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第18話 アグネス博士の研究結果論考
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――見送りはしない。
そう決めた。
「さよなら」を言えば、それが永遠の別れになりそうで。
「またね」と言えば、そこに含まれるウソに泣きそうで。
だから、そっと出ていってくれと頼んだ。何度もなんども愛し合い、疲れ果て眠る私を置いて、静かに立ち去ってくれと。
(なんて卑怯なんだろうな)
自分で自分に呆れる。
彼はこれから自分の国に戻って、命がけの使命に立ち向かうというのに。
東央国は、かつて彼の家族を殺した国。彼の両親、皇帝と皇妃は反乱を起こした民衆によって殺された。助かったのは、私の国に流れ着いた彼だけ。
その彼を、今度は新皇帝として迎え入れたいと、かの国から申し出があった。自分たちが間違っていた。改めて、皇帝による統治を乞い願うと。
彼がその身勝手さに腹を立てていたのは知っている。だけど、彼が国を気にかけていたことも知っている。だから、その迷う背中を押した。帰って、国を平和に導けと言った。
それがどれだけ大変なことで、どれだけ苦しいことか、知りながら彼を帰した。なのに。
(見送りもしない、卑怯者だ)
寂しいから、辛いから。
それは彼も同じだっただろうに。彼の優しさにつけこんで、ワガママを言った。
(今、どうしてるんだろうな……)
かつて彼を助けた砂浜で、遠く海を眺める。
この国から東央国は遠い。
船だと半年はかかる距離。
隣に住むラオさんから、無事即位したとは聴いているけれど、そこから先の情報は入ってこない。
無事ならいい。無事であるなら。
そう思うけど、無事以外のことも知りたい。
今、彼は苦しんでいないのか? 悩んでいないのか? 悲しんでいないのか?
最後に見た、彼の顔を思い出すたび、胸が締め付けられる。
――寝ている間に。
そう約束したから、寝たフリをしてたけど、本当はシッカリその姿を見ていた。戸口で、一度だけ私をふり返った時の顔。せつなそうで、やるせなさそうで。思わずベッドを飛び出して抱きつきたい衝動に駆られる表情だった。けど、戸を開いた途端、キュッと口を引き結び、前だけ見て歩き出した彼。やはり彼は高貴な生まれ、皇子なのだと涙が出た。
そんな彼が、皇帝として上手くやってるのならいい。上手くやって、それから――。
(妃を、迎えたりしてるんだろうか)
あれから四年。
彼は22になってる。
一人、皇帝としての責務に立ち向かってる時、誰かそばに女性を求めてもおかしくない年頃だ。それでなくてもあの国は、後宮制度がある。女性をいくら侍らせても、皇帝が咎められることはない。
(私のことなんて忘れて……)
遠く西の果ての国で知り合っただけの女。彼はカワイイと言ってくれたけど、それは彼が女を知らないから。
記憶喪失のフリをした彼に名前をつけたのに、その名を呼ぶのが恥ずかしくて、わざと違う名前を呼んだ。彼の顔を直視できなくて、わざとボケるようにメガネをはめた。好きだから、ガマンできなくて、実験とウソをついて彼を求めた。私は、そういうウソつき女。全然かわいくないトンチキ女。
あの国になら、優しく強い彼にお似合いの、もっと美人で優しい女性がたくさんいるだろう。こんなウソをついてまで彼を求めたトンチキ科学者など忘れて――。
(ああ、ダメだダメだ! 悪い思考にハマってるぞ!)
ベチベチと頬を叩く。
こういう考えはよくない。
彼は言ってくれたじゃないか。
国を立て直したら、迎えに来てくれるって。
その約束は、永遠に果たされないかもしれないけど、それでも彼は、私の望んだものを残していってくれた。私が、彼の子でカワイイの研究を出来るように。
(まったく。できた助手だったな)
ヨイセッと掛け声とともに立ち上がる。
久しぶりに海を見ていたせいか、ちょっと後ろ向きな思考になっていたようだ。
押し寄せる波は彼の想い。打ち返す波は私の想い。
遠く離れていても、きっと大丈夫。私はこうして立つことができる。だって。
「ユエン? どこ?」
あたりを見回す。
ついさっきまで、そばで貝殻を拾ったりしてたのに。
「ユエン?」
そんなに遠くに行ってないはず。
いくらボーッとしてたとしても、異変に気づかないはずはない。
けど、その姿の見えないことに、心が焦りと恐怖に鷲掴みにされる。
私の水色の目と、彼の黒髪を受け継いだあの子、ユエン。あの子までいなくなってしまったら、私は――。
「――博士、実験の進捗具合はいかがですか?」
砂浜の先、茂みからかかった声。
「ボーッとしてるなんて博士らしくないですよ。観察対象をほっぽって、どうしたんですか?」
まさか。
「サイ、トー?」
声が喉に貼りつく。茂みの中から現れた人物。東央国の衣装を纏った青年。忘れることなどできない、会いたくてたまらなかった黒髪黒目の彼。
その彼が、ユエンを抱き上げ、こちらに歩いてくる。
「ただいま戻りました。博士」
そのまま目の前に立つと、懐かしい笑顔を見せてくれたけれど。
「だたいま……って。ま、まさかまた国から逃げてきたのかっ!?」
以前と違って、立派な衣装だけど。まさか、まさか、また国を追われて?
「違いますよ、もう。早とちりだなあ、博士は」
ヨイッと、彼がユエンを下ろす。
「約束したでしょ? 平和になったら、迎えに来るって」
「う、ん。約束した、けど……」
トコトコと近づいてきたユエンを足元で抱き寄せる。
約束はしたけど、だからって、皇帝になった彼が直々に迎えに来るなんて、ありえるの?
「西の果ての国のアグネス博士、アナタを我が東央国に招聘いたしたく存じます」
彼が胸の前で、右の拳を左手で包む。
「我が国の新しい皇帝、名をリーフェンと申しますが、現在、東央国の民は、陛下のことで、少し悩まされているのです」
「え?」
「陛下は、国を立派に統治なさっておいでですが、最近少し駄々をこねるようになりまして」
「は?」
「国を平和に導くには、皇妃が必要。そのため、西の果ての国にいる、砂色の髪と水色の目をした女性を連れて参れと。彼女以外、他の女は嫌だと駄々をこねているのです」
「はあ」
「このままでは、我が国はまたもとの状態に戻りかねません。ですから、アグネス博士、平和研究に尽力されているアナタに、是非我が国へとお越しいただけないかと。アナタがお越しくだされば、きっと陛下は今以上に政務に邁進されるでしょう」
言い切って、うやうやしく頭を下げた彼。でも、姿勢を直した彼の目は、どこまでもいたずらっぽく笑い、細められている。
「――返答や、いかに?」
わかってるくせに。
「答えは、『是』だ」
私がうれしくて泣いてるの、見えないの?
「アグネス……、今、東央国の言葉を……」
イタズラをやめ、キョトンとした彼。
「ラオさんに教えてもらったの! いつか来てくれるって思って! 簡単な会話なら東央国語で話せるわよ」
そんなところに、いちいち驚いてないでよ。
「そっか。トンチキだけど、頭良いんだった」
なぜか、口元を押さえる彼。ってか、トンチキってナニよ! トンチキって!
自分で思う分にはいいけど、彼であっても、人に言われたくない!
「それで? こんなトンチキ博士を連れて行くの? どうするの? トンチキだから必要ない?」
フンッと、わざとらしく腕を組む。
要らないって言われたら、立ち直れないけど、でも怒ってるだぞってことは示しておきたい。
「……必要です。ごめんなさい。これ以上離れてたら、寂しくて死にそうです」
しおらしく、私に抱きついてきた彼。
そうよ。最初っからそうやってしていればいいのよ。ふざけたりしないで、普通に「会いたかった」、「寂しかった」って。
そしたら、私だって、私だって……。
「会いたかった! ずっと会いたかった!」
感情決壊。
彼にしがみつき、ワンワンと泣き叫ぶ。
私だってずっと会いたかった。
彼が残してくれた子を産んだとしても。一人ぼっちじゃなかったとしても。
ずっとずっと会いたいと思ってた。会えなくて、ずっと辛かった。
「おかあさん?」
泣き続ける私の足元で、ユエンが不安そうな顔をした。
ああ、そうだ。私、泣いてばかりじゃいけないんだ。
「ユエン。この人がアナタのお父さんよ」
我が子を抱き上げ、彼と対面させる。彼と私をつなぐ存在、縁。
「おとうさん?」
さっき、茂みから抱っこされてきたけど、彼、自分のことをユエンに伝えてなかったみたい。キョトンとしたままのユエン。まだ三歳のこの子に、突然現れた男を、父親を理解するのは難しいかし――
「おとうさん!」
グラッと揺れたユエンの体。小さな手で彼に抱きつきにいったユエン。
「ユエン……、ユエン!」
彼も驚いてたけど、それでもシッカリ抱きとめて、愛おしそうに名を呼んでくれた。
ずっと離れていたけど、やっぱり親子なんだなって思った。泣いてクシャクシャになった二人の顔は、誰よりもよく似ていた。
「さぁて、ユエン。早速だけどお引越しするぞ」
「おひっこし?」
「そうだ。お前とお母さん、二人とも父さんの国へお引越しだ。これからは家族三人、ずっと一緒だぞ」
お引越し。
それがどんなものかわからなくても、楽しいことと直感したユエンが、彼に肩車をしてもらい、うれしそうな声を上げた。
「ところで、博士」
私の手を取り、歩き出した彼が問う。
「実験の進捗はどうなんですか? カワイイは武器になりそうですか?」
――赤子のかわいさは地上最強の武器。ならば、最強にカワイイ生き物を作り出して、それを敵に向けて送り出したら敵は一気に戦意喪失、戦わずして我が国は敵を制圧することが可能になる!
かつて、そんなことを言って、彼を求めた。
カワイイを理解するため、ホムンクルスを作るから精液をよこせと。
「カワイイは最強の武器だな」
肩車されてる息子を見上げる。
「この子になら、何をされても許してしまう、ホニャ~ンとなってしまう魔法にかけられてしまう」
ホニャ~ンだけじゃない。この子のためなら命を賭けられると本気で思っている。それも、愛しい人との間に生まれた子なら尚更だ。
「ただし、これはあくまで限定的な武器だ。両親、家族、親しい者にのみ有効。そして、そもそもこの武器を戦場に持ち込むことを強く反対する」
子を戦場に行かせて喜ぶ母はいない。
「では、これからどのように研究を続けられますか?」
「この症例は、ユエンのみだからな。もう少しカワイイを研究するため、あと二、三人はサンプルが必要だな」
「たとえば、女の子など?」
「それもいいな。兄と父がいる環境下で、カワイイがどう変化するのか興味深い」
ふざけ、笑いをこらえ、神妙な顔で受け答えする。
「では、いかほどご用意いたしましょう」
「成功するためには、多い方が助かるが。180ccほどでいい。なるべく新鮮なものを出してくれ」
そう決めた。
「さよなら」を言えば、それが永遠の別れになりそうで。
「またね」と言えば、そこに含まれるウソに泣きそうで。
だから、そっと出ていってくれと頼んだ。何度もなんども愛し合い、疲れ果て眠る私を置いて、静かに立ち去ってくれと。
(なんて卑怯なんだろうな)
自分で自分に呆れる。
彼はこれから自分の国に戻って、命がけの使命に立ち向かうというのに。
東央国は、かつて彼の家族を殺した国。彼の両親、皇帝と皇妃は反乱を起こした民衆によって殺された。助かったのは、私の国に流れ着いた彼だけ。
その彼を、今度は新皇帝として迎え入れたいと、かの国から申し出があった。自分たちが間違っていた。改めて、皇帝による統治を乞い願うと。
彼がその身勝手さに腹を立てていたのは知っている。だけど、彼が国を気にかけていたことも知っている。だから、その迷う背中を押した。帰って、国を平和に導けと言った。
それがどれだけ大変なことで、どれだけ苦しいことか、知りながら彼を帰した。なのに。
(見送りもしない、卑怯者だ)
寂しいから、辛いから。
それは彼も同じだっただろうに。彼の優しさにつけこんで、ワガママを言った。
(今、どうしてるんだろうな……)
かつて彼を助けた砂浜で、遠く海を眺める。
この国から東央国は遠い。
船だと半年はかかる距離。
隣に住むラオさんから、無事即位したとは聴いているけれど、そこから先の情報は入ってこない。
無事ならいい。無事であるなら。
そう思うけど、無事以外のことも知りたい。
今、彼は苦しんでいないのか? 悩んでいないのか? 悲しんでいないのか?
最後に見た、彼の顔を思い出すたび、胸が締め付けられる。
――寝ている間に。
そう約束したから、寝たフリをしてたけど、本当はシッカリその姿を見ていた。戸口で、一度だけ私をふり返った時の顔。せつなそうで、やるせなさそうで。思わずベッドを飛び出して抱きつきたい衝動に駆られる表情だった。けど、戸を開いた途端、キュッと口を引き結び、前だけ見て歩き出した彼。やはり彼は高貴な生まれ、皇子なのだと涙が出た。
そんな彼が、皇帝として上手くやってるのならいい。上手くやって、それから――。
(妃を、迎えたりしてるんだろうか)
あれから四年。
彼は22になってる。
一人、皇帝としての責務に立ち向かってる時、誰かそばに女性を求めてもおかしくない年頃だ。それでなくてもあの国は、後宮制度がある。女性をいくら侍らせても、皇帝が咎められることはない。
(私のことなんて忘れて……)
遠く西の果ての国で知り合っただけの女。彼はカワイイと言ってくれたけど、それは彼が女を知らないから。
記憶喪失のフリをした彼に名前をつけたのに、その名を呼ぶのが恥ずかしくて、わざと違う名前を呼んだ。彼の顔を直視できなくて、わざとボケるようにメガネをはめた。好きだから、ガマンできなくて、実験とウソをついて彼を求めた。私は、そういうウソつき女。全然かわいくないトンチキ女。
あの国になら、優しく強い彼にお似合いの、もっと美人で優しい女性がたくさんいるだろう。こんなウソをついてまで彼を求めたトンチキ科学者など忘れて――。
(ああ、ダメだダメだ! 悪い思考にハマってるぞ!)
ベチベチと頬を叩く。
こういう考えはよくない。
彼は言ってくれたじゃないか。
国を立て直したら、迎えに来てくれるって。
その約束は、永遠に果たされないかもしれないけど、それでも彼は、私の望んだものを残していってくれた。私が、彼の子でカワイイの研究を出来るように。
(まったく。できた助手だったな)
ヨイセッと掛け声とともに立ち上がる。
久しぶりに海を見ていたせいか、ちょっと後ろ向きな思考になっていたようだ。
押し寄せる波は彼の想い。打ち返す波は私の想い。
遠く離れていても、きっと大丈夫。私はこうして立つことができる。だって。
「ユエン? どこ?」
あたりを見回す。
ついさっきまで、そばで貝殻を拾ったりしてたのに。
「ユエン?」
そんなに遠くに行ってないはず。
いくらボーッとしてたとしても、異変に気づかないはずはない。
けど、その姿の見えないことに、心が焦りと恐怖に鷲掴みにされる。
私の水色の目と、彼の黒髪を受け継いだあの子、ユエン。あの子までいなくなってしまったら、私は――。
「――博士、実験の進捗具合はいかがですか?」
砂浜の先、茂みからかかった声。
「ボーッとしてるなんて博士らしくないですよ。観察対象をほっぽって、どうしたんですか?」
まさか。
「サイ、トー?」
声が喉に貼りつく。茂みの中から現れた人物。東央国の衣装を纏った青年。忘れることなどできない、会いたくてたまらなかった黒髪黒目の彼。
その彼が、ユエンを抱き上げ、こちらに歩いてくる。
「ただいま戻りました。博士」
そのまま目の前に立つと、懐かしい笑顔を見せてくれたけれど。
「だたいま……って。ま、まさかまた国から逃げてきたのかっ!?」
以前と違って、立派な衣装だけど。まさか、まさか、また国を追われて?
「違いますよ、もう。早とちりだなあ、博士は」
ヨイッと、彼がユエンを下ろす。
「約束したでしょ? 平和になったら、迎えに来るって」
「う、ん。約束した、けど……」
トコトコと近づいてきたユエンを足元で抱き寄せる。
約束はしたけど、だからって、皇帝になった彼が直々に迎えに来るなんて、ありえるの?
「西の果ての国のアグネス博士、アナタを我が東央国に招聘いたしたく存じます」
彼が胸の前で、右の拳を左手で包む。
「我が国の新しい皇帝、名をリーフェンと申しますが、現在、東央国の民は、陛下のことで、少し悩まされているのです」
「え?」
「陛下は、国を立派に統治なさっておいでですが、最近少し駄々をこねるようになりまして」
「は?」
「国を平和に導くには、皇妃が必要。そのため、西の果ての国にいる、砂色の髪と水色の目をした女性を連れて参れと。彼女以外、他の女は嫌だと駄々をこねているのです」
「はあ」
「このままでは、我が国はまたもとの状態に戻りかねません。ですから、アグネス博士、平和研究に尽力されているアナタに、是非我が国へとお越しいただけないかと。アナタがお越しくだされば、きっと陛下は今以上に政務に邁進されるでしょう」
言い切って、うやうやしく頭を下げた彼。でも、姿勢を直した彼の目は、どこまでもいたずらっぽく笑い、細められている。
「――返答や、いかに?」
わかってるくせに。
「答えは、『是』だ」
私がうれしくて泣いてるの、見えないの?
「アグネス……、今、東央国の言葉を……」
イタズラをやめ、キョトンとした彼。
「ラオさんに教えてもらったの! いつか来てくれるって思って! 簡単な会話なら東央国語で話せるわよ」
そんなところに、いちいち驚いてないでよ。
「そっか。トンチキだけど、頭良いんだった」
なぜか、口元を押さえる彼。ってか、トンチキってナニよ! トンチキって!
自分で思う分にはいいけど、彼であっても、人に言われたくない!
「それで? こんなトンチキ博士を連れて行くの? どうするの? トンチキだから必要ない?」
フンッと、わざとらしく腕を組む。
要らないって言われたら、立ち直れないけど、でも怒ってるだぞってことは示しておきたい。
「……必要です。ごめんなさい。これ以上離れてたら、寂しくて死にそうです」
しおらしく、私に抱きついてきた彼。
そうよ。最初っからそうやってしていればいいのよ。ふざけたりしないで、普通に「会いたかった」、「寂しかった」って。
そしたら、私だって、私だって……。
「会いたかった! ずっと会いたかった!」
感情決壊。
彼にしがみつき、ワンワンと泣き叫ぶ。
私だってずっと会いたかった。
彼が残してくれた子を産んだとしても。一人ぼっちじゃなかったとしても。
ずっとずっと会いたいと思ってた。会えなくて、ずっと辛かった。
「おかあさん?」
泣き続ける私の足元で、ユエンが不安そうな顔をした。
ああ、そうだ。私、泣いてばかりじゃいけないんだ。
「ユエン。この人がアナタのお父さんよ」
我が子を抱き上げ、彼と対面させる。彼と私をつなぐ存在、縁。
「おとうさん?」
さっき、茂みから抱っこされてきたけど、彼、自分のことをユエンに伝えてなかったみたい。キョトンとしたままのユエン。まだ三歳のこの子に、突然現れた男を、父親を理解するのは難しいかし――
「おとうさん!」
グラッと揺れたユエンの体。小さな手で彼に抱きつきにいったユエン。
「ユエン……、ユエン!」
彼も驚いてたけど、それでもシッカリ抱きとめて、愛おしそうに名を呼んでくれた。
ずっと離れていたけど、やっぱり親子なんだなって思った。泣いてクシャクシャになった二人の顔は、誰よりもよく似ていた。
「さぁて、ユエン。早速だけどお引越しするぞ」
「おひっこし?」
「そうだ。お前とお母さん、二人とも父さんの国へお引越しだ。これからは家族三人、ずっと一緒だぞ」
お引越し。
それがどんなものかわからなくても、楽しいことと直感したユエンが、彼に肩車をしてもらい、うれしそうな声を上げた。
「ところで、博士」
私の手を取り、歩き出した彼が問う。
「実験の進捗はどうなんですか? カワイイは武器になりそうですか?」
――赤子のかわいさは地上最強の武器。ならば、最強にカワイイ生き物を作り出して、それを敵に向けて送り出したら敵は一気に戦意喪失、戦わずして我が国は敵を制圧することが可能になる!
かつて、そんなことを言って、彼を求めた。
カワイイを理解するため、ホムンクルスを作るから精液をよこせと。
「カワイイは最強の武器だな」
肩車されてる息子を見上げる。
「この子になら、何をされても許してしまう、ホニャ~ンとなってしまう魔法にかけられてしまう」
ホニャ~ンだけじゃない。この子のためなら命を賭けられると本気で思っている。それも、愛しい人との間に生まれた子なら尚更だ。
「ただし、これはあくまで限定的な武器だ。両親、家族、親しい者にのみ有効。そして、そもそもこの武器を戦場に持ち込むことを強く反対する」
子を戦場に行かせて喜ぶ母はいない。
「では、これからどのように研究を続けられますか?」
「この症例は、ユエンのみだからな。もう少しカワイイを研究するため、あと二、三人はサンプルが必要だな」
「たとえば、女の子など?」
「それもいいな。兄と父がいる環境下で、カワイイがどう変化するのか興味深い」
ふざけ、笑いをこらえ、神妙な顔で受け答えする。
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