上 下
1 / 31

第1話 禍福はあざなっても「禍」だらけ?

しおりを挟む
 禍福はあざなえる縄の如し。

 悪いことと良いことは、撚り合わせて作られた縄のように表裏一体、順繰りに巡ってくるものなのだから、それぞれに一喜一憂していても仕方ない――という意味。
 だけど、だけどさ。
 本当に表、良いことってやってくるの? って疑いたくなる日もあるわけよ。
 例えば。

 ・ 仕事のミス。

 レジで打ち間違えた。値引き商品だったのに、「半額」をタッチし忘れた。で、「値段が違う!!」とお客様に叱られた。まあ、それは正論。お客様が怒るのも無理はない。「安くなってる!!」って思ってお買い上げいただいたんだからね。しかたない。こちらが悪い。
 でも、でもさ。

 それ、打ったの、私じゃないんだよぉぉぉっ。

 ってぐらいは叫びたい。
 レシートに記載された担当者名は、「サイトウ」。怒りをぶつけられ、頭を下げっぱなしの私は「タカシナ」だあっ!! ついでに言えば、その日は出勤してねえっ!! ――理不尽。
 「この店は、安く見せかけておいて、高く売りつけるのかしら」って、知らないわよ。ただの押し間違い、ウッカリミスじゃない。それをネチネチネチネチ……。
 「わたしが、家計簿をつけてたから気づいたものの」? あー、へー、そうですか、そうですか。家計簿つけてて、気づけてすごいですねえ。(棒読み) お客様はウッカリ見落としミスなんぞ一切なさらないんでしょうねえ。へえへえ。(嫌味入り、感情抜き)
 最終的に「申し訳ございません、お客様」ってことで、栄養ドリンク(試供品)と化粧品(サンプル)を渡したら、「フンッ!!」って鼻を鳴らして帰っていったけどさ。

 まあ、これだけでもめんどくさいし、ウンザリなんだけどね。それ以外にもあるのよ。

 ・ 急なシフト変更。

 「あのぉ。申し訳ないんですけどぉ。子どもが熱を出したのでぇ、シフト、代わってもらえませんかぁ?」

 は? いや、お子さんが熱を出したら仕方ないって言えば仕方ないんだけど。
 職場の同僚主婦のクネクネ。閉店、ラストまでっていう自分のシフトを交代して欲しいという依頼。
 うん。わかるよ。子どもってよく熱を出すしさ、いろいろ大変だよね。急なことだし、誰かが代わんなきゃいけないってこと、よくわかってるよ。
 けど。

 「こういうのぉ、頼めるのぉ、高階さんぐらいしかいないんですよねぇ」

 だって、独身子ナシはアンタだけだもん。どうせ暇でしょ、アンタなら。
 言外に含まれる依頼理由。

 うっさいわ!!

 好きで独身、好きで子ナシ自由を謳歌してるわけじゃないのよ!!
 普通に、「申し訳ないんだけど、代わってもらえないかな?」とか下手に出て言えないわけ? 独身であっても、カレシもいない万年フリーだとしても、予定ぐらいあるんだからね?
 文末、文節ごとにつく小文字の「ぉ」とか「ぇ」が心をささくれ立たせる。

 あーあ。
 なんでこうもヤなことばっかり続くのかなあ。

 よくわからない化粧品のCMをBGMとして聴きながら、眩しすぎる天井に向かってため息を漏らす。
 やっぱ、人生踏み間違えたかなあ。
 ドラッグストアのパート勤め。近所だし、週2日も休めるし、「皆様の健康を守る」がスローガンだから、有給消化とか待遇面だけはホワイト企業のフリしてるし。いい職場だと思ったんだけどなあ。

 「高階さーん、そろそろ閉店準備して~」

 考え事する私にかかった声。感傷に浸って、アンニュイになるのも許されない。
 ってか、店長、言ってないで自分もやってよ。なんでずっとパソコンに向き合ってるのよ。アンタは、パソコンにしがみついてないと生きていけない新種のコアラか? それとも、パソコンに異常がないか見張ってなきゃいけない番人なのか?
 なんていう文句も出てこないほど疲れた。こんな日はサッサと帰って漫画でも読んでグータラするに限る。
 二台あるレジのうち一台の精算を済ませる。どうせ閉店間際のこの時間、お客さんなんて滅多に来ないし。一台だけ開けとけば余裕でこなせるし。それが終わったら、レジ周りのゴミ集め。化粧品などの万引き対象品の数量チェック。すべていつものルーティンワークだから、なんにも考えないで体が動く。
 そのうち『蛍の光』が流れ出し、こっちは早く帰ることを念頭に、加速度的にテキパキ動く。
 あとは、外に置いてる洗剤とかゴミ袋のワゴンを店内にしまって、レジを締めたらおわ――らなかった。
 
 「あの、まだ大丈夫ですか?」

 薄暗い、駅から続く県道のほうから走ってきた、スーツ姿の若い男性。

 「ええ、どうぞ」

 いつものアルカイックスマイル。
 本当は、ワゴンをしまって、鍵掛けロックOKまであと一歩だったんだけどね。『蛍の光』を聴いても入店しようって、どういう神経だ、コラ。残業決定じゃない。――なんて本音はおくびにも出さない。ニッコリ笑って営業対応。
 閉店ギリギリに駆け込んでくるお客って、正直好きじゃない。急に薬が必要になって……ってのなら、「まあ、しょうがないよね」って言えるけど、どうでもいいようなお菓子だったりしたら、目の前で閉店ガラガラしてやりたくなる。これでゴムとか、スッポンエキスのエナジー系だった日には……、「リア充爆散しやがれ」。

 「ありがとうございます。助かります」

 軽く頭を下げ、店内に突入していった男性。
 何かを探すように視線をさまよわせた後、売り場へ一目散に走り出す。
 お礼を言ってくれたこと。申し訳ないと思ってるのか、急いで買い物をしようとするその姿勢に好感を持つ。こういうお客さんだと、「いえいえ、全然構いませんよ~」と本気の笑顔で対応しちゃうんだよね。ワゴンをしまう作業も一旦ストップ。

 「すみません、これ、お願いします」

 息せき切って戻ってきた男性が、レジカウンターに商品を「ドサドサッ」と置いた。そう、ドサドサッと、山盛り。

 オムツ、おしりふき、ミルク缶、離乳食レトルト。――イクメン?

 仕事帰り、奥さんにでも買い物を頼まれたのかな? 「アナタ、これとこれとこれとこれが切れてるから、買ってきて♡」みたいな。それにしても多いな。オムツなんて4パックもあるし。共働きで、普段買い物に来られないからまとめ買い? それならもっと別の日、休日にでもストックしておけばいいのに。日曜とかならポイントも5倍なのに。それか、奥さんが急病で買いに来れなくなった代打とか? でも、さすがにこれは……。

 「あのオムツ、オシメ型とパンツ型と両方ありますが、大丈夫ですか?」

 それもMサイズとLサイズ。離乳食だって食べさせる月齢目安がてんでバラバラ。12ヶ月からOKなものと、1歳4ヶ月からってものが混在してる。
 これ、買って帰ったものの、奥さんに叱られるダメイクメン、偽物イクメンパターンなのでは?
 気になったので声をかけた。「すみません」とか断ってから入店するような客には、こちらも丁寧親切、おせっかいに対応する。

 「あ、すみません。よくわからなかったので両方買っておこうと思ったんですが」

 いや、それ絶対無駄遣い。奥さん怒るわ。

 「――もうすぐ一歳四ヶ月の子どもって、どれを使うものなんでしょう」

 知らんがな。
 頭痛には鎮痛剤、筋肉痛には湿布薬。だけどオムツや離乳食は、月齢だけで「はい、これですね」って一概に選ぶことは出来ない。子供の成長には個人差あるし。
 やっぱ礼儀正しくてもなんであっても、ギリギリに駆け込んでくる客にロクなヤツはいないのね~。

 「ご家族にでも確認されたほうがよろしいのでは?」

 一店員でしかない私に尋ねるんじゃなくて。スマホぐらい持ってるでしょ? オホホホホホ。
 早く帰りたいけど、それぐらいの時間の余裕ぐらい持ってあげるわよ。でないと、後日、「やっぱりいらなかったです。返品します」って来られても困るし。めんどうだし。

 「あ、そうですね。確認します」

 あー、そこまで頭、回ってなかったのか。
 私の提案にいそいそとスマホを取り出した男性。この人、パッと見、スマートに仕事をこなしそうな容貌をしてるのに、中身はポンコツなのかもしれない。

 「……って、あれ? 高階? もしかして、明里? 高階 明里?」

 スマホを操作しかけた男性の手が止まる。目は、私の白衣についたネームプレート、「たかしな」に釘付け。

 けど、――ハテ? この人、――誰?
 私のフルネームを知ってるみたいだけど?

 「僕だよ、僕。一条 律」

 「え? へ? 一条……くん? 一条くんっっ!?」

 『蛍の光』の流れ終えた店内に、私の声が響いた。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

完結*三年も付き合った恋人に、家柄を理由に騙されて捨てられたのに、名家の婚約者のいる御曹司から溺愛されました。

恩田璃星
恋愛
清永凛(きよなが りん)は平日はごく普通のOL、土日のいずれかは交通整理の副業に励む働き者。 副業先の上司である夏目仁希(なつめ にき)から、会う度に嫌味を言われたって気にしたことなどなかった。 なぜなら、凛には付き合って三年になる恋人がいるからだ。 しかし、そろそろプロポーズされるかも?と期待していたある日、彼から一方的に別れを告げられてしまいー!? それを機に、凛の運命は思いも寄らない方向に引っ張られていく。 果たして凛は、両親のように、愛の溢れる家庭を築けるのか!? *この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。 *不定期更新になることがあります。

ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる

Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。 でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。 彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。

10 sweet wedding

国樹田 樹
恋愛
『十年後もお互い独身だったら、結婚しよう』 そんな、どこかのドラマで見た様な約束をした私達。 けれど十年後の今日、私は彼の妻になった。 ……そんな二人の、式後のお話。

一夜限りのお相手は

栗原さとみ
恋愛
私は大学3年の倉持ひより。サークルにも属さず、いたって地味にキャンパスライフを送っている。大学の図書館で一人読書をしたり、好きな写真のスタジオでバイトをして過ごす毎日だ。ある日、アニメサークルに入っている友達の亜美に頼みごとを懇願されて、私はそれを引き受けてしまう。その事がきっかけで思いがけない人と思わぬ展開に……。『その人』は、私が尊敬する写真家で憧れの人だった。R5.1月

お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~

ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。 2021/3/10 しおりを挟んでくださっている皆様へ。 こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。 しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗) 楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。 申しわけありません。 新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。 お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。 修正していないのと、若かりし頃の作品のため、 甘めに見てくださいm(__)m

Sweet Healing~真摯な上司の、その唇に癒されて~

汐埼ゆたか
恋愛
絶え間なく溢れ出る涙は彼の唇に吸い取られ 慟哭だけが薄暗い部屋に沈んでいく。    その夜、彼女の絶望と悲しみをすくい取ったのは 仕事上でしか接点のない上司だった。 思っていることを口にするのが苦手 地味で大人しい司書 木ノ下 千紗子 (きのした ちさこ) (24)      × 真面目で優しい千紗子の上司 知的で容姿端麗な課長 雨宮 一彰 (あまみや かずあき) (29) 胸を締め付ける切ない想いを 抱えているのはいったいどちらなのか——— 「叫んでも暴れてもいい、全部受け止めるから」 「君が笑っていられるなら、自分の気持ちなんてどうでもいい」 「その可愛い笑顔が戻るなら、俺は何でも出来そうだよ」 真摯でひたむきな愛が、傷付いた心を癒していく。 ********** ►Attention ※他サイトからの転載(2018/11に書き上げたものです) ※表紙は「かんたん表紙メーカー2」様で作りました。 ※※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

処理中です...