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7.7月のキミに伝えたいこと

(四)

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 ――は~る~くん。

 誰かが呼びかけてる。

 ――は~る~くん。

 少し鼻にかかったような、ちょっぴり甘い声。

 「山野っ!?」

 飛び起きたことで、自分がさっきまで寝ていたことに気づく。
 見れば、あたりは真っ暗。いつのまにか日が落ち、夜になっていたらしい。
 山野のことを考えて、眠れなくって布団に転がって。

 ――は~る~くん。

 そうだ。山野だ。
 あの時と同じように、僕を呼んでる。
 あわてて階段を駆け下りる。
 いつから寝てたんだろう。真っ暗に静まり返った診療所の待合室を抜けて、玄関を飛び出す。

 「やっと出てきた」

 「山野……」

 驚く僕の前で、山野がニッコリ笑う。

 「ねえ、ちょっと海まで歩かない?」

 海? なんで海?

 思ったけど、口から出たのは「うん」って肯定の言葉だけ。
 歩き出した山野と並んで、坂を下り始める。

 ――なんで急に学校来なくなったんだ?
 ――今までなにしてたんだ?

 訊きたいことはいっぱいあるのに、なぜか頭がポーッとして言い出せない。それよりも……。

 「何見てるの?」

 「あ、いや、なんでもない。ゴメン」

 隣に並ぶ山野。淡いクリーム色のワンピースに、珍しく両サイドの髪を編み込んでる。あの花火大会の時と同じ格好。

 (カワイイ)

 「好き」と自覚したせいだろうか。その歩くたびに揺れるスカートの裾とか、服の上からでもわかる薄い肩とか。編み込んだせいで見えた小さな耳とか。
 目に映る全てを、カワイイと称賛したくなった。
 山野は、ホントにかわいく、そして誰よりも愛おしい。

 「うわあ。さすがにここに来ると、迫力が違うねえ」

 堤防を越え、海に面した砂浜を歩く。
 見上げれば、満天の星。海も空と同じく黒く沈んだ色をしてるけど、海と空を見間違えないのは、海には星がきらめいてないから。
 押し寄せる波の音が少し怖くも感じるけど、それを打ち消すだけの感動を空が与えてくれる。

 「夜の海って来たことないから。なんかちょっと新鮮」

 うれしそうに、かすかな光を頼りに、サンダルを脱いで波打ち際を歩く山野。
 波と砂の間。濡れた砂の上、時折訪れる強い波に、きゃあっと声をあげて退く。
 
 「こっちにおいでよ」

 言われ、僕もサンダルを脱ぎ捨てズボンの裾をめくる。

 「うわっ!」

 山野ほど機敏に動けなかった僕。海に近づくなり、さっそく足に波の洗礼を受けてしまった。

 「アハハッ」

 足を濡らした僕を山野が笑う。
 濡れた砂の上、踏み込む時はかかとが深く沈み、踏み出すときにはつま先が砂にのめりこむ。そうしてできたいびつな足跡は、次の波にもろく崩される。
 空には天の川。そのモヤッとした川を今日も渡る彦星。

 ――天の川 浅瀬しら波 たどりつつ 渡りはてねば 明けぞしにける

 (天の川の浅瀬を知らないので、白波をたどりながら渡りきれないでいると、夜があけてしまった)

 不意にそんな歌を思い出した。たしか『古今和歌集』。
 川が渡れなくて、織姫のところに行けなかった。残念、残念。

 (なにやってんだよ、彦星)

 そこまで天の川に入ってるのなら。そんなに濡るほど溺れてるのなら。渡りきって織姫のところに行ってしまえよ。
 いや。

 スー。ハー。

 大きく深呼吸をする。そして。

 「――山野」

 意を決し、波にはしゃぐ山野に声をかけた。

 「僕、キミのことが好きだ」

 言った。言い切った。
 情けない彦星じゃない。僕はちゃんと想いを伝えた。
 
 「……大里くん」

 山野がはしゃぐのをやめて、驚いた顔でこっちを見てくる。
 その視線を踏ん張って受け止めるけど。ダメだ。頭の奥がガンガンしてくる。足は波で何度も濡る。
 心臓がどうにかなってしまいそうなほど、早鐘を打つ。
 山野の返答を待つ。ああ、でも、こんなときでも山野はカワイイ。
 
 「ありがとう」

 驚きからゆっくりと笑顔に変わっていった山野の表情。彼女もまた、波に足を濡らしてそこに立つ。

 「その気持ち、すごくうれしい。――でも」

 目を潤ませ、ギュッと手を握り俯いた。「でも」ってなんだ?

 「お試しカップル、解消しよう?」

 「え?」

 「あのね。気持ちはうれしいの。だけど……」

 続いた言葉。遠く異国の言葉のように、染み込んでこない。

 「ごめんね。わたし、勘違いさせちゃったね。近づきすぎちゃったから、大里くんに、わたしが好きって思わせちゃった」

 「山……っ!」

 「今度学校行ったら、健太くんに計画を見直してもらうように伝えるよ。これ以上勘違いが進行しないように。大里くんが間違えないように。計画リセット! 計画終わり!」

 明るく、とっても明るく拒絶する山野。

 「わたしたちは、ただの家が近所なだけの同級生! これからも、仲の良い友だちでいようね、大里・・くん!」

 山野は僕を「はる」とは呼ばない。中学の時のように気安く「はる」とは。
 大里くん。
 その呼び方が、山野と僕の間に、そそり立つ壁のように立ちはだかる。

 「じゃあね。わたし、先に帰るね」

 山野が、海から離れ歩き出す。

 「またね」

 ふり返った笑顔。
 ずっと見たかった山野の笑顔なのに。
 ザザンと足に打ちつける波。
 その波は鉛のように重く、追いかけたい僕の足を海に縫い留める。

 (ハハッ。玉砕……かあ)

 アオハルオーバードーズ計画。三組のカップルのうち、僕と山野だけが失敗。
 人生初めての告白。そして人生初めての玉砕。

 (……カッコ悪)

 急ぎすぎるから、こうやって失敗するんだ。バカめ。
 彦星のように川を渡らず、想いを伝えに行かなかったら。そうしたら、「お友だち以上」ぐらいの立場で、「ワンチャンあるかも」って夢を見いてられたのに。
 空を見上げ、まばたきをくり返す。けれど涙が流れ落ちる。
 このまま海に沈んでしまいたいぐらい情けない僕の、カッコ悪い涙。
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