上 下
13 / 29

巻の十三 小説は事実より奇なり。

しおりを挟む
 「やはり、皇帝陛下はお優しい方ですわ。愛されておりますよ、お嬢さまっ!!」

 荔枝ライチ事件を知って、一番興奮したのは香鈴こうりん

 「あんな井戸を見つけてしまって、あたしも申し訳ございませんが、それよりなにより、陛下が最高すぎて……」

 両手を組みながら、ウットリとあらぬ方向を見つめちゃったよ……。

 「さすがは、物語のような出会いで菫青宮きんせいきゅうに召されるだけのことはありますわね。『凶』となるような出来事を『吉』に変えてしまう、すばらしい強運をお持ちですわ」

 そ、そうなんだろうか。
 
 「殿方の心を得るには、まず胃袋を掴めと申しますが、これは悪い方向から掴んだ好例と言えますわね」

 「悪い方向から? 掴む?」

 というか、そんな方法があるの?

 「ええ。一生懸命彼のためになれない料理をする主人公。あきらかに失敗、不味いに違いないのに、『お前が作ってくれたんだから』と食べてくれる彼。その優しさに、こちらも『ドキンッ!!』って胸が高鳴っちゃうんでございますわよ。『どうして彼は、私に優しくしてくれるの?』って、ときめいちゃうんでございますよ!!」

 キャーッ!!
 香鈴こうりんが、一人ダムダムと卓を叩き始めた。興奮、止まらない。

 (まぁたこの子、母さまからお借りした本を読み漁ってるわね)

 人の恋愛に関する視点が、ますます母さま化してる気がする。

 「良い方向から掴むには、お嬢さまに異なる世界の料理を披露していただかねばなりませんが、悪い方向からなら、なんとかなるものですね」

 「ちょっと待って。〈異なる世界〉って……何?」

 なんか、とんでもない言葉を聞いた気がする。

 「言葉のとおり、〈異なる世界〉ですわ。最近の流行りですのよ。異なる世界から生まれ変わってきたり、この世に突如現れた女性が、この世にない変わった料理を作ることで、殿方の胃袋をガッチリ掴んでいくという話ですわ。城下でお店を開くと、すぐに大繁盛するのだとか」

 「生まれ変わる?」

 「ええ。どうやらその女性たちは生まれ変わっても、〈前世の記憶〉というものを持ち合わせていらっしゃるそうなんですの」

 「へ、へぇ~。記憶力いいんだ」

 わたしなら、三つや四つの時の記憶だってあやしいのに。それよりさらに昔、前世となれば、とんと見当がつかない。自分にどんな前世があったかすら覚えてなのに。前世にあった料理を作れるのは、記憶力以上になにか天与の力が働いてるようにしか見えない。お店を開くとすぐに大繁盛っていうのは、商人として見逃せないけど。その方法は、ちょっと(かなり?)教えて欲しい。

 「階段から落ちたり、高熱を出したりすれば思い出すそうですわよ。他にも、理不尽に婚約破棄されるなど、衝撃的なことが起きると思い出せるそうです」

 「うわ。そんな目に遭わないと思い出せないの?」
 
 大変そうじゃない。
 ケガするか、下手すると死にそう。
 理不尽な婚約破棄もかなりイヤだ。

 「まれに、フワッとなんとなく思い出せる方もいらっしゃるそうですわ。お嬢さまもどうです? 一度そういう目に遭って、思い出せるか試しませんか?」

 「遠慮します。それで思い出した前世が『猫』とか、『ネズミ』だったらどうにもならないもん」

 異なる世界かどうか、それ以上に人であるかどうか。
 わからないことに一か八か賭ける気はない。痛い目に遭いたくないし。思い出す保証もないわけだし。
 それぐらいだったら、普通にこの世界の料理を極めて、陛下に気に入られる方が近道な気がする。

 「それより、もうちょっと別の方向から好きになってもらう方法はないの?」

 「それでしたら、『わたくし、陛下には興味がありませんの』って態度をとってみてはいかがでしょう」

 「は? なにそれ」

 「『菫青妃きんせいひに選んでいただきましたが、わたくし、本を読みたいだけでしたの』とかなんとか、陛下に興味がありませんってふりをしていただくんです」

 「本? 本ならいくらでも読めるじゃない」

 陛下のいらっしゃらない日中とか。別に夜に陛下のお相手をすればいいだけだから、困らないと思うんだけど。

 「違うんですよ。『陛下に興味がない』、これが大事なんです」

 いいですか?
 香鈴が、ズイッと人差し指を立てて迫る。

 「本がお嫌なら、『美しい後宮の女性たちを観察したかった』でもいいですし、『ほのぼの後宮暮らしがしたかった』、『三食昼寝つきがありがたかった』でもかまいません。とにかく、皇帝陛下には微塵も興味がございませんってふりをするんです」

 美しい後宮の女性とか、ほのぼの後宮とか……。ナニソレ。あんなどす黒い駆け引きだらけの後宮でほのぼのって。真逆すぎない?

 「まあ、わたしの場合は、借金返済が目的だったから、陛下に興味はなかったんだけど……」

 「そう、それです!! それが重要なのです!!」

 香鈴、力説。

 「殿方は、自分に感心のない女性に興味を惹かれます。特に、陛下のように女性に群がられて辟易とされてる殿方には、『この私になびかないとは』って、新鮮で斬新な女性に思えるのですよ。逃げられれば、追いかけたくなる。離れれば、捕まえたくなる。それが殿方の性分なのです」

 うーん。
 一理あるんだか、ないんだか。
 確かに、後宮の女性から、「子種!!」「権力!!」「地位!!」と言い寄られてる陛下にとってみれば、「陛下に興味はありませんの」って言葉は斬新かもしれない。

 「でも、『興味ありませんの』って言って、『あっそ。じゃあお前、もういらないわ』って捨てられたらどうするのよ」
 
 かけ引きのつもりで、本当になっちゃったら。
 
 「その場合は、運命としてあきらめるしかないんじゃないでしょうか」

 あきらめるんかい。
 
 「それじゃあ、啓騎けいきさんや、公主さまの期待に応えられないじゃない。もっと別の方法はないの?」
 
 陛下に好かれたいわけじゃないけど、期待には応えたい。
 陛下が誰かを好きになるキッカケになればいい。

 「では、他の殿方から惚れられるっていうのはどうでしょう」

 「は? 他の殿方?」

 後宮にいて、そんな出会いがあるとでも?

 「はい、自分のものだと思っていた女に、誰かが想いを寄せていると知り、恋の自覚を促す作戦です。それっぽい匂わせかたをしておいて、陛下の心をかき乱すんですよ」

 「その場合『誰か』って、誰がやるのよ」

 「そうですねえ。啓騎さまにでもやってもらいましょうか。思わせぶりな手紙でも書いていただいて、陛下の目に留まるような所に置いておくとか」

 「ダメよ、ダメ、ダメッ!! そんなことしたら、啓騎さんの首がチョーンッ!! って飛ぶわよ!! 仮にも皇帝の妃に懸想したなんて、絶対に許されることじゃないんだからっ!!」

 啓騎さんだけじゃない。わたしの首もチョーンッ!! だ。
 そういう危険な作戦は、物語のなかだけにしてほしい。 

 「そうですか。仕方ありませんね」

 わたしが思いっきり否定すると、香鈴こうりんに、大げさなぐらい嘆息された。
 香鈴。物語脳になってから、発想が過激になってない?

 「でしたら、お嬢さまが城下で暴漢に襲われるとか、お嬢さまが後宮の妃候補たちに妬まれて命の危機に晒されるとか。そこをすかさず助けに来る陛下って方法もありますけど……、どうしました? お嬢さま」

 「だーかーらー。もっと温和な方法がいいのっ!! なにその命の危機ってっ!! 陛下がいらっしゃってくださらなければ、わたし、死んじゃうよ?」

 陛下の救出を期待して、なにもなければ、そのまま死んじゃうじゃない。
 
 「うーん。物語的には、そうしてお嬢さまに危険な目に遭っていただかないと、話が進まないんですけどねえ」
 
 困りました。
 香鈴が、真面目な顔で悩む。

 ……本好き、物語好きに相談するんじゃなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?

水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。 日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。 そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。 一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。 ◇小説家になろうにも掲載中です! ◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています

溺愛されていると信じておりました──が。もう、どうでもいいです。

ふまさ
恋愛
 いつものように屋敷まで迎えにきてくれた、幼馴染みであり、婚約者でもある伯爵令息──ミックに、フィオナが微笑む。 「おはよう、ミック。毎朝迎えに来なくても、学園ですぐに会えるのに」 「駄目だよ。もし学園に向かう途中できみに何かあったら、ぼくは悔やんでも悔やみきれない。傍にいれば、いつでも守ってあげられるからね」  ミックがフィオナを抱き締める。それはそれは、愛おしそうに。その様子に、フィオナの両親が見守るように穏やかに笑う。  ──対して。  傍に控える使用人たちに、笑顔はなかった。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

断罪される一年前に時間を戻せたので、もう愛しません

天宮有
恋愛
侯爵令嬢の私ルリサは、元婚約者のゼノラス王子に断罪されて処刑が決まる。 私はゼノラスの命令を聞いていただけなのに、捨てられてしまったようだ。 処刑される前日、私は今まで試せなかった時間を戻す魔法を使う。 魔法は成功して一年前に戻ったから、私はゼノラスを許しません。

許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください> 私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

【1/21取り下げ予定】悲しみは続いても、また明日会えるから

gacchi
恋愛
愛人が身ごもったからと伯爵家を追い出されたお母様と私マリエル。お母様が幼馴染の辺境伯と再婚することになり、同じ年の弟ギルバードができた。それなりに仲良く暮らしていたけれど、倒れたお母様のために薬草を取りに行き、魔狼に襲われて死んでしまった。目を開けたら、なぜか五歳の侯爵令嬢リディアーヌになっていた。あの時、ギルバードは無事だったのだろうか。心配しながら連絡することもできず、時は流れ十五歳になったリディアーヌは学園に入学することに。そこには変わってしまったギルバードがいた。電子書籍化のため1/21取り下げ予定です。

【完結】気付けばいつも傍に貴方がいる

kana
恋愛
ベルティアーナ・ウォール公爵令嬢はレフタルド王国のラシード第一王子の婚約者候補だった。 いつも令嬢を隣に侍らす王子から『声も聞きたくない、顔も見たくない』と拒絶されるが、これ幸いと大喜びで婚約者候補を辞退した。 実はこれは二回目人生だ。 回帰前のベルティアーナは第一王子の婚約者で、大人しく控えめ。常に貼り付けた笑みを浮かべて人の言いなりだった。 彼女は王太子になった第一王子の妃になってからも、弟のウィルダー以外の誰からも気にかけてもらえることなく公務と執務をするだけの都合のいいお飾りの妃だった。 そして白い結婚のまま約一年後に自ら命を絶った。 その理由と原因を知った人物が自分の命と引き換えにやり直しを望んだ結果、ベルティアーナの置かれていた環境が変わりることで彼女の性格までいい意味で変わることに⋯⋯ そんな彼女は家族全員で海を隔てた他国に移住する。 ※ 投稿する前に確認していますが誤字脱字の多い作者ですがよろしくお願いいたします。 ※ 設定ゆるゆるです。

忘却令嬢〜そう言われましても記憶にございません〜【完】

雪乃
恋愛
ほんの一瞬、躊躇ってしまった手。 誰よりも愛していた彼女なのに傷付けてしまった。 ずっと傷付けていると理解っていたのに、振り払ってしまった。 彼女は深い碧色に絶望を映しながら微笑んだ。 ※読んでくださりありがとうございます。 ゆるふわ設定です。タグをころころ変えてます。何でも許せる方向け。

処理中です...