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5.空と海と風と大地と
(一)
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晴れた日は、突き抜けるような青空と、空と青さ比べをしてるような海が広がる。強い日差しが彩る世界は、それぞれの色を主張し合ってるように、とても濃い。ポストや雑草まで、その色味を「どや!」と全面に押し出してくる。
一転、雨の日はすべてがぼやけて、色を黙らせる。空と海は仲良く境界を失くし、曖昧になる。濡れた木々は、枝葉をグッタリとしならせ俯く。
三寒四温ならぬ、三晴四雨。
少しずつ晴れたり降ったりしながら、時間は先にすすむ。
春過ぎて夏来るらし。
春は過ぎたけど、夏を実感するまでは、もうあと少し時間が必要。
立ってるだけで汗をかく。寝ているだけでも汗が滲む。ムワッと暑い空気。時折吹く爽やかな風をありがたく思う。本格的な夏になったらどうなるんだろう。確実にバテるな。エアコンを抱えて生きていきたい。エアコンと僕はズッ友だ。そんなバカなことを思う日々。
月末、最終週は期末テスト。
それを過ぎて、7月になれば、あとは暑いけど楽しい夏休みが待っている。――補講確実だろう、健太を除いて。
* * * *
「――ゴメンね。今日も勉強につき合わせちゃって」
いつものような帰り道。二人で歩いてる途中、山野が申し訳無さそうに言った。
「別にいいよ」
僕が勉強を教えたのは、山野だけじゃない。
「山野は、覚えが早いし。そんなに苦じゃないよ」
これはホント。山野は、やり方さえ理解して覚えてしまえば、自分で答えに到達できる。問題は――
「健太は、どうにもならないけど」
開始三分で理解を放棄する健太。「も~、ダメだ。頭がパンクする」が口癖で、すぐに机に潰れる。かと思えば
「なんで、こんなん覚えなならんのやぁ! 漁師に英語なんて、んなもん必要あらへんやろがぁ!」
と喚いて、足をジタバタさせる。
「漁師に英語が必要なのは、難破したときのためだよ。大黒屋光太夫みたいに流されたら、必要になるだろ?」
「大黒屋、コダユウ? ダレソレ」
そうだ、健太は日本史もヤバかったんだった。そして、その「漁師に~なんて」は、英語だけじゃなく色々変化する。古典に数学、化学に生物。なんでも「~なんて」に当てはまる。そして喚く。正直、とてもうるさい。
あまりにうるさいので、マジギレした榊さんに襟をつままれ、図書室の外に放り出されそうになるまでが、毎度のテッパン展開。そして、その後はしばらくおとなしく問題に取り組むのだけど、すぐに「?」マークが頭の上に見えるようになる。
「健太くんって。将来漁師になるのかな?」
「さあ。泳げない、海が怖い漁師って成立するのかな?」
山野の見当違いな感想に、疑問で返す。
「そーいえばさ」
話題を変える。
「山野って、いつから僕のこと『大里くん』って呼んでたんだっけ?」
「え?」
「ほら、今日の勉強中に健太が言ってたじゃん。『カップルで苗字呼びしてるのは、お前らだけだぞ』って」
「ああ。そういえば、言ってたね」
あれは、ただの勉強からの逃げ話題なんだろうけど。
「山野ってさ。中学の時、僕を迎えに来てた頃は、『陽』って名前で呼んでたのに、いつの間にか『大里』に変わったよね?」
おそらく、高校に入った時ぐらいから。僕の呼び方が変化していた。
「呼ばれたいの? 下の名前」
「いや、そういうわけじゃないけど……」
呼ばれたいのか? 改めて訊かれると返事に困る。
雨上がりの今。傘をさしてないぶん、並んで歩く僕と山野の距離は近い。けど、「大里くん」「山野」と呼び合うように、節度ある距離は保たれている。
これを壊したいか? これを壊してもう一歩近づきたいのか?
答えは不明。
「ただ、健太のことは『健太くん』なのに、どうして僕は苗字なのか気になっただけ」
そういうことにしておく。
「それを言ったら、長谷部くんのことも『長谷部くん』だよ? 明音ちゃんは、そのまま『明音ちゃん』だけど」
そうだ。山野は、逢生のことも「長谷部くん」と苗字で呼んでいた。
――カップルで苗字呼びしてるのは、お前らだけ。
健太のその言葉に惑わされていた。
健太と明音ちゃん、碧生と夏鈴が、互いに名前で呼んでたから気になったけど、山野は、他の男子についても苗字で呼びかけていた。
成長して、馴れ馴れしくするのはおかしいとか思ったんだろうか。でもそれなら。
「なんで健太だけ名前のままなの?」
疑問をそのままぶつけてみる。
なんで健太との距離だけ成長しないんだ?
「う~ん。それは、おそらくだけど、大里くんが夏鈴を『鬼頭さん』って呼ばないのと同じだと思うよ?」
「なるほど」
僕が夏鈴を「鬼頭さん」と呼ばないのは、それだけ夏鈴がズケズケズカズカと、人の枠の中に入ってくるから。男女の違いとか、パーソナルスペースとか、そういうの関係なしに接してくる。その気安さが、距離を成長させない理由なんだろう。
いつもの分かれ道。
健太たちがいればここで「じゃあな」なんだけど、今は山野と二人だけだから、美浜屋の前で曲がって、そのまま揃って歩くんだけど。
(あれ?)
半分だけシャッターを下ろした美浜屋。
慌ただしく出入りする人。
「なにかあったのかな?」
疑問に思ったのは山野も同じ。二人で首を傾げたりしながら、店に近づく。
「じいちゃん!」
その少しだけ開いた店から出てきた、僕のじいちゃん。
「ああ、陽か。おかえり」
言葉こそ温かいが、その顔は暗く、消沈してる。
「――なにか、あったんですか?」
空気を察したのか。張り詰めた声で山野が問いかけた。
「ここの婆さんがな。亡くなったんや」
「え?」
立ち尽くした僕。隣で祈るように手を組んだまま固まった山野。
カタン。パタン。
さっきまでやんでいた雨が再び降り出して、美浜屋のトタンの屋根を不規則に鳴らし始めた。
美浜屋のお婆さんの死。
それは、僕にとって初めての、親しい人の死だった。
一転、雨の日はすべてがぼやけて、色を黙らせる。空と海は仲良く境界を失くし、曖昧になる。濡れた木々は、枝葉をグッタリとしならせ俯く。
三寒四温ならぬ、三晴四雨。
少しずつ晴れたり降ったりしながら、時間は先にすすむ。
春過ぎて夏来るらし。
春は過ぎたけど、夏を実感するまでは、もうあと少し時間が必要。
立ってるだけで汗をかく。寝ているだけでも汗が滲む。ムワッと暑い空気。時折吹く爽やかな風をありがたく思う。本格的な夏になったらどうなるんだろう。確実にバテるな。エアコンを抱えて生きていきたい。エアコンと僕はズッ友だ。そんなバカなことを思う日々。
月末、最終週は期末テスト。
それを過ぎて、7月になれば、あとは暑いけど楽しい夏休みが待っている。――補講確実だろう、健太を除いて。
* * * *
「――ゴメンね。今日も勉強につき合わせちゃって」
いつものような帰り道。二人で歩いてる途中、山野が申し訳無さそうに言った。
「別にいいよ」
僕が勉強を教えたのは、山野だけじゃない。
「山野は、覚えが早いし。そんなに苦じゃないよ」
これはホント。山野は、やり方さえ理解して覚えてしまえば、自分で答えに到達できる。問題は――
「健太は、どうにもならないけど」
開始三分で理解を放棄する健太。「も~、ダメだ。頭がパンクする」が口癖で、すぐに机に潰れる。かと思えば
「なんで、こんなん覚えなならんのやぁ! 漁師に英語なんて、んなもん必要あらへんやろがぁ!」
と喚いて、足をジタバタさせる。
「漁師に英語が必要なのは、難破したときのためだよ。大黒屋光太夫みたいに流されたら、必要になるだろ?」
「大黒屋、コダユウ? ダレソレ」
そうだ、健太は日本史もヤバかったんだった。そして、その「漁師に~なんて」は、英語だけじゃなく色々変化する。古典に数学、化学に生物。なんでも「~なんて」に当てはまる。そして喚く。正直、とてもうるさい。
あまりにうるさいので、マジギレした榊さんに襟をつままれ、図書室の外に放り出されそうになるまでが、毎度のテッパン展開。そして、その後はしばらくおとなしく問題に取り組むのだけど、すぐに「?」マークが頭の上に見えるようになる。
「健太くんって。将来漁師になるのかな?」
「さあ。泳げない、海が怖い漁師って成立するのかな?」
山野の見当違いな感想に、疑問で返す。
「そーいえばさ」
話題を変える。
「山野って、いつから僕のこと『大里くん』って呼んでたんだっけ?」
「え?」
「ほら、今日の勉強中に健太が言ってたじゃん。『カップルで苗字呼びしてるのは、お前らだけだぞ』って」
「ああ。そういえば、言ってたね」
あれは、ただの勉強からの逃げ話題なんだろうけど。
「山野ってさ。中学の時、僕を迎えに来てた頃は、『陽』って名前で呼んでたのに、いつの間にか『大里』に変わったよね?」
おそらく、高校に入った時ぐらいから。僕の呼び方が変化していた。
「呼ばれたいの? 下の名前」
「いや、そういうわけじゃないけど……」
呼ばれたいのか? 改めて訊かれると返事に困る。
雨上がりの今。傘をさしてないぶん、並んで歩く僕と山野の距離は近い。けど、「大里くん」「山野」と呼び合うように、節度ある距離は保たれている。
これを壊したいか? これを壊してもう一歩近づきたいのか?
答えは不明。
「ただ、健太のことは『健太くん』なのに、どうして僕は苗字なのか気になっただけ」
そういうことにしておく。
「それを言ったら、長谷部くんのことも『長谷部くん』だよ? 明音ちゃんは、そのまま『明音ちゃん』だけど」
そうだ。山野は、逢生のことも「長谷部くん」と苗字で呼んでいた。
――カップルで苗字呼びしてるのは、お前らだけ。
健太のその言葉に惑わされていた。
健太と明音ちゃん、碧生と夏鈴が、互いに名前で呼んでたから気になったけど、山野は、他の男子についても苗字で呼びかけていた。
成長して、馴れ馴れしくするのはおかしいとか思ったんだろうか。でもそれなら。
「なんで健太だけ名前のままなの?」
疑問をそのままぶつけてみる。
なんで健太との距離だけ成長しないんだ?
「う~ん。それは、おそらくだけど、大里くんが夏鈴を『鬼頭さん』って呼ばないのと同じだと思うよ?」
「なるほど」
僕が夏鈴を「鬼頭さん」と呼ばないのは、それだけ夏鈴がズケズケズカズカと、人の枠の中に入ってくるから。男女の違いとか、パーソナルスペースとか、そういうの関係なしに接してくる。その気安さが、距離を成長させない理由なんだろう。
いつもの分かれ道。
健太たちがいればここで「じゃあな」なんだけど、今は山野と二人だけだから、美浜屋の前で曲がって、そのまま揃って歩くんだけど。
(あれ?)
半分だけシャッターを下ろした美浜屋。
慌ただしく出入りする人。
「なにかあったのかな?」
疑問に思ったのは山野も同じ。二人で首を傾げたりしながら、店に近づく。
「じいちゃん!」
その少しだけ開いた店から出てきた、僕のじいちゃん。
「ああ、陽か。おかえり」
言葉こそ温かいが、その顔は暗く、消沈してる。
「――なにか、あったんですか?」
空気を察したのか。張り詰めた声で山野が問いかけた。
「ここの婆さんがな。亡くなったんや」
「え?」
立ち尽くした僕。隣で祈るように手を組んだまま固まった山野。
カタン。パタン。
さっきまでやんでいた雨が再び降り出して、美浜屋のトタンの屋根を不規則に鳴らし始めた。
美浜屋のお婆さんの死。
それは、僕にとって初めての、親しい人の死だった。
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