アオハルオーバードーズ!

若松だんご

文字の大きさ
上 下
9 / 39
2.恋とはどういうものかしら

(三)

しおりを挟む
 「――今日はゴメンな」

 帰り道、並んで歩く山野に謝る。

 「ううん。別に大里くんは悪くないよ」

 「なにが」ゴメンなのか。言わなくても、山野に伝わったらしい。
 体育の時間の、山野のスケッチチラ見事件。僕が見たせいで、山野は描きかけの一枚を、顔を真っ赤にして、グシャグシャに丸めてしまった。
 僕が近づいたことにも気づかずに、熱心に描いていたのに。ふざけて調子に乗った自分を、あれからずっと後悔していた。

 (謝れてよかった)

 そう思うけど、謝ってしまえばその先、会話が続かない。
 健太や明音あかねちゃんがいれば、それなりにふざけたこと言って笑い合うこともできるけど、僕と山野だけだと話題に乏しい。僕もそうだけど山野も、あまり積極的に話す質じゃない。だから、こうして二人並んで歩道を歩くしかないんだけど。

 時折、僕らのそばを通り過ぎていく車。
 この時間、まだ明るいせいか、車はライトを点けてないか、点けていたとしてもせいぜいフォグランプ程度。夕暮れの明るさを邪魔する光は通り抜けていかない。

 「キレイだよね」

 「え?」

 「夕焼け」

 「ああ。そうだね」

 唐突な話題。ちょっと驚き返事をかえす。

 目の前、ちょうど西に向いて歩いてるせいで、藍色の山に向かって、空が赤く色づいてるのがよく見えた。

 「ほんと、キレイ」

 「うん」

 山より少し手前、横に伸びる雲は、太陽の光を受けて、淡い灰色とオレンジに染まってる。近くにある里山の木々は、新緑のはずなのに、その葉先にオレンジが混じって不思議な色合いになってる。歩道の隣、ガードレールの先にある海は、本来の灰水色と、空の茜色を混ぜた不思議な色合いに染まってる。島影は、遠くの山とは違う黒っぽいシルエット。
 自然ってスゴいよな。
 誰が筆をふるったわけでもないのに、こんなキレイな景色を描きあげてしまうんだから。
 見慣れた景色なのに、こうして改めて言われると、とてもキレイに感じる。
 いつだったか。確か、小学校の図工の時間。校庭の風景を描いてた時、草も木の葉も全部緑と黄緑の絵の具でペタペタ塗ってたら、先生に言われたんだ。「自然の色は、絵の具から出した色じゃないですよ」って。緑に見えても、少し黄色っぽかったり、赤味がかってたり。茶色、黒、意外と青なんかも混じってたりする。絵の具から出したまんまの色じゃ、それは表現できない。だから、絵の具の色を混ぜろ。
 あの頃は「緑は緑じゃん」と反発したかったけど、今なら先生の言ってた意味がわかる。
 自然は絵の具の色じゃ構成できない。

 (あ、甘い……)

 自然をジックリ見ていたせいか。曲がった道の先から、かすかに漂う香りに気づく。

 「みかん、咲いてる」

 山野も気づいたんだろう。僕が言い出す前に、答えを言った。
 ゆるやかな登り坂。民家の庭に立つみかんの木。濃い緑の合間から、白い小さな花をたくさん咲かせていた。道に沿う塀からこぼれるように花がこっちに溢れてきてる。白い花弁に黄色いおしべ。とっても愛らしい。けど。

 「いい匂いだね」

 香りをもっと味わおうと、それまでと歩く位置をそれとなく入れ替える。道の端を僕が歩いて、山野を車側にチェンジ。

 「……フフッ」

 なぜか、山野が笑う。

 「やっぱり、大里くんって優しいね」

 「優しい?」

 「ミツバチ、見つけたんでしょ?」

 だから、歩く側を入れ替えた。
 この坂道、そうそう車が上がってくることはない。けど、みかんの花にいたミツバチは、いつこちら側に飛んでくるかもしれない。

 「気づいたの?」

 僕の配慮に。

 「うん。だって、ちょっとわざとらしかったし」

 そっか。さり気なく入れ替わったつもりだったけど、わざとらしかったか。

 「大丈夫だよ、ミツバチは滅多に人を刺したりしないから」

 ハチの一刺し。
 ミツバチは、人など柔らかい皮膚を持つ動物を刺すと、その毒針が抜けず、無理に抜けば腹部からちぎれて死んでしまう。だから、ミツバチは滅多に刺さない。
 わかってる。生物知識として知ってはいるんだけど。
 ハチなんて、ここに来るまで滅多に見たことなかったから、知識としてわかっていても、やはり警戒してしまう。

 ザアっと、風がみかんの木を揺らして吹き抜ける。揺れた枝葉に弾かれたように、ミツバチが飛び立った。

 「フフッ。だから、そんなに警戒しなくても大丈夫だよ」

 ビクっと身体が震えたのを、バッチリ見られてしまった。みかんの木と同じく、風に乱された髪を押さえ、山野が笑う。

 「しょうがないだろ。僕、こっちに来てまだ三年、そんなに見慣れてないんだから」

 なんだか恥ずかしくて、つい口を尖らせる。

 「見慣れてないって。この先、みかん農園実習があったらどうするの?」

 「全力で逃げる」

 「ナニソレ」

 クスクスと、また山野が笑いだす。今日の山野はよく笑う。
 去年の校外学習は、「養殖筏の鯛を学ぶ」だったけど。今年のが、「みかん農園で実習」だったら。健太と違って、海の上は全然平気だけど……。ミツバチがいないことを切に願う。

 「でも、そっか。大里くんがこっちに来て、もう三年になるのかあ」

 笑い終えた山野が、感慨深そうに言った。

 「なんか、もっと昔から、ずっと知り合いだったような気がするから。そっか。まだミツバチも見慣れないぐらいの時間しか経ってないのかあ」

 この町、特に山側にみかんの木は多い。こうして民家の庭に植えられてることもあるし、もっと登っていけば、いくつかみかん農園が斜面を埋め尽くしている。どうかすると、ミツバチを飼って、ハチミツを売り出してる農園もある。
 そのミツバチを警戒してしまうぐらいの時間しか、僕はまだこの町に馴染んでいない。
 
 わずか三年。まだ三年。でも山野にしてみれば、もう三年。

 長く知り合いだったように錯覚してるのは、僕も同じ。
 編入してきた中学二年の時からずっと。こうして毎日、中学も高校もいっしょに通ってたから、山野とは長いつき合いのような気がしていた。
 でも、まだ三年しか過ぎてない。
 言われて、僕もそのことに気づかされた。

 (この先、あと何年、こうしていっしょに登下校するんだろうな)

 登下校じゃなくてもいい。こうして並んで坂を登るのは、あと何回あるんだろう。
 少なくとも、高校卒業までは絶対。高校卒業してからは、――どうなんだろう。
 山野は、この町にとどまるんだろうか。僕は、この町を出ていくんだろうか。
 高校を卒業して、進路はバラバラになって。たまに、同窓会と称して、みんなで集まることはあるだろうけど、こうして坂を登ることはないんだろうな。きっと。

 「山野はさ、将来どうするとか考えてるの?」

 「え? 将来?」

 「うん。卒業したらどうするか、とか」

 そういえば、そんな話、したことなかったな。
 たった三年を、もっと長く感じるまでいっしょにいたのに。そういう話をしたことなかった。

 「画家になるとか、そういうの目指してたりするの?」

 「画家?」

 「じゃなきゃ、マンガ家とか、イラストレーターとか」

 「なんで、絵を描く系の将来ばっかりなの?」

 「いやだって。山野、メッチャ絵、上手いじゃん」

 首を傾げた山野に答える。

 「あれだけ上手けりゃ、将来、絵で食ってけるんじゃないか?」

 「無理だよ。わたしぐらいの人なんて、他にいくらでもいるし」

 「そうかな。僕にしたら、あんなに上手い人は滅多にいないと思うけど」

 「褒めすぎ。でも、ありがと」

 照れながらも、素直に称賛を受け入れてくれた。

 「わたしね。もちろん自分の食い扶持は自分で稼ぐけど。でも、もっと別の夢があるんだ」

 「別の夢?」

 「うん。すっごく単純で、でも、とってもステキなステキな大きな夢」

 軽く駆けて、数歩先を行った山野。

 「けど、教えてあ~げない」

 「なんだよ、それ」

 ふり返り笑う山野を、僕が追いかける。
 初夏の湿った海風が止み、凪を経て、山から吹き下ろす涼しい風。淡く日差しの残りだけ映し出す空。闇に落ち始めた道路。
 その中で。
 僕は、とても心地よかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立

水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~ 第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。 ◇◇◇◇ 飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。 仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。 退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。 他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。 おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。 

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ヤマネ姫の幸福論

ふくろう
青春
秋の長野行き中央本線、特急あずさの座席に座る一組の男女。 一見、恋人同士に見えるが、これが最初で最後の二人の旅行になるかもしれない。 彼らは霧ヶ峰高原に、「森の妖精」と呼ばれる小動物の棲み家を訪ね、夢のように楽しい二日間を過ごす。 しかし、運命の時は、刻一刻と迫っていた。 主人公達の恋の行方、霧ヶ峰の生き物のお話に添えて、世界中で愛されてきた好編「幸福論」を交え、お読みいただける方に、少しでも清々しく、優しい気持ちになっていただけますよう、精一杯、書いてます! どうぞ、よろしくお願いいたします!

ボールの行方

sandalwood
青春
僕は小学生だけど、これでも立派な受験生。 放課後、塾のない日は図書館に通って自習するほどには真面目な子ども……だった。真面目なのはいまも変わらない。でも、去年の秋に謎の男と出会って以降、僕は図書館通いをやめてしまった。 いよいよ試験も間近。準備万端、受かる気満々。四月からの新しい生活を想像して、膨らむ期待。 だけど、これでいいのかな……? 悩める小学生の日常を描いた短編小説。

彗星と遭う

皆川大輔
青春
【✨青春カテゴリ最高4位✨】 中学野球世界大会で〝世界一〟という称号を手にした。 その時、投手だった空野彗は中学生ながら152キロを記録し、怪物と呼ばれた。 その時、捕手だった武山一星は全試合でマスクを被ってリードを、打っては四番とマルチの才能を発揮し、天才と呼ばれた。 突出した実力を持っていながら世界一という実績をも手に入れた二人は、瞬く間にお茶の間を賑わせる存在となった。 もちろん、新しいスターを常に欲している強豪校がその卵たる二人を放っておく訳もなく。 二人の元には、多数の高校からオファーが届いた――しかし二人が選んだのは、地元埼玉の県立高校、彩星高校だった。 部員数は70名弱だが、その実は三年連続一回戦負けの弱小校一歩手前な崖っぷち中堅高校。 怪物は、ある困難を乗り越えるためにその高校へ。 天才は、ある理由で野球を諦めるためにその高校へ入学した。 各々の別の意思を持って選んだ高校で、本来会うはずのなかった運命が交差する。 衝突もしながら協力もし、共に高校野球の頂へ挑む二人。 圧倒的な実績と衝撃的な結果で、二人は〝彗星バッテリー〟と呼ばれるようになり、高校野球だけではなく野球界を賑わせることとなる。 彗星――怪しげな尾と共に現れるそれは、ある人には願いを叶える吉兆となり、ある人には夢を奪う凶兆となる。 この物語は、そんな彗星と呼ばれた二人の少年と、人を惑わす光と遭ってしまった人達の物語。        ☆ 第一部表紙絵制作者様→紫苑*Shion様《https://pixiv.net/users/43889070》 第二部表紙絵制作者様→和輝こころ様《https://twitter.com/honeybanana1》 第三部表紙絵制作者様→NYAZU様《https://skima.jp/profile?id=156412》 登場人物集です→https://jiechuandazhu.webnode.jp/%e5%bd%97%e6%98%9f%e3%81%a8%e9%81%ad%e3%81%86%e3%80%90%e7%99%bb%e5%a0%b4%e4%ba%ba%e7%89%a9%e3%80%91/

GIVEN〜与えられた者〜

菅田刈乃
青春
囲碁棋士になった女の子が『どこでもドア』を作るまでの話。

処理中です...