2 / 29
巻の二 わたしのお値段、五百五十貫。
しおりを挟む
――きみに僕の養女として後宮に上がって欲しいんだ。
唐突に提案された条件。
お隣に住む啓騎さんからの提案。
父さまがこしらえた、五百五十貫もの借金を肩代わりする代償として、わたしに、その……後宮に上がれとは。
「そ、それは、どういう意味でしょう」
割れた壺から復活した父さまたちも動揺してる。
そりゃそうよね。
まさか、啓騎さんがそんな提案してくるなんて思ってもなかったし。
普通、借金のかたって言えば、「オレさまの嫁になれ。フフフ……」とかいう居丈高野郎展開だろうし。(そしてわたしは手籠めにされて……)
それに、どうしてわたしを後宮に?
「ああ、大したことはないんですよ。ただ、皇帝陛下のご寵愛を受けて欲しいというだけで」
「いや、それ立派に『大したこと』ですよ」
そんなホイホイご寵愛を受けることなんてないだろうし。受けられると思えないし。
「陛下がご即位なされてから三年。国中のあらゆる名家、士族から美姫が集まって後宮に上がったんだけど、陛下はどなたにも興味を示さなくてね。このままではお世継ぎが望めなくて、お仕えする者はみな困ってるんだよ」
それが、わたしにどういう関係が?
「琉花なら、かわいいし気立てがいいし、なにより頭がいい。きっと陛下もお気に召されると思うんだ」
「琉花が?」
「琉花がですか?」
ちょっと父さま、母さま。「が」とかひどくない?
かりにもアナタたちの愛娘でしょうが。
そりゃあ、わたしだって自分を美姫と張り合えるような美しさだとか思ってもないわよ。どっちかというと、引き立て役でしょうよ。後宮に上がったところで、後ろの後ろの、そのまた後ろで、「あ、いたの」とか言われるだけの存在になること必至だもん。
「後宮は、権謀術数渦巻く恐ろしいところだと言われてるが、それだけじゃない。女性としての教養とかも身につくし、皇帝に寵愛されなければ、後宮から離れ、下野して結婚することもできる」
皇帝に「お手つき」されなかった女性は、後宮を離れることができる。
後宮という、一流の空間で教養を身に着けた女性。その中身も外見も、後宮に上がるぐらいなんだし、後宮にいたぐらいだから素晴らしいだろうってことで、縁談が増える……らしい。
実際、箔つけのために後宮に上がる女性というのは一定数いる。下女なんかでも、「後宮で働いてましたー」ってなると、「こりゃ、しっかりしたデキる下女だな」ってことで、次に実入りのいい仕事にありつけたりする。
とってもウマウマ職場、後宮。
だけど、そんなところに、わたしが参入してもいいんだろうか。
結婚の箔つけ目的じゃない。啓騎さんは、わたしが皇帝の「お手つき」になることを望んでるみたいだけど。
「できると思いますか? わたしに」
「うん。琉花ならね」
なんですか。その即答笑顔は。
どっから来るのよ、その自信。
「琉花には、五百五十貫出すだけの価値があると思うよ。いや、それ以上に価値のある、素晴らしい女の子だよ」
啓騎さん。それほめ過ぎ。
「ただね、五百五十貫という金額は僕にとっても大金だ。だから、一つ条件をつけさせて欲しい」
「条件?」
「うん。後宮に上がって三か月。その間に陛下をオトすこと。オトせたら五百五十貫、すべて肩代わりしよう」
「オトせなかったら?」
「その場合は半額、三百貫は肩代わりするよ。後宮上がりの美女として嫁ぎ先も紹介する」
どうする?
啓騎さんがわたしの答えを待つように、軽く首をかしげた。
「えっと……、一つだけ確認したいんですけど」
「なに?」
「啓騎さんって、おいくらぐらいお手当てもらってるんでしたっけ」
五百五十貫だの、三百貫だの。
侍中ってそんなに高給取りだっけ?
「僕? 僕は、そうだな……。月で五十貫だから、一年で六百貫……ぐらいかな」
やっぱり!!
五百五十貫っていうのは、ほぼ啓騎さんの年収じゃない!!
それをわたしに賭けてポンッと出そうとするのもすごいけど、侍中が一年かけて稼ぐお金をわずか七日でポンッと無くしてくる父さまもすごいわ。
「琉花にはそれだけの価値があるってことだよ」
ニッコリ笑う啓騎さん。
提示された条件は悪くない。
成功すれば借金はタダ。
失敗しても半額は保証してもらえる。
借金は二百五十貫になる。(それでも大金だけど。庶民の年収が六十貫程度だからして……)
わたしも十八だし、そろそろ結婚を考えなきゃいけない年頃で。後宮上がりになれば、それこそ嫁ぎ先は引く手あまたで。
タダで教養をつけて戻ってこれるのは、かなりの魅力。
悪くない。悪くない条件だ。
でも……。
(わたしにオトせるの?)
自慢じゃないけど、誰かから言い寄られた……なんて経験は一切ない。親しい男性と言えば、この啓騎さんしかいないという、寂しい人生。
そんなわたしにできるの?
どんな選りすぐりの美女でもなびかない皇帝を?
オトす?
オトせる?
不安と打算と。欲と開き直りと。
ダメでもともと。あたれば儲けもの。
「――やります。皇帝に寵愛されてみせます」
そうすりゃ借金チャラだもんね。失敗しても半額確保、人生安定路線決定。
啓騎さんを真っすぐ見て、わたしは、自分の人生と覚悟を決めた。
唐突に提案された条件。
お隣に住む啓騎さんからの提案。
父さまがこしらえた、五百五十貫もの借金を肩代わりする代償として、わたしに、その……後宮に上がれとは。
「そ、それは、どういう意味でしょう」
割れた壺から復活した父さまたちも動揺してる。
そりゃそうよね。
まさか、啓騎さんがそんな提案してくるなんて思ってもなかったし。
普通、借金のかたって言えば、「オレさまの嫁になれ。フフフ……」とかいう居丈高野郎展開だろうし。(そしてわたしは手籠めにされて……)
それに、どうしてわたしを後宮に?
「ああ、大したことはないんですよ。ただ、皇帝陛下のご寵愛を受けて欲しいというだけで」
「いや、それ立派に『大したこと』ですよ」
そんなホイホイご寵愛を受けることなんてないだろうし。受けられると思えないし。
「陛下がご即位なされてから三年。国中のあらゆる名家、士族から美姫が集まって後宮に上がったんだけど、陛下はどなたにも興味を示さなくてね。このままではお世継ぎが望めなくて、お仕えする者はみな困ってるんだよ」
それが、わたしにどういう関係が?
「琉花なら、かわいいし気立てがいいし、なにより頭がいい。きっと陛下もお気に召されると思うんだ」
「琉花が?」
「琉花がですか?」
ちょっと父さま、母さま。「が」とかひどくない?
かりにもアナタたちの愛娘でしょうが。
そりゃあ、わたしだって自分を美姫と張り合えるような美しさだとか思ってもないわよ。どっちかというと、引き立て役でしょうよ。後宮に上がったところで、後ろの後ろの、そのまた後ろで、「あ、いたの」とか言われるだけの存在になること必至だもん。
「後宮は、権謀術数渦巻く恐ろしいところだと言われてるが、それだけじゃない。女性としての教養とかも身につくし、皇帝に寵愛されなければ、後宮から離れ、下野して結婚することもできる」
皇帝に「お手つき」されなかった女性は、後宮を離れることができる。
後宮という、一流の空間で教養を身に着けた女性。その中身も外見も、後宮に上がるぐらいなんだし、後宮にいたぐらいだから素晴らしいだろうってことで、縁談が増える……らしい。
実際、箔つけのために後宮に上がる女性というのは一定数いる。下女なんかでも、「後宮で働いてましたー」ってなると、「こりゃ、しっかりしたデキる下女だな」ってことで、次に実入りのいい仕事にありつけたりする。
とってもウマウマ職場、後宮。
だけど、そんなところに、わたしが参入してもいいんだろうか。
結婚の箔つけ目的じゃない。啓騎さんは、わたしが皇帝の「お手つき」になることを望んでるみたいだけど。
「できると思いますか? わたしに」
「うん。琉花ならね」
なんですか。その即答笑顔は。
どっから来るのよ、その自信。
「琉花には、五百五十貫出すだけの価値があると思うよ。いや、それ以上に価値のある、素晴らしい女の子だよ」
啓騎さん。それほめ過ぎ。
「ただね、五百五十貫という金額は僕にとっても大金だ。だから、一つ条件をつけさせて欲しい」
「条件?」
「うん。後宮に上がって三か月。その間に陛下をオトすこと。オトせたら五百五十貫、すべて肩代わりしよう」
「オトせなかったら?」
「その場合は半額、三百貫は肩代わりするよ。後宮上がりの美女として嫁ぎ先も紹介する」
どうする?
啓騎さんがわたしの答えを待つように、軽く首をかしげた。
「えっと……、一つだけ確認したいんですけど」
「なに?」
「啓騎さんって、おいくらぐらいお手当てもらってるんでしたっけ」
五百五十貫だの、三百貫だの。
侍中ってそんなに高給取りだっけ?
「僕? 僕は、そうだな……。月で五十貫だから、一年で六百貫……ぐらいかな」
やっぱり!!
五百五十貫っていうのは、ほぼ啓騎さんの年収じゃない!!
それをわたしに賭けてポンッと出そうとするのもすごいけど、侍中が一年かけて稼ぐお金をわずか七日でポンッと無くしてくる父さまもすごいわ。
「琉花にはそれだけの価値があるってことだよ」
ニッコリ笑う啓騎さん。
提示された条件は悪くない。
成功すれば借金はタダ。
失敗しても半額は保証してもらえる。
借金は二百五十貫になる。(それでも大金だけど。庶民の年収が六十貫程度だからして……)
わたしも十八だし、そろそろ結婚を考えなきゃいけない年頃で。後宮上がりになれば、それこそ嫁ぎ先は引く手あまたで。
タダで教養をつけて戻ってこれるのは、かなりの魅力。
悪くない。悪くない条件だ。
でも……。
(わたしにオトせるの?)
自慢じゃないけど、誰かから言い寄られた……なんて経験は一切ない。親しい男性と言えば、この啓騎さんしかいないという、寂しい人生。
そんなわたしにできるの?
どんな選りすぐりの美女でもなびかない皇帝を?
オトす?
オトせる?
不安と打算と。欲と開き直りと。
ダメでもともと。あたれば儲けもの。
「――やります。皇帝に寵愛されてみせます」
そうすりゃ借金チャラだもんね。失敗しても半額確保、人生安定路線決定。
啓騎さんを真っすぐ見て、わたしは、自分の人生と覚悟を決めた。
0
お気に入りに追加
88
あなたにおすすめの小説

思い出してしまったのです
月樹《つき》
恋愛
同じ姉妹なのに、私だけ愛されない。
妹のルルだけが特別なのはどうして?
婚約者のレオナルド王子も、どうして妹ばかり可愛がるの?
でもある時、鏡を見て思い出してしまったのです。
愛されないのは当然です。
だって私は…。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
子育てが落ち着いた20年目の結婚記念日……「離縁よ!離縁!」私は屋敷を飛び出しました。
さくしゃ
恋愛
アーリントン王国の片隅にあるバーンズ男爵領では、6人の子育てが落ち着いた領主夫人のエミリアと領主のヴァーンズは20回目の結婚記念日を迎えていた。
忙しい子育てと政務にすれ違いの生活を送っていた二人は、久しぶりに二人だけで食事をすることに。
「はぁ……盛り上がりすぎて7人目なんて言われたらどうしよう……いいえ!いっそのことあと5人くらい!」
気合いを入れるエミリアは侍女の案内でヴァーンズが待つ食堂へ。しかし、
「信じられない!離縁よ!離縁!」
深夜2時、エミリアは怒りを露わに屋敷を飛び出していった。自室に「実家へ帰らせていただきます!」という書き置きを残して。
結婚20年目にして離婚の危機……果たしてその結末は!?

城で侍女をしているマリアンネと申します。お給金の良いお仕事ありませんか?
甘寧
ファンタジー
「武闘家貴族」「脳筋貴族」と呼ばれていた元子爵令嬢のマリアンネ。
友人に騙され多額の借金を作った脳筋父のせいで、屋敷、領土を差し押さえられ事実上の没落となり、その借金を返済する為、城で侍女の仕事をしつつ得意な武力を活かし副業で「便利屋」を掛け持ちしながら借金返済の為、奮闘する毎日。
マリアンネに執着するオネエ王子やマリアンネを取り巻く人達と様々な試練を越えていく。借金返済の為に……
そんなある日、便利屋の上司ゴリさんからの指令で幽霊屋敷を調査する事になり……
武闘家令嬢と呼ばれいたマリアンネの、借金返済までを綴った物語

義妹が大事だと優先するので私も義兄を優先する事にしました
さこの
恋愛
婚約者のラウロ様は義妹を優先する。
私との約束なんかなかったかのように…
それをやんわり注意すると、君は家族を大事にしないのか?冷たい女だな。と言われました。
そうですか…あなたの目にはそのように映るのですね…
分かりました。それでは私も義兄を優先する事にしますね!大事な家族なので!

白い結婚は無理でした(涙)
詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。
明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。
白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。
小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。
現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。
どうぞよろしくお願いいたします。
命を狙われたお飾り妃の最後の願い
幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】
重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。
イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。
短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。
『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる