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第一章 リングア・ラティーア学園

第6話 面倒ごと

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「おい貴様。それはどういう意味だ」

面倒ごとは避けたいと思った矢先。
真後ろから、険のある声が聞こえてきた。

密かにため息をついて、後ろを振り返った。
そこに立っていたのは、小柄な金髪碧眼の美少年と、数人の取り巻きたち。全員、Sクラスのクラスメイトだ。
小柄な彼は天国の神貴家の子息で、名は確かノア・フォン・ルーメンルナーエ、だっただろうか。
自己紹介の時に綺麗な顔だなと思ったその顔は、今セスティールを睨みつけて鬼のようになっている。
…なっている、が、如何せん顔が可愛すぎて似合わない。

「おい貴様、聞いているのか!」
「ああ、すまない。聞いている」
「ならば、なぜ僕の質問に答えない!」

なぜ、と言われてもな、とセスティールは困惑する。
どういう意味だとは、どういう意味だろうか、と。

いや、ルーメンルナーエの怒りの原因はわかる。さっきまでのルイスとの会話からして、きっとセスティールの魔力属性の何かしらの話が彼の逆鱗に触れたのだろう。そこまではなんとなく理解できるのだが、その何かしらが何なのかが全くわからなかった。

適当にあしらってこの場を収めることなど、セスティールにとっては造作もない。しかし困ったことに、相手はこれから学園生活を共にするクラスメイト。確執が残るのは避けたかった。
厄介なことこの上ないが、まあ致し方ないことである。できる限り丁寧に接するとしよう、と決めた。

「申し訳ないが、なぜ貴殿が憤っておられるのかわからない。状況から察するに俺とルイスの会話が原因なのだろうが、何か気分を害する要素があったのだろうか?」

そう答えると、ルーメンルナーエはさらに顔を赤くした。

「貴様、本気で言っているのか?!」

さっきから貴様貴様と少々失礼ではなかろうか、とセスティールは思う。
だがまあ割とどうでもいいことであったので、セスティールは冷静にああ、と返事をした。

「ふざけるなよ。貴様、神聖な光属性を貴様ごときが所有しているなど、許されることではない!聖属性は天使のみが、天使の中でも選ばれしもののみが神から与えられるものなのだ。それを、あまつさえ象徴色も有していながら大したことではない、と抜かすか!我々を愚弄するのも大概にしろ!下賎な魔族めが!」

なるほど、そういうことだったのかと理解する。
要するに光属性は天使のプライドそのもので、魔族であるセスティールが持っていることが絶対に許せないらしい。種族の象徴となる魔法属性に対する感情が、天使と魔族では随分異なっていることに驚きを覚えた。

魔族のうちで、魔法属性はあくまでも種族を超越した存在として捉えられている。そのため、表向きには魔族の象徴とも言える闇属性でさえ「持っていたらすごいもの」でしかない。仮に闇属性を有する天使がいたとて変わったやつもいたもんだ、くらいにしか思わないだろう。天使のことは嫌いだが、それとこれとは全く別の話なのだ。

考えてみれば、セスティールは天使の文化や気質について、正確なことは何も知らない。天使を毛嫌いしている地獄では、何も教えてもらえないからだ。
種族融和を目指している学園に入学するのに、入学前に彼らのことを何も教わらないというのは、考えればおかしな話だと今更ながらに思う。

それはそうとして、とりあえず目の前の赤鬼に対して何か答えを返さなければならない。このままではツノでも生えてきそうである。

何をいうべきか思案しつつ口を開きかけた時、スッと、立ち塞がるようにしてルイスがセスティールの前に立った。
ルイスとセスティールの身長は、ほぼ変わらない。むしろルイスの方が数センチほど高いので、セスティールはルーメンルナーエが見えなくなってしまった。

「先ほどから黙って聞いていれば、私の友人に対してのあまりの無礼、到底看過できません。大体、暴言を吐き散らかすことしかできないあなた方が、彼を愚弄するだけの資格があるのでしょうか?」

ルイスが淡々と責め立てる。気持ちは嬉しいが、さすがに少し言い過ぎだ。

「ルイス、やめろ。もういい」
「でも、セス」
「いいから」
「…わかった」

渋々といった様子で、ルイスが引き下がった。
それとは反対に、セスティールは一歩前に出る。

「おっしゃりたいことはよくわかった。しかし、いくら光属性が天使にとって尊いものであるからといって、俺も、魔族も貶められる必要はないはずだ。これ以上の暴言、到底許すことはできない。」

ここは寮に向かうまでの道の上だ。今は運良く周囲に誰もいないが、いつ誰が来るかわからない。他人に見咎められる前に、騒ぎを収めておきたかった。

だからと言って、ここまでの暴言を吐かれているのだ。貴族として威厳を保つためにも何も言い返さないわけにはいかないので、2度とするなよと釘は指しておく。

「では、お引き取り願おうか」

ルーメンルナーエをひと睨みして、そう告げる。彼は小さく舌打ちをして、

「覚えていろよ、貴様」

と吐き捨てて取り巻きと共に去っていった。

その背中を眺めながらセスティールは一つつぶやいた。

「まさか天使にとって光属性があそこまで大事なものだったとはなあ」
「本当に。全く無礼極まりない。くだらない言いがかりはやめて欲しいよ。2度としてこないだろうと思いたいけれど、まあ、また突っかかって来るだろうなあ」
「はは、さっきの捨て台詞だからな。そんなことより早く寮に行こう。新しい部屋が楽しみで仕方がないんだ」

理不尽に罵倒されたことになど微塵も関心を割かず、セスティールはルイスを催促する。その様子にルイスは、密かにため息をついた。そして、数歩先をいくセスティールを追いかける。

「確か僕とセスは隣の部屋だったよね。最上階の1人部屋の」
「ああ、そうだ。基本2人部屋の決まりのはずなのに上流貴族は1人で平民の似合の広さの部屋を使うとは、全く学園の基本理念が聞いて呆れるな」
「ああ、『全ての生徒はその身分に関わらず平等である』とかいうあれだっけ。まあ仕方がないいんじゃないか?平民と同じ扱いをされたら黙っていない貴族だって多いだろう」
「ふん。自分たちが守れない決まりなど、初めから作らなければ良いものを。…まあ、その部屋を楽しみにしている俺の言えることではないが…」
「はは、まあいいじゃないか。君は新しい部屋が楽しみなだけで特別扱いされることに愉悦を覚えてるわけじゃないんだろう?あ、ほら見えてきたね。あれが寮だ」

道の先に、大きな建物があった。あまりの大きさに愕然とする。

「…学園を見た時も思ったが、まるで王城だな」
「本当だね。中に議会でもありそうだよ」

この四元世界に、王という存在はいない。神と、その信託を告げる教皇がおり、その下に着く大司教たちの助言に沿って政治を行う貴族がいるのみである。しかし、神という“王“につかえ世界を動かす教皇や大司教たちの住む四つの城を王城、と呼ぶのだ。

近づいていってセスティールが見上げた寮は堅牢かつ優美にできていた。中に玉座があるんですよと言われても納得してしまうほどの様相を呈している。

中に入れば、ロビーの天井には無数のシャンデリア、床にはどこぞの最高級品であろう真っ赤な絨毯。
貴族の子弟が暮らす場所であるからある程度質の高い品を使うのは仕方がないのだろうが、これはちょっとやりすぎなのではないかと思ってしまう。
貴族として常に良いものに接してきたセスティールとルイスは、その価値が理解できたため思わず若干引いてしまった。

苦笑いしそうになりながら、2人は上層階に転移するための魔法陣に乗る。

これから卒業までの年月を過ごす自室に得体のしれない不安を覚えつつ、2人は魔法陣の放つ光のなかへと消えていった。
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