アオハルオーバードーズ!

若松だんご

文字の大きさ
上 下
19 / 39
4.あまくはじけてほろ苦く

(三)

しおりを挟む
 「じゃあ、またな~」

 「またな~」

 放課後。
 いつものように健太、明音あかねちゃんと別れる。場所もいつものように美浜屋の前。そこからは山野と僕、二人だけの通学路。

 「明日、晴れるかなあ」

 唐突に、山野が言い出した。
 昼間に比べて、明るさは増している。雲も途切れとぎれになって、薄い雲の部分は、白金色に輝いてる。

 「晴れるんじゃないなあ。多分」

 今日は天気予報見てないから、どうなのか確証はないけど。
 でも、山野が晴れを望んでるなら、明日は晴れにしてあげたい。天気を動かす力なんて持ってないけど。

 「梅雨、なかなか始まらないね」

 「だなあ」
 
 6月に入ってしばらく過ぎた。
 いつもなら、「例年通り」もう梅雨に入ってもいいのに、今年は曇ったりするだけで、梅雨に入ったりしない。週末の雨をキッカケに梅雨入りするかもしれないって、以前テレビで言ってたけど、今のところ、「梅雨」が来る感じはしない。

 「雨はありすぎても困るし、なさすぎても困るんだよねえ」

 「そうだなあ」

 妙な相槌マシーンにでもなったような、間抜けな返答。

 「でも、晴れが続いたら、スケッチに出かけやすくなるんじゃないのか?」

 相槌マシーンをやめたくて、こっちから質問してみる。
 雨が降らなければ出かけやすい。そうしたら、色んなところで絵を描けるじゃないか。

 「う~ん。晴れの仁木島もいいけど。雨にけぶる仁木島も描きたいんだよね」

 「雨に?」

 「うん。そんなゴウゴウビョウビョウ吹きすさぶ嵐じゃなくて。シトシトと降る雨に、世界は白っぽく、薄い灰色に染まるの。山も木も海も町も。みんなボンヤリして、淡く混じるんだ」

 「へえ……」

 そんなんだっただろうか。雨の景色。

 「それに、雨の降ったあとは、透き通ってキレイな空気に包まれるから。それまでよりも何倍も光が輝いてるし、世界の色がハッキリするんだ」

 そうだったかな。雨上がりの世界。
 僕と山野は、身長も違えば、視点の高さも違う。同じ黒い目だけど、違う個体の目。
 同じ景色を見ていても、山野には僕とは違う景色に見えてるのかもしれない。
 山野の見てる世界は、山野の手でスケッチブックに残される。今も小脇に抱えてるスケッチブック。少し見てみたいと思った。

 「おーい、はるくんや~」

 坂を登り始めた僕たちの背後。ブオオオンと、騒がしい排気音が近づいてきた。
 スクーターに乗って現れた、中年、やや高齢よりの女性。じいちゃんの診療所で見かけたことあるけど。――誰だっけ? 名前は知らない。

 「あ~、間に合うた~。さっき見かけたから、そうかなと思ったんやけど~」

 僕らの脇でスクーターを止めた女性。なぜかフヒ~と息を吐き出す。坂を走ってしんどいのは、オバサンじゃなくて、スクーターだろうに。

 「これ、持ってき」

 ドサッというか、バサッというか。
 前カゴがら取り出したソレを、ドスンと渡される。

 (うわ!)

 受け取った衝撃で、あたりに広がる強烈な青臭さと土臭さ。

 「さっき畑で採ってきたネギや。先生のとこ持ってこかと思とったんやけど。はるくん、持ってき」

 「あ、ありがとうございます」

 お礼は言うけど。どこか実の入ってない、上っ面くささを感じる。

 「ほなな。先生によろしく言うといてや~」

 颯爽と? スクーターを巡らせて、元来た坂を下っていくオバサン。

 (よろしくって言われても……)

 ホント、どこの誰なんだろう。そして。

 (こんなに大量のネギ、どうしろと?)

 新聞紙で包まれた採りたてのネギ。包んだ新聞の中から匂いとそのツンツン具合で、主張してくる青ネギ。右腕で抱えてるけど、どうかすると左手も動員したほうがいいぐらいの量。ネギでお店開けそう。
 せっかくの好意を「要らない」とは言えないし。

 「プッ……」

 「なんだよ、山野。なんで笑ってんだよ」

 僕に背を向け、肩を震わせて笑ってる山野。その姿に、思わずムッとする。

 「ご、ゴメン。で、でも、おかっ、おかしくって……」

 謝りながらも、笑いが止まらない。

 「おかしいって。なにがさ」

 「そのっ、大里くんが持ってるネギが……」

 「ネギ?」

 強烈なネギ臭だけど?

 「送別会のはなむけでもらう花束みたいだなって、そのっ……」

 言葉が続けられなくなった山野。背中を丸め、クスクスと笑い続ける。

 「ネギが餞別って……」

 絶句する。
 カラフルなラッピングじゃなく、よれた新聞紙で包まれた大きなネギの花束(?)。バラやカーネーションのような上品な香りではなく、強烈なネギ臭と土臭さが鼻を突く。
 その抱え方こそ、花束っぽいけど。

 「こんな餞別、さすがにイヤだ」

 こんなの、嫌われてるみたいだ。ネギの花束なんて、なんのイジメだ? 

 「うん、だよね。ゴメンね、笑っちゃって」

 こっちに向き直して目尻を拭う山野。でも、ちょっとつつけば、また笑い出しそう。
 
 「じゃあ、お詫びとして――」

 ネギの花束から、適当な量をガシッと掴んで引っこ抜く。

 「山野もネギ、持っていけよ」

 「え? ちょっ、大里くんっ!?」

 「おすそ分け」

 「こんなにもらえないよ!」

 「じいちゃんと二人暮らしの僕ン家じゃ、こんなに食べ切れないから」

 「そんなこと言ったら、わたしン家も五人しかいないよ? それに、おばあちゃんが庭でネギ作ってるし」

 知ってる。
 この辺の家は、漁師の家でも庭で少し菜園を作ってる。近所に八百屋とかなくてもやっていけるのは、そういう菜園があるからってのが理由。山野の家の庭にも、ネギやらトマトやら、色々な野菜が植えられている。

 「でもウチより人数多いじゃん」

 ってことで、返品不可。
 
 「というかさ。僕、どっちかというと白ネギのが好きなんだよね」

 「白ネギ? ああ、東京ネギね」

 僕の言葉を山野が言い換える。
 この辺では白い部分の多いネギ、白ネギを東京ネギという。東京の方で食べられてるネギという意味らしい。
 関西では青い部分の多いネギが主流らしいけど、僕にしてみれば、その青の向こう、厚みのない空洞が気になる。ネギは、どっちかと言うと、シャキッとして歯ごたえある方が好き。白ネギと豆腐の味噌汁を、地味に一押し味噌汁としている。もちろん、味噌は白味噌派。
 まあ、もらった分はちゃんと食べ切るけど。

 「よかったらさ。そのネギを使って、なにかお弁当作ってよ」

 「え?」

 「山野のお弁当。一度食べたら忘れられない衝撃だったんだよなあ」

 だって、おにぎりゴロンゴロン。あんな巨大なおにぎりは、絶対忘れられない。

 「衝撃って。美味しいじゃなくって?」

 「そう。衝撃。もちろん美味しかったけど」

 味よりも、そのインパクトが強烈だった。

 「じゃあね!」

 いつもの別れ道。軽くネギの花束を振って別れる。
 なぜかスキップしたい気分。
 少しだけ振り向いてみると、山野はまだそこにいて。渡したネギを大事そうに、花束のように抱えていたけど。

 ――ネギクサッ!

 かすかに聞こえた声に、今度は僕のお腹が、笑いでよじきれそうになった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私の隣は、心が見えない男の子

舟渡あさひ
青春
人の心を五感で感じ取れる少女、人見一透。 隣の席の男子は九十九くん。一透は彼の心が上手く読み取れない。 二人はこの春から、同じクラスの高校生。 一透は九十九くんの心の様子が気になって、彼の観察を始めることにしました。 きっと彼が、私の求める答えを持っている。そう信じて。

黄昏は悲しき堕天使達のシュプール

Mr.M
青春
『ほろ苦い青春と淡い初恋の思い出は・・  黄昏色に染まる校庭で沈みゆく太陽と共に  儚くも露と消えていく』 ある朝、 目を覚ますとそこは二十年前の世界だった。 小学校六年生に戻った俺を取り巻く 懐かしい顔ぶれ。 優しい先生。 いじめっ子のグループ。 クラスで一番美しい少女。 そして。 密かに想い続けていた初恋の少女。 この世界は嘘と欺瞞に満ちている。 愛を語るには幼過ぎる少女達と 愛を語るには汚れ過ぎた大人。 少女は天使の様な微笑みで嘘を吐き、 大人は平然と他人を騙す。 ある時、 俺は隣のクラスの一人の少女の名前を思い出した。 そしてそれは大きな謎と後悔を俺に残した。 夕日に少女の涙が落ちる時、 俺は彼女達の笑顔と 失われた真実を 取り戻すことができるのだろうか。

足を踏み出して

示彩 豊
青春
高校生活の終わりが見え始めた頃、円佳は進路を決められずにいた。友人の朱理は「卒業したい」と口にしながらも、自分を「人を傷つけるナイフ」と例え、操られることを望むような危うさを見せる。 一方で、カオルは地元での就職を決め、るんと舞は東京の大学を目指している。それぞれが未来に向かって進む中、円佳だけが立ち止まり、自分の進む道を見出せずにいた。 そんな中、文化祭の準備が始まる。るんは演劇に挑戦しようとしており、カオルも何かしらの役割を考えている。しかし、円佳はまだ決められずにいた。秋の陽射しが差し込む教室で、彼女は焦りと迷いを抱えながら、友人たちの言葉を受け止める。 それぞれの選択が、少しずつ未来を形作っていく。

クルーエル・ワールドの軌跡

木風 麦
青春
 とある女子生徒と出会ったことによって、偶然か必然か、開かなかった記憶の扉が、身近な人物たちによって開けられていく。  人間の情が絡み合う、複雑で悲しい因縁を紐解いていく。記憶を閉じ込めた者と、記憶を糧に生きた者が織り成す物語。

独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立

水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~ 第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。 ◇◇◇◇ 飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。 仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。 退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。 他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。 おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。 

ファンファーレ!

ほしのことば
青春
♡完結まで毎日投稿♡ 高校2年生の初夏、ユキは余命1年だと申告された。思えば、今まで「なんとなく」で生きてきた人生。延命治療も勧められたが、ユキは治療はせず、残りの人生を全力で生きることを決意した。 友情・恋愛・行事・学業…。 今まで適当にこなしてきただけの毎日を全力で過ごすことで、ユキの「生」に関する気持ちは段々と動いていく。 主人公のユキの心情を軸に、ユキが全力で生きることで起きる周りの心情の変化も描く。 誰もが感じたことのある青春時代の悩みや感動が、きっとあなたの心に寄り添う作品。

タカラジェンヌへの軌跡

赤井ちひろ
青春
私立桜城下高校に通う高校一年生、南條さくら 夢はでっかく宝塚! 中学時代は演劇コンクールで助演女優賞もとるほどの力を持っている。 でも彼女には決定的な欠陥が 受験期間高校三年までの残ります三年。必死にレッスンに励むさくらに運命の女神は微笑むのか。 限られた時間の中で夢を追う少女たちを書いた青春小説。 脇を囲む教師たちと高校生の物語。

Hand in Hand - 二人で進むフィギュアスケート青春小説

宮 都
青春
幼なじみへの気持ちの変化を自覚できずにいた中2の夏。ライバルとの出会いが、少年を未知のスポーツへと向わせた。 美少女と手に手をとって進むその競技の名は、アイスダンス!! 【2022/6/11完結】  その日僕たちの教室は、朝から転校生が来るという噂に落ち着きをなくしていた。帰国子女らしいという情報も入り、誰もがますます転校生への期待を募らせていた。  そんな中でただ一人、果歩(かほ)だけは違っていた。 「制覇、今日は五時からだから。来てね」  隣の席に座る彼女は大きな瞳を輝かせて、にっこりこちらを覗きこんだ。  担任が一人の生徒とともに教室に入ってきた。みんなの目が一斉にそちらに向かった。それでも果歩だけはずっと僕の方を見ていた。 ◇ こんな二人の居場所に現れたアメリカ帰りの転校生。少年はアイスダンスをするという彼に強い焦りを感じ、彼と同じ道に飛び込んでいく…… ――小説家になろう、カクヨム(別タイトル)にも掲載――

処理中です...