上 下
12 / 18

第12話 取り残される答え

しおりを挟む
 「――なるほど。それでアグネスさまに近づいたのですな、そのララリアという女は」

 「ああ。俺を従えるのに、アグネスを使うつもりだったんだろう」

 ララリアに直接会ったことで知ったこと。それをラオの店で彼に語る。
 ララリアは、東央国の間者。皇子である俺とアグネスの関係を知り、市でお節介な南皇国人のフリをしてアグネスに近づいた。
 アグネスの悩みに乗ることで、俺とのセックスを推奨した。単なる同居人から愛人となれば。身を重ねれば、俺がアグネスと離れられなくなる、アグネスに利用価値が出ることを見越していた。
 
 (アグネスから離れるか?)

 無関係を装うために。
 アグネスと別れ、俺一人、ここを離れる。そうすれば、ララリアも無価値になったアグネスを使うことを諦めるだろう。
 だが。

 (そんなことをして、アグネスが別の男と一緒になったら?)

 変わり者、トンチキ科学者のアグネスだが、見た目は美しく愛らしい。華奢な体つきと豊満すぎる胸。コロッと騙される素直すぎる性格。俺と別れて一人になったら、他の男が放っておかない。実験に協力するとか言って、その脚を無理やり開かせるかもしれない。

 (そんなの、ダメだ)

 想像するだけで耐えられない。耐えたくない。

 (なら、ララリアが言うように、一緒に東央国に行くか?)

 東央国に行って。
 皇帝となって、アグネスを皇后に迎える。

 ――いつか研究を成功させて、大金持ちになるの! そうしたら、カイトーにこの国で一番美味しいご飯をごちそうしてあげるわ! 宮殿みたいな大きなお家で、王様みたいな服を着せてあげる!

 幼い頃、アグネスが語った夢。それを東央国で実現させてやるか? 皇帝に即位すれば、好きなだけアグネスを甘やかしてやれる。研究なんてしなくても、最高の贅沢をさせてやれる。

 (ダメだ。あんな国に連れて行けれる訳がない)

 シュオが死んで、叔母が仮の統治を行っている国。どれだけ王政復古を望まれていたとしても、再び民衆が手のひらを返さない保障がどこにある? もしまた暴動が起きたら? 母のように、アグネスが無惨な目に遭うとしたら?
 アグネスは、俺をただの同居人としか思ってないのに? そんな危険な境遇に連れて行くのか?

 「殿下」

 静かにラオが語りかける。

 「儂は、殿下の選択を至上のものといたします。東央国との繋がりを断ちたいと申されるのであれば、そのララリアなる女もどうにかいたしましょう。遠く離れた地へ、アグネス様と向かわれるのであれば、その手配もいたします」

 「ラオ……」

 「しかし、その前に一度、アグネス様とシッカリ話し合われませ。ご決断は、その後でもよろしかりましょう」

 八方塞がりな俺に、ラオの言葉が染み込んでいった。

          *

 「おかえり、ジトー」

 「――すみません。帰りが遅くなって」

 建付けの悪い入り口の扉。コツのあるそれをなるべく静かに閉める。部屋に満ちた、温かいスープの匂い。アグネスが夕飯を用意してくれたのだろうか。

 「構わないぞ。それよりお腹空いてないか? 久々に作ってみた。ただの塩味しかしない豆のスープだけどな」

 珍しく白衣をまとってないアグネス。お玉を握ったまま、ニッと笑ってふり返る。

 「それで? ラオさんに頼まれたものは買えたのか?」

 「ええ。なんとか」

 市場に出かける。出かけてララリアに会う。
 その理由を、「腰を痛めたラオの代わりの買い出し」とした。それなら、多少時間がかかっても、「頼まれものを探すのに苦労した」とか、なんとでも言い繕える。

 「あと少しでできあがるからな~。皿、用意してくれるか?」

 「わかりました」

 皿を用意するだけじゃない。テーブルの上の書を端に寄せ、皿を置くだけの場所を確保する。
 それから皿を取り出して、アグネスのもとへ――。

 「どうした、リトー?」

 「あ、いえ。なんでもありません」

 皿を持ったまま、問われるまで動くことを忘れていた。突っ立ったままだった俺に、アグネスが首をかしげる。

 「……サイトー」

 お玉を置き、動いたのはアグネス。こちらに近づいてくると、精一杯腕を広げ俺を抱きしめる。

 「えっ!? あ、あのっ!?」

 どういう状況だ、これ。

 「――ムリをするな」

 静かにアグネスが言う。

 「何を悩んでいるのか知らないが。ムリだけはするな」

 「……博士」

 「私では役に立たないかもしれないが。それでも、困ったことがあるなら、少しは頼れ」

 心を見透かされてるような言葉。

 「お前は昔っからそうだ。なんでも自分で抱え込む。抱え込んで煮詰まって、最後はぶっ倒れる。初めて会ったばかりの頃もそうだった」

 アグネスに拾われた頃。
 自分の素性を明かさず、記憶喪失を装った。助けてくれたアグネスすら警戒し、自分の感情を押し殺していた。アグネスにすら心を打ち明けず、神経をとがらせていた結果、身も心も限界に達し、高熱を出してぶっ倒れた。
 アグネスが言うのは、その時のことだろう。高熱にうなされてた俺を、アグネスは小さな手で必死に看病してくれた。

 (変わらない……)

 あの時と変わらない、アグネスの優しさ。背中に回しきれない手のひらから、彼女のいたわりを感じる。
 熱に浮かされ、ボンヤリした意識の中で見た、アグネスの顔。今も同じ、俺を心配して目を細めた顔。
 ああそうだ。俺は、この顔が、この優しさがたまらなく好きなんだ。

 「――では、お言葉に甘えて、一つお願いしてもいいですか?」

 「なんだ? 私にできることなら、なんでもいいぞ」

 頼られることがうれしいのか。口角を上げ、ニコッと笑うアグネス。

 「では。博士の中に注がせてください」

 「――え?」

 「実は、博士の月のものの間、ずっと精液を出せなくて苦しいんです」

 「さ、サトー?」

 「お約束しましたよね? 外では出してこないって。だから溜まってて苦しいんですよ」

 目を真ん丸にして驚くアグネスに笑いかける。

 「月のもの。終わってますよね?」

 「あ、ああ。でも。……わかった。それで気が楽になるなら、好きにしていいぞ」

 戸惑いながらも決断したアグネス。決めると腹も座るのか、アグネスが堂々とこちらを見上げる。おそらく、その思い切りの良さみたいなのも、アグネスの美徳なのだろう。

 「では、さっそく」

 「す、スープは? 夕飯はどうする」

 「あとでいただきます。今は、博士が欲しい」

 言って、彼女を抱き上げ、ベッドに運ぶ。

 「アッ、サイトー……」

 彼女の服を脱がせ、自分も脱ぎ捨てる。
 性急に、それでいてジックリと愛撫をくり返し、汗ばみ、甘く匂い立つまで彼女を追い詰める。
 訪れる快感に身悶えるまで。喘ぐ吐息が絶え間なく溢れるまで。乱れたアグネスが、脚を開き俺を受け入れるようになるまで。潤んだ目で、切なそうに求めてくるまで。

 「アッ、アアッ……!」

 絶頂を極め、ビクビクと痙攣する体を、うつ伏せにして、腰だけ高く持ち上げる。

 「ヒッ、アッ、ふっ、深い……、アアッ!」

 後ろから食らいつくように襲いかかると、アグネスがまた達し、膣壁が乱入した陰茎を強く締め付ける。

 「博士……!」

 その締め付けに抗い、何度も腰を前後させる。

 「アッ、アッ、サッ、サイトッ……!」

 目の前のシーツを掴み、体を前へと、快楽から逃げようとするアグネス。

 「ヒィッ!」

 その細い腰を掴み、逃さないように何度も陰茎を奥へと穿つ。激しく、深く。感情のままに腰をふり、思いのすべてをアグネスにぶつける。
 実験のためと、騙してでも抱きたかった体。
 ずっと抱きたいと願い、一度でいいから抱くことができたら、後はどうなってもいいとさえ思っていたのに。

 「ヒッ、アッ、グッ、ンッ、アッ、ハッ、アアッ……!」

 抱いてしまえば、もう二度と手放せなくなってる。
 手放すなど。死ねと言われてるのと同じだ。誰にも渡さない。この体は、アグネスは俺のものだ。

 ――困ったことがあるなら、少しは頼れ。

 そうアグネスは言ってくれたけど。
 すべてを話して受け入れてもらえるのか?
 それとも拒絶されてしまうのか?
 その答えを聞くのが怖い。
 どれだけ身を重ねても。アグネスにとって、俺はただの同居人、実験協力者でしかなかったら?
 たとえ、受け入れていくれたとしても。アグネスを俺の運命に巻き込んでいいのか?

 (クソッ!)

 「アッ! アアッ! サイトッ! アアアッ!」

 苛立ちをぶつけるように腰を打ちつける。その激しさにアグネスが背を反らし、体を強張らせた。

 「ア……ア……」

 痙攣する体。逆らわず、欲望を爆発させる。思いも悩みもなにもかも。すべてを注ぎ込むようにアグネスを強く抱きしめる。受け止めたアグネスの体が、クタリと腕の中に崩れ落ちた。
 
 最低のクソ野郎だ。俺は。
 こうして、平気で騙してメチャクチャに犯すくせに。アグネスのすべてを手に入れたいのに、その心を知るのが怖い。面と向かって答えを聞く勇気がない。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

獣人の里の仕置き小屋

真木
恋愛
ある狼獣人の里には、仕置き小屋というところがある。 獣人は愛情深く、その執着ゆえに伴侶が逃げ出すとき、獣人の夫が伴侶に仕置きをするところだ。 今夜もまた一人、里から出ようとして仕置き小屋に連れられてきた少女がいた。 仕置き小屋にあるものを見て、彼女は……。

溺愛ダーリンと逆シークレットベビー

葉月とに
恋愛
同棲している婚約者のモラハラに悩む優月は、ある日、通院している病院で大学時代の同級生の頼久と再会する。 立派な社会人となっていた彼に見惚れる優月だったが、彼は一児の父になっていた。しかも優月との子どもを一人で育てるシングルファザー。 優月はモラハラから抜け出すことができるのか、そして子どもっていったいどういうことなのか!?

王女、騎士と結婚させられイかされまくる

ぺこ
恋愛
髪の色と出自から差別されてきた騎士さまにベタ惚れされて愛されまくる王女のお話。 性描写激しめですが、甘々の溺愛です。 ※原文(♡乱舞淫語まみれバージョン)はpixivの方で見られます。

Catch hold of your Love

天野斜己
恋愛
入社してからずっと片思いしていた男性(ひと)には、彼にお似合いの婚約者がいらっしゃる。あたしもそろそろ不毛な片思いから卒業して、親戚のオバサマの勧めるお見合いなんぞしてみようかな、うん、そうしよう。 決心して、お見合いに臨もうとしていた矢先。 当の上司から、よりにもよって職場で押し倒された。 なぜだ!? あの美しいオジョーサマは、どーするの!? ※2016年01月08日 完結済。

『別れても好きな人』 

設樂理沙
ライト文芸
 大好きな夫から好きな女性ができたから別れて欲しいと言われ、離婚した。  夫の想い人はとても美しく、自分など到底敵わないと思ったから。  ほんとうは別れたくなどなかった。  この先もずっと夫と一緒にいたかった……だけど世の中には  どうしようもないことがあるのだ。  自分で選択できないことがある。  悲しいけれど……。   ―――――――――――――――――――――――――――――――――  登場人物紹介 戸田貴理子   40才 戸田正義    44才 青木誠二    28才 嘉島優子    33才  小田聖也    35才 2024.4.11 ―― プロット作成日 💛イラストはAI生成自作画像

純潔の寵姫と傀儡の騎士

四葉 翠花
恋愛
侯爵家の養女であるステファニアは、国王の寵愛を一身に受ける第一寵姫でありながら、未だ男を知らない乙女のままだった。 世継ぎの王子を授かれば正妃になれると、他の寵姫たちや養家の思惑が絡み合う中、不能の国王にかわってステファニアの寝台に送り込まれたのは、かつて想いを寄せた初恋の相手だった。

【完結】彼女はまだ本当のことを知らない

七夜かなた
恋愛
騎士団の受付係として働くタニヤは実家を助けるため、女性用のエロい下着のモニターのバイトをしていた。 しかしそれを、女性関係が派手だと噂の狼獣人の隊長ランスロット=テスターに知られてしまった。 「今度俺にそれを着ているところを見せてよ」 彼はタニヤにそう言って、街外れの建物に連れて行った。

黒の神官と夜のお世話役

苺野 あん
恋愛
辺境の神殿で雑用係として慎ましく暮らしていたアンジェリアは、王都からやって来る上級神官の夜のお世話役に任命されてしまう。それも黒の神官という異名を持ち、様々な悪い噂に包まれた恐ろしい相手だ。ところが実際に現れたのは、アンジェリアの想像とは違っていて……。※完結しました

処理中です...