筋肉乙女は、恋がしたい! ~平安強力「恋」絵巻~

若松だんご

文字の大きさ
上 下
17 / 35
四、妖狐、遊びをせんとや戯れるの語

(二)

しおりを挟む
 「――ですから、前に投げるのではなく、前に押し出すような感覚で石を飛ばすんです」

 言いながら、拾った石を川面に投げる。

 「おお」

 「これはこれは」

 パシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャ。

 七回跳ねて川に沈んだ石に、安積さまと中将さまが感嘆の声を上げる。

 「これで良いのかな、女房どの」

 「ええ。水面を石でなぞるように、払うように、です」

 驚くだけじゃない。わたしの教えたように中将さまが石を川に投げる。

 パシャパシャパシャパシャ。

 四回。

 「ふむ。意外と難しいな」

 石の行く末を見終わり、姿勢を直した中将さま。

 パシャパシャパシャ。

 三回。

 「そうですね。修練が必要なようです」

 同じく投げ終えた安積さま。

 「とすると、女房どのは、よほどの修練を積んでこられたのかな」

 え、えーっと。
 こんなのに、修練なんて必要なの?
 中将さまの問いかけに戸惑う。 
 美濃なら、誰か子どもが水切りして遊んでることに気づいた大人が、面白半分に投げ方を教えてくれるものだけど。
 貴族の子だからとか、百姓の子だからとか、そういうのは関係ない。誰もが自分の腕を自慢に思ってるし、それを教えて「スゴーイ!」って言われたくて仕方ない。

 「石が川に沈まず、鳥のように飛んでいくとは。世の中には、まだまだ知らぬことがたくさんあるのですね、中将どの」

 わたしが答えに困ってると、安積さまがニッコリ笑っておっしゃった。

 「そうですな。これを都の女性にょしょうに披露して見せたら、どんな顔をするのか。楽しみですな」

 女性に見せる前提なのか。
 まあ、そういう話をネタに宮中の女房たちと語り合うのも、公達の嗜みなんだろうけど。
 ――というか、わたし、こっち側にいていいの? 
 ハタと、思い至る。
 普通なら、「この間行ってきた宇治で、このような遊びを覚えたのですよ」とか言って披露される水切りに、「まあ、すごいですわ」とか驚き扇で顔を隠す側なんじゃないの? 女房なんだから、「技を伝授する側」じゃなくて、「技を見せてもらう側」だと思うんだけど。
 間違ってる気しかしない、自分の立ち位置。

 「兄ちゃんたち、まだまだだな」

 それまで黙っていた孤太が口を挟む。

 「ソイツに水切りの技を教えたのは、オレだぜ? 技を披露したかったら、オレに習うのが一ば――フゴフガフゴッ!」

 あわてて孤太の口をふさぐ。
 いくらなんでも「兄ちゃん」はないでしょう、「兄ちゃん」は!
 敬語もなにもあったもんじゃない。

 「まあまあ、女房どの」

 「それより、きみはそんなに達者なのかい?」

 「おう! オレより上手に投げられるヤツは他にいないぜ!」

 中将さまと安積さまが、無礼を気にしていらっしゃらないことで、調子に乗った孤太。口をふさぐわたしの手を払うなり、得意げに「エッヘン!」と胸を反らす。
 ――エッヘンじゃないわよ、エッヘンじゃ。

 「いいか、石を投げるには、まず、いい石を選ぶことが大事なんだ。少し尖った角を持つ平らな石を選ぶんだ。で、腰をひねって押し出すように投げる――っと!」

 ヒュッと風を切って飛んでいく孤太の石。

 パシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャ。

 十二回。

 「おお」

 「すごいな」

 お二人の感嘆に、孤太が鼻の下をこすりながら胸を反らした。反らしすぎて後ろにひっくり返りそうなぐらい。
 でも。

 (アンタ、ズルしたでしょ)

 力使ったわよね? 七回跳ねた後、ちょっとだけおかしな動きをしたもん。
 ジロリと睨むと、ニシシッと歯を見せて笑い返された。やっぱり力を使ったんだ。
 
 「――中将さま」

 割り込むように聞こえた呼びかけ。その声に、孤太も胸を反らすのをやめ、誰もが一斉にそちらを見る。

 「都より早馬が参っております」

 石の散らばる河原に膝をついた舎人。うやうやしく書状を中将さまに差し出す。

 「……フム。宮さま。申し訳ありませんが、私は一足先に都に戻らせていただきます」

 書状に目を通した中将さまがおっしゃった。

 「いや、ね、私の母が風邪をひいたみたいで。陰陽師が言うには方違えしたほうが良いとのことで。北嵯峨の荘に向かうらしいのですが、そうなると男手がおらぬのは寂しいとか、恐ろしいとか。いやはや、わがままな母で困ったものです」

 説明を終えて、大きく息を吐き出した中将さま。
 ようは、中将さまの母君が北嵯峨で療養されるのに、寂しいから息子について来てほしい。どうせ宇治で遊んでるならヒマでしょ? ってことなんだろう。

 (宇治に北嵯峨かあ……)

 先の左大臣家なら、ここ以外に荘を持っていてもおかしくないけど。

 (そのうち、北山に~とか、山科に~とかもありそうよね。東西南北どこにだって荘はありましてよ、ホホホ……みたいな)

 それでもって、どこの荘も贅の限りと風趣を凝らしてあるんだ、きっと。

 「お母上も病を得られて、心細くおなりなのでしょう。早く行ってお顔を見せて安心させてあげてください」

 安積さまがおっしゃった。
 まあ、病気の時って、誰かにそばにいてほしいよね。それが血の繋がった息子なら、よけいに安心すると思うし。

 「では、一足先に都に戻らせていただきます。ああ、宮さま方は、予定通りこのまま宇治でお過ごしください」

 「いや、でも……」

 「大丈夫ですよ。こちらでのことは、万事家司けいしに命じておきます。至らぬこともあるかもしれませんが、精いっぱい饗させていただきますので、このまま宇治を楽しんでください。でないと、せっかくお誘いしたのに申し訳なくて、私の気がすまないのですよ」

 軽く口の端を上げた中将さま。

 「わかりました。では、このままご厚情に甘えて、宇治に留まらせていただきます」

 「ええ。そうなさっていただけると、気が楽です」

 「それでは」と、軽く安積さまに一礼なさった中将さま。

 「ああ、そうだ女房どの」

 そのまま立ち去るかと思ったのに、なぜか近づいてきた中将さま。

 「今宵が絶好の機会ですよ。私が出立すれば、荘の人目も減りますので」

 え? へ?
 絶好の機会? 人目が減ってお得なことって?
 耳打ちされた内容が、理解できない。

 「――箏の次は、琵琶でもご指南いただいては? ああ、それより、恋のいろはを手取り足取りご指南いただいたほうがいいかな?」

 「うえっ!?」

 驚いた声がひっくり返った。

 「ハッハッハッハッ」

 目を白黒させるわたしを笑う中将さま。そのまま悠然と歩いて行かれるけど。

 (なにが、〝恋のいろは〟よ、ふざけんなっ!)

 からかって遊んでるだけでしょ、アンタ!
 というか、箏の次は琵琶って。あの夜のこと、見られてたのっ!?
 箏を教えてもらってたこととか、わたしが指を切って、安積さまがちちち、チュ、チュッて――!

 「どうした?」

 わたしの異変に気づいた孤太。
 だけど、説明なんかできなくて、ひたすら熱くなった頬を手で包んで冷やすことに専念する。

 (それでなくても、今のわたし、ちょっとおかしいってのに――!!)

 河原で水切り遊びをしてたのだって、元はと言えば、安積さまのことばっかり考えて、気持ちがモヤモヤしてたから。
 この宇治に来てからというもの、安積さまのことが気になるっていうのか、落ち着かないっていうのか。
 今だって、こうしてそばにいらっしゃると、どうにも目が離せなくて、ついジッと見てしまうというのか、心臓がバクバクするというのか、血の巡りがものすごく早いというのか。
 とにかくわたしが、すっごく変な状態になってるっていうのに。あんなふうにからかわれたりしたら、したら――。

 「美濃どの」

 「ピャイッ!!」

 「ぴゃい?」

 「あ、なんでもありません!!」

 驚いて舌を噛んだだけです。プクッて、笑いをこらえ切れなかった孤太が笑い始めたけど、気にしないでください、安積さま!

 「……美濃どのの故郷はどんな所なんだい?」

 「へ?」

 「美濃は、山深く川の多い地だと聞いているけれど。ここに似ていたりするの?」

 「え、ああ。そうですね。似ていると思います」

 安積さまの質問に、徐々に気持ちが落ち着いてくる。恋が云々とか言われると、頭がおかしくなりそうだけど、美濃のことを話すのなら全く問題ない。

 「故郷が恋しくなる?」

 「まあ、それなりには。でも――」

 ちょっとだけ思案する。
 美濃にいる父さまと母さま。会いたくないと言えば嘘になる。「懐かしくない」はただの虚勢。

 「ここには桜花さまがいらっしゃいますから。わたし、桜花さまのために一生懸命頑張ろうって思ってるんです」

 言ってから、〝桜花さま〟じゃなくて、〝宮さま〟って言うべきだったかなと反省する。いくら、桜花さまご自身がそう呼べっておっしゃったからって、兄君にまで、それを通してはダメだよね。無礼すぎるもん。

 「そうか」

 でも安積さまは、咎めたりなさらなかった。それどころか、下を向き、大きく息を吐く。息を吐くことで、体の力を抜いた感じ。 ――どうしたんだろ?

 「にしても、きみは桜花のことを名で呼んでるんだね」

 あ、ここで叱られる?

 「申し訳ありませ――」
 「違うよ。怒ってるんじゃないんだ。謝らないでくれ」

 そうなの? 咎められたりしないの?

 「それよりも。僕のことも同じように、名で呼んでくれるとうれしいんだけど?」
 
 「へあっ!?」

 変な声出た。

 「僕のことも〝安積〟と。僕もきみのことを〝菫野〟と呼ばせてもらうよ。美濃や宮では堅苦しくて仕方ない」

 いやいやいやいや。
 桜花さまは女同士だし、誰の目もないときは問題ないけど。
 安積さまとわたしが、そんな風に呼び合ってたら、その……、えと……、なんていうのか、あの……。

 「きみに名を呼ばれる、きみの名を呼ぶ権利を僕にもくれないか、菫野」

 え、は、えっと、えっと……。
 
 ――今宵が絶好の機会ですよ。
 ――恋のいろはを手取り足取りご指南いただいたほうがいいかな?

 なぜか頭の中で、中将さまの残した言葉がグルングルンと渦巻く。
 何が、絶好の機会よ! 恋のいろはってなんなのさ!
 そんな機会はいらないし、「い」も「ろ」も「は」も知りたくないっての!

 「ダメかい? 菫野」

 戸惑うわたしの手を包むようにして握る安積さま。そのまま上目遣いでこちらを見てくる。

 「わ、わかりましたから! ててて、手をっ、手を離してください!」

 でないと、わたし、わたしっ!
 それでなくても、安積さまのことで、心がモヤモヤモジャモジャしてたってのに。

 「――おっと」

 涼しい川の風でも冷えない、のぼせきった頭。ひっくり返った体を孤太が受け止めた。

 「まったく。だから、からかい過ぎなんだよ、お前は」

 孤太。少しは宮さまを敬うってことを覚えなさい。アンタが妖狐だからって、礼儀知らずじゃいられないのよ。
 遠のく意識で、そんなことを思った。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

WEAK SELF.

若松だんご
歴史・時代
かつて、一人の年若い皇子がいた。 時の帝の第三子。 容姿に優れ、文武に秀でた才ある人物。 自由闊達で、何事にも縛られない性格。 誰からも慕われ、将来を嘱望されていた。 皇子の母方の祖父は天智天皇。皇子の父は天武天皇。 皇子の名を、「大津」という。 かつて祖父が造った都、淡海大津宮。祖父は孫皇子の資質に期待し、宮号を名として授けた。 壬申の乱後、帝位に就いた父親からは、その能力故に政の扶けとなることを命じられた。 父の皇后で、実の叔母からは、その人望を異母兄の皇位継承を阻む障害として疎んじられた。 皇子は願う。自分と周りの者の平穏を。 争いたくない。普通に暮らしたいだけなんだ。幸せになりたいだけなんだ。 幼い頃に母を亡くし、父と疎遠なまま育った皇子。長じてからは、姉とも引き離され、冷たい父の元で暮らした。 愛してほしかった。愛されたかった。愛したかった。 愛を求めて、周囲から期待される「皇子」を演じた青年。 だが、彼に流れる血は、彼を望まぬ未来へと押しやっていく。 ーー父についていくとはどういうことか、覚えておけ。 壬申の乱で散った叔父、大友皇子の残した言葉。その言葉が二十歳になった大津に重く、深く突き刺さる。 遠い昔、強く弱く生きた一人の青年の物語。 ――――――― weak self=弱い自分。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

隣の家に住むイクメンの正体は龍神様でした~社無しの神とちびっ子神使候補たち

鳴澤うた
キャラ文芸
失恋にストーカー。 心身ともにボロボロになった姉崎菜緒は、とうとう道端で倒れるように寝てしまって……。 悪夢にうなされる菜緒を夢の中で救ってくれたのはなんとお隣のイクメン、藤村辰巳だった。 辰巳と辰巳が世話する子供たちとなんだかんだと交流を深めていくけれど、子供たちはどこか不可思議だ。 それもそのはず、人の姿をとっているけれど辰巳も子供たちも人じゃない。 社を持たない龍神様とこれから神使となるため勉強中の動物たちだったのだ! 食に対し、こだわりの強い辰巳に神使候補の子供たちや見守っている神様たちはご不満で、今の現状を打破しようと菜緒を仲間に入れようと画策していて…… 神様と作る二十四節気ごはんを召し上がれ!

あやかし狐の京都裏町案内人

狭間夕
キャラ文芸
「今日からわたくし玉藻薫は、人間をやめて、キツネに戻らせていただくことになりました!」京都でOLとして働いていた玉藻薫は、恋人との別れをきっかけに人間世界に別れを告げ、アヤカシ世界に舞い戻ることに。実家に戻ったものの、仕事をせずにゴロゴロ出来るわけでもなく……。薫は『アヤカシらしい仕事』を探しに、祖母が住む裏京都を訪ねることに。早速、裏町への入り口「土御門屋」を訪れた薫だが、案内人である安倍晴彦から「祖母の家は封鎖されている」と告げられて――?

炎華繚乱 ~偽妃は後宮に咲く~

悠井すみれ
キャラ文芸
昊耀国は、天より賜った《力》を持つ者たちが統べる国。後宮である天遊林では名家から選りすぐった姫たちが競い合い、皇子に選ばれるのを待っている。 強い《遠見》の力を持つ朱華は、とある家の姫の身代わりとして天遊林に入る。そしてめでたく第四皇子・炎俊の妃に選ばれるが、皇子は彼女が偽物だと見抜いていた。しかし炎俊は咎めることなく、自身の秘密を打ち明けてきた。「皇子」を名乗って帝位を狙う「彼」は、実は「女」なのだと。 お互いに秘密を握り合う仮初の「夫婦」は、次第に信頼を深めながら陰謀渦巻く後宮を生き抜いていく。 表紙は同人誌表紙メーカーで作成しました。 第6回キャラ文芸大賞応募作品です。

愛する貴方の心から消えた私は…

矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。 周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。  …彼は絶対に生きている。 そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。 だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。 「すまない、君を愛せない」 そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。 *設定はゆるいです。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

夢接ぎ少女は鳳凰帝の夢を守る

遠野まさみ
キャラ文芸
夢を見ることが出来なかった人に、その人が見る筈だった夢を見せることが出来る異能を持った千早は、夢を見れなくなった後宮の女御たちの夢を見させてみろと、帝に命令される。 無事、女御たちに夢を見せることが出来ると、帝は千早に夢に関する自らの秘密を話し・・・!?

処理中です...