アオハルオーバードーズ!

若松だんご

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2.恋とはどういうものかしら

(四)

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 〉明日、カノジョ(カレシ)に渡す弁当を持ってくること!

 昨夜、健太から突然メールが届いた。
 カレシに渡す弁当じゃなくて、なんでカノジョに渡す弁当?
 聞き返すと、「片方からじゃ、不公平って不満が出たから」なんだそうだ。なるほど。
 「私、お弁当作ってきたの。よかったら、食べてください!」は、少女マンガとかでありそうだけど、あれって男女不平等だよな。どうしてお弁当作り=女子なのか。男子が作ってもいいよなとは思う。けど。

 「いくらなんでも急すぎんのよ、アンタは!」

 訪れた昼休み。
 僕の意見を代弁するように、夏鈴かりんが健太を叱りつける。
 メールが回ってきたのは、夜の9時。
 いくらなんでもそこから明日の、それも誰かに渡す弁当の準備をするのは、男女関係なく、かなり厳しい。
 幸い、ウチにはそれなりに食材があったからなんとかなったけど、そうでない場合、「ちょっと待ってよ!」が正直なところだろう。
 
 「んなこと言ったってさ! 昨日は追試で忙しかったんだよ!」

 健太の言い訳。
 昨日の放課後、健太は先生たちの都合もあって、古典と数Ⅱの追試を同日に受けさせられていた。今日は英語だけと、多少ラクにさせてもらってるけど、それでも大変なのは間違いない。

 「まったく、もう……」

 怒りはしたものの、それ以上の追撃はしない。追試だらけの健太に、夏鈴かりんも多少は同情してるのかもしれない。(憐れんでるとも言えるけど)

 「とにかく! ほら、カップル同士、作ってきた弁当、交換しようぜ!」

 そそくさと健太が、カバンの中から弁当の包みを取り出す。

 「ホラ、明音あかね、受け取れ。『わたし、アナタのためにお弁当作ってきたの♡』」

 「キモ」

 健太のぶりっ子声色仕草つきに、一年生だけど昼食に混じりに来てた明音あかねちゃんが、思いっきり引いた。でも、ちゃんと弁当は受け取って、代わりの弁当を渡した。優しい。

 「じゃあ、あたしも。急だったから、たいしたもん入れてないけど、はい」

 夏鈴かりん逢生あおいに弁当を渡す。

 「じゃあ、ボクも」

 こちらの交換会は、とても気軽で気さく。でも。

 「あれ? 中身同じ?」

 先に弁当を開けた健太が言った。夏鈴かりんの開いた弁当と健太の弁当。おかずの配置から種類、数。すべてが瓜二つ。

 「お母さんが作ったんだもん。同じに決まってるじゃん」

 明音あかねちゃんが言った。

 「お母さんって……。これ、お前が作ったんじゃないのか?」

 「違うに決まってんでしょ。ウチのお弁当はお母さんが作ってくれるの」

 だから、兄である逢生あおいの持ってきた弁当と中身は同じ。

 「でも、美味しいわよ。さっすが明音あかねちゃんのお母さん! 料理上手よねぇ~」

 一足先にパクっとおかずを食べた夏鈴かりんの感想。うれしそうに、身を揺らして、ほっぺたを手で押さえて。お世辞抜きで、美味しいんだろうなってのがよくわかる。
 
 「オレ、夏鈴かりんとおそろいかよ……」

 「なに? 気に入らないなら、交換止めるけど?」

 健太の呟きを、明音あかねちゃんが聞き咎める。

 「アタシ、こんな冷凍食品だらけより、お母さんの弁当のがいいし」
 
 「それは……っ! 追試で時間取れなくて……買い物に行けなかったんだよ」

 ブツブツと言い訳。

 「ふぅん。なら、こんな急に弁当交換会なんて言い出さなきゃよかったのに」

 明音あかねちゃんは、夏鈴かりんよりも容赦ない。でも、その冷食らしきハンバーグを箸にぶっ刺し、ちゃんと食べてくれた。

 「今日はこれで許してあげるけど。次は、ちゃんと作ってきなさいよ」

 「――はい」

 どちらが年上かわからない応酬。

 「おい、はるは何作ってきたんだよ」

 クスッと笑ったのが聞こえたのか。とばっちりっぽく健太の視線がこっちに向いた。

 「えっと……」

 軽く睨まれて、僕の弁当を受け取った山野が包みを開く。

 「うわあ……」

 蓋を取った山野。そのまま、パアッと顔を明るくした。

 「スゲえ」

 「あら、カワイイじゃない」

 感想を述べたのは逢生あおいと榊さん。その感想と山野の反応に、ホッと胸をなでおろす。
 僕が作った弁当。容れ物こそ無愛想なタッパーだけど、中身はそれなりに工夫した。ケチャップライスを丸く成形した。その上にチーズと海苔で顔を描いて、耳はカットしたウインナーで作ってくっつけた。茹でたブロッコリーや花形に切った人参で彩りも添えてみた。端の黄色い玉子焼きには、意味もなく赤いピックを刺してみた。
 とにかくかわいく。頑張って作ってみたクマさんキャラ弁。
 喜んでもらえたなら、頑張ったかいもあったかな。
 そんなことを思いながら、山野から受け取った弁当を開ける。
 真っ黒で無骨な男物弁当箱。
 箸を取り出し、蓋に手をかけるけど――。

 「あっ! 見ないで!」

 慌てた山野が、その蓋を押さえる。

 「やっぱりナシ! お弁当交換、ナシ!」

 「なんで?」

 「だって、その……。わたしの全然かわいくないし、明音あかねちゃんとこのお母さんみたいに上手でもないし……」

 恥ずかしそうにモニョモニョ言い訳を続ける。

 「いいよ。僕、結構腹減ってるし。なんでも食える自信あるから」

 「それ、なんかヒドくない?」

 逢生あおいにツッコまれたけど、気にしない。

 「笑ったりしない?」

 「うん、しない。それより早く食べたい」

 笑って言うと、じゃあと、山野が手を除けた。
 やっと開けたお弁当。そこにあったのは――。

 (うお)

 ゴロンゴロンゴロン。
 弁当に転がるでっかいおにぎり三つ。
 野球ボール? いや、ソフトボール? それぐらいデカい海苔巻きおにぎりが、お弁当箱を占拠している。
 おかずは、竜田揚げと、野菜の煮物。全体的に茶色い。わずかに煮物の人参が彩りを上げるけど、おにぎりの海苔の黒とおかずの茶色が、弁当箱の色と相まって、とても地味。

 「あら、なかなか豪快なお弁当ね」

 僕の代わり、隣から覗き込んだ榊さんが、感想を述べた。

 「ごっ、ごめんなさい! そのっ! お父さんの弁当みたいに、男の人ならデッカイおにぎりがいいかなって! そう思って握ってたら、つい、その大きさにっ……!」

 恥ずかしさに耐えられなかったのか。わっと、山野が両手で顔を隠した。

 (お父さんのみたいに……か)

 山野のお父さんは漁師をしている。海で漁をするというのは、とても体力を使うだろうし、すごくお腹空くと思う。だから、持って行くお弁当だって、デカくて大量になる。
 実際、この弁当だって、開けた途端「モファッ」と膨らんだし。ギュウっと中身が圧縮されていたんだろう。

 「別にいいよ。ってか、これ、美味しいし」

 その、野球に使えそうなおにぎりを一つ食べてみる。デカい。デカいけど、ちゃんと塩味効いてて普通に美味しい。そして中身は、ちょっと潰れた梅干し。山野のお祖母さんが作る自家製梅干しだ。

 「ホントに?」

 「うん、ホントに。僕、竜田揚げも好きだし。悪くないよ」

 「よかったぁ~」

 僕の言葉に、途端にホニャアと崩れた山野の顔。よっぽど気にしてたのかな。
 さっきからクルクル変わる彼女の表情は、ちょっとかわいい。

 「そういえば、榊さんは、誰とも交換してないけど。今日はどんなの持ってきたの?」

 話題を反らす。
 日下先生を推して、誰ともカップリングされてない榊さん。単純に、どんな弁当なのか気になった。

 「私? 私はこれよ。サンドイッチ」

 ハムッと一口食べながら、見やすいように弁当箱を傾けてくれた。

 「サンドイッチだと、小説読みながらでも食べられるから便利なのよね。おにぎりと並んで、ながら食べの最高アイテムだと思うわ」

 二口目を頬張って、スマホを取り出す。
 本を開いてだと、粉が落ちないか心配だけど、スマホならちょっと払えばいいし、問題はない。

 「あ、オレ、それ知ってる!」

 なぜか得意げな健太。

 「サンドイッチ伯爵ってギャンブル好きの伯爵が、トランプゲームの合間に片手でつまめるものを作らせた。それがサンドイッチの語源だって!」
 
 「川嶋くん、アナタ……」

 どやあな顔の健太に、榊さんが呆れた声を上げる。

 「健太、それ、間違い」

 「へ?」

 「サンドイッチみたいな、パンの間に具を挟む料理は古代からあって、別にサンドイッチ伯爵が発明した料理じゃないんだよ」

 「そうよ。追加で補足すると、サンドイッチ伯爵は、別にサンドイッチを好んで食べてもいないし、政務に忙しくてトランプゲームに興じてる暇はなさそうだってのが、最近の研究結果よ」

 「そ、そうなの?」

 「どやあ」から「へ?」の顔になった健太に、榊さんと二人頷く。

 「知ったかぶりするからよ」

 明音あかねちゃんの言葉が、ガックリ落ちた健太の肩に拍車をかけた。
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