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1.アオハルオーバードーズ計画

(四)

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 「――なあ、はるよ」

 「なんだよ」

 「男同士でパキコを食うって、どんな状況なんやろな」

 「どんなって……。こんな状況なんじゃない?」

 言いながら、チュウっと口に咥えたパキコを吸い上げる。
 帰り道。途中にある雑貨屋(兼食料品店兼駄菓子屋)、美浜屋で買ったパキコ。マスカット味と、カフェオレ味の二種類。珍しく太っ腹な健太が、二つとも買ってくれた。

 ――カップルでそれぞれを割って食う。

 多分、そういう意味だったと思う。
 だから、「どっちがいい?」と二袋とも明音あかねちゃんの前にぶら下げた。彼女にどっちか選んでもらって、そのパキっと割った半分を自分が受け取って、同じ味を楽しもうという、そういうカップル算段。
 けど。

 ――はい、未瑛みえい先輩。

 パキっと割られたマスカット味。その片割れが渡されたのは、健太ではなく、山野だった。

 ――マスカット味って珍しいね。
 ――この夏の、期間限定らしいですよ。ホラ。

 やや色褪せた、アイスのロゴの印刷された青いベンチに腰掛けた山野と明音あかねちゃん。パッケージを見たりしながら、二人仲良くパキコを楽しんでる。
 悪いな、このベンチは二人がけなんだ。的な感じで、僕と健太はその脇、自販機のそばに所在なく並んで突っ立つ。残ったパキコ、コーヒー味を男二人で分け合って。

 なんか虚しい。

 別に、山野とパキコを分け合って、「美味しいね」とか、「これ、期間限定なんだって」とかをやりたかったわけじゃないけど。でも。

 虚しい。

 ちょっとぐらい、そういうのもいいかなって、期待がなかったと言えば嘘になる。
 チュウっと力強く吸い上げて、ベンチの向こうに視線をやる。
 ベンチの向こうの道路。対抗一車線の、中心にオレンジのラインが引かれた道路。その向こうには、低い堤防に沿って植えられた白いガードレールが、元気良すぎる濃い緑の雑草に埋もれそうに絡みつかれてる。

 (キレイだな)

 雑草とガードレールが……、ではない。その先にある海がキレイ。
 この地域独特のリアス式海岸。入り組んで、ギザギザに細かく形作られた先端の崎や鼻。そこにポカリと海に浮かぶ島も相まって、ちょっと見ただけでは、どこまで陸が続いているのか、よくわからない景色になっている。学校のある辺りは、湾の一番奥の奥、懐深くにあるせいか、見ようによっては、森の囲まれた凪いだ湖のようにもとれる景色。島影(? 岬影?)には、いくつかの養殖筏。
 今は、空とは違う淡い緑色成分多めの海だけど、もう少ししたら、空も海も夕焼けで真っ赤に染まる。

 「おーい、えーかげん帰るぞ」

 先にパキコを食べ終わった健太が言った。ちょっとイライラしてるような口調に聞こえたのは、きっと気のせいじゃない。
 食べ終えたパキコのゴミ、乱暴に捨ててたし。
 
 「おっと。こっからはカップルそれぞれで帰るんやで」

 いっしょに並んで帰ろうとした山野と明音あかねちゃんを、健太が制する。

 「未瑛みえいはあっち、はるといっしょに帰れ。明音あかねはオレと。ちゃんと送ったるから、こっちから帰るで」

 「はあぁあっ!? なんでよ!」

 「カップルやからに決まっとるやろが。行くで」

 不満しかない明音あかねちゃんのカバンを、勝手に持って歩き出した健太。カバンという人質(物質?)を持っていかれた明音あかねちゃんは、健太の後を追うしかなくなる。

 「じゃあ、僕らも行こうか」

 「うん」

 別にカバンという人質を取らなくても、普通に二人で歩き出す。
 恋人、カップルになったからとかいうんじゃない。この店から先、帰り道はいつでも僕と山野は二人っきりになる。
 仁木島町は、入り組んだ湾の奥、海に削られ残った丘陵に、へばりつくようにして発展してる。僕たちの家がある船越地区は、海からその丘陵を登った先にあって、反対に健太たちの家がある浜浦地区は、海沿いの道を歩いた先、岬に近い場所にある。
 だから、その分かれ道、分岐点みたいになってる美浜屋で別れるのは、いつのものことなんだけど。

 なんか、落ち着かないな。

 逢生あおいと違って、山野も僕も部活をしていない。
 だから、こうやって帰るのはいつものことなんだけど。
 なぜか落ち着かない。ソワソワするとか言うんじゃなくて、靴の左右を履き間違えたような、シャツを裏返しに着ちゃったような。そういう居心地の悪さ。それも、「さっきまで履き間違いとか気づいてなかったのに、今、なんか気づいちゃったよ。うわ」みたいな。ちょっと立ち止まって靴を履き替えたり、着直したらいいのに。それもできずに歩いてるような感覚。

 「ゴメンね、大里くん」

 しばらく歩いた先で、山野が言い出した。

 「健太くんの言うままに、その……。カ、カップルって、ことに、なって……」

 途切れ途切れに、ドンドン声のボリュームが下がっていく。
 多分だけど、それだけを言うために、持てる限りの勇気を振り絞ったんだと思う。言い終え、逸らされた山野の顔は、後ろに広がる空よりも赤い。

 「もし、大里くんが。もし、その……明音あかねちゃんが良かったりとかしたら、その……、えっと……」
 「いいよ。僕は今のままで」

 「え?」

 喋るのを遮った僕。そのことで、立ち止まりうつむいてた山野が、驚き顔を上げる。

 ここで、「僕の相手がキミで良かった」とか、「キミが良かったんだ」みたいな、気の利いたセリフが出てきたらいいんだけど。

 「行こうか」

 しか出てこなかった僕の口。
 でも。

 「うん!」

 軽くピョンと跳ねるようにして、歩き出した山野。
 さっきの計画についての話し合いでも、自分の意見を何一つ言い出さなかった。夏鈴かりん明音あかねちゃんのように、思ったことをズバズバ言うたちでもないし、自分の好きなように動く、榊さんのようなキャラでもない。大人しく控えめな性格。
 華奢で小柄な体つき。歩くと、肩の辺りまである柔らかそうな髪が、フワリフワリと浮かぶように風になびく。
 
 「じゃあな」

 いつもの分かれ道。
 曲がりくねった坂道を登った先、石垣の上に建つ家の前で別れを告げる。この地域特有の、石積みの擁壁。横に渡した板に、黒い塗料の塗られた家の外壁。山野の家だ。

 「また、明日ね」

 明るく山野が言う。
 その声に、ふり向かず、軽く手を挙げて返す。
 さっきまで感じていた落ち着かない気持ち悪さは、いつの間にか僕の中から消え去っていた。
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