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第6話 仕事仲間。

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 リーナが主であるクラウドに会ったのは、彼が朝食をすませ、一息ついたころだった。
 執事バトラーのアルフォードに、「今日から働くことになった、リーナ・アシュトリーでございます」と、簡単に説明された。
 その言葉に合わせて、リーナも「よろしくお願いいたします」と頭を下げたが、クラウドの反応は、「よろしく頼む」の一言だけで、とても素っ気なかった。
 それどころか、書斎ライブラリーという場だからかもしれないが、ロクに視線もむけず、書面を読む合間に、チラリとこちらを見ただけだった。

 (興味ないのね……)

 それが当たり前なのだろうけど。
 使用人たちの親しさと落差が激しい。
よく言えば関心がない。悪く言えば冷たい。
 それ以上の反応を期待することも出来ず、リーナはアルフォードに連れられて、書斎を後にした。
 ドアを出る直前、コッソリともう一度だけ主を盗み見る。
 窓のガラス越しに差し込む光を浴びて、銀灰色の珍しい髪が、まるで輝いているように思えた。精悍な顔立ちの、高貴な身分の青年。

 (マルスリーヌお嬢さまが夢中になっていらしたのも頷けるわ)

 以前のお屋敷のお嬢さまを思い出す。
 身分といい、顔立ちといい。お嬢さまも伯爵夫妻も、この青年との縁談を進めたがっていたと、仕事仲間から噂で聞いている。身分的に釣り合うのかどうかはわからないけれど、もし釣り合わなくてもこの青年となら、誰しも一度は恋に落ちてみたいと思うのではないだろうか。

 (お二人なら、きっとお似合いの夫婦になるわね)

 そんなことを考えながら、階下にある自分の居場所へと戻っていった。

 「さあ、リーナ。今日は応接間ドローイングルームの掃除よ」

 階下に戻ると、やけに張り切った声でエレンが待っていた。手には掃除用のブラシとかワックスが入ったバケツ。脇には水の入ったバケツとモップと脚立。

 「今日からは、一人でやらなくていいから、助かるわ」

 なるほど。そういうことね。
 エレンが上機嫌な理由を察して、リーナも笑う。

 「掃除、したことある?」

 「いいえ。今までは台所女中キッチンメイドだったので、掃除は初めてです」

 「そお? じゃあ教えてあげるから、一緒にやりましょ」

 エレンとともに、バケツとモップを持って階上に出る。脚立はエレンが運んでくれた。

 「このお屋敷にお客様がいらしたり、晩餐会が行われることは滅多にないから、あまり汚れなくて助かるんだけどね」

 晩餐会など多数のお客様がいらっしゃる場合、掃除にも気が抜けないし、後の始末も大変なのだろう。台所キッチンでひたすら食器を洗い、野菜や鶏の下ごしらえをさせられていたリーナには、まったく未知の世界だ。

 「掃除の基本は上から下へ。ってことでまずは窓を開けて、ハタキで天井付近のホコリを落とすの」
 
 エレンに言われるままにハタキをかける。

 「シャンデリアは、脚立に乗って布で磨く。慣れないと危ないからアタシがやるわ。アンタは窓を拭いて頂戴」

 「はい」

 「ああ、丁寧にやってほしいけど、そっちも落っこちないように気をつけてね」

 「はい」

 互いに仕事を分担しながら部屋をキレイにしていく。

 「使ってない部屋でもね~、どういうわけかホコリだけは溜まるのよね~」

 時折、ハァッとガラスに息を吹きかけエレンがシャンデリアを磨いていく。愚痴をこぼしながらも、磨く手つきはとても丁寧だ。

 「掃除は嫌いじゃないんだけどね~、キレイにしても、また汚れてるのを見るとね~。部屋を手紙みたいに蝋で封をしたら汚れなくなったりしないかな」

 「それは……、どうでしょう」

 曖昧に答えてみたけど、エレンの言いたいこと、わからないでもない。台所キッチンでせっかくキレイに洗い上げたお皿や鍋が、翌朝にはひどく汚れて戻ってくるのは、正直なところちょっと虚しいと思っていた。そんなに次々汚れないで、汚さないでというのは、メイド共通の願いなのかもしれない。

 「窓が終わったら、次はここの椅子を磨いて欲しいんだけど……」

 はいっとばかりに、缶と布を渡された。細かい装飾の多いシャンデリアと違って、窓拭きのリーナのほうが先に手が空いた。

 「このクリームを薄く塗りこむ感じでね。その後は、こっちの乾いた布で磨き上げていくの」

 テキパキとした説明。

 「出来上がったら、一度声をかけてね。確認するから」

 「はい、わかりました」

 エレンと離れて作業を始める。椅子に机に、床に壁。掃除するべきところは多く、作業に集中しないと仕事は終わらない。
 初めての仕事。慣れない作業。
 だけど、不思議と嫌だとは思わなかった。台所キッチンの皿洗いは憂鬱だったのに。
 初めての仕事内容だから気分が高揚しているのかもしれない。自分が動いた分、キレイになっていくのがうれしいのかもしれない。それとも、一緒に作業してくれているエレンの人柄のせいかもしれない。

 「どお? 出来てる?」

 自分の作業の合間に、ずっと気にかけてくれている。足りないところはアドバイスをくれるけど、決して怒鳴ったり、けなしたりはしない。
 時折、鼻歌混じりで身体を動かしている。その明るさが楽しい。

 「アタシね~、誰かとこうして一緒に仕事するのが楽しみだったんだ」

 シャンデリアを終え、暖炉のあたりを磨きながらエレンが言った。

 「ミセス・アマリエはこういうことをしないし、ジョージも別の仕事があるから。いつも一人でやってたのよね」
 
 家政婦頭ハウスキーパーのミセス・アマリエ、従僕フットマンのジョージ。二人にはそれぞれの役割がある。どうしてもということなら手伝ってくれるかもしれないが、それでも最低限のことに限られる。

 「ワイワイやれたら、楽しいし、早く終わるでしょ?」

 ニッコリとエレンが笑う。その顔は、本当にリーナがいることを喜んでくれているようだった。

 「だから、ずっとここで一緒に働こうね、リーナ」

 「はい。よろしくお願いします」

 「硬い、かたい~」

 エレンがケラケラと笑う。リーナも笑顔で返す。
 リーナだって、こんな楽しい同僚となら、ずっと一緒に働きたいと思っている。友だちや家族というものを、リーナは知らない。だからこそ、エレンの気安さを貴重なものに感じる。

 (お姉さんとか、友だちってこんなかんじなのかしら)

 知らないのだから、想像も出来ない。
 使用人に関心のない主の下であっても、働く仲間と仲良くしていられるのならば、それに越したことはない。
 もし、ここを辞めたとしても、次にこんないい条件の働き口が見つかるとは思えない。孤児でしかないリーナにとって、職探しは死活問題だ。どんな働き口であっても、見つけられなければ、飢えて死ぬか、それとも身を売って暮らすしかなくなる。
 身を売って暮らす――。その言葉に軽く身震いをする、そんな生活はしたくない。それに、身を売ったところで、わずかな時間生き永らえることが出来るだけで、末路は飢えと同じ〈のたれ死に〉しかない。
 エレンをはじめ、屋敷の使用人たちの気さくな人柄も好ましいけれど、それ以上に切実な事情がリーナにはあった。
 このお屋敷でずっと使っていただけるように、一生懸命働く。
 もう二度と、理不尽な解雇に遭わないように。
 そんなことを考えながら、リーナは与えられた仕事に楽しさを感じながら働いた。
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