筋肉乙女は、恋がしたい! ~平安強力「恋」絵巻~

若松だんご

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一、美濃の強力娘、宮中に参内するの語

(一)

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 どうしてこうなった?

 さっきからグルグルと頭の中を回る疑問。
 どうして? なんで? どうして? なんで?
 そればっかりがくり返される。

 花橘はなたちばなかさねの上に、萌黄色の糸で横繁菱よこしげびしの模様を織った細長。白練しろねりの裳。緋色のはかま。檜の香りが残る真新しい扇。
 丹念に、ハゲそうなぐらいくしけずった、自慢の黒髪。眉だって、余計なのを抜いて、きれいに整えた。
 初夏らしく焚きしめた「荷葉かよう」の香。
 完璧な女房装束。完璧な女房初出仕。
 これからわたしは、内裏で働く女房として、美しい絵巻物のような世界で、ときめく物語のような恋をくり広げるはずだったのに!
 和泉式部みたいに、あっちの親王、こっちの公達とめくるめくような恋愛をしよう! って思ったわけじゃないけど。それでも、「ちょっとぐらい、そういうことないかなぁ」「誰か付け文の一つや二つぐらい贈ってくれないかしら」ぐらいは思ってた。せっかく内裏に出仕するんだもん、それぐらい期待してもいいよね?

 美濃の受領である父さま。ともに任国に下ってる母さまは、かつて内裏にいらっしゃった桐壺更衣さまに女房仕えしていた。更衣さまが身罷られて、母さまは内裏を離れたけど、そのご縁から、「今度は娘が出仕してみないか」ってお話があった。
 内裏には、更衣さまがお産みになった、安積あずみ親王さまと、桜花おうか内親王さまがいらっしゃって。妹の桜花内親王さまは、母のいない境遇をとても寂しがっておられるとかで。お慰めするにも、歳が近く、母更衣さまに近しい縁の者がいいとかなんとかで。それで、内親王さまより二つ年上のわたしに、「出仕してみないかい?」ってお呼びがかかったわけなんだけど。
 「ここは一つ、美濃の受領の力を見せてやろう」とばかりに、父さまも母さまも気合いを入れて出仕の用意を整えてくださった。衣装だけじゃなくて、「お慰めにするのに、母上さまのことを語ることが出来たら」と母さまから、徹底的に『桐壺更衣言行録』みたいなのを暗記させられた。わたし、更衣さまに一度もお会いしたことないのに、更衣さまの好物まで知ってる状態。
 そうして、内裏に華々しく出仕したわけなんだけど。

 (どうしてこうなっちゃったのよぉぉぉぉっ!)

 白い猫を抱きしめ、突っ立つわたし。
 父さまが、美濃の匠を集め、最高の贅をこらして用意してくださった袿も裳も、全部きざはしに脱ぎ捨てた。――邪魔だったから。
 緋色の袴はたくし上げて、腰のところで引っからげた。――邪魔だったから。
 そして降りた、桐壺の前庭。
 わたしが何をしようとしているのか。不思議半分、はしたないと怒る予定半分で見守る他の女房さま方。
 その視線を浴びながら、庭の木に近づくと、ヨイッと足を上げて――ドスン。蹴っ飛ばした。
 
 「うわっ!」

 大きく揺れた木。降ってきたのは、声の主――ではなく、声の主を追っかけて木から降りられなくなった白い猫。それを「ヨッ」と受け止めた。
 桜花内親王さまの猫救出大作戦、成功! 
 猫を助けるため、雑色を呼ぶべきかどうか。でも、雑色ごときを宮さまに近づけるのは……。
 皆さま困っていらしたからの、わたしの活躍! 木を一蹴りして、落っこちてきた猫を救出! なんだけど。

 (なんでこんなところに、公達がいるのよぉぉぉぉっ!)

 誰も見てない、いるのは女房方とか女性だけって思ったから、この格好で庭に降りたのにっ!

 帯刀たちはきを連れ、庭を歩いてきた浅縹色あさはなだいろの直衣を着た若い公達。
 最初は、面食らったように目をパチクリさせてた公達。わたしの格好とか、抱きとめた猫とか、そういうのから状況を理解したのか、二、三回、目をしばたかせ、そして――。

 「……プッ」

 笑い出した。
 ううん。
 正確には、大笑いしたいのをこらえ、喉の奥をクツクツと鳴らしている。閉じた蝙蝠扇かはほりおうぎで口元を隠してるけど、漏れる息とか、微妙に震える肩とか、そういうのが「笑ってる」。

 「なかなか勇ましい女房どのだね」

 見た。見られた。バッチリ見られた。
 わたしがやったこと、一部始終、全部見られてた。
 光源氏もかくやとばかりに見目麗しい公達。そんな素敵な公達に、わたしのとんでもなくはしたなくって、とんでもなく強力ごうりきなところをバッチリ見られた!
 顔どころか、頭の天辺までグラグラに煮えたぎるほど真っ赤になる。

 猫を助けられてよかったですね~、わたしの強力ごうりき、役に立ちましたね~じゃない!
 穴があったら入りたい! 穴がないなら、自分で掘ってでも潜っていたい!

 こんな公達と恋愛をくり広げられたら――な~んて甘い願いが一気に霧散。いくら猫を助けるからって、こんな、こんな、こんなっ……!

 「ブッ、アハハハ……」

 公達の笑いが爆発した。
 扇で抑えるなんでできなくて、爆発した笑いのまま、お腹を抱える。後ろの帯刀の口は、真一文字に引き結んだままだったのが、せめてもの救い。まあ多分、表に出さないだけでお、こっちも心の底で大笑いしてるんだろうけどさ。

 「……兄さま。そのように笑っては、かわいそうですわ。彼女は、わたくしの猫を助けてくださったのですよ?」

 階からかかった、公達を諫める声。

 「うん。ごめん。笑っちゃいけないと思ってるんだけ……、ハハッ、ハハハハハッ!」

 笑い、こらえきれず。笑いはなかなか収まりそうもない。
 ――って、ちょっと待って。

 (今、「兄さま」って呼んだ?)

 階から公達を諌めたのは、わたしがお仕えすることになった女二の宮、桜花内親王さま。その桜花さまが「兄さま」って呼んだってことは、彼女の兄ってことで。それは、つまり……。

 (安積あずみ親王さま――っ!?) 

 今上帝の息子、第一皇子じゃない。
 わたしの醜態、そんな身分ある方に見られたってわけ?
 わたしが袿も何もかも脱ぎ捨てて、庭に降りるなり木を蹴っ飛ばして。ついでに、落っこってきた猫を受け止めた一部始終を? 親王さまに見られたってわけ? そしてこんなに大笑いされてる?

 親王さまにお笑いいただいたのなら、結構、結っこ――なんて言えるわけないでしょ! 今日は、わたしの初出仕! わたしの人生でとっても大事な日だったのよ? 
 それなのに、それなのに、それなのにぃぃぃっ!

 頭グラグラじゃすまない。怒りで頭が爆発しそう。
 頭上で、木の枝がガサリと揺れた。
 揺らしたのは、「猫が木の上まで追いかけてくことになった原因」。親王さまほどじゃないけど、それも木を揺らす程度には笑ってる。

 (――ちょっとアンタ、後で話があるから。逃げるんじゃないわよ?)
 
 誰からも見えてない葉陰。そこをキッと鋭くにらみつける。

――――――――――
 強力=ごうりき。怪力、剛力のこと。
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