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第7話 育児は続くよどこまでも。

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 SNSなんかにアップしてるキラキラママ生活。
 あれがどれだけ盛っていた、架空の生活だったのかを思い知った。
 子供を産んでも女を忘れない。キラキラネイル? 素敵なネックレス? 最新のグロスを試してみました?
 ネイルしてたらオムツ変え、難しくない? ネックレスなんて、抱っこついでに引きちぎられちゃうよ? 顔だって、ベタベタ触られるからすっぴんでいるしかないし。
 今日は、子供と一緒に入れるおしゃれカフェに行ってきました~って。
 なるほど。壁にブロッコリーオブジェを作成されても許してくれる、太平洋より広い心のオーナーさんのいるカフェなんですな。
 今日のゴハンはこれで~す♡ 全部美味しく食べてくれました~♡
 メニューよりも、それを汚さず完食させるワザが知りたい。
 
 そして、リアルは「大変」どころじゃないんだよっていう育児エッセイ漫画。
 あれがどれだけオブラートに包んで、優しくコミカルに描いてるかもよぉくわかった。現実は、漫画以上に大変だ。こんなのリアルに描いたら、誰も育児をしたがらない。出生率、著しく低下。人類絶滅します。
 今だって、オムツを交換途中に逃げ出した世那くんを追いかけております。
 オムツを外した途端、解き放たれた世那くん。外したオムツをクルッと巻いてる間に、大脱走。
 頼む、せめてオムツは履いてくれ~。前も後ろも丸出しで歩いていかないで~。
 なんとか捕獲し、オムツを装着。それからズボンも……って、あーっ!! ズボンを取ってる間にまた逃げ出した~!! こら待て、世那くん~!! 追っかけっこじゃないんだから、そんなキャッキャとうれしそうに逃げないで~!!
 おむつ替え一つに大格闘。
 フーッ。いい汗かきましたよ、まったく。

 でもさ。

 「オッ、オ、オゥ~」

 夕方、寝ぐずりから少しだけ回復し、テレビを観ながら腰をふりはじめた世那くん。テレビのなか、幼児番組のおにいさんたちと、踊ってるらしい腰フリフリ後ろ姿は……正直、かわいい。テレビがついてなきゃ「怪しい踊り」だけど、踊ってるおにいさんに何拍も遅れて腰ふる様子は、動画を録りたくなるぐらい愛らしい。天使!! 天使の腰ふりダンス!!

 けど。
 
 ドスン。――ゴチン。

 「フェッ……」

 天使、あまりの腰ふり遠心力(?)に、耐えきれなくなった体が後ろにひっくり返りました。ついでに、床で頭打ち。

 「はいはい。ほぉら、世那くん、痛くない、痛くな~い」

 動画を諦めて、世那くんを抱っこ。一旦尻もちついてからの転倒だから、そこまで強く打ってないしで、涙はすぐにひっこんだ。やれやれ。
 泣き止んだら、今度は一緒にフリフリダンス。涙くんにさよならするためには、私が踊るしかない。世那くんを抱っこしたまま、腰をフリフリ。どうやらこの踊り、軽く膝を曲げて、右へ左へお尻をふるのがコツみたいですぞ。ツイストっていうの? フムフム、ダイエットにもよさそうですな。
 キュッ、キュッ、キュッとお尻をふって、エイ、エイッ、エイッ。そしてお次は、グルグルまわ――

 「――なにやってるの?」

 げ。
 振り向けば、リビングの入り口、ドアノブを掴んだまま立つ、スーツ姿の一条くん。

 「あ、おかえりなさい、一条くん」

 あわててシャッキリ腰を伸ばすけど。

 「うん、ただいま」

 いつの間にか、彼が帰ってくる時間になってたらしい。
 口元を押さえ、クスクス笑う一条くん。笑いをこらえようとして、背中が震えてる。
 今の、バッチリ見られたよね? 世那くんはご機嫌を直して、キャッキャとうれしそうな声上げてるけど、見られたよね、絶対。
 いい年した女が子どもと一緒にダンスだなんて。――穴、穴はどっかにないですか? 私が隠れるに充分な、塹壕レベルの大きな穴!! 

 「せーな」

 近づいてきた一条くんが世那くんを、私の腕から抱き上げる。
 
 「いい子にしてたか?」

 「うっ、ばぁ~」

 「こら、世那」

 調子ノリノリな世那くんが、キレイに整えられてた一条くんの髪をグシャグシャに掻き乱す。
 一条くんがちょっと乱暴に、世那くんを落っことすようなフリをしても、世那くんは泣かない。大好きなパパが自分を落っことすわけないと、世那くんは知っている。だから、ちょっとぐらい乱暴に扱われても、「キャーッ」とうれしそうな奇声を上げる。

 「高階も、ありがとう。お疲れ様」

 世那くんを抱えた一条くんが労う。

 「夕飯は僕が作るから、それまで休んでて」

 「え? いいよ。私が作る」

 「でも……」

 「一条くんが私の作る味が嫌いっていうのなら、交代するけど」

 私の料理は、母の直伝メニュー。どっちかというと煮物とか多くて茶色っぽいし、垢抜けてない。
 
 「いや。高階のゴハンは懐かしくて美味しいけど……。でも、大丈夫か?」

 「何が?」

 世那くんの世話で疲れてるだろうからって、気を使ってくれてる?

 「腰」

 へ?
 一条くんの視線が私のウエストに注がれる。

 「腰、痛めてないか?」

 う。
 あのケツふり体操、見られてたの? というか、いつから見てたの?

 「だだだ、大丈夫だよ!! これでもドラッグストアに勤務してたんだからっ!! 世那くん一人抱っこしたぐらいで弱音を吐くような腰じゃないよ!!」

 そうよ、そうよ。
 ドラッグストアには、世那くん(≒米袋10キロ)より重い、ビールのケース(500ml×24本入り)とかペットボトルのケース(2L×6本)とかもあるんだからね!! 世那くんと違って、抱っこされ慣れてない分、無機質なあっちのが重く感じられるんだからね!!

 「じゃあ、お言葉に甘えるけど……」
 
 「ア~ウ」

 「こら、ダメだ世那。お前は、パパと一緒にいような」

 こちらに手を伸ばしかけた世那くんを、一条くんが抱き直す。一瞬、世那くんの眉がハの字に折れ曲がったけど、すぐに「パパが一緒」ということを認識したらしく、大人しくなった。世那くんをソファに下ろし、一条くんもネクタイをゆるめて隣に腰掛けると、それだけで、世那くんの顔に笑みが戻る。

 「ごめんね。仕事で疲れてるのに」

 いくら世那くんが一条くんの子ども、一条くんは世那くんのパパとはいえ、仕事から帰ってくるなり「子供の面倒をみろ」はさすがに申し訳なく思う。一条くんだって、少しは休憩したいだろうに。

 「いや、いいよ。それより、いつもありがとう」

 手近にあった電車のオモチャで遊び始めた世那くん。その世那くんを見ながら、一条くんが言った。

 「キミが来てくれたおかげで、すごく助かってる」

 「いやいや、助かったのはこっちだって。こうやって居候させてもらえて、ホント、よかったよ」

 言いながら大根の皮をむく。今日のメニューは、具だくさん豚汁と、鮭のホイル焼き、それとひじきの煮物、ほうれん草の白和え。そこから世那くんのぶんを取り分ける。世那くんの豚汁には、コンニャク、ごぼうを入れず、豚バラ肉の代わりに豚の挽肉を利用。全体的に茶色いメニュー。ほうれん草の白和えがわずかに抵抗をみせる。
 料理ができあがっていくにつれ、一条くんち、おしゃれな都会のマンションのLDKに、ダシと味噌、醤油とミリンの香りがたちこめ、キッチンが田舎の母ちゃんの台所に変化する。イタリアンのシェフが使ってそうなステンレスのおしゃれな片手鍋が、アルミの雪平鍋と同程度の扱いを受ける。中身はカタカナシャレオツなスープではなく、味噌を溶かし込んだ豚汁。ブタミソスープ。
 
 「おまたせ~」

 できあがったそれを、トレー(お盆とは言わない)に載せて運ぶ。
 
 「じゃあ世那、片付けるぞ。ポイポイだ」

 夕飯を並べてる間に、一条くんが散らかったオモチャを世那くんと一緒に片付ける。「ポイポイ」というワードが気に入ったのか、世那くんがおもちゃ入れにしている布製のカゴに、言葉通りオモチャをポイポイと投げ込んでいく。入れるたびに、一条くんが「ポイッ」と擬音をくっつける。それが面白いのか楽しいのか、食事を並べ終えるより前に、オモチャは片付いてしまった。

 「えらいぞ、世那」

 一条くんが世那くんの頭を撫でて抱き上げた。それだけでうれしそうな声を上げた世那くん。――一条くん、ホント、いいお父さんしてるよなあ。赤ちゃんの扱い、ウマすぎ。
 その片付けの技、今度活用させてもらおう。
 
 「今日は、鮭と豚汁か。美味しそうだな、世那」

 ストンと椅子に我が子を座らせた一条くん。「いただきます」と手を合わせ、食事にとりかかる。最初の一口は、まず世那くんに。世那くんがもぐもぐしている間に、自分も食事にありつく。

 「うん。やっぱり高階の作るゴハンは美味しいな」

 ゴハンを作ったこちらへの心配りも忘れない。ホント、デキた人だよ、一条くんって。

 (これで、どうして奥さんは出ていったんだろう)

 上京する時に感じた疑問が頭をもたげる。
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