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心の傷
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時を遡ろうとも、心に負った傷は簡単には消せない。
見て見ぬふりをしようと、その傷は膿んで、存在を主張する。
だから、傷を癒したいのならば……向き合わなければならない。
どれ程の痛みを伴おうと、叫び苦しもうとも……
ーー目を逸らすことなど、決して許されないのだ。
アイゼアの体温を感じながら、目を閉じて未だ彼に寄り添っていたアリステアだったが……
「アリステア!」
そう突然響いた、己の名を呼ぶ声にゆっくりと目を開けた。
きょろきょろと辺りを見回すと、少し遠くからふらふらと此方に向かって歩いてくるノエルの姿を見つけた。
アリステアは、思っても見なかった所からのノエルの登場に驚いた。
どうやらこの場所に辿り着く為の通路は二箇所あるらしく、ノエルはアリステアが通ったものとは別の通路から此処に辿り着いたらしい。
そんなノエルはヨタヨタと此方に歩いてくるが、距離がある為、中々近づいて来ない。
そのノエルの姿が余りに可愛く、思わず微笑んだアリステアだったが……ふっと目を逸らした時に、視界に入った人物を見て、息が止まるような衝撃を受けた。
その人物はノエルの斜め後ろに居た。
輝かんばかりの美しい金髪に、遠目からでも分かる華やかな美貌を持つその人は……
ーーリーヴェンス・ノア・イリゼシア
そんな突然すぎるリーヴェンスの登場に、思わず震えたアリステアだったが、ギュッと両手拳を握りしめた。
此処に来たのは、リーヴェンスと会う為だ。
大丈夫、今のリーヴェンスは私に対して何の感情も抱いてはいない。
だから、大丈夫……大丈夫……そう思うのに、何故か体が動かない。
目が限界まで見開かれて、動悸が止まらない。
「どうして……」
私は時を遡ったのだ……それなのにどうして、
ーーこんなにも身体が震えるの。
その体の震えに混乱しつつ、己を掻き抱いていたアリステアだったが……不意に、思い出してしまった……処刑される前の残酷な記憶を。
それによって、放置されていた心の傷が急速に痛み出す。
『お前の愛など、悍しいだけだ。』
『天と地が変わろうとも、お前を愛する事は無い。』
そう言って、ゴミ屑でも見るような目で、此方を見下ろすリーヴェンス。
「やめてよ……」
そんな目で、私を見ないで。
そうして味わった途方もない苦しみの記憶が、荊となって全身に絡み付き『私』を締め上げ、傷つける
ああ……愛や恋、それらに気を取られて、いつの間にか忘れていた。
ーーリーヴェンスを愛した事によって、味わった地獄のような苦痛を。
恋慕の情が湧くのか……そんな事、確かめるまでも無かった。
今の私が、リーヴェンスに抱く感情はただ一つ……
ーー恐怖、ただそれだけだ。
それを明確に自覚すると同時に、アリステアの頬に涙が伝った。
怖い……怖くて堪らない。
また、悲しい程残酷な言葉を吐き捨てられるのでは無いか。
蔑んだ目で見られるのでは無いか。
そんな考えが頭の中をぐるぐる回り、消えてくれない。
ああ……安易に会おうなんて愚かな事、考えなければ良かった。
そう己の行動を後悔するが……もう遅い。
リーヴェンスはアリステアが恐怖している事など露として知らず、ゆっくりと此方へ近づいてくる。
それを見ていたアリステアは……唐突に息の仕方を忘れてしまった。
ーー上手く息が出来ない。
「はっ……はぁっ……」
そう喘ぎながらぽろぽろと涙を零すアリステアは、どこへともなく震える手を伸ばした。
お願い。
誰でもいいから、何でもいいから……この恐怖の中から……
ーー私を救い出して。
そう言葉にならない声で叫んだ時だった
「アリステア……大丈夫だよ。」
そうアイゼアに、優しく抱きしめられたのは。
その瞬間、アリステアは息が楽になり、体の震えも止まった。
それは走り過ぎた後に、突然体が楽になった時と同じ感覚。
不思議だが、とても温かいこれは……
「ま、ほう?」
「そうだよ。これは魔法……そして、私は魔法使い。だからね、アリステア……君は何も恐れる必要なんて無い。堂々としていればいいんだ……君を傷つける者は、全て私が殺してあげるから。」
殺してあげる、そんな残酷な言葉でもアイゼアは甘い睦言のように囁いた。
アリステアは突然のその言葉に、涙を零しながら問いかけた。
「どうして……どうして今日会ったばかりの私にそんな……」
「愛している、アリステア。」
そう言葉を遮って言われた突然すぎる愛の告白に、アリステアは目を見開いた。
そんなアリステアを他所に、アイゼアは変わらず話し続けた。
「一目惚れだった……私を助けようとする君の姿に、一目惚れをした。勿論、それだけじゃ無い……アリステアは私の全てを肯定し、受け入れてくれた。それに、生に絶望していた私に未来まで与えてくれた。そんな行動全てが、嬉しくて愛しくて堪らなかったよ……アリステア、私の全て……心から愛している。」
それは、その言葉は……まるで光芒のようだった。
深く心に届いたそれは、私を暗闇の中から救い出し、明るい場所へと導いてくれる。
そして、それと同時にあの凄まじい恐怖が徐々に消えていき、リーヴェンスに囚われ苦しみ続けた記憶から解放されていく。
ああ、私はもう苦しまなくていいんだ。
貴方が愛し、守ってくれるから……私はもう……
ーー何も……恐れなくていいんだ。
その想いと共に、アリステアは至近距離からアイゼアに微笑んだ。
「ありがとう、アイゼア。」
ーー私は、心の傷に向き合うよ。
そんな強い決意と共に、アリステアはアイゼアから離れると涙を拭いて、毅然と前を向いた。
見て見ぬふりをしようと、その傷は膿んで、存在を主張する。
だから、傷を癒したいのならば……向き合わなければならない。
どれ程の痛みを伴おうと、叫び苦しもうとも……
ーー目を逸らすことなど、決して許されないのだ。
アイゼアの体温を感じながら、目を閉じて未だ彼に寄り添っていたアリステアだったが……
「アリステア!」
そう突然響いた、己の名を呼ぶ声にゆっくりと目を開けた。
きょろきょろと辺りを見回すと、少し遠くからふらふらと此方に向かって歩いてくるノエルの姿を見つけた。
アリステアは、思っても見なかった所からのノエルの登場に驚いた。
どうやらこの場所に辿り着く為の通路は二箇所あるらしく、ノエルはアリステアが通ったものとは別の通路から此処に辿り着いたらしい。
そんなノエルはヨタヨタと此方に歩いてくるが、距離がある為、中々近づいて来ない。
そのノエルの姿が余りに可愛く、思わず微笑んだアリステアだったが……ふっと目を逸らした時に、視界に入った人物を見て、息が止まるような衝撃を受けた。
その人物はノエルの斜め後ろに居た。
輝かんばかりの美しい金髪に、遠目からでも分かる華やかな美貌を持つその人は……
ーーリーヴェンス・ノア・イリゼシア
そんな突然すぎるリーヴェンスの登場に、思わず震えたアリステアだったが、ギュッと両手拳を握りしめた。
此処に来たのは、リーヴェンスと会う為だ。
大丈夫、今のリーヴェンスは私に対して何の感情も抱いてはいない。
だから、大丈夫……大丈夫……そう思うのに、何故か体が動かない。
目が限界まで見開かれて、動悸が止まらない。
「どうして……」
私は時を遡ったのだ……それなのにどうして、
ーーこんなにも身体が震えるの。
その体の震えに混乱しつつ、己を掻き抱いていたアリステアだったが……不意に、思い出してしまった……処刑される前の残酷な記憶を。
それによって、放置されていた心の傷が急速に痛み出す。
『お前の愛など、悍しいだけだ。』
『天と地が変わろうとも、お前を愛する事は無い。』
そう言って、ゴミ屑でも見るような目で、此方を見下ろすリーヴェンス。
「やめてよ……」
そんな目で、私を見ないで。
そうして味わった途方もない苦しみの記憶が、荊となって全身に絡み付き『私』を締め上げ、傷つける
ああ……愛や恋、それらに気を取られて、いつの間にか忘れていた。
ーーリーヴェンスを愛した事によって、味わった地獄のような苦痛を。
恋慕の情が湧くのか……そんな事、確かめるまでも無かった。
今の私が、リーヴェンスに抱く感情はただ一つ……
ーー恐怖、ただそれだけだ。
それを明確に自覚すると同時に、アリステアの頬に涙が伝った。
怖い……怖くて堪らない。
また、悲しい程残酷な言葉を吐き捨てられるのでは無いか。
蔑んだ目で見られるのでは無いか。
そんな考えが頭の中をぐるぐる回り、消えてくれない。
ああ……安易に会おうなんて愚かな事、考えなければ良かった。
そう己の行動を後悔するが……もう遅い。
リーヴェンスはアリステアが恐怖している事など露として知らず、ゆっくりと此方へ近づいてくる。
それを見ていたアリステアは……唐突に息の仕方を忘れてしまった。
ーー上手く息が出来ない。
「はっ……はぁっ……」
そう喘ぎながらぽろぽろと涙を零すアリステアは、どこへともなく震える手を伸ばした。
お願い。
誰でもいいから、何でもいいから……この恐怖の中から……
ーー私を救い出して。
そう言葉にならない声で叫んだ時だった
「アリステア……大丈夫だよ。」
そうアイゼアに、優しく抱きしめられたのは。
その瞬間、アリステアは息が楽になり、体の震えも止まった。
それは走り過ぎた後に、突然体が楽になった時と同じ感覚。
不思議だが、とても温かいこれは……
「ま、ほう?」
「そうだよ。これは魔法……そして、私は魔法使い。だからね、アリステア……君は何も恐れる必要なんて無い。堂々としていればいいんだ……君を傷つける者は、全て私が殺してあげるから。」
殺してあげる、そんな残酷な言葉でもアイゼアは甘い睦言のように囁いた。
アリステアは突然のその言葉に、涙を零しながら問いかけた。
「どうして……どうして今日会ったばかりの私にそんな……」
「愛している、アリステア。」
そう言葉を遮って言われた突然すぎる愛の告白に、アリステアは目を見開いた。
そんなアリステアを他所に、アイゼアは変わらず話し続けた。
「一目惚れだった……私を助けようとする君の姿に、一目惚れをした。勿論、それだけじゃ無い……アリステアは私の全てを肯定し、受け入れてくれた。それに、生に絶望していた私に未来まで与えてくれた。そんな行動全てが、嬉しくて愛しくて堪らなかったよ……アリステア、私の全て……心から愛している。」
それは、その言葉は……まるで光芒のようだった。
深く心に届いたそれは、私を暗闇の中から救い出し、明るい場所へと導いてくれる。
そして、それと同時にあの凄まじい恐怖が徐々に消えていき、リーヴェンスに囚われ苦しみ続けた記憶から解放されていく。
ああ、私はもう苦しまなくていいんだ。
貴方が愛し、守ってくれるから……私はもう……
ーー何も……恐れなくていいんだ。
その想いと共に、アリステアは至近距離からアイゼアに微笑んだ。
「ありがとう、アイゼア。」
ーー私は、心の傷に向き合うよ。
そんな強い決意と共に、アリステアはアイゼアから離れると涙を拭いて、毅然と前を向いた。
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