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3.恋せよ乙女、恋して男子

(四)

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 「――計画、進まねえ」

 放課後、掃除の時間。グデっとグダっと、溶けかけたチーズのように、ほうきの柄にすがる健太。
 コイツがこうして潰れて愚痴るのって。――デジャヴ?

 「計画が進まないって。そりゃあ、あんな曲しか歌わないんじゃ、しょうがないだろ」

 昨日のカラオケ大会。
 珍しく榊さんも参加して、大盛り上がり――にはならなかった。

 まず、古いカラオケセットだから、登録されてる曲も古い。
 おそらくだけど、90年代でストップしてる。その上、選曲の入力は、なんと数字。
 タッチパネルで曲を選ぶのではなく、カタログに載ってる曲の番号を、リモコンで入力するってスタイル。歌手順、曲名順にカタログから選ぶことはできるけど、まあ、そのカタログってのも、機材のアナログさといっしょで、時代に取り残されている。当たり前だけど、最新の曲なんてアップデートされているわけがない。

 「だから、カラオケなんて盛り上がらねえよって、言ったじゃん」

 逢生あおいがむくれる。
 昔、民宿で使っていたカラオケ機材。健太が強引に頼み込んで、ずっと放置されてたそれを使ったのだけれど。

 「うう~、あそこまで古いままだとは思わなかった~」

 健太がベソをかく。
 どうせ、得意な曲の一つや二つ歌って見せて、明音あかねちゃんにカッコいいと思ってもらう魂胆だったんだろう。

 (『三年目の浮気』、……じゃなあ)

 健太の選曲。
 デュエット曲を二人でってのは、カップルっぽくて悪くないと思うけど。

 (だからって、「浮気」はないだろ)

 せめて『愛が生まれた日』にしておけ。
 逢生あおいがツッコんだけど、「オレ、これしか知らねえ」で健太が選曲して、明音あかねちゃんとのデュエットに持ち込んだ。その上、歌詞もところどころうろ覚え。
 当然だけど、明音あかねちゃんが「ステキ♡」になるわけがない。

 「でもさ、意外だったよな、榊さんの選曲とかさ」

 「そうだね。あれは意外だった。すごく上手かったし」

 ベソかき健太はほっといて。逢生あおいの意見に、ウンウンと頷く。
 珍しく参加していた榊さん。普段の彼女なら、「そんなことしてる暇があったら、本を読んでいる方がマシ」とかで、仲間に加わってくることないのに。
 僕と山野が遅れて到着した時。マイクを握って熱唱してたのは、なんと榊さんだった。
 『ロマンスの神様』
 カタログの最新曲として追加されてたもの。
 榊さん曰く、「高音域が出るかどうか試したくて選んだ」そうだけど。
 
 (あんな高音、出るだけすごいよな)

 声が嗄れることも、ひっくり返ることもなく歌いきってた。「まだまだだわ」と本人は不満げだったけど、低い男性音域の僕からしてみれば、「すげえ」の一言。
 まあ、この六月に、冬のテッパン曲を持ってくるのはどうかと思うけど。それでもスゴかったと感想を述べたい。
 カラオケ大会は、「最低でも一人一曲歌うこと」というルールが設けられ、遅れた僕と山野も、演歌が圧倒的割合を占めるカタログからどうにか選曲して歌った。
 けど。
 これで、アオハルオーバードーズ計画が一気に進む――なんてことはなかった。停滞。むしろ逆行した部分もあるような気がする。

 「チクショウ。夏までにはもっと推し進めたいのに……」

 グズグズ。
 健太が愚痴る。

 「なんで、夏! なんだよ」

 こだわる理由は?

 「夏と言えば、海! 海と言えば、水着! 水着と言えば、カワイイ彼女! 夏の日差しに輝く肌! 水を弾くキレイな肌! 体のライン露わなビキニか、ちょっとかわいくワンピースタイプか! スク水もアリだが、オレの性癖には刺さらへん!」

 あ。訊いた僕がバカだった。
 訊いたことを、超特大後悔。

 「ペチャパイを気にして、フリルいっぱいワンピースタイプとか、タンキニを選ぶのは許すが、ラッシュガードはいただけへん! 日焼けを気にするのはわかるが、それじゃあ、せっかくのお肌が見えへんやないか! おっぱい隠すのも論外や!」

 知らん。そんなこと。

 「なあ、逢生あおいよ。お前だって、夏鈴かりんのボディ、見たいと思わへんか」

 健太が、ススっと箒仲間の碧生あおいに近づく。その動きはまるで「レレレのオジサン」。
 真面目に掃除してた逢生あおいに近づくと、その肩に肘を置く。

 「アイツ、いっつも『あたし、泳ぎますけど?』みたいな、ガチの水着着てるけどさ。たまには、カレシとしてアイツのビキニ姿とか見たくねえか?」

 「そっ……!」

 「真っ青な空と海! 白い砂浜、浮かぶ雲! そこに健康的に焼けた肌! 白いビキニの隙間からこぼれんばかりに実った胸! ムダな肉などあらへん、キュッと締まった腰! パンツから伸びるスッと長い脚! カレシだからこそ拝める、その姿! 一回ぐらい、見たいと思わんか?」

 ウリウリ。
 健太が、真っ赤になった逢生あおいの頬を、肘でつつく。

 「なあ、お前ら、そのへんにしておけよ」

 特に健太。でないと。

 「――サイテー」

 ゴミ箱を持って教室に戻ってきた夏鈴かりん。続いて女子たち。
 ゴミ捨てに行ってた女子が戻ってきたのだ。
 おまけに、明音あかねちゃんまでついて。全員して、穢らわしいものを見るように、こっちに視線をむける。

 「えっと、その、これはだな……」

 焦った健太が弁明を始める。

 「いい? 明音あかねちゃん。男、特に健太はああいうヤツだから。うっかりアイツの前で素肌なんか晒しちゃダメよ?」

 「そうよ。男はケダモノなのよ。気をつけなさい」

 「はい!」

 忠告する夏鈴かりんと榊さん。真面目に聞く明音あかねちゃん。

 「そうそう。未瑛みえいもね。大里くんはそうじゃないって信じたいかもしれないけど。アイツだって、頭んなかは、健太とどっこいどっこいよ」

 ――は?

 「そうね。おとなしい草食系に見えても、中身はケダモノ。羊の皮を被った狼かもしれないわ」

 いやいやいやいや。
 なんで、僕まで健太の同類にされちゃうのさ。
 そりゃあ、少しは、そのまあ……。ちょっとぐらいは想像したけどさ。山野の水着姿。でもほんのちょっとだけだし。そこまでハッキリ思い描いたわけじゃないし。山野なら、フリルやリボンを付けてもいいから、かわいいビキニ着てくれるとうれしいなって、恥ずかしいなら、フワッとパーカー羽織ってくれててもいいな、かわいいだろうなって思っただけで……。

 「はい! 気をつけます!」

 明音あかねちゃん以上に、元気よく返事した山野。
 ああ、僕って、「羊の皮を被った狼」認定なんだ。まあ、そう思われるだけの妄想はしてたわけだし。
 ガックリと肩を落とす。
 その姿を見てか、山野がクスクスと笑った。
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