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第3話 乗りかかった船は進む

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 「では、こちらを飲んでください」

 「これは? 薬?」

 「ええ。隣のラオさんから分けてもらいました。子を作りやすくする薬だそうです」

 「子を――」

 アグネスの小さな手のひらに、コロンと黒い丸薬二つ。

 「なるべく早く結果を出すためには、これが必要かと」

 説明する間も、ずっと丸薬を見つめ続けるアグネス。

 「――もし、気乗りしないのなら……止めておきますか?」

 実験自体を。
 ホムンクルスではなく、子を作る実験。
 フラスコではなく、アグネスの体に精子を注ぐ実験過程。
 要するに、今からしようとしていることは、「子作りセックス」なのだと告げる丸薬。その真意に気づいて実験中止を言い出すか、それとも――。

 「わかった。早く作って、実験を次の段階に進めなくてはいけないからな」

 ンッと、迷うことなく丸薬を口に入れたアグネス。驚き、用意しておいた水を渡すと、アッサリ飲み下した。

 「では、始めようではないか、サイトー」

 「え、あ、はい」

 躊躇されなかったことにか、それともちゃんと名を呼ばれたことにか。
 そのどちらにも対してかわからない、間抜けな声がこぼれた。

 「って! ちょ、ちょっと待ってください! なに、勝手に脱ぎ始めてるんですかぁっ!」

 「なにって。脱がなくては始められないだろう?」

 「そうですけど! そうですけどっ!!」

 プチプチとボタンを外し始めたアグネス。思わず、はだけていく白衣を掴み、こぼれかけた素肌を隠す。

 「……というか、下、何も着てないんですか?」

 「うむ。実験の邪魔になるからな。先に脱いでおいた」

 (「脱いでおいた」、じゃねえ)
 
 白衣を強く握りしめ、そっぽを向いて息を吐き出す。ボタンを外したせいで見えた、アグネスの白く柔らかそうな素肌。こっちの冷静さをぶっ飛ばしてくれるその行動。予想の斜め上どころじゃない。
 おかげでこっちは、頭に心臓できたんじゃないかってぐらい、一気に血が昇ってくる。血流爆発で、頭がガンガンする。

 (こういうのって、もう少し手順ていうのか、情緒みたいなもんがあるんじゃないのか?)

 男なら、イキり立ったそれをガンッと突っ込みたいってのもわかるけど、まさか女のアグネスから、「さあどうぞ」って開かれるとは思ってもみなかった。

 (まあ、アグネスからしたら、「さあ、フラスコは用意したぞ。後はお前のそれを注げ」ぐらいの感覚なんだろうけど)

 自分をフラスコに見立てて、そこに試験管かなにかに入ってる俺の精子を注ぐ。実験過程に情緒など不要。

 「もう少し、ゆっくり順を追って実験してもいいですか?」

 情緒が理解できないトンチキ博士でも。いくら俺がアグネスを好きだったとしても。
 アソコが痛いぐらいギンギンに立ち上がっていたとしても。

 「わかった。なら、サイトーの好きなようにしてくれ。私ではその工程がよくわからん」

 工程って。
 まあ、セックスってのは「子どもを作る工程」なんだけど。

 「じゃ、じゃあまず、テーブルではなく、ベッドに行きましょうか」

 「ベッドに?」

 「ええ。ここじゃあちょっとやりにくいですから」

 ゆっくりと、優しくセックスするにはテーブルは不向き。(多分)
 初めてのセックス。おそらくだけど、アグネスは辛いだろうから、なるべく優しくするためにもベッドでやりたい。

 「わかった」

 ピョンとテーブルから下りたアグネス。そのままスタスタとベッドに向かって歩きだすけど。

 (だから、少しは恥じらいってもんを覚えろよ)

 白衣は、はだけたまま。歩くたびに胸とヘソ、太ももが露わになるけど、ソソるとか色気とかそういうのもなく、落胆のため息しか出てこない。

 (まったく)

 そのアグネスを追いかけ、自分もベッドに行く。
 といってもわずか数歩。それほどにこの家はとても狭い。
 たどり着いたベッドの前で、二人向かい合って立つ。

 「では、実験を始めますが。博士、どうしても嫌だったり、怖かったりしたら、ちゃんとおっしゃってくださいね。実験のためと我慢しちゃいけませんよ」

 「わかった。だが、サイトーがすることだ。嫌なわけない」

 笑って俺を見上げてくるアグネス。その無警戒な笑顔は、犯そうとしてるこちらの罪悪感と、それほどまでに信用されてるという多幸感を刺激する。

 「それでも、です。どうしても嫌だったら、叫んでも蹴っ飛ばしても噛みついても構いませんから」

 後ろめたさを減らすための念押し。
 それから、アグネスの体を抱き寄せ、その顎を持ち上げる。
 どこまでやれるか。どこまでなら許されるか。これはちょっとした賭けだ。

 「ンッ」

 軽く口づけると、アグネスが驚いたように息を漏らす。
 ピクンと揺れた体が愛おしくて、かわいくて。抵抗されないことをいいことに、何度も唇を重ねる。
 最初は確かめるように軽くついばむように。次第に強く長く押しつけるように。
 角度を変えて、何度もその唇を味わう。
 柔らかく、しっとりと熱を持った唇。混じる吐息はかすかに甘い。

 (これ、本気で止まらなくなるかも)

 口づけだけなのに、体の奥が滾ってくる。
 もっと欲しい。もっと味わいたい。もっと。もっと。
 深く味わおうとして、カツンと当たったメガネ。

 「これはダメだ」

 外そうと手を伸ばしたら、アグネスに防御されてしまった。

 「これは、これだけは……」

 顔を赤くしながら、なぜか必死にメガネを押さえる。

 「それじゃあ、代わりにこっちを」

 宙ぶらりんになっていた手を、彼女の後頭部に回す。

 「あっ……」

 固く結われていたリボンを解く。とたんに広がる砂色の髪。想像してた通り、ゆるやかに波打ち、顔の輪郭を縁取り、肩を越えて背中一面に広がる。
 唇を濡らし、顔を赤くして驚き見上げるアグネス。ボタンを外したままの白衣からは、胸の谷間からヘソのあたりまで、白い肌がチラリとのぞく。

 (くっそエッロ……)

 自分の中の熱が、さらに上がった気がした。

 「なあ、どうしてキスをするんだ?」

 色っぽい唇から漏れた質問。

 「これも実験に必要なのか?」

 髪を一筋すくって、捻る仕草。軽く傾げた首が、またエロい。
 
 「必要なんですよ」

 嘘だ。
 本当は、今のままでもその白衣を引きちぎってでも、滾ったそれを中にぶち込みたい。欲望のままに腰を振って、思うままに精子をぶちまけたい。彼女をヒイヒイ言わせて、何度でもその中で果てる。
 けど、そんなことをしたら、二度と彼女は俺に心を許してくれない。俺だけが一時気持ちよくなっても、一生消えない傷を彼女に残してしまう。
 初めてだから。
 実験だと嘘をついてでも迎えたかった、アグネスとの初めてだから。だから、精一杯気持ちよくしてやりたい。恋愛から始まるセックスじゃなくても、それぐらいのことはしてやりたい。

 「では次の工程として。博士、白衣を脱いでベッドに横になってください」

 アグネスが、この女が好きだから。
 だから。
 だから俺は嘘をつく。

 「わかった。――こうか?」

 疑うことを知らないアグネスの裸体がベッドに横たわる。
 それだけで、俺の理性は弾け飛びそうになるけど。

 「……恥ずかしいな、さすがに」

 かすかに震えた声に、理性を取り戻す。
 胸を腕で隠し、太ももをこすり合わせる仕草。彼女をこれ以上怯えさせてはいけない。

 「きれいですよ、博士」

 ベッドに腰掛け、再びその唇に口づける。
 今度はもっと長く。閉じたままの唇を舌でなぞりながら、空いた手で彼女の肩に触れる。

 「あっ……」

 手の動きに驚いたアグネス。声を上げるため開いた唇に、素早く舌を滑り込ませる。

 「ンッ、ンゥ……」

 舌の侵入に、ビクンと震えた体。その体を手が這い回る。肩から首筋、うなじ。髪に隠れていた柔らかい耳。

 「ンンッ、ンーッ!」

 その耳たぶの柔らかさを、指で潰して堪能していたら、ドンドンと胸を強く叩かれた。

 「息! 息ができない!」

 嫌だったのかと思ったら、意外に間抜けな理由が返ってきた。――息?
 俺が離れた途端、プハッと息を吐いたアグネス。大きく胸を上下させ、深呼吸をくり返す。

 「鼻、ないんですか? 口の代わりに鼻で呼吸してください」

 フニッと、かわいい鼻をつまんでやる。
 俺とキスすることが嫌なんじゃなくて、息ができないから抵抗するって。

 (やっぱかわいすぎ)

 軽く笑って、再び口づけ。
 今度は一応、息継ぎできるように配慮しながら。キスよりも、体に這わせる手に意識を集中して。
 這わせる手は、耳たぶを頂点に、少しずつ下に伝っていく。首筋から続く双丘。その膨らみの上で彼女の腕が抵抗をみせたけど、強く舌を吸い上げるように口づけると、アッサリとその抵抗が崩れた。

 「アッ、ンッ……!」

 腕の中に隠されていた、コリコリとした乳首の先。つまみ、指で弾いたら、アグネスが大きく背を反らした。
 
 (気持ちいいのか?)

 確かめたくて何度も指で弾き、つまんでひねり上げる。

 「ア、アァン……、ンゥッ!」

 ビクン。ビクン。乳首をもてあそぶたびに、その体が震える。腕は胸を隠さず、代わりにベッドの上をまさぐり、掴んだシーツを強く握りしめた。

 (気持ちいいんだな)

 そう確信した俺は、身を起こし、胸を次のターゲットとした。
 ツンと乳首を勃たせた胸。その胸を手のひらいっぱいに広げ、強く掴む。

 「アァン……!」

 口が自由となったことで、一際大きな嬌声が上がる。
 手を広げても掴みきれない大きな胸。指先に力を入れれば、柔らかなパン生地みたいに自在に形を変え、手を放せば赤い痕を残しながら、パンッと元の形に戻る。白く少し汗ばんだ胸は、吸いつくように俺の手に馴染む。
 
 「アッ、そこっ、そこぉっ……」

 硬く勃った乳首を手のひらで転がしてやると、アグネスが腰を揺らした。

 「気持ちいいんですか?」

 わかっていても尋ねる。

 「う、ンッ。なんか、ヘンッ!」

 気持ちいいかどうか。体がわかっていても、理性は判断つきかねてるんだろう。顔を真っ赤にして必死に快感に耐えている。

 (かわいい)

 そして初心で素直。
 自分が、どれだけ男を刺激しているか。
 知らないままの反応は、時に愛らしく、時に残酷。

 「もっとヘンになってください、博士」

 俺の中、獰猛なケモノが目覚める。
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