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巻の九 はじめましての小姑さま?

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 「異母妹いもうと君……ですか?」

 「うん。母親は違うんだけどね。私の妹だよ。玉蓉ぎょくよう公主こうしゅ。今は後宮を出て、〈黒曜宮こくようきゅう〉で暮している」

 〈黒曜宮こくようきゅう〉は、後宮から西北にある門を抜けた場所に位置する宮の一つで、皇太后となった皇帝の母や、姉妹が居住する区域にある。

 「その公主さまが?」

 「うん。どうにも私が妃を娶ったことが信じられないみたいでね。琉花りゅうかちゃんに一度会わせろってうるさいんだ」

 公主さまの言いたいこともわかる。
 それまでまったく女っ気のなかった異母兄に、「妃、デキました!!」ってなったら、そりゃあ驚くでしょうよ。一度ぐらい、どんな女なのかどれどれって見たくなるに違いない。わたしに兄はいないけど、もしいたら、突然現れた義姉あねが気になって仕方ないだろう。会って話をしてみたいと願うのは自然な流れだと思う。

 「でも……」

 「気乗りしない? 無理にとは言わないよ。断わっても構わないから」

 「いえ、そういうわけでは。ただ、わたしが妃として公主さまにお目通りしてもよろしいのでしょうか。あとで困ったことになりませんか?」

 あくまでわたしはかりそめ、〈見せかけの妃〉。
 いつかは、政情が落ち着いたら後宮を出ていく身。
 義妹である公主さまに「妃です」って紹介しちゃってもいいんだろうか。
 本当に愛し愛されてる身じゃないから、ものすごく後ろめたい。

 「大丈夫だよ。そこは『私が琉花りゅうかちゃんに捨てられた』ことにすればいいから」

 こっ、皇帝を捨てる妃って、なにっ!?
 とんでもなさすぎて、目を白黒させちゃう。

 「私の性癖に問題があったとか、そういうことにするから。間違っても、『子がデキなかったから』とか、『飽きた』とか、琉花ちゃんの将来に響くような理由はつけないから安心して」

 いえ、そういう理由を心配してはいなかったのですが。

 (そっか。わたしが後宮を離れるってことは、そういう目で見られることもあるってことか)

 考えたこともなかった。
 「嫁して三年、子なきは去れ」だっけ。子がデキないってことは女に瑕疵かしがあるって言われるんだもん。清いまま、乙女のまま後宮を去ったって、そういうウワサもつきまとうよね。見せかけとはいえ、妃になった事実に変わりはないんだし。

 「あのっ。わたしがここを去るときの理由は、せめて、『新しく好きな女性が出来たから』にしていただけませんか? でないと、その……、陛下に申し訳ないと言うのか……」

 言葉が尻つぼみになってしまった。
 でも、これは本心。
 わたしの将来を慮ってくれるのはうれしいけど、だからって陛下が傷ついていいわけじゃない。
 それに、いつかは陛下にも愛する女性と幸せになってほしいし。
 香鈴と読んだ本に出てきたような、「婚約を破棄されたけど、そのおかげで私は幸せをつかみましたの。別れた相手? 私を捨てたせいでドンドン不幸になっていきましたわ。ざまあみろっ!! ホホホッ!!」なんてことはするつもりもないし。
 陛下には、いつか真実の愛、真実の妃を手に入れていただきたい。
 それがこの国の平和にもつながると思うし。

 「ありがとう、琉花りゅうかちゃん」

 うつむいてしまったわたしの頭に、陛下の手がポンポンッと軽く触れる。

 「そういえば。この間、あつものを用意してくれたのって、琉花ちゃんなの?」

 「え? そうですけど……」

 突然の話題の切り替え。
 ちょっとだけ頭が追いつかない。

 「うーん。だとしたら、もったいないことをしたなぁ」

 陛下が、軽く上を向いて息を吐きだした。
 …………?
 実はあの羹、一口も召し上がってもらえず、朝、そのままの状態で冷え切って置きっぱなしになっていた。器の蓋すら開いてなかった。

 「琉花りゅうかちゃんの作ったものだと知ってたら、すぐにでも食べたんだけどねえ。ごめんね、書類に夢中で気がつかなかった」

 「いえ。思いつきで作ったものですし。気になさらないでください」

 そっか。気づいてもらえなかっただけなのか。陛下、仕事に潜ってたし。
 食べてもらえなかったことに、ちょっとだけ気分が落ち込んだから、理由を知って少しホッとする。
 卓の隅で冷たくなっていた羹。思いつきで作ったとはいえ、それを見つけたときは、正直寂しかった。食べて「うえっ、マズッ!! ペッペッペッ!!」っていうのならともかく(それも傷つく)、一切口にしてなかったからなあ。

 「ごめんね。次からは一緒に食べよう?」

 「え、でも、それじゃあ夜食の意味が……」

 「せっかくだしね。愛する妃の顔を見ながら食べたいんだよ。そうだな。膝の上に座って、食べさせてくれると最高なんだけど?」

 「え゛っ。う゛っ。そっ、それは……っ!!」

 どっ、どう答えたらいいっ!?
 顔どころか、頭のなかまで真っ赤っか。

 「冗談だよ。そんなことをして、琉花りゅうかちゃんが火傷をしちゃあ大変だもんね」

 か、からかわれたの?
 
 「じゃあ、琉花ちゃん。異母妹に会うこと、頼んでも大丈夫かな?」

 「はい、わたしでよければ」

 そうだ。ワタワタしてる場合じゃない。
 わたしのやるべきことは、〈見せかけの妃〉としての務めをはたすこと。
 異母兄の愛する人に興味を持ってくださった公主さまには申し訳ないけど、借金返済のためには、心を鬼にして騙させていただきます。

*      *      *       *

 「面を上げよ」

 「……はい」

 そして訪れた〈黒曜宮こくようきゅう〉。
 わたしを公主さまのもとへと案内した女官。居並ぶ女官に囲まれて、わたしは帳の向こうの主の言うがままに顔を上げる。
 
 「そうかしこまらずともよい」

 フフッと軽い笑いがもたらされる。
 
 (うわぁ……)

 言葉が出なかった。
 
 (びっ、美人~~~~~~っ!!)

 それしかない。
 玉蓉ぎょくよう公主。
 陛下の異母妹。芳紀十七。
 玉のように輝き、芙蓉ふようの花のように匂い立つ美しさという名を持つ公主さま。
 豊かな黒髪、透き通るような肌の白さ。わずかに紅さす頬と、黒曜石のような瞳。
 わたしより一つ年下のはずなのに、わたしより色っぽい。
 同性であってもときめいてしまいます。
 
 「あの異母兄上あにうえが是非にと所望した姫と聞いてな。一度会うてみたいと思ったのだよ」

 うう。
 その情報には、多分に偽りが含まれております、公主さま。
 でも本当のことを言うわけにはいかないから、ちょっと心苦しい。
 
 「確か、十八だと聞いていたが……、異母兄上あにうえは己の手で女性にょしょうを育てるのが趣味だったのか?」

 上座から離れた公主さま。
 そのままわたしに近づくと、クイクイッとわたしの顎を持ち上げ、顔を吟味された。
 いや、女性にょしょうを育てるのが趣味って!!
 つまりは、わたしはまだ「育ってない」ってこと?
 そりゃあ、公主さまに比べたら、未熟な小娘ではあるけどね。年上なのに。
 そこまで豊かな双丘は胸にないし、しなやかなくびれもありませんよ。吸いつきたくなるような唇もなければ、甘い香りもいたしませんのことよ。

 「そう怒るな。お主、感情がすぐに顔に出るのだな。なかなかに面白い娘だ」

 フフフッと一人笑われる公主さま。
 笑うと少し陛下に似てるような気がする。さすが異母兄妹いもうと

 「わたくしにはすでに父母もなく、語り合える姉妹もおらぬ。この黒曜宮こくようきゅうを訪れる者も少ない。菫青妃きんせいひ。時折でよいから、わたくしの話し相手として、この宮に招かれてはくれぬか」

 「話し相手……ですか?」

 「陛下に愛され過ぎて身体が辛いというのなら、招くのを控えるが」

 えっ、や、そういうことはないんですが。
 あけすけすぎる公主さまのもの言いに、控えていた女官がわざとらしく咳ばらいをした。
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