寝てないだろう。
 師匠はそういう人だ。

 「薄い塩味豆だけスープぐらいしか作れねえけど、食うか?」

 「……お前なあ」

 師匠がため息をもらす。

 「せっかく、女になったのに、もう少し言葉遣いってもんがあるだろ」

 「んなこと言われても、ずっとこうだったんだから、仕方ねえだろ」
 
 好きこのんで女体化したわけじゃねーし。師匠のせいだし。
 ベエッと舌を出してから、久々に朝食の準備に取り掛かる。
 今日はちょっと気分がいいからオマケにチーズも出してやろうか。感謝もこめて、とっておきのベーコンもつけてやる。

 いそいそと準備を始めたオレの胸元で、エメラルドのペンダントがキラリと光った。

*     *     *     *

 ル・リーデル工房。

 街の中心部から外れたところにある、宝石工房。
 主であるユリウス・ル・リーデルと、弟子のグリュウが暮らす場所。
 ユリウスは、腕は確かなのだが、その作品が街で認められることはあまりなく、工房の経営はいつも赤字だった。客が訪れることもめったにない。
 その工房に、けたたましいケンカの声が響く。

 「だからぁ。そんなに石をベタ褒めするなっ!! 大事にするのは悪くないが、それ以上ベタベタするなっ!!」

 「なんでだよ。見ろよ、この石の素晴らしさ。この石は無限の可能性を秘めてるぞ」

 声を張り上げるのは女。胸元にはその目と同じスターエメラルド。
 その女に対する男は、愛おしいものを抱くように、サファイアの原石に頬ずりをする。

 「だああっ!! そんなことしたら、またっ!!」

 慌てた女が男から原石を取り上げる――が。

 ポンッ!!

 「あ――」

 軽い音とともに、小さな子どもがフワリと舞い降りる。
 その瞳は女の持つサファイアの原石と同じ青。

 「はじめまして。ご主人さま」

 その言葉に、その姿に、女が盛大なため息をつく。

 「……どうすんだよ。こんなに妖精を生み出して」
 
 「宝石にするしかないんじゃないか?」

 男の言葉はどこか飄々としている。
 
 「やっぱ師匠って、ただの宝石オタク、職人バカだよ」

 生まれてしまった妖精を抱き上げ、女が工房から出ていく。妖精の世話をするためだ。
 この工房では珍しくない、普段の光景。この工房では主の性癖せいか、よく妖精が生まれる。
 世話焼き女房と化した弟子の姿を見送り、師匠である男はフッと笑う。
 
 (お前以上に、素晴らしい石に出会えるとは思わないがな)

 男は真剣な眼差しに戻り、原石を宝石に変えるため、いつものようにヤスリの準備を始めた。
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