コウノトリの誤配。~幼なじみに再会したら、赤ちゃんと溺愛が待っていました~

若松だんご

文字の大きさ
上 下
25 / 31

第25話 かりそめは泡沫となりて。

しおりを挟む
 「ン~、フッフ~、フ、フフ~ン……」

 自然とこぼれる鼻歌。

 「フ~、フンフ~ン、フフ~ン……」

 乾燥機から出した洗濯物をたたみたたみ。

 「ン~、ンン~」

 小さめガーゼは、世那くんのお口拭き。ヨダレはかなり出なくなったので、スタイは必要なくなったけど、それでも口元を拭くのにガーゼタオルは必須。
 それから小さな靴下。14センチ。ペアにして丸めるとコロンとしたサイズ。かわいい。
 肩にスナップボタンのついた服。90センチ。世那くんのお気に入り、電車のワンポイントつき。この春、世那くんの成長に合わせて、新しく買い求めたもの。
 それから、三人分のバスタオル。一緒に洗ったので、当然ながら、三枚とも同じ香りがフンワリ広がる。
 そして……下着。私の。一条くんの。
 以前は別々に洗ってたんだけど、今は一緒に洗う。洗って乾かしてたたんでしまうまでが私の仕事。彼がボクサーブリーフ派で、プリントのない無地を好むことを私は知っている。

 「デッチャ!! デッチャッ!!」

 大人しくオモチャで遊んでいた世那くんが、BGM代わりに流していたテレビを指さした。

 「おんなじだね、電車」

 小さな手に握られてたオモチャと一緒の電車が走る映像。白く流線型の顔に青のライン。それは、――N700系新幹線ですな。さんざん観せられたDVDの知識からの推測。なんとなく、形と色から当てることが出来るようになった。
 テレビが流していた情報は、「新幹線、カッコいいよね」ではなく、「ゴールデンウィークのお出かけ特集」だった。

 (お出かけ……かあ)

 世那くんも1歳8ヶ月になった。

 先日のお出かけ水族館も楽しんでくれたみたいだし。ちょっとぐらい遠出すること、できるかなあ。
 一条くんの休暇次第だけど、実家のほうに帰省するのもいいかも。一条くんのお母さんたちも世那くんに会いたいだろうし。あっちにある、リニア博物館。連れて行ってあげたら、世那くん喜ぶだろうな。動物園もいいな。世那くん、人生初のコアラ見学。思い出のぬいぐるみをもう一つ増やしてあげたい。
 それか、三人でどこかお泊り。水族館に行って以来、海が見たいなって思ってるのよね。海の見える露天風呂。それが無理なら、どこか近場の温泉。あ、この旅館、家族風呂もあって、小さい子も一緒に楽しめるのかあ――って、私、何考えてるのよ、キャーッ!!

 「アァイ……?」

 「あ、ごめん、世那くん。なんでもないよ。なんでも」

 不思議そうにこちらを見上げる世那くん。
 今は、世那くんのお世話をしなきゃなんだから、変なこと考えないの!! 一人遊びしてくれてる間に家事をとっとと済ませて、いっぱい遊んであげなきゃ。
 テレビの画面から、無理やり思考を引き剥がす。
 でも――。
 
 少しぐらいそういうこと、考えてもいいよね?
 
 洗濯物をたたむ合間、銀色の光を放つ指に自然と目が行く。クルンと指に巻き付くようなデザイン。
 彼がくれた、イルカの指輪。ドルフィンリング。
 ギリシャ神話で、海の神ポセイドンが後に妻となる娘、アンフィトリテに愛を伝えるため贈ったという生き物、イルカ。
 イルカは愛の象徴。(らしい。漫画で読んだ)
 一条くんが知ってるかどうかわからないけど、それでも心ときめくプレゼントだった。頬ずりしたくなるほど愛おしい宝物。

    「アァイ!!」

    ヌッと身を乗り出してきた世那くん。そうだね。キミも大事な宝物だよ。大事な大事な宝物。その愛おしさに、ムギュッと抱きしめ頬ずりする。腕の中で世那くんがキャーッと声を上げた。

 ――ガチャ。

 「あ、ほら世那くん、パパ、帰ってきたよ」

 玄関ドアの鍵が開けられる音に反応する。部屋はまだ明るく、見上げた時計の針は5時前を指してるけど――珍しいな。早退でもしてきたの? 具合悪かったりする?
 その場合、ゆっくり休んでもらえるように、世那くんの世話は私一人でやらなきゃいけないけど。

 「おかえり、いちじょ……う、くん」

 世那くんを抱き、玄関に向かった声が小さくなっていく。
 ドアを開け、入ってきた人物。
 明るく染められた柔らかそうな髪。紺色のリブ地ミニ丈カーディガン。淡いピンクのフワッとボリュームのあるロングスカート。今年のトレンドを集めたようなファッションスタイルだけど――誰?

 「ただいま、世那。いい子にしてた?」

 キレイに掃かれたスモーキーピンクの唇が微笑む。

 「あの……」

 世那くんを知ってる人?

 「ああ、新しいシッターさんね?」

 世那くんに向けられていた視線が私に移る。

 「あたし、世那の母親、一条 薫子よ」

 「かおるこ……さん?」

 「ええ、そうよ。なに? 律から何も聞いてないの?」

 その唇から漏れた「律」という名に、胸がキュッと締め上げられた。知らず、世那くんを抱く手に力がこもる。耳の奥、血流がドクドクとうるさいほど早く流れ始める。

 母子手帳で名前しか知らなかった存在。一条 薫子さん。
 彼の奥さん。世那くんのお母さん。
 その彼女が目の前にいる。
 帰ってきた? 戻ってきた? どうして?
 世那くんを置いて出ていったって聞いてたけど。

 「お帰りになるご予定があったんですか?」

 別れたとは聞いてない。だけど、戻ってくるとも聞いてない。

 「そうよ~。だって、かわいい息子と大切な夫を放って置けないじゃない」

 息子と夫。
 心が立ちすくんだ。

 「初めての育児で耐えきれなくて、衝動的に飛び出しちゃったけど、やっぱりあたしには律しかいない、あたしの戻るべき場所はここだって思ったのよ」

 「そう……なんですね」

 血流が足元で滞ってるような感覚。発した声も、遠くから響いたように思える。見える景色は、別の誰かが見ているもののよう。
 
 ここは「一条家」。
 一条 律と一条 世那と一条 薫子が暮らす場所。彼女が戻ってきたって、別におかしくない。
 
 「さあ世那、おいで~」

 薫子さんが手を伸ばし、私の腕のなかから世那くんを引き抜く。
 
 「せーな」

 柔らかく呼ばれる名前。だけど。

 「フェッ、エッ……」

 世那くんの淡い眉が不安げに下がった。目が潤み声を震わせる。

 「どうしたの、世那。ほぉらママだよ? 忘れたの?」

 体を揺すり、あやす薫子さん。
    けど、世那くんは泣き続ける。それどころか声はドンドン大きくなり、響き渡るように泣き叫びはじめた。見る見る間に、真っ赤になっていく世那くんの体。

    「ほら、世那、泣かないの‼    ちょっ、暴れないでって!!」

     薫子さんが顔をしかめる。世那くんがこちらに伸ばす小さな手を薫子さんが握って遮る。暴れる世那くんを薫子さんが押し留める。いくら薫子さんが体を揺すっても、声をかけても世那くんは泣くことをやめない。薫子さんを見ようとしない。

 「アァイ……ッ、アァイィィ……ッ!!」

 「――――ッ!!」

 弾かれたように動いた私の手。薫子さんからひったくるように世那くんを奪い取った。

 「ちょっ、何するのよ!!」

 「出ていってください!!」

 世那くんを守るようにギュッと抱きしめる。私の胸の中でしがみつき、くぐもった泣き声を上げ続ける世那くん。

 「私は、奥さんが帰ってくるともなんともうかがってません!! なので、今日のところは一旦お引取りください!!」

 ドアを開け、グイグイと彼女を体当りして部屋から追い出す。
 
 「ちょっと!! シッターのクセに母親を追い出すなんてっ、ちょっと!!」

 喚く薫子さん。
 最後は彼女を廊下に突き飛ばし、乱暴に鍵とドアガードをかける。

 「アンタ、どういうつもりよ!! 覚えてなさい!! タダじゃおかないから!!」

 ダンダンとドアを叩く音。その罵声にドアノブを持つ手に力がこもる。

 「アァイ……、アァイ……」

 涙にまみれた世那くんの顔。私を求めてしがみついた小さな手。

 「世那……」

 この子の母親であっても、この子を泣かせる奴は許さない。
 ドアの外、遠ざかっていくヒールの音。やがて静寂を取り戻した玄関で、崩れるように座り込み、愛しい子を抱きしめ続けた。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

包んで、重ねて ~歳の差夫婦の極甘新婚生活~

吉沢 月見
恋愛
ひたすら妻を溺愛する夫は50歳の仕事人間の服飾デザイナー、新妻は23歳元モデル。 結婚をして、毎日一緒にいるから、君を愛して君に愛されることが本当に嬉しい。 何もできない妻に料理を教え、君からは愛を教わる。

睡蓮

樫野 珠代
恋愛
入社して3か月、いきなり異動を命じられたなぎさ。 そこにいたのは、出来れば会いたくなかった、会うなんて二度とないはずだった人。 どうしてこんな形の再会なの?

婚約者を友人に奪われて~婚約破棄後の公爵令嬢~

tartan321
恋愛
成績優秀な公爵令嬢ソフィアは、婚約相手である王子のカリエスの面倒を見ていた。 ある日、級友であるリリーがソフィアの元を訪れて……。

溺愛ダーリンと逆シークレットベビー

葉月とに
恋愛
同棲している婚約者のモラハラに悩む優月は、ある日、通院している病院で大学時代の同級生の頼久と再会する。 立派な社会人となっていた彼に見惚れる優月だったが、彼は一児の父になっていた。しかも優月との子どもを一人で育てるシングルファザー。 優月はモラハラから抜け出すことができるのか、そして子どもっていったいどういうことなのか!?

ネカフェ難民してたら鬼上司に拾われました

瀬崎由美
恋愛
穂香は、付き合って一年半の彼氏である栄悟と同棲中。でも、一緒に住んでいたマンションへと帰宅すると、家の中はほぼもぬけの殻。家具や家電と共に姿を消した栄悟とは連絡が取れない。彼が持っているはずの合鍵の行方も分からないから怖いと、ビジネスホテルやネットカフェを転々とする日々。そんな穂香の事情を知ったオーナーが自宅マンションの空いている部屋に居候することを提案してくる。一緒に住むうち、怖くて仕事に厳しい完璧イケメンで近寄りがたいと思っていたオーナーがド天然なのことを知った穂香。居候しながら彼のフォローをしていくうちに、その意外性に惹かれていく。

【完結】俺様御曹司の隠された溺愛野望 〜花嫁は蜜愛から逃れられない〜

雪井しい
恋愛
「こはる、俺の妻になれ」その日、大女優を母に持つ2世女優の花宮こはるは自分の所属していた劇団の解散に絶望していた。そんなこはるに救いの手を差し伸べたのは年上の幼馴染で大企業の御曹司、月ノ島玲二だった。けれど代わりに妻になることを強要してきて──。花嫁となったこはるに対し、俺様な玲二は独占欲を露わにし始める。 【幼馴染の俺様御曹司×大物女優を母に持つ2世女優】 ☆☆☆ベリーズカフェで日間4位いただきました☆☆☆ ※ベリーズカフェでも掲載中 ※推敲、校正前のものです。ご注意下さい

処理中です...