筋肉乙女は、恋がしたい! ~平安強力「恋」絵巻~

若松だんご

文字の大きさ
上 下
5 / 35
一、美濃の強力娘、宮中に参内するの語

(五)

しおりを挟む
 「だーかーらー。扇、真っ二つはオレのせいじゃねえだろって。扇を持ってんのに、ウッカリ力を込めたアンタが悪いんだって」

 「わかってるわよ、そんなことぐらい! わたしが怒ってるのは、アンタがそれを笑ったからよ!」

 扇を折ってしまったのは、自分が力を入れたせいだけど、それを笑われたことに納得してないの!

 「八つ当たりじゃねえか、そんなの。あの宮さま方だって笑ってたのによぉ」

 「うるさい!」

 宮さまたちに怒るわけにはいかないから、こうしてアンタに全部ぶつけてるんじゃない!
 燈台の明りしかない薄暗いわたしの曹司ぞうし。そこで、ジリジリと孤太こたを追い詰め、ハーッと握った拳に息を吐きかける。一発ぐらい殴らせて。それが嫌なら、ちゃんと謝りなさい!

 「わかった! わかったから、ごめんって!」

 だから殴るのはナシ!
 孤太の手がわたしの拳を遮る。

 「お詫びに、新しい扇を用意してやるからさ! それで勘弁してくれよ!」

 よっぽど殴られたくないんだろう。
 まあ、わたしが殴ったら頬が腫れるぐらいじゃすまなくて、そのまま床にめり込みそうだし。
 拳は、本気じゃなくて、ちょっと脅しただけだったんだけど。

 「ちゃんとした本物の扇をくれるのなら、許してやってもいいわよ」

 「本物?」

 「アンタ、昔、大蒜にんにくを『餅だ』って騙して、食べさせたことがあったでしょ」

 「あれはアンタが風邪ひいてたから……」

 「うるさい! あれ、口がとんでもなく臭くなって、吐きそうになったんだからね!」

 餅だと騙されて、よく噛んで食べてしまった大蒜にんにく。風邪も治って元気にはなったけど、その代わり、口がとんでもなく臭くなってしまった。

 「あの時みたいにわたしを騙して偽物の扇を用意したら、容赦しないからね!」

 「わかったよぉ。本物をちゃんと用意するって」

 「じゃあ、夏らしく菖蒲か橘の絵の描いてあるやつを頂戴」

 「お、おう」

 偽物を用意しようとしていたのか、それとももとから本物を用意するつもりだったのか。孤太の表情は、どちらともわからない。

 「がめつい……」

 「なんか言った?」

 ケンカなら喜んで買うわよ?

 「それよかさ、アンタ、力の理由とか話してねえよな」

 孤太が、かなり強引に話題を変えた。

 「話してないわよ。そういう約束でしょ」

 本当のことを話して、「狐憑き女房!」ってことで解雇されてしまったら、母さまのいう「なにがあっても宮中恋愛! 素敵な公達捕獲計画!」がダメになる。「狐憑き」の娘を宮中に入れたってことで、父さまたちにも迷惑がかかっちゃうし。
 
 「でも、どうしてそこまで頑なに秘密にするの?」

 わたしの未来を考えれば秘密にするしかないけど。

 「うっかり他の誰かに伝わったりすると、いろいろ厄介だからだよ」

 「厄介?」

 「いるんだろ、ここには。〝おんみょーじ〟とか〝そーず〟とか、そういう力のあるヤツが」

 「いるとマズいの?」

 陰陽師と僧都。

 「マズい。ああいうたぐいに存在が知られると、オレ、調伏されちまう」

 「調伏?」

 「運が良ければ、そのまま式神として使役させられるだけだけど、最悪、化け狐として消滅させられることもあるんだよ」

 「消滅……」

 それはなんとしても隠しておいたほうが良さそうね。

 「言っとくけど、調伏はアンタも対象だからな。狐に力を授けられた女ってことで、調伏される」

 「ちょっと! そんな危険なことにわたしを巻き込んでたのっ!?」

 力を授けられるって、そんな危険なことだったの!?

 「オレだって、そこまで考えてなかったんだよ! 助けてもらったから、その恩を返さなきゃって。……それだけだったんだよ」

 ちょっとむくれた孤太。プイッと視線を反らした。

 「美濃にいるような、オンナンタラカンタラ、キエー! ってやってれば充分、気休め程度のおんみょーじならいいんだけどさ。さすがに京の都には、本物の力を持ってるヤツもいるだろうし……」

 そんな危険な場所に、わたしのことを気にかけて着いてきてくれた孤太。
 助けてくれた時、わたしもだけど、孤太だって小さかったから、その先のことまで想像する知恵はなかったんだろう。
 なんたって、川に居座る巨石をどけたいって願いに、即物的に腕力を与えちゃうぐらいだもん。陰陽師がどうとか、全く考えてなかったんだろう。
 そして、そのことに責任を感じて、ここまで来てくれた。

 「わかったわ。なにがあっても、アンタのことは誰にも話さない。この強力ごうりきは、先祖代々のものってことにしておく」

 父さまが都に上って強力披露することはないだろうし。もし「やれ」って言われたら、その時は「年老いて無理です」ってことにしておく。母さまは、また卒倒なさるだろうけど。

 「――女房どの」

 シトシトと曹司の戸を叩く音。

 「宮より、使いで参りました」

 こんな時間に? って誰?

 「あの帯刀だよ」

 孤太には、戸を開けなくても、そこにいるのが誰かわかるらしい。
 小舎人童らしく、孤太に戸を開けてもらう。わたしは女房らしく扇で顔を隠して――って、扇、ないっ! 仕方ないから、袖で顔を隠す。
 戸は開け放ったまま、帯刀を迎え入れる。戸を開けてるのは、「恋人を迎え入れてるわけじゃないのよ」って意味。帯刀もわかっているらしく、曹司のなかまでズカズカと入り込んだりしない。

 「宮よりこちらを預かってまいりました。どうか、お納めください」

 帯刀が差し出したのは、真新しい扇と、添えられた文。――文?
 薄紫の、葵の花を思わせる文。
 料紙の色もさることながら、かおるこうも上品で。
 黒々として男らしいお手蹟てあとでつづられた歌。
 美濃で母さまが見せてくださった「公達からの付け文全集。これを手本に手習いなさい――というか、これぐらいはもらえる女にならなくては」とは比べものにならないぐらい素敵。
 なんたって、わたしへの初! の付け文だし。それも宮さま! からだし。これは家宝にしておきたいぐらいの文だわ。

 「では、それがしはこれで」

 帯刀が退出しても、そのまま文を凝視する。

 ――夏の夜の さやけき月に 風そよぐ 手ならす乙女 笑みて思ほゆ

 夏の夜、明るくきれいな月に合わせてそよぐ涼しい夜風。扇をあおいで夜風をそよがせる乙女(天女)を、思い起こして微笑んでおります。

 (――ん?)

 一瞬、その流麗なお手蹟に騙されそうになったけど。

 (これって、わたしをバカにしてる?)

 人を乙女、天女って褒めそやしておいてからの、あの檜扇バッキリ事件を思い出して笑ってるって。ヒドくない? それ。
 へし折った扇の代わりに、これをどうぞってのはありがたいけど、だからって笑われてるのは納得いかない。これ、家宝にするべき? それとも「クシャクシャ、ペッ」が正解?

 「で、返事、書かないのかよ」

 「え? は? 返事?」

 こんなムカつく文に返事?

 「相手は宮さまなんだろ? 扇もらってそのまま無視はダメだろ」

 え、あ。そだ。
 恋文なら、二、三通もらってもそのまま放っておいて、相手を焦らす作戦もアリだけど、贈り物に返事しないのは、人としてダメよね、やっぱり。それも相手は宮さまだし。
 まさか狐に、そのあたりを諭されるとは思ってもなかったけど――って、返事? 返歌ってことっ!?

 「返歌ってことは、それなりに創意工夫を凝らしたものを作らなきゃいけないわよね?」

 「まあ、そうだろうな」

 「それに、料紙も、添える花も。『さすが』と思わせるだけのものを選んで、文句なしの素敵な歌を作って、手習いの時よりキレイな字でそれを書き連ねる……の? わたしが?」

 「アンタ以外に誰がやるんだよ」

 「どどどどうしよう、孤太!」

 和歌なんて一人で作ったことないんだってば。美濃にいた時は、母さまが添削してくださってそれなりのものを作ってたけど、それを一人でってなると。
 人生初の付け文! なんて言ってる場合じゃない。人生初の返歌! だよ。練習じゃない。本気で本番、本物の返歌!

 「落ち着けよ。墨、摺ったりとか手伝ってやるからさ。アンタは歌を詠むことだけに集中しろよ」

 「う、うん……」

 そうだ。
 こういうのは何より歌が大事だもん。
 落ち着け、落ち着け。
 笑われて腹立ってるなら、そういうことを伝わるような歌を作らなきゃ。それでもって、技巧も凝らした素敵な歌。
 う~~んと頭を捻りつつ、曹司の中を歩き回って考える。
 「笑みて思ほゆ」なんだから、「笑み」は入れておきたいわね。アンタに笑顔なんて見せないからって意味で「笑みせじ」はどうかしら。うん。悪くないわ。扇に掛けて詠むんだから、……そうねえ。「手もたゆく ならす扇の 涼し風」なんて上句はどうかな。扇をあおぎすぎて、わたしの手はダルいのよっていうの。うん、いいわ。あとは、そこに「笑みせじ」を混ぜた下句をくっつけて……、「笑みせじ」を下句の末に持ってきて、怒ってることを強調したほうがいい……わよ、ね……。

 「おい、大丈夫かよっ!? 息してるかっ!?」

 バッタンと倒れたわたしに、慌てる孤太。擦りかけた墨を放り出して駆け寄ってくる。

 「だ、大丈夫。ちょっと頭が疲労で爆ぜそうになっただけ」

 わたし、和歌とかそういうの苦手なのよ。
 天井に向かって、胸に溜まった息を吐き出す。
 こんなので、本当に女房生活やっていけるのかしら。ましてや「絵巻物のような、ときめく恋愛」なんて。
 強力よりも、そっちの能力のなさに不安がいっぱい。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

陰陽怪奇録

井田いづ
キャラ文芸
都の外れで、女が捻り殺された──「ねじりおに」と呼ばれ恐れられたその鬼の呪いを祓うは、怪しい面で顔を覆った男と、少年法師の二人組。 「失礼、失礼、勝手な呪いなど返して仕舞えば良いのでは?」 物理で都に蔓延る数多の呪いを"怨返し"する、胡乱な二人のバディ×異種×鬼退治録。 ※カクヨム掲載の『かきちらし 仮題陰陽怪奇録』の推敲版です。

紅屋のフジコちゃん ― 鬼退治、始めました。 ―

木原あざみ
キャラ文芸
この世界で最も安定し、そして最も危険な職業--それが鬼狩り(特殊公務員)である。 ……か、どうかは定かではありませんが、あたしこと藤子奈々は今春から鬼狩り見習いとして政府公認特A事務所「紅屋」で働くことになりました。 小さい頃から憧れていた「鬼狩り」になるため、誠心誠意がんばります! のはずだったのですが、その事務所にいたのは、癖のある上司ばかりで!? どうなる、あたし。みたいな話です。 お仕事小説&ラブコメ(最終的には)の予定でもあります。 第5回キャラ文芸大賞 奨励賞ありがとうございました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

カフェぱんどらの逝けない面々

来栖もよもよ&来栖もよりーぬ
キャラ文芸
 奄美の霊媒師であるユタの血筋の小春。霊が見え、話も出来たりするのだが、周囲には胡散臭いと思われるのが嫌で言っていない。ごく普通に生きて行きたいし、母と結託して親族には素質がないアピールで一般企業への就職が叶うことになった。  大学の卒業を間近に控え、就職のため田舎から東京に越し、念願の都会での一人暮らしを始めた小春だが、昨今の不況で就職予定の会社があっさり倒産してしまう。大学時代のバイトの貯金で数カ月は食いつなげるものの、早急に別の就職先を探さなければ詰む。だが、不況は根深いのか別の理由なのか、新卒でも簡単には見つからない。  就活中のある日、コーヒーの香りに誘われて入ったカフェ。おっそろしく美形なオネエ言葉を話すオーナーがいる店の隅に、地縛霊がたむろしているのが見えた。目の保養と、疲れた体に美味しいコーヒーが飲めてリラックスさせて貰ったお礼に、ちょっとした親切心で「悪意はないので大丈夫だと思うが、店の中に霊が複数いるので一応除霊してもらった方がいいですよ」と帰り際に告げたら何故か捕獲され、バイトとして働いて欲しいと懇願される。正社員の仕事が決まるまで、と念押しして働くことになるのだが……。  ジバティーと呼んでくれと言う思ったより明るい地縛霊たちと、彼らが度々店に連れ込む他の霊が巻き起こす騒動に、虎雄と小春もいつしか巻き込まれる羽目になる。ほんのりラブコメ、たまにシリアス。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

お狐様とひと月ごはん 〜屋敷神のあやかしさんにお嫁入り?〜

織部ソマリ
キャラ文芸
『美詞(みこと)、あんた失業中だから暇でしょう? しばらく田舎のおばあちゃん家に行ってくれない?』 ◆突然の母からの連絡は、亡き祖母のお願い事を果たす為だった。その願いとは『庭の祠のお狐様を、ひと月ご所望のごはんでもてなしてほしい』というもの。そして早速、山奥のお屋敷へ向かった美詞の前に現れたのは、真っ白い平安時代のような装束を着た――銀髪狐耳の男!? ◆彼の名は銀(しろがね)『家護りの妖狐』である彼は、十年に一度『世話人』から食事をいただき力を回復・補充させるのだという。今回の『世話人』は美詞。  しかし世話人は、百年に一度だけ『お狐様の嫁』となる習わしで、美詞はその百年目の世話人だった。嫁は望まないと言う銀だったが、どれだけ美味しい食事を作っても力が回復しない。逆に衰えるばかり。  そして美詞は決意する。ひと月の間だけの、期間限定の嫁入りを――。 ◆三百年生きたお狐様と、妖狐見習いの子狐たち。それに竈神や台所用品の付喪神たちと、美味しいごはんを作って過ごす、賑やかで優しいひと月のお話。 ◆『第3回キャラ文芸大賞』奨励賞をいただきました!ありがとうございました!

こちら夢守市役所あやかしよろず相談課

木原あざみ
キャラ文芸
異動先はまさかのあやかしよろず相談課!? 変人ばかりの職場で始まるほっこりお役所コメディ ✳︎✳︎ 三崎はな。夢守市役所に入庁して三年目。はじめての異動先は「旧館のもじゃおさん」と呼ばれる変人が在籍しているよろず相談課。一度配属されたら最後、二度と異動はないと噂されている夢守市役所の墓場でした。 けれど、このよろず相談課、本当の名称は●●よろず相談課で――。それっていったいどういうこと? みたいな話です。 第7回キャラ文芸大賞奨励賞ありがとうございました。

夜勤の白井さんは妖狐です 〜夜のネットカフェにはあやかしが集結〜

瀬崎由美
キャラ文芸
鮎川千咲は短大卒業後も就職が決まらず、学生時代から勤務していたインターネットカフェ『INARI』でアルバイト中。ずっと日勤だった千咲へ、ある日店長から社員登用を条件に夜勤への移動を言い渡される。夜勤には正社員でイケメンの白井がいるが、彼は顔を合わす度に千咲のことを睨みつけてくるから苦手だった。初めての夜勤、自分のことを怖がって涙ぐんでしまった千咲に、白井は誤解を解くために自分の正体を明かし、人外に憑かれやすい千咲へ稲荷神の護符を手渡す。その護符の力で人ならざるモノが視えるようになってしまった千咲。そして、夜な夜な人外と、ちょっと訳ありな人間が訪れてくるネットカフェのお話です。   ★第7回キャラ文芸大賞で奨励賞をいただきました。

処理中です...