正しいホムンクルスの作り方。

若松だんご

文字の大きさ
上 下
9 / 18

第9話 実験中止命令

しおりを挟む
 キイ。キキッ。

 耳に届いたなにかの軋むような音。

 カタカタカタ。コト。カタン。カリカリカリ。

 (ああ、お茶運び人形か)

 アグネスが作った、自動でお茶を運んでくる人形。中のカラクリ、ゼンマイの動く音だ。
 
 (懐かしいな)

 アグネスが初めて披露してくれたもの。
 彼女に拾われて、ここに来てもずっと黙っていた俺に向かって、アグネスが歩かせた人形。俺のために茶を淹れてくれたみたいだけど、その人形は、俺に辿り着く前にひっくり返り、こぼしたお茶を盛大に引っ被って終わった。

 ――ププッ。ハハハハッ。

 あの時、初めて心の底から笑った。
 ひっくり返ってお茶を被ってもカクカク動き続ける人形。物陰から俺と人形を見てたのに、その失敗に慌てて飛び出してきたアグネス。おかしい、おかしいなと顔を真っ赤にして人形を拾い上げる彼女の様子。
 そのすべてに、国を出てから初めて笑った。故郷のこと。これからのこと。不安なこと。心配なこと。悲しいこと。辛いこと。その塞ぎがちなものを全部忘れて、腹の底から笑った。

 ――わたしね、みんなを幸せにする研究をしているの。

 幼かったアグネス。

 ――今のあなたみたいに、誰もが大笑いできる世界にする研究をしているのよ。
 
 お茶を運んでくる人形。(よくコケる)
 一瞬でりんごの皮を剥く道具。(一瞬ではない)
 洗った服の水切り道具。(手で絞ったほうが速い)
 いつかは空を飛べるかもしれない乗り物。(飛べたことはない)
 よくわからない惚れ薬。(これはラオに禁じられて中止となった)

 ――いつか研究を成功させて、大金持ちになるの! そうしたら、カイトーにこの国で一番美味しいご飯をごちそうしてあげるわ! 宮殿みたいな大きなお家で、王様みたいな服を着せてあげる。

 キラキラした目で語っていたアグネス。
 別に、ご飯なんていらない。宮殿も服も必要ない。

 (アグネスがいれば)

 彼女が笑ってそばにいてくれれば、それでいい。
 いつしかその目にメガネをかけ、髪もまとめて、研究者らしく白衣をまとうようになったアグネス。トンチキ研究にばかり没頭して、全然女らしい変化がない。いや。体は中身と違って、匂うほど艶めかしく成長した。
 愛撫に応え、身を悶えさせる姿は、彼女のメスの部分を強く俺に見せつける。「愛してる」なんて一度も言ってくれないけど、それでも体を疼かせ、俺を強く求める。恍惚とした表情。余裕のない嬌声。汗ばんだ肌。潤んだ目。むせるほど濃厚な彼女の匂い。

 ――サイトー。

 彼女の声が俺を呼ぶ。
 よく間違えられる、偽りの名前であっても、宝物に感じる。

 (そういえば。セックスの最中は間違えたりしないな)

 ゴトー、イトー、カトー、エトー。
 いろんな名前で呼んでくるが、セックスの最中だけは絶対間違えない。あれだけ散々間違えるのに、セックス中だけはちゃんと「サイトー」と呼びかけてくる。
 
 (なにかそういう法則とかあるのか? ――ん? アグネス?)

 そこまで考え、意識が覚醒へと動き始める。目を閉じたままわずかに手を動かすけれど、そこにアグネスの温もりも何も感じられない。おかしい。昨日は彼女を抱いて眠りに落ちたはず――。

 「目が覚めたか、ジトー」

 「あれ? 博士、起きてらしたんですか」

 肘をつき、身を起こす。
 ベッドの中にいたのは俺だけ。先に起きたらしいアグネスは、すでにいつもの白衣へと着替えを済ませ、近くの椅子に腰掛けていた。そして、また名前を間違う。ジトーって誰だよ。

 「珍しいですね、博士が早起きだなんて。何かあったんですか?」

 軽い嫌味。
 その辺に散らかっていた自分の服を手繰り寄せ、順に身にまとう。

 「……すまない。実験は中止だ」

 「へ?」

 何があった?

 (もしかして、昨日のアレが気に入らなかったのか?)

 ドキンと心臓が跳ねる。
 昨日は、縛って犯すという、ちょっと特殊なプレイをしてしまったけれど。

 (それとも、実験自体に興味を失くした、とか?)

 ホムンクルスを作って「カワイイ」を研究する。「カワイイ」を研究して、武器として軍に売りつける。
 そんな壮大過ぎてバカバカしい研究から、目が覚めたのか?
 いろんな理由が頭をよぎる。

 (しかし、アグネスだって衣装を用意するぐらい、ノリノリだったじゃないか)

 わずかな抵抗。
 正解はどれだ?

 「……月のものが、きてしまって、な」

 ポツリと呟かれた正解。――月のもの? あ。
 見れば、うつむき椅子に腰掛けるアグネスの手の中には、湯気立つカップ。以前、ラオが用意してくれた生理痛軽減の薬湯の香り。

 (それで、先に起きていたのか)

 実験を中止にする理由もそれ。
 おそらく、お腹の痛みかなにかで、月のものが始まったことに気づいたんだろう。だから、手当てをするため、俺より早く起きてた。
 さっき、夢のなかで聞いたゼンマイの音は、テーブルの上にあった「お茶運び人形(改)」のもの。(改)は、お茶を運ばす、茶葉を煎じるのに最適な大きさにすりつぶす、薬研の役目を担っている。だから正確な名称は、「薬研人形」。手当てだけじゃなく、薬湯も自分で用意していたらしい。

 「月のものの間は、私の体は使えない。すまない」

 ものすごくショボンとした顔。
 中止することに落胆してるのか、それとも子ができてないことに落胆してるのか。

 「大丈夫ですよ。終わったらまた再開しましょう。ね」

 着替え終わり、ベッドから抜け出す。
 中止理由にホッとし、子が出来てないことにホッとする。
 アグネスがこんなに落胆してるのに。最悪なヤツだな、俺。
 落ち込んだ彼女の肩に、ソッと手を載せ励ます素振りをする。

 「キトー……」

 カップをテーブルに置き、こちらを見上げるアグネ……スッ!?
 
 「ブッ!」

 股間に与えられた衝撃。全身がゾクリと震え、大きく目を見開く。

 「アアア、アグネスッ!? ななっ、何をっ!?」

 「溜まっているのだろう? 手伝ってやるから、出せ」

 コシコシコシコシ。
 下履きの布越しに、アグネスの手が俺のイチモツを撫で続ける。

 「いやいやいやいや! だだ、大丈夫ですからっ! 溜まってませんって!」

 昨日、散々出したし! これ、ただの朝勃ちだからっ!
 というか、撫でられたら溜まる! ただの朝勃ちじゃなくなる!

 「嘘をつけ。こんなに硬くなってるじゃないか」

 「ぎゃあっ! 勝手に脱がさないでください!」

 ベロンと下ろされた下履き。下履きに反抗するように、ブルンとそそり勃ったイチモツ。

 「……大きいな」

 「大きいな」じゃないです。
 好きな女に朝勃ちをしげしげ眺め観察されるって、なんのプレイ。俺、穴があったら、ずっと引きこもっていたい。それかいっそのこと殺して。それぐらいの羞恥。顔を覆ったぐらいでは耐えられない。

 「実験に使う精液は新鮮な方がいい。だから、溜まっているのなら出せ。手伝う」

 ペロッ。

 「――――ッ!」

 とんでもない衝撃が襲う。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

廃妃の再婚

束原ミヤコ
恋愛
伯爵家の令嬢としてうまれたフィアナは、母を亡くしてからというもの 父にも第二夫人にも、そして腹違いの妹にも邪険に扱われていた。 ある日フィアナは、川で倒れている青年を助ける。 それから四年後、フィアナの元に国王から結婚の申し込みがくる。 身分差を気にしながらも断ることができず、フィアナは王妃となった。 あの時助けた青年は、国王になっていたのである。 「君を永遠に愛する」と約束をした国王カトル・エスタニアは 結婚してすぐに辺境にて部族の反乱が起こり、平定戦に向かう。 帰還したカトルは、族長の娘であり『精霊の愛し子』と呼ばれている美しい女性イルサナを連れていた。 カトルはイルサナを寵愛しはじめる。 王城にて居場所を失ったフィアナは、聖騎士ユリシアスに下賜されることになる。 ユリシアスは先の戦いで怪我を負い、顔の半分を包帯で覆っている寡黙な男だった。 引け目を感じながらフィアナはユリシアスと過ごすことになる。 ユリシアスと過ごすうち、フィアナは彼と惹かれ合っていく。 だがユリシアスは何かを隠しているようだ。 それはカトルの抱える、真実だった──。

一途なエリート騎士の指先はご多忙。もはや暴走は時間の問題か?

はなまる
恋愛
 シエルは20歳。父ルドルフはセルベーラ国の国王の弟だ。17歳の時に婚約するが誤解を受けて婚約破棄された。以来結婚になど目もくれず父の仕事を手伝って来た。 ところが2か月前国王が急死してしまう。国王の息子はまだ12歳でシエルの父が急きょ国王の代理をすることになる。ここ数年天候不順が続いてセルベーラ国の食糧事情は危うかった。 そこで隣国のオーランド国から作物を輸入する取り決めをする。だが、オーランド国の皇帝は無類の女好きで王族の女性を一人側妃に迎えたいと申し出た。 国王にも王女は3人ほどいたのだが、こちらもまだ一番上が14歳。とても側妃になど行かせられないとシエルに白羽の矢が立った。シエルは国のためならと思い腰を上げる。 そこに護衛兵として同行を申し出た騎士団に所属するボルク。彼は小さいころからの知り合いで仲のいい友達でもあった。互いに気心が知れた中でシエルは彼の事を好いていた。 彼には面白い癖があってイライラしたり怒ると親指と人差し指を擦り合わせる。うれしいと親指と中指を擦り合わせ、照れたり、言いにくい事があるときは親指と薬指を擦り合わせるのだ。だからボルクが怒っているとすぐにわかる。 そんな彼がシエルに同行したいと申し出た時彼は怒っていた。それはこんな話に怒っていたのだった。そして同行できる事になると喜んだ。シエルの心は一瞬にしてざわめく。 隣国の例え側妃といえども皇帝の妻となる身の自分がこんな気持ちになってはいけないと自分を叱咤するが道中色々なことが起こるうちにふたりは仲は急接近していく…  この話は全てフィクションです。

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

【完】瓶底メガネの聖女様

らんか
恋愛
伯爵家の娘なのに、実母亡き後、後妻とその娘がやってきてから虐げられて育ったオリビア。 傷つけられ、生死の淵に立ったその時に、前世の記憶が蘇り、それと同時に魔力が発現した。 実家から事実上追い出された形で、家を出たオリビアは、偶然出会った人達の助けを借りて、今まで奪われ続けた、自分の大切なもの取り戻そうと奮闘する。 そんな自分にいつも寄り添ってくれるのは……。

【完結】呪いを解いて欲しいとお願いしただけなのに、なぜか超絶美形の魔術師に溺愛されました!

藤原ライラ
恋愛
 ルイーゼ=アーベントロートはとある国の末の王女。複雑な呪いにかかっており、訳あって離宮で暮らしている。  ある日、彼女は不思議な夢を見る。それは、とても美しい男が女を抱いている夢だった。その夜、夢で見た通りの男はルイーゼの目の前に現れ、自分は魔術師のハーディだと名乗る。咄嗟に呪いを解いてと頼むルイーゼだったが、魔術師はタダでは願いを叶えてはくれない。当然のようにハーディは対価を要求してくるのだった。  解呪の過程でハーディに恋心を抱くルイーゼだったが、呪いが解けてしまえばもう彼に会うことはできないかもしれないと思い悩み……。 「君は、おれに、一体何をくれる?」  呪いを解く代わりにハーディが求める対価とは?  強情な王女とちょっと性悪な魔術師のお話。   ※ほぼ同じ内容で別タイトルのものをムーンライトノベルズにも掲載しています※

不器用騎士様は記憶喪失の婚約者を逃がさない

かべうち右近
恋愛
「あなたみたいな人と、婚約したくなかった……!」 婚約者ヴィルヘルミーナにそう言われたルドガー。しかし、ツンツンなヴィルヘルミーナはそれからすぐに事故で記憶を失い、それまでとは打って変わって素直な可愛らしい令嬢に生まれ変わっていたーー。 もともとルドガーとヴィルヘルミーナは、顔を合わせればたびたび口喧嘩をする幼馴染同士だった。 ずっと好きな女などいないと思い込んでいたルドガーは、女性に人気で付き合いも広い。そんな彼は、悪友に指摘されて、ヴィルヘルミーナが好きなのだとやっと気付いた。 想いに気づいたとたんに、何の幸運か、親の意向によりとんとん拍子にヴィルヘルミーナとルドガーの婚約がまとまったものの、女たらしのルドガーに対してヴィルヘルミーナはツンツンだったのだ。 記憶を失ったヴィルヘルミーナには悪いが、今度こそ彼女を口説き落して円満結婚を目指し、ルドガーは彼女にアプローチを始める。しかし、元女誑しの不器用騎士は息を吸うようにステップをすっ飛ばしたアプローチばかりしてしまい…? 不器用騎士×元ツンデレ・今素直令嬢のラブコメです。 12/11追記 書籍版の配信に伴い、WEB連載版は取り下げております。 たくさんお読みいただきありがとうございました!

処理中です...