上 下
6 / 29

巻の六 召喚!! 菫青宮!!

しおりを挟む
 ―― 琉花りゅうか。汝は今宵、〈菫青宮きんせいきゅう〉へ訪おとない、皇帝陛下にお仕えせよ。

 とんでもない通知が来た。
 驚いたのは、わたしだけじゃない。後宮中が上へ下への大騒ぎになった。

 「〈菫青宮きんせいきゅう〉って、陛下の夜伽の場所じゃないっ!!」
 「あんな侍中ふぜいの養女が行く場所じゃないわよっ!!」
 「どうしてあんな取柄もなさそうな平凡な子がっ!!」
 「あんなブス、どこがいいって言うのっ!!」

 ヒドイ言われようだ。 
 まあ、妃候補の皆さまが驚くのも、怒るのも無理はないと思うけどね。
 わたしだって、突然訪れた現実に、まだ頭がついていかない。
 バタバタと女官に言われるまま、〈菫青宮きんせいきゅう〉へと移動することになった。
 
 ――もしあなたにヤル気があるのなら、見せかけの月であっても、手に入れられるよう手配することもできます。

 こう 栄順えいじゅんと名乗った武官の提案に乗ったのが数日前。
 まさか、こんな展開があるなんて、思ってもみなかった。
 同じ側近である啓騎けいきさんでもできなかったようなことを、やすやすと叶えてしまう武官っていったい。

 (どういうコネを持ってるのよ、栄順えいじゅんさまって)

 いっけん、タダのヒョロヒョロ武官に見えたけど。影でとんでもない実力を持つ人だったのかな。あの人の推薦なら、女嫌いの皇帝陛下も「いいよー」って軽く了承しちゃうぐらいの。
 
 夕方、仕事の合間を縫ってか、慌てた啓騎けいきさんがわたしに用意された部屋に飛び込んできた。

 「琉花りゅうかちゃん!! 栄順えいじゅん殿と契約したって本当っ!?」

 「ええ。『見せかけの月』を手に入れられるようにって、栄順さまが……、啓騎さん?」

 わたしの答えに、啓騎さんが大きくため息を吐き出した。
 なんだろう。わたしが啓騎さんの伝手ではなく、栄順さまを頼ったことに落胆されてるのかしら。

 「見せかけの月……ね。まったくあの方は、なにを考えていらっしゃるのか……」

 乱暴に髪を掻き上げる啓騎さん。
 …………?
 なにをそんなに呆れてるの?

 「こうなったら、これも機会ととらえるしかないか。琉花りゅうかちゃん」

 「はい」

 啓騎さんが、至極真面目な顔してわたしを見る。

 「今日の夜、陛下がこちらへお渡りになる。その時、何があっても驚かないでほしい」

 え、と……。
 それは、男女の営みとか、そういうことにでしょうか。
 見たこともない皇帝に抱かれるのだから、驚くなっていうのはかなり無理があるけれど。
 でも、ここでちゃんと一夜を過ごせば、五百五十貫もの借金は消えてなくなるわけだし。
 怖くないかと問われれば、怖いと即答したくなるけど。
 それでも、もともとここへ来たのはそういうことをするためなんだからと、腹をくくる。
 
 「大丈夫です。何があっても驚きません」

 それぐらいの度胸は持ち合わせてます。

*     *     *     *

 それからのわたしは、というかわたしの身体は、なにかと忙しかった。
 皇帝陛下がわたしの元を訪れるということは、つまりそういうことをいたしに来るということで。
 仮にも皇帝陛下に身を晒すのだからと、お風呂に連れていかれ、ありとあらゆるところを磨きあげられた。
 お肌スベスベ、髪ツヤツヤ。
 香鈴こうりんだけでは間に合わないので、他の官女たちから香油を塗りたくられ、粉をはたかれた。
 最高級の紗で縁取られた着物を身に着け、なれない紅を唇にひかれ、髪を結われてかんざしを挿される。
 おお、別人。
 出来上がった自分を鏡に写して、自分で驚く。

 「では明日、お伺いいたします」

 そう言い残して宮女たちが退出していく。もちろん、香鈴もいっしょ。菫青宮きんせいきゅう、それもこれから皇帝陛下がお渡りになるであろう部屋に、侍女が残ることは許されない。
 パタリと閉じられた扉。
 ヒンヤリした空気の部屋に残されたのは、わたしと、生々しすぎる巨大な寝台。
 そういう気分を高めるためだろう。焚かれまくった麝香じゃこうの香りでむせそうになる。

 (これ、窓、開けちゃダメかな)

 換気したい。空気入れ替えたい。ハッキリ言って気分悪い。
 わたし、あんまり香りのキツイの好きじゃないのよ。頭痛くなってくるし。
 化粧もあまり好きじゃないし。なんていうのか、お面を着けてるような感覚になって、顔がこわばる。口紅、不味いし。

 (こんなんで、皇帝陛下を迎え入れられるのかな)

 それでなくても、人生初経験のことがこれから起きるってのに。せめて状況、環境だけでも改善したい。

 そんなことを思っていたら、皇帝の居住区である思清宮しせいきゅうから菫青宮きんせいきゅうにつながる回廊のほうが、にわかに騒がしくなった。後宮へとつながる門の開く音も聞こえた。

 (来た――――)

 思わずゴクリと喉を鳴らす。
 啓騎さんは、「何があっても驚くな」と言っていたけど、この状況で緊張しないでいることは不可能だ。
 心拍が上がるぐらい、喉が干からびそうになるぐらいは許してほしい。
 
 「皇帝陛下、おなりでございます」

 部屋の外に控えていた官女の声。背筋に悪寒のようなビリビリが伝わる。
 
 (いよいよだ――)

 床に平伏し、首を垂れる。
 コツコツと石床に響く皇帝の足音。ギイッと音を立てて閉められた扉。
 床しか見えなかった視界に、華やかな紋様の描かれた沓が飛び込んでくる。――皇帝だ。

 「お待ち申し上げておりました、陛下」

 緊張しすぎて、心臓を吐きそう。
 
 「おもてを上げよ」

 その言葉に従うよう、おそるおそる顔を上げる。
 後宮に訪れることのなかった皇帝。
 せっかく開いてもらった宴でも、遠すぎて紗の向こうにいるのかどうかもわかんなかった皇帝。
 その皇帝が、今、目の前に――!!

 って。

 「栄順えいじゅん……さん!?」

 顔を上げ、見上げること数瞬。
 わたしの目の前に立っていたのは、豪華すぎる絹の袍をまとった、あの高 栄順さんだった。

 ……どういうこと?
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【書籍化確定、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

行動あるのみです!

恋愛
※一部タイトル修正しました。 シェリ・オーンジュ公爵令嬢は、長年の婚約者レーヴが想いを寄せる名高い【聖女】と結ばれる為に身を引く決意をする。 自身の我儘のせいで好きでもない相手と婚約させられていたレーヴの為と思った行動。 これが実は勘違いだと、シェリは知らない。

処理中です...