アオハルオーバードーズ!

若松だんご

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8.いつかきっと。だから

またな。

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 「おう。来たか、はる

 「ああ、来た。久しぶりだな」

 8月半ば。夏休み、夜の校庭。そこで待ち構えてた健太と挨拶を交わす。

 「花火は?」

 「ああ、もうすぐだ。もうすぐ打ち上げる」

 「そっか」

 漁協の青年団が開催する仁木島花火大会。
 二十年ぶりの復活だとかで、数発しか上げられないのに、多くの住民が見に来ていた。打ち上げは、学校のグラウンド。観客は、教室から観ることとされた。

 「オレたちのさ、花火は最後だって。オオトリ」

 「そっか」

 健太と話しながらいつもの教室に入る。
 二年生の教室。夏鈴かりん逢生あおい明音あかねちゃんや榊さんまでいるのに。彼女だけがいないことに、ツキンと胸が痛む。

 「花火、楽しみだな」

 健太の言う「オレたちの花火」。
 青年団を介して、オレたちが出資した花火。
 誰のために、なんのために上げるのか。花火師さんに航太さんが話してくれた結果、かなりお値打ちにしてもらったけど。

 「花火って、クッソたっけえのな」

 健太がこぼす。
 買えた花火は八号玉。直径24センチ。開花時の大きさ280メートル。高度280メートル。それでお値段40000円ほど。
 それより大きい◯尺玉だと、いったいおいくらになるんだろう。パッと咲いてパッと散る花火。そこにかかるお金が怖い。
 花火を見るため、照明をつけてない教室。開けた窓の外、かつてカタツムリを見たアジサイのあたりから、秋の虫の鳴き声が教室に静かに響く。

 「なあ、はるそれって……」

 健太が、僕の持っていたものに視線を落とす。

 「ああこれか。寧音ねねさんからもらった。未瑛みえいのスケッチブック、あの子の形見だからって」

 「そっか」

 「うん」

 未瑛みえいの形見だから、未瑛みえいの家族が持っていたほうがいい。そう思ったのだけど、寧音ねねさんから、「あの子の大好きだったはるくんに持っていて欲しい」と言われ、押しつけるように渡された。
 
 ――あの子の大好きだったはるくん。

 その言葉は、甘く切なく胸に刺さる。

 ――は~る~くん。

 スケッチブックを開くと、少し甘い未瑛みえいの声が聞こえる。「くん」で語尾を上げる、特徴的な彼女の声。

 僕のあげたパイン味のアメ。
 僕の作ったクマのキャラ弁。
 僕が食べた巨大おにぎり。
 僕と見つけたみかんの花。
 僕が間違えたサイダーのペットボトル。
 僕がおすそ分けしたネギ。
 僕が好きな未瑛みえいン家の梅干し。
 僕と見上げた花火。
 僕がもらった青いシーグラス。
 僕が乗せた自転車。
 僕と食べたパキコの片割れ。
 未瑛みえいの手で描かれた、僕たちの思い出。

 仁木島の海と空と岬。
 学校の校舎。
 帰り道。
 美浜屋のベンチ。
 クラスのみんな。
 先生。
 家族。
 ササユリ。
 アジサイ。
 未瑛みえいが、その目を通して見ていた世界。

 そして。
 神社の階段を登る僕。
 多分、間違えて間接キスしちゃって、代わりの飲み物を買って帰ってきたときだろう。
 神社の上からのアングルで、ペットボトル片手に登ってくる僕が描かれてる。

 〝ゆっくりでいいよ〟

 その絵には、未瑛みえいらしい、クセの少ない読みやすい字が添えられていた。

 「おっ、始まるみたいだぞ」

 健太の声に、みんなが窓に集まる。

 ヒュルヒュルヒュル~。ドォン。パラパラパラ……。

 「た~まや~」

 健太が夜空に咲いた花火に叫ぶ。

 「なにそれ」

 「これが花火のエチケットや」

 問うた明音あかねちゃんに健太が胸を反らす。博識と言いたいんだろうけど。

 「じゃあ次は? 次は何ていうのさ」

 「次っ!? 次はだなぁ~」

 逢生あおいの質問に、背中がキュッと丸まった健太。助けを求める視線が泳ぐ。

 「〝鍵屋〟よ」

 「そ、そう! そうそう! 鍵屋! 鍵屋だ!」

 榊さんの助け舟に、また健太の胸がエヘンと反る。

 「知らなかったくせに」

 明音あかねちゃんのボソリとツッコミ。

 「キレイね」

 静かな女性の声に、一瞬未瑛みえいかと思ったけど、すぐに違うと直感する。夏鈴かりんだ。

 「そうだね」

 打ち上げる花火の数は、そう多くない。だから、一発一発がゆっくり時間を置いて上げられる。

 「次が、オレたちのだな」

 それまで漫才(?)をくり広げてた健太たちも、窓の前に整列する。
 さあ。これが最後だ。

 ヒュルヒュルヒュル~。ドォン。パラパラパラ……。

 打ち上げられた花火。
 よくある花火よりも小ぶり。でもちゃんと中心から弾けて、最初は黄色、そこから緑、オレンジへと色を変化させた。

 「まるいな」

 「まるかったな」

 地上に向けてゆっくり落ちてくる花火の名残り。その最後の一筋が消えるまで、ずっと空を見ていた。

 「空から見ても丸いのかな」

 「さあな。丸いんとちゃうか?」

 健太が窓枠につかまって、ん~っと背を伸ばす。

 「次に会ったら、聞いてみたらどうや? あんときの花火、丸かったかって」

 「そうだね」

 次に会ったら。

 「でも、そう簡単には会えへんかな」

 「なんでや」

 「だって、僕、あと七十年は生きるつもりやし」

 「長生きやな」

 「うん」

 僕は、長くしぶとく生きる。

 「健太。僕、この町で医者になるよ」

 「医者? じいさんの跡を継ぐんか?」

 「それもあるけど。誰かの命を助けられるような名医とはちゃうけど、少しでも支えになれるような医者になりたい。そう思っとる。仁木島のために、なにかしたいんや」

 未瑛みえいが好きだと言ってた仁木島だから。未瑛みえいに出会えた仁木島だから。だから、出来ることを精一杯やりたい。

 「はる、お前……」

 「未瑛みえいに逢うのはその後。仁木島であったこと、いろんなことを話したるつもり」

 それこそ、美浜屋の和子さんと誠治さんみたいに。
 僕の目で見た仁木島の思い出を、たくさんたくさん持って行く。それまできっと、未瑛みえいは待っていてくれる。

 「せやもんで、健太。お前、明音あかねちゃんと頑張れよ。二人のこと、『ハッピーエンド、おしどり夫婦やで』って、未瑛みえいに話す予定やからな」

 「なっ……!」

 真っ赤になった健太が、笑って逃げる僕を追いかける。

 「そうや、逢生あおいたちもな! お前らの結果報告、未瑛みえいが楽しみにしてるで! どっちのカップルも大成功やって、未瑛みえいが予想しとった!」

 「大里、テメッ……!」

 「ちょっ、大里くんっ!?」

 「大里先輩!」

 健太に続いて、逢生あおい夏鈴かりん明音あかねちゃんまで走り出す。

 「こぉら、お前ら、廊下を走るな!」

 こっちに大股で歩いてくる立花先生が、いつものように雷を落とす。
 追いつかれたみんなに、もみくちゃにされた僕。未瑛みえいのスケッチブックを抱きしめながら、その容赦ないグリグリ洗礼を受ける。
 
 〝ゆっくりでいいよ〟

 神社の石段を登るように。
 ゆっくりと空の未瑛みえいに近づいていく。抱えきれないほど、たくさんの思い出話を持っていく。
 そうしたら、今度はいっしょに並んで、空の上から花火を見るんだ。

 「やっぱり、花火ってまんまるなんだね」って。

 だから。だからそれまでは。

 「またな、未瑛みえい

 サヨナラは言わない。
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