正しいホムンクルスの作り方。

若松だんご

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第16話 間違いだらけの実験理由

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 「本当はっ、ヒック、実験なん、てっ、ウソっ、なん、だっ」

 鼻をすすり、顔を拭き。
 家に戻っても、しゃくり上げ続けるアグネスが言った。

 「本当は、お前が、すっ、好きだから、そのっ、グスッ、抱いて、欲しくてっ。でも、言えな、くて……」

 真っ赤になってうつむくアグネス。

 「それで、ホムンクルスを作る実験、カワイイを武器にするとかなんとか言い出したんですか」

 「――うん。実験なら、協力してくれる、かなって。……ごめんなさい」

 涙が収まっても、ずっとうつむいたまま。顔の赤さは、きっと泣いたからじゃない。最後の「ごめんなさい」はとても小さな声だった。

 (実験……ねえ)

 そんな彼女をなだめて、ベッドに腰掛けさせる。
 確かに、助手という立場にいた俺なら、「精液を出せ」「実験だ」と言えば協力したかもしれない。けど。

 (普通に「好きだ」って言ってくれてもよかったのに)

 「好きだ」「抱いてくれ」と頼まれて、イヤと言うつもりもない。自分だって、アグネスが好きだから、「好きだ」と言われたら、喜んでそういう関係になったのに。

 (あ……)

 そこで思い至る。

 「悪いのは、アグネスだけじゃないですよ。俺も同じです」

 「サイトー?」

 「俺も、実験にかこつけてたんですから。俺の方こそ卑怯なことをしてきました。すみません」

 精液を欲しいと言われて。断ることもできたし、精液だけを渡すこともできたのに。ただの実験ですませることが悔しくて、ずる賢くセックスすることを提案した。
 普通に「好きだ」と告げて断られたら?
 断られて、そのままなんでもなかったように、一緒に暮らしていけるのか?
 答えは、おそらく無理。
 だから、騙した。だから、ウソをついた。
 それは、俺もアグネスも同じ。
 本当のことを告げるのが怖かった。
 それにアグネスは、俺のことを二、三年下だと思っていた。自分を年上だと勘違いしてたなら、余計に「好き」は言い出しにくかったかもしれない。

 「俺たち、お互いバカですよね。本当のことを話せば、こんなに簡単に思いを確かめられたのに」

 アグネスの隣に座って、彼女の額にチュッとキスをする。

 「サイトー……」

 「好きです、アグネス」

 俺がちゃんと勇気を出して告げていれば。フラれるのが怖くて、逃げたりしなければ。ちゃんと自分の心に向き合っていれば。
 そうしたら、アグネスをここまで追い詰めたりしなかったのに。
 どちらからともなく、目を閉じ、キスをする。

 「サイトー……。フフッ」

 キスのあと、なぜか笑って、抱きついてくるアグネス。

 「――うれしい」

 さっきまで泣いてたとは思えない顔。でも。

 「あ、ダメだ! 外しちゃダメ!」

 邪魔な丸メガネ。外そうとツルに手を伸ばしたら、思いっきり拒否された。

 「なぜ?」

 素直に問う。

 「結構邪魔なんですけど、これ」

 キスするたび、顔に触れるたび、コツコツとぶつかってくるそれ。似合わないとかじゃなくて、単純に邪魔。

 「こ、これだけは、ダメなんだ」

 アグネス必死の抵抗。

 「どうして?」

 重ねて問う。
 別にこの距離だし。メガネを外しても見えると思うんだけど。

 「その、これを外すと……」

 「外すと?」

 「サイトーがハッキリ見えてしまう!」

 「――は?」

 なにそれ。
 アグネスの悲鳴じみた告白に、一瞬思考が止まった。俺が? ハッキリ? 見える?

 「もしかして、視界をぼやかすためにはめてたんですか?」

 わざと、ぼやけて見えるように。目が悪いわけでもないのに、メガネをかけてたと?

 「お前がカッコいいのが悪いんだ。お前がハッキリ見えたら……その。冷静でいられなくなる。心臓がもたない。どうにかなる」

 早口で言って、ムウッと口を尖らせたアグネス。って、悪いの、俺?

 「アグネス」

 なんかおかしくなって、少し笑う。

 「メガネ、外してください」

 「でも……」

 「俺、アナタの素顔が見たいんです。ダメ、ですか?」

 俺を好きだと言うなら、冷静じゃなくてもいいじゃないか。俺にドキドキしてどうにかなってくれるなら、最高じゃないか。
 俺のお願いに、少しためらって、悩んで。それでも意を決してメガネを外してくれた。

 「これで、いいか?」

 顔がメチャクチャ赤い。視線を合わせられないのか、そっぽを向きっぱなし。でも。

 「うん。カワイイです」

 その仕草も、顔立ちも、メガネをかけてた理由も何もかもひっくるめて。すべてがカワイイ。愛しい。

 「本当に?」

 「ええ、本当に」

 「本当の、本当にか」

 「本当の本当にですよ」

 なぜ、そんなふうに疑うんだ?
 信じてほしくて、アグネスの両頬を包んで持ち上げる。

 「だって。東央国にはコーキューというのがあって、三千人もの美女が皇帝の妻になるんだろう?」

 「は?」

 「だから、サイトーも美人を見飽きるほど知ってるんじゃないのか?」

 なんだそれ。

 「俺の父は、母だけを一途に愛してましたから、後宮とか、他の女性なんて知りませんよ」

 「そうなのか?」

 「ええ。それに、たとえ後宮があったとしても、俺にとって一番素敵に思えるのはアグネスだけです」

 少し手を伸ばし、後ろでまとめた髪を解く。途端にフワッと広がった砂色の髪が、肌の白いアグネスを柔らかく縁取る。

 「俺が騙してでも手に入れたいと思ったのは、アナタだけです。アグネス」

 この柔らかな砂色の髪。澄んだ水色の瞳。華奢な体。
 ちょっと人と思考がズレてるけど、それでも優しくて温かいアグネス。
 俺は、出会った時からずっと、ずっと――。

 「愛してます、アグネス」

 思いを込めて、その薄桃色の唇にキスをする。

 「ズルいぞ。そんなふうに言われたら――」

 今度は、アグネスからのキス。それを受け止め、抱きついてきた体に腕を回す。
 十年もの間、ずっと想い続けてきた。ずっと隠し続けてきた。
 それが、こうして実った瞬間。
 キスとともに、心が幸せに満たされる。
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