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12.人とゾンビの危険度の差

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「見間違いじゃないの?」

「違う、絶対にいた!」

 一郎は強い語勢で言い切った。
 端正な顔立ちは大人しい性格を連想させるが、所々で見せる主張の強さは年不相応な物を感じさせた。

「ちょっと待って」

 周囲を見やる。幸いなことに道路にはゾンビらしき物はいなかった。
 人間に視界に入っても、ゾンビはかなり接近しなければ襲撃はしてこない。
 上方からの銃撃を全く認識できないのと同じで、空間認識能力がかなり低かった。

「いたよ! あの建物、マンションの中に」

 興奮した口調で一郎はいう。有紀は思わずその勢いに押された。

「車を止める。それから見てみるから」

 有紀は車を止め、リュックサックから双眼鏡を取り出す。
 屋上から見張りように使っているいつもの双眼鏡だった。

「どこにいたの? 人は」

「端っこだよ。えっと…… 上の方。一番上じゃないけど上の方」

 このあたりの説明は子どもぽいというか、ちょっと要領を得なかった。
 やけに大人びた口調で「おや」っと思わせることもあれば、子どもっぽい言い方も時折見せる。
 どうにも、アンバランスな印象を有紀に与えるものだった。

「えっと…… 上ね。端っこの方って――」

「居たんだ。絶対に」
 
 有紀は双眼鏡を覗き込み、ピントを合わせる。
 舐めるようにして高層マンションを見ていくが、それらしき存在は見つからない。
 生きている者がいたという形跡も見つけることができない。

「分らないわ。見ま――」

「見間違いじゃなよ!」

「でも、今は分らない。いるのかもしれないし、いないのかもしれない。分らない――」
 
 最大限譲歩して、こう言うのが精一杯だった。
 そして、結論は決まっている。

「今は何もできないわ。そもそも目的はそこじゃないし」

 マンションの中まで探索するというのは論外だった。
 周辺にゾンビがほぼいないとはいえ、中の分らない建物の中に入るのは危険すぎた。

「それは……でも……」

 一郎も言葉に詰まる。

「マンションに入っていくような準備は何もしていないわ。『AK-47』の弾薬だって予備弾倉は一個しか持ってきてないし」

「じゃあ、準備してあれば、行けるってこと?」

 言葉尻を捕まえて突っ込んでくるのは、子どもらしいと言えばらしいのかもしれない。
 が、これには有紀も閉口してしまう。

「とにかく、今は無理よ」

 そう言って、有紀はアクセルを踏んだ。
 タイヤがアスファルトを削る音が響く。
 SUV車は、静止状態から加速し、道路を走って言った。
 目標の河川までもう既に中間地点を過ぎていた。

        ◇◇◇◇◇◇

「何も無かったわね」

「そうだね……」

 結局のところ、橋を渡り河を超えるところまでは行ってみた。
 しかし、そこも代わり映えのしない風景が続く。放棄された町並みが雑草の中にあった。
 ふたりは既に帰路につき、一郎はしょんぼりと(少なくも有紀からは気落ちして見えた)助手席に座っていた。

「あのマンションだ……」

 行きに通りがかったマンションが見える。
 既に陽は大きく西に傾いていた。
 橙色の西日が高層マンションに当たり、やけに幻想的に見える。
 
(人はいないんじゃないか。やはり、一郎の見間違いだろう……)

「えっ!」

 有紀は一瞬息を飲んだ。見えた。
 ベランダに一瞬だけ、人が現れたように見えた。
 緩い挙動のゾンビなどではなかった。動きが完全に人のものだった。少なくともそう見えた。

「いたよ。ほら! いた! 人がいる」

 一郎も見ていた。
 確かに人影のような物が見え、一瞬だけ外にでて直ぐに中に引っ込んだのだ。

「有紀さん!」

「分っている、今のは私でも見えた」

 有紀は言った。が、見えたからといって、今更どうにもできない。
 確かに人なのかもしれない。マンションに入って接触をするべきか?
 有紀は考えるが、どうにも答えはでてきそうにない。

「危ないかもしれない」

 ポツリとそう呟く。

「危ないって?」

「相手が人間だからといって友好的とは限らないわ」

「そんな」

「相手がどんな精神状態かもわからない。ある意味、ゾンビより危険かもしれない」

「危険って……」

 人間だからといって、接触して大丈夫であるという保証はどこにもない。
 切羽詰まった状況に置かれていれば、人間の方がゾンビより脅威かもしれないのだ。
 相手がどんな武装をしているかも分からない。
 こっちも武装している。武装している人間を相手が見たときに心強く感じるだろうか?
 それとも自分を脅かす存在と認識するだろうか?
 全く予測はできない。

「とにかく、今日は戻る」

 有紀はキッパリと言い切りそのまま車を走らせた。
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