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第1話 禍福はあざなっても「禍」だらけ?
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禍福はあざなえる縄の如し。
悪いことと良いことは、撚り合わせて作られた縄のように表裏一体、順繰りに巡ってくるものなのだから、それぞれに一喜一憂していても仕方ない――という意味。
だけど、だけどさ。
本当に表、良いことってやってくるの? って疑いたくなる日もあるわけよ。
例えば。
・ 仕事のミス。
レジで打ち間違えた。値引き商品だったのに、「半額」をタッチし忘れた。で、「値段が違う!!」とお客様に叱られた。まあ、それは正論。お客様が怒るのも無理はない。「安くなってる!!」って思ってお買い上げいただいたんだからね。しかたない。こちらが悪い。
でも、でもさ。
それ、打ったの、私じゃないんだよぉぉぉっ。
ってぐらいは叫びたい。
レシートに記載された担当者名は、「サイトウ」。怒りをぶつけられ、頭を下げっぱなしの私は「タカシナ」だあっ!! ついでに言えば、その日は出勤してねえっ!! ――理不尽。
「この店は、安く見せかけておいて、高く売りつけるのかしら」って、知らないわよ。ただの押し間違い、ウッカリミスじゃない。それをネチネチネチネチ……。
「わたしが、家計簿をつけてたから気づいたものの」? あー、へー、そうですか、そうですか。家計簿つけてて、気づけてすごいですねえ。(棒読み) お客様はウッカリ見落としミスなんぞ一切なさらないんでしょうねえ。へえへえ。(嫌味入り、感情抜き)
最終的に「申し訳ございません、お客様」ってことで、栄養ドリンク(試供品)と化粧品(サンプル)を渡したら、「フンッ!!」って鼻を鳴らして帰っていったけどさ。
まあ、これだけでもめんどくさいし、ウンザリなんだけどね。それ以外にもあるのよ。
・ 急なシフト変更。
「あのぉ。申し訳ないんですけどぉ。子どもが熱を出したのでぇ、シフト、代わってもらえませんかぁ?」
は? いや、お子さんが熱を出したら仕方ないって言えば仕方ないんだけど。
職場の同僚主婦のクネクネ。閉店、ラストまでっていう自分のシフトを交代して欲しいという依頼。
うん。わかるよ。子どもってよく熱を出すしさ、いろいろ大変だよね。急なことだし、誰かが代わんなきゃいけないってこと、よくわかってるよ。
けど。
「こういうのぉ、頼めるのぉ、高階さんぐらいしかいないんですよねぇ」
だって、独身子ナシはアンタだけだもん。どうせ暇でしょ、アンタなら。
言外に含まれる依頼理由。
うっさいわ!!
好きで独身、好きで子ナシ自由を謳歌してるわけじゃないのよ!!
普通に、「申し訳ないんだけど、代わってもらえないかな?」とか下手に出て言えないわけ? 独身であっても、カレシもいない万年フリーだとしても、予定ぐらいあるんだからね?
文末、文節ごとにつく小文字の「ぉ」とか「ぇ」が心をささくれ立たせる。
あーあ。
なんでこうもヤなことばっかり続くのかなあ。
よくわからない化粧品のCMをBGMとして聴きながら、眩しすぎる天井に向かってため息を漏らす。
やっぱ、人生踏み間違えたかなあ。
ドラッグストアのパート勤め。近所だし、週2日も休めるし、「皆様の健康を守る」がスローガンだから、有給消化とか待遇面だけはホワイト企業のフリしてるし。いい職場だと思ったんだけどなあ。
「高階さーん、そろそろ閉店準備して~」
考え事する私にかかった声。感傷に浸って、アンニュイになるのも許されない。
ってか、店長、言ってないで自分もやってよ。なんでずっとパソコンに向き合ってるのよ。アンタは、パソコンにしがみついてないと生きていけない新種のコアラか? それとも、パソコンに異常がないか見張ってなきゃいけない番人なのか?
なんていう文句も出てこないほど疲れた。こんな日はサッサと帰って漫画でも読んでグータラするに限る。
二台あるレジのうち一台の精算を済ませる。どうせ閉店間際のこの時間、お客さんなんて滅多に来ないし。一台だけ開けとけば余裕でこなせるし。それが終わったら、レジ周りのゴミ集め。化粧品などの万引き対象品の数量チェック。すべていつものルーティンワークだから、なんにも考えないで体が動く。
そのうち『蛍の光』が流れ出し、こっちは早く帰ることを念頭に、加速度的にテキパキ動く。
あとは、外に置いてる洗剤とかゴミ袋のワゴンを店内にしまって、レジを締めたらおわ――らなかった。
「あの、まだ大丈夫ですか?」
薄暗い、駅から続く県道のほうから走ってきた、スーツ姿の若い男性。
「ええ、どうぞ」
いつものアルカイックスマイル。
本当は、ワゴンをしまって、鍵掛けロックOKまであと一歩だったんだけどね。『蛍の光』を聴いても入店しようって、どういう神経だ、コラ。残業決定じゃない。――なんて本音はおくびにも出さない。ニッコリ笑って営業対応。
閉店ギリギリに駆け込んでくるお客って、正直好きじゃない。急に薬が必要になって……ってのなら、「まあ、しょうがないよね」って言えるけど、どうでもいいようなお菓子だったりしたら、目の前で閉店ガラガラしてやりたくなる。これでゴムとか、スッポンエキスのエナジー系だった日には……、「リア充爆散しやがれ」。
「ありがとうございます。助かります」
軽く頭を下げ、店内に突入していった男性。
何かを探すように視線をさまよわせた後、売り場へ一目散に走り出す。
お礼を言ってくれたこと。申し訳ないと思ってるのか、急いで買い物をしようとするその姿勢に好感を持つ。こういうお客さんだと、「いえいえ、全然構いませんよ~」と本気の笑顔で対応しちゃうんだよね。ワゴンをしまう作業も一旦ストップ。
「すみません、これ、お願いします」
息せき切って戻ってきた男性が、レジカウンターに商品を「ドサドサッ」と置いた。そう、ドサドサッと、山盛り。
オムツ、おしりふき、ミルク缶、離乳食レトルト。――イクメン?
仕事帰り、奥さんにでも買い物を頼まれたのかな? 「アナタ、これとこれとこれとこれが切れてるから、買ってきて♡」みたいな。それにしても多いな。オムツなんて4パックもあるし。共働きで、普段買い物に来られないからまとめ買い? それならもっと別の日、休日にでもストックしておけばいいのに。日曜とかならポイントも5倍なのに。それか、奥さんが急病で買いに来れなくなった代打とか? でも、さすがにこれは……。
「あのオムツ、オシメ型とパンツ型と両方ありますが、大丈夫ですか?」
それもMサイズとLサイズ。離乳食だって食べさせる月齢目安がてんでバラバラ。12ヶ月からOKなものと、1歳4ヶ月からってものが混在してる。
これ、買って帰ったものの、奥さんに叱られるダメイクメン、偽物イクメンパターンなのでは?
気になったので声をかけた。「すみません」とか断ってから入店するような客には、こちらも丁寧親切、おせっかいに対応する。
「あ、すみません。よくわからなかったので両方買っておこうと思ったんですが」
いや、それ絶対無駄遣い。奥さん怒るわ。
「――もうすぐ一歳四ヶ月の子どもって、どれを使うものなんでしょう」
知らんがな。
頭痛には鎮痛剤、筋肉痛には湿布薬。だけどオムツや離乳食は、月齢だけで「はい、これですね」って一概に選ぶことは出来ない。子供の成長には個人差あるし。
やっぱ礼儀正しくてもなんであっても、ギリギリに駆け込んでくる客にロクなヤツはいないのね~。
「ご家族にでも確認されたほうがよろしいのでは?」
一店員でしかない私に尋ねるんじゃなくて。スマホぐらい持ってるでしょ? オホホホホホ。
早く帰りたいけど、それぐらいの時間の余裕ぐらい持ってあげるわよ。でないと、後日、「やっぱりいらなかったです。返品します」って来られても困るし。めんどうだし。
「あ、そうですね。確認します」
あー、そこまで頭、回ってなかったのか。
私の提案にいそいそとスマホを取り出した男性。この人、パッと見、スマートに仕事をこなしそうな容貌をしてるのに、中身はポンコツなのかもしれない。
「……って、あれ? 高階? もしかして、明里? 高階 明里?」
スマホを操作しかけた男性の手が止まる。目は、私の白衣についたネームプレート、「たかしな」に釘付け。
けど、――ハテ? この人、――誰?
私のフルネームを知ってるみたいだけど?
「僕だよ、僕。一条 律」
「え? へ? 一条……くん? 一条くんっっ!?」
『蛍の光』の流れ終えた店内に、私の声が響いた。
悪いことと良いことは、撚り合わせて作られた縄のように表裏一体、順繰りに巡ってくるものなのだから、それぞれに一喜一憂していても仕方ない――という意味。
だけど、だけどさ。
本当に表、良いことってやってくるの? って疑いたくなる日もあるわけよ。
例えば。
・ 仕事のミス。
レジで打ち間違えた。値引き商品だったのに、「半額」をタッチし忘れた。で、「値段が違う!!」とお客様に叱られた。まあ、それは正論。お客様が怒るのも無理はない。「安くなってる!!」って思ってお買い上げいただいたんだからね。しかたない。こちらが悪い。
でも、でもさ。
それ、打ったの、私じゃないんだよぉぉぉっ。
ってぐらいは叫びたい。
レシートに記載された担当者名は、「サイトウ」。怒りをぶつけられ、頭を下げっぱなしの私は「タカシナ」だあっ!! ついでに言えば、その日は出勤してねえっ!! ――理不尽。
「この店は、安く見せかけておいて、高く売りつけるのかしら」って、知らないわよ。ただの押し間違い、ウッカリミスじゃない。それをネチネチネチネチ……。
「わたしが、家計簿をつけてたから気づいたものの」? あー、へー、そうですか、そうですか。家計簿つけてて、気づけてすごいですねえ。(棒読み) お客様はウッカリ見落としミスなんぞ一切なさらないんでしょうねえ。へえへえ。(嫌味入り、感情抜き)
最終的に「申し訳ございません、お客様」ってことで、栄養ドリンク(試供品)と化粧品(サンプル)を渡したら、「フンッ!!」って鼻を鳴らして帰っていったけどさ。
まあ、これだけでもめんどくさいし、ウンザリなんだけどね。それ以外にもあるのよ。
・ 急なシフト変更。
「あのぉ。申し訳ないんですけどぉ。子どもが熱を出したのでぇ、シフト、代わってもらえませんかぁ?」
は? いや、お子さんが熱を出したら仕方ないって言えば仕方ないんだけど。
職場の同僚主婦のクネクネ。閉店、ラストまでっていう自分のシフトを交代して欲しいという依頼。
うん。わかるよ。子どもってよく熱を出すしさ、いろいろ大変だよね。急なことだし、誰かが代わんなきゃいけないってこと、よくわかってるよ。
けど。
「こういうのぉ、頼めるのぉ、高階さんぐらいしかいないんですよねぇ」
だって、独身子ナシはアンタだけだもん。どうせ暇でしょ、アンタなら。
言外に含まれる依頼理由。
うっさいわ!!
好きで独身、好きで子ナシ自由を謳歌してるわけじゃないのよ!!
普通に、「申し訳ないんだけど、代わってもらえないかな?」とか下手に出て言えないわけ? 独身であっても、カレシもいない万年フリーだとしても、予定ぐらいあるんだからね?
文末、文節ごとにつく小文字の「ぉ」とか「ぇ」が心をささくれ立たせる。
あーあ。
なんでこうもヤなことばっかり続くのかなあ。
よくわからない化粧品のCMをBGMとして聴きながら、眩しすぎる天井に向かってため息を漏らす。
やっぱ、人生踏み間違えたかなあ。
ドラッグストアのパート勤め。近所だし、週2日も休めるし、「皆様の健康を守る」がスローガンだから、有給消化とか待遇面だけはホワイト企業のフリしてるし。いい職場だと思ったんだけどなあ。
「高階さーん、そろそろ閉店準備して~」
考え事する私にかかった声。感傷に浸って、アンニュイになるのも許されない。
ってか、店長、言ってないで自分もやってよ。なんでずっとパソコンに向き合ってるのよ。アンタは、パソコンにしがみついてないと生きていけない新種のコアラか? それとも、パソコンに異常がないか見張ってなきゃいけない番人なのか?
なんていう文句も出てこないほど疲れた。こんな日はサッサと帰って漫画でも読んでグータラするに限る。
二台あるレジのうち一台の精算を済ませる。どうせ閉店間際のこの時間、お客さんなんて滅多に来ないし。一台だけ開けとけば余裕でこなせるし。それが終わったら、レジ周りのゴミ集め。化粧品などの万引き対象品の数量チェック。すべていつものルーティンワークだから、なんにも考えないで体が動く。
そのうち『蛍の光』が流れ出し、こっちは早く帰ることを念頭に、加速度的にテキパキ動く。
あとは、外に置いてる洗剤とかゴミ袋のワゴンを店内にしまって、レジを締めたらおわ――らなかった。
「あの、まだ大丈夫ですか?」
薄暗い、駅から続く県道のほうから走ってきた、スーツ姿の若い男性。
「ええ、どうぞ」
いつものアルカイックスマイル。
本当は、ワゴンをしまって、鍵掛けロックOKまであと一歩だったんだけどね。『蛍の光』を聴いても入店しようって、どういう神経だ、コラ。残業決定じゃない。――なんて本音はおくびにも出さない。ニッコリ笑って営業対応。
閉店ギリギリに駆け込んでくるお客って、正直好きじゃない。急に薬が必要になって……ってのなら、「まあ、しょうがないよね」って言えるけど、どうでもいいようなお菓子だったりしたら、目の前で閉店ガラガラしてやりたくなる。これでゴムとか、スッポンエキスのエナジー系だった日には……、「リア充爆散しやがれ」。
「ありがとうございます。助かります」
軽く頭を下げ、店内に突入していった男性。
何かを探すように視線をさまよわせた後、売り場へ一目散に走り出す。
お礼を言ってくれたこと。申し訳ないと思ってるのか、急いで買い物をしようとするその姿勢に好感を持つ。こういうお客さんだと、「いえいえ、全然構いませんよ~」と本気の笑顔で対応しちゃうんだよね。ワゴンをしまう作業も一旦ストップ。
「すみません、これ、お願いします」
息せき切って戻ってきた男性が、レジカウンターに商品を「ドサドサッ」と置いた。そう、ドサドサッと、山盛り。
オムツ、おしりふき、ミルク缶、離乳食レトルト。――イクメン?
仕事帰り、奥さんにでも買い物を頼まれたのかな? 「アナタ、これとこれとこれとこれが切れてるから、買ってきて♡」みたいな。それにしても多いな。オムツなんて4パックもあるし。共働きで、普段買い物に来られないからまとめ買い? それならもっと別の日、休日にでもストックしておけばいいのに。日曜とかならポイントも5倍なのに。それか、奥さんが急病で買いに来れなくなった代打とか? でも、さすがにこれは……。
「あのオムツ、オシメ型とパンツ型と両方ありますが、大丈夫ですか?」
それもMサイズとLサイズ。離乳食だって食べさせる月齢目安がてんでバラバラ。12ヶ月からOKなものと、1歳4ヶ月からってものが混在してる。
これ、買って帰ったものの、奥さんに叱られるダメイクメン、偽物イクメンパターンなのでは?
気になったので声をかけた。「すみません」とか断ってから入店するような客には、こちらも丁寧親切、おせっかいに対応する。
「あ、すみません。よくわからなかったので両方買っておこうと思ったんですが」
いや、それ絶対無駄遣い。奥さん怒るわ。
「――もうすぐ一歳四ヶ月の子どもって、どれを使うものなんでしょう」
知らんがな。
頭痛には鎮痛剤、筋肉痛には湿布薬。だけどオムツや離乳食は、月齢だけで「はい、これですね」って一概に選ぶことは出来ない。子供の成長には個人差あるし。
やっぱ礼儀正しくてもなんであっても、ギリギリに駆け込んでくる客にロクなヤツはいないのね~。
「ご家族にでも確認されたほうがよろしいのでは?」
一店員でしかない私に尋ねるんじゃなくて。スマホぐらい持ってるでしょ? オホホホホホ。
早く帰りたいけど、それぐらいの時間の余裕ぐらい持ってあげるわよ。でないと、後日、「やっぱりいらなかったです。返品します」って来られても困るし。めんどうだし。
「あ、そうですね。確認します」
あー、そこまで頭、回ってなかったのか。
私の提案にいそいそとスマホを取り出した男性。この人、パッと見、スマートに仕事をこなしそうな容貌をしてるのに、中身はポンコツなのかもしれない。
「……って、あれ? 高階? もしかして、明里? 高階 明里?」
スマホを操作しかけた男性の手が止まる。目は、私の白衣についたネームプレート、「たかしな」に釘付け。
けど、――ハテ? この人、――誰?
私のフルネームを知ってるみたいだけど?
「僕だよ、僕。一条 律」
「え? へ? 一条……くん? 一条くんっっ!?」
『蛍の光』の流れ終えた店内に、私の声が響いた。
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►Attention
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