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巻の二十六 借りはとっとと返したい。
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「今日は、何の御用でしょうか」
問いかける父さまの声が硬い。知らず、母さまがわたしと啓騎さんの間に立ちはだかる。
「今度行われる〈講武〉で、僕の着ていく衣装を琉花ちゃんに縫ってほしくて、お願いしに来たんですよ。僕の母は病身で、そのようなことはできないままですし」
だからって、どうしてわたし?
「先帝の喪も明け、陛下が執り行われる初めての〈講武〉だからね。おそばにはべる侍中として恥じない衣装を身に着ける必要があるんだ」
「それなら、わたくしが縫いますわっ!!」
母さまが割って入った。
「いえ、李夫人。琉花ちゃんの縫い物の腕を上げるためにも、ここはひとつ彼女にお願いできませんか?」
わたしの裁縫の腕。
そう言われてしまうと、母さまも二の句をつげなくなってしまう。
「あの。〈講武〉ってなんですか?」
よくわからなかったので問い直す。
「皇帝陛下が、狩場においてその武威を示す催しなんだよ。兵を動かし獲物を狩る。兵法の実践の場でもあり、陛下の統率能力を世に知らしめる大切な行事なんだ」
そうなんだ。
皇帝陛下みずから狩場に出て、兵士たちに指示を出す。陛下のご意志がどこまで素早く伝達されるか、またその指示は的確なのか。兵士たちの持つ武力と合わせて、陛下の武将としての能力が問われる場でもあるんだろう。
昔読んだ、いにしえの武将たちよろしく、凛々しく鎧をまとった陛下と、それにつき従う随身。陛下の号令一つで一糸乱れず動く大勢の兵士たち……。
「……啓騎さん。どのように縫ったらいいのか、少し二人だけで相談させていただいてもよろしいでしょうか」
「琉花ちゃんっ!!」
母さまが悲鳴じみた声を上げた。
* * * *
「啓騎さん、その〈講武〉って、ものすごく危険なこととかあるんじゃないですか?」
二人だけにしてもらった部屋で、わたしから切り出した。
「よく気がつきましたね」
「……だてに昔から物語を読んだりしてませんから」
それも歴史物語。母さまや香鈴のよろこぶ物語とはちょっと毛色が違う。
啓騎さんが、わざわざ縫い物なんて口実を作ってまでわたしに話しに来た。それは、何か含みのある行動なんじゃないか。そう推測した。
「もしかして、この間のわたしを狙ったヤツらに関係があるんじゃないですか?」
わたしに薬を飲ませ、公主さまと一緒に運河で殺そうとしたヤツら。あれは、公主さまではなく、わたしを狙っていた。男の姿をしていた公主さまを情夫扱いして、二人まとめて心中……というあらすじを立てていた。
金目当てとか、単純な人さらいじゃない。計画的にわたしを狙っていた。
「ご名答です。あのゴロツキを雇っていたのは、陛下の外戚である伯父君、丞相殿です」
「え?」
伯父君?
外戚で伯父ってことは、お母上のお兄さんってこと?
そんな身近な人から狙われてるの?
後宮で、鞠をぶつけてきた姫君を思い出す。たしか、あそこにいたのは、丞相の娘、紅埼姫……とか名乗ってなかったっけ。
娘を甥の後宮に入れときながら、甥の命も狙ってるってこと?
ああ、娘を後宮に入れたのに、いつまでもお手つきにせず、わたしなんかを寵愛したから、わたしが邪魔になって狙われた。そういうことか。
でも、それで甥の命を狙うってとこまでの飛躍は理解できない。わたしがいなくなったんだし、陛下をオトし放題じゃない。
「丞相殿はね、ご領地でも権力をたてに、散々悪行を重ねてるんですよ。賄賂とか横領とか、そういった類の、ね」
なるほど。
啓騎さんが知ってるっていうことは、陛下もご存知だっていうことだ。
陛下の寵妃暗殺未遂、領地での不正。
これがバレれば、たとえ皇帝の外戚であってもタダではすまない。
「〈講武〉は格好の狩り場ですからね。獲物は狙い放題になるでしょう」
「それって……」
自分の立場を危うくするような甥など不要。
狩りのドサクサに紛れて、陛下を弑することもできる……。
突然の落馬、流れ矢。狩りにおける不慮の事故。
言い訳はなんとでも作り上げることができる。
代わりに帝位に就ける者ならいくらでもいる。公主さまが結婚させられそうになっていた、どこかの太守だって皇統に繋がっていた。陛下を弑したあとは、そのあたりでも帝位に就けておけば問題はない。もしかしたら娘の紅埼姫をその皇后にでもして、また外戚としての権力を維持することも考えてるかもしれない。
「……啓騎さん。もう一着、衣装を整えてもよろしいでしょうか」
「男物でよろしければ」
男物の衣装を用意する。
つまり、わたしもその〈講武〉に参加すると言うこと。正確には、「潜入する」ってことだけど。
「琉花っ!!」
「危険よ、琉花っ!!」
ドタンッと扉が崩れるように開いた。転がるように入ってきたのは父さまと母さま。部屋から出ていたけど、ずっと扉のところで聞き耳を立てていたんだろう。
「ごめんなさい、父さま、母さま」
心配してくれてるのはスゴクわかる。でも。
「わたし、どうしても陛下をお守りしたいの」
「だが、琉花……」
「わたし、あの時、陛下に助けていただいたわ。なのに、なんの恩も返していない。商人として、そんな借りを作ったままにしておくのは性に合わないのよ」
見せかけご寵妃とその雇用主である陛下。
助けてもらったのに、助けないだなんて、そんな一方的な賃借約款はおかしい。助けられたのなら、こちらからも助けに動くべきだ。
商人として、借りはトットと返したい。
そうすれば、きっとこの心のモヤモヤしたような感じもスッキリするに違いない。
「お願い父さま、母さま。行かせてください」
真剣なわたしに対して、両親が互いに目を合わせ、軽く嘆息し、目を閉じた。
「……啓騎さん。アナタに琉花をお任せします。よしなに導いてやってください」
「はい」
普段のフワフワとした父さまとは思えないほど、ピリッとした空気が啓騎さんとの間に流れる。
「娘を、よろしくお願いします」
問いかける父さまの声が硬い。知らず、母さまがわたしと啓騎さんの間に立ちはだかる。
「今度行われる〈講武〉で、僕の着ていく衣装を琉花ちゃんに縫ってほしくて、お願いしに来たんですよ。僕の母は病身で、そのようなことはできないままですし」
だからって、どうしてわたし?
「先帝の喪も明け、陛下が執り行われる初めての〈講武〉だからね。おそばにはべる侍中として恥じない衣装を身に着ける必要があるんだ」
「それなら、わたくしが縫いますわっ!!」
母さまが割って入った。
「いえ、李夫人。琉花ちゃんの縫い物の腕を上げるためにも、ここはひとつ彼女にお願いできませんか?」
わたしの裁縫の腕。
そう言われてしまうと、母さまも二の句をつげなくなってしまう。
「あの。〈講武〉ってなんですか?」
よくわからなかったので問い直す。
「皇帝陛下が、狩場においてその武威を示す催しなんだよ。兵を動かし獲物を狩る。兵法の実践の場でもあり、陛下の統率能力を世に知らしめる大切な行事なんだ」
そうなんだ。
皇帝陛下みずから狩場に出て、兵士たちに指示を出す。陛下のご意志がどこまで素早く伝達されるか、またその指示は的確なのか。兵士たちの持つ武力と合わせて、陛下の武将としての能力が問われる場でもあるんだろう。
昔読んだ、いにしえの武将たちよろしく、凛々しく鎧をまとった陛下と、それにつき従う随身。陛下の号令一つで一糸乱れず動く大勢の兵士たち……。
「……啓騎さん。どのように縫ったらいいのか、少し二人だけで相談させていただいてもよろしいでしょうか」
「琉花ちゃんっ!!」
母さまが悲鳴じみた声を上げた。
* * * *
「啓騎さん、その〈講武〉って、ものすごく危険なこととかあるんじゃないですか?」
二人だけにしてもらった部屋で、わたしから切り出した。
「よく気がつきましたね」
「……だてに昔から物語を読んだりしてませんから」
それも歴史物語。母さまや香鈴のよろこぶ物語とはちょっと毛色が違う。
啓騎さんが、わざわざ縫い物なんて口実を作ってまでわたしに話しに来た。それは、何か含みのある行動なんじゃないか。そう推測した。
「もしかして、この間のわたしを狙ったヤツらに関係があるんじゃないですか?」
わたしに薬を飲ませ、公主さまと一緒に運河で殺そうとしたヤツら。あれは、公主さまではなく、わたしを狙っていた。男の姿をしていた公主さまを情夫扱いして、二人まとめて心中……というあらすじを立てていた。
金目当てとか、単純な人さらいじゃない。計画的にわたしを狙っていた。
「ご名答です。あのゴロツキを雇っていたのは、陛下の外戚である伯父君、丞相殿です」
「え?」
伯父君?
外戚で伯父ってことは、お母上のお兄さんってこと?
そんな身近な人から狙われてるの?
後宮で、鞠をぶつけてきた姫君を思い出す。たしか、あそこにいたのは、丞相の娘、紅埼姫……とか名乗ってなかったっけ。
娘を甥の後宮に入れときながら、甥の命も狙ってるってこと?
ああ、娘を後宮に入れたのに、いつまでもお手つきにせず、わたしなんかを寵愛したから、わたしが邪魔になって狙われた。そういうことか。
でも、それで甥の命を狙うってとこまでの飛躍は理解できない。わたしがいなくなったんだし、陛下をオトし放題じゃない。
「丞相殿はね、ご領地でも権力をたてに、散々悪行を重ねてるんですよ。賄賂とか横領とか、そういった類の、ね」
なるほど。
啓騎さんが知ってるっていうことは、陛下もご存知だっていうことだ。
陛下の寵妃暗殺未遂、領地での不正。
これがバレれば、たとえ皇帝の外戚であってもタダではすまない。
「〈講武〉は格好の狩り場ですからね。獲物は狙い放題になるでしょう」
「それって……」
自分の立場を危うくするような甥など不要。
狩りのドサクサに紛れて、陛下を弑することもできる……。
突然の落馬、流れ矢。狩りにおける不慮の事故。
言い訳はなんとでも作り上げることができる。
代わりに帝位に就ける者ならいくらでもいる。公主さまが結婚させられそうになっていた、どこかの太守だって皇統に繋がっていた。陛下を弑したあとは、そのあたりでも帝位に就けておけば問題はない。もしかしたら娘の紅埼姫をその皇后にでもして、また外戚としての権力を維持することも考えてるかもしれない。
「……啓騎さん。もう一着、衣装を整えてもよろしいでしょうか」
「男物でよろしければ」
男物の衣装を用意する。
つまり、わたしもその〈講武〉に参加すると言うこと。正確には、「潜入する」ってことだけど。
「琉花っ!!」
「危険よ、琉花っ!!」
ドタンッと扉が崩れるように開いた。転がるように入ってきたのは父さまと母さま。部屋から出ていたけど、ずっと扉のところで聞き耳を立てていたんだろう。
「ごめんなさい、父さま、母さま」
心配してくれてるのはスゴクわかる。でも。
「わたし、どうしても陛下をお守りしたいの」
「だが、琉花……」
「わたし、あの時、陛下に助けていただいたわ。なのに、なんの恩も返していない。商人として、そんな借りを作ったままにしておくのは性に合わないのよ」
見せかけご寵妃とその雇用主である陛下。
助けてもらったのに、助けないだなんて、そんな一方的な賃借約款はおかしい。助けられたのなら、こちらからも助けに動くべきだ。
商人として、借りはトットと返したい。
そうすれば、きっとこの心のモヤモヤしたような感じもスッキリするに違いない。
「お願い父さま、母さま。行かせてください」
真剣なわたしに対して、両親が互いに目を合わせ、軽く嘆息し、目を閉じた。
「……啓騎さん。アナタに琉花をお任せします。よしなに導いてやってください」
「はい」
普段のフワフワとした父さまとは思えないほど、ピリッとした空気が啓騎さんとの間に流れる。
「娘を、よろしくお願いします」
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